第25話 可愛い所
明乃島の西部から南部にかけて広がる海岸線には、なだらかな砂浜が存在する。
綺麗な海と青い空、打ち寄せる白い波飛沫は海水浴場として最適であり、春先から秋口から多くの観光客が訪れる。家族連れ、カップル、遊び場を求める大学生――人種は様々だが、彼らの殆どはこの海岸だけを求めて島を訪れ、必ず時間を持て余す。
「そんな奴らが、うちにやってくるんや」
夕日に照らされて紅く染まるアリーナ、その応接室では徹進とクロスが向かい合って座る。
徹進の背後にはキッチリとスーツを着込んで直立するメイが、クロスの背後には筋骨隆々で生真面目さが取り柄と言わんばかりの仏頂面の男が控えている。
「それは、まあ、随分と儲かるんだろうな」
「……調べて来とるのは分かっとるんやけど」
クロスはポリポリと頬を掻く。
「一応聞くで。本当にそう思っとるんか?」
「ああ」
ピクリと、クロスの副官の頬が引きつる。
一対一の交渉に、背後の二人は一切口出ししない。
その前提条件を破らない範囲での反応だったが、クロスはチラリと副官の堂島に目を向け、徹進の背後で鉄面皮を保つメイと比べる。
「夏場は儲かる。四月から九月までの売り上げが年間の八割を占めている」
「そうや」
「それが奴隷契約の一番の問題だと考えているなら、概ね正解だ。アコールもそう考えている」
「アコール?」
「俺たちのブレインだ」
束になったコピー用紙にはいくつもの統計データが印刷されていた。簡単な収支と観光客の来場数、税収と物価から割り出した諸経費など、広く浅く時々深く、徹底した裏付けが目の前に投げ出されていた。
公表しているデータから非公表のデータ、果ては巧妙に偽装したデータまで暴かれて、数字として羅列してある。
「これを持ち込まれたら、そりゃ国税庁も動くしかないやんけ」
クロスは堂島に紙束を渡して目を通すように促す。
「こいつゴツイ見た目しとるけど、うちの経理なんよ。武闘派ってよりは頭脳派、意外やろ?」
「意外か意外じゃないかで言うと意外だが」
話題に挙がった堂島本人はそちらに注意を払うことなく、真剣な眼差しで紙束を捲る。
「俺のとこのメイは可愛い外見と裏腹に超武闘派」
「へー意外……、って滅茶苦茶強そうでどう見ても武闘派やんけ!」
「でも結構可愛い所もあってな」
「ほうほう」
ソファーに座る二人はチラチラとメイの様子を窺うが、開始から変わらぬ表情でピクリとも動かない。刺すような眼光を保ったまま徹進の周囲を見張り、危険に即座に対処できる緊張感を維持している。
護衛の練度の高さに驚いているとクロスに対し、徹進は頭を悩ませていた。
自分が手練れを連れている様を見せる目的にメイを連れてきた。だが豊かな表情を押し殺さなければならない役割を与えるのは、メイの良さを殺すことになる。
当初は葛藤に揺れ動いていた徹進だが、気付けば一方へと流れついていた。
「メイ」
「はい」
どうにかしてメイの鉄面皮を崩せないものか、と。
「……メイ」
「はい」
「普段とのギャップが最高に可愛いよ」
「はい……、っ!!?」
ぽかんと口を開けたまま固まるクロスを前に、メイの鉄面皮が砕け散り、赤面が現れた。
背を向けたまま紡がれた言葉にガードをぶち抜かれ無防備な姿を晒してしまったメイは、徹進の意図を掴み切れず、けれども茹った頭では思考を回すことも出来ず、ただ口元を手で覆い上がった口角を隠す。
「可愛い所」
ニヤニヤと眺めるクロスの目の前で、徹進は立ち上がる。
「さて、俺たちはお暇しようか」
特に乱れのない襟首を正し、平静を保とうと躍起になるメイに促す。
「もう帰るんか、色男」
「ちょっとぶらぶらとしていくよ、カウボーイ」
友人に対してそうするように軽く手を振り、メイが開いた扉から退室した。
クロスもまた、徹進の背中を手を振りながら見送る。
「堂島」
そして外から人の気配がなくなるのを待ってから、クロスは独り言を呟くように副官の名前を呼ぶ。
徹進の置いていった紙束を強く握りしめたままの堂島は、それを尻ポケットに押し込んだ。
「ハミィを呼べ」
「呼ぶんですか、あの暴走娘を?」
「暴走しても腕はピカイチやろ」
「分かりました」
口の端を緩めるクロスの表情から何かを察した堂島は、何も言わず携帯端末を操作する。
「あと、あいつは来とるんか?」
「……誰の事、と聞くのは野暮ですね。恐らく今日も来ている筈です」
二人はとある常連の、見飽きた顔を思い浮かべる。
目立ちたがり屋で、負けず嫌いで、周りに流されやすい常連客の女。
「立夏も巻き込みますか?」
「アホ言うな」
クロスは快活に笑い、堂島の言葉を否定する。
「巻き込むんやない、……巻き込まれるんや」
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