第23話 圧勝の余韻
商店街の片隅にある中華料理店、鳳凰飯店では、数日前と同じように沢山の住民が集まり、戦勝祝賀会を開いていた。
「えーそれでは、壬生狼の駆逐と我々の完全勝利を祝って」
「本日七度目の乾杯!」
「カンパーイ!」
グラスにジョッキ、統一感のない杯を手にした若者たちが、乾杯を合図に一斉に中身を飲み干す。
誰もが口々に戦果を語り、今まで味わったことのない圧勝の余韻を満喫していた。
比較的年配である高村什造たちですらそうなのだから、壬生狼が跳梁跋扈していた日々がどれだけ辛いものであったのかが分かる。
「だーかーらー、本当だって」
「例の猫耳少女?」
「吉見さんたちも見てるんだよ。金髪に黒耳の!」
壬生狼の第一要石の制圧に向かった大野たちも同様に盛り上がる。
わいわいと、見てきたものを仲間たちに話していた。
「帆高さんは?」
唯一斗貴子だけが、ツバメについていったことで戦場を共有出来ず、狂騒から取り残されていた。
「テツならいないよ」
「カキとオットを連れてお出かけ中」
厨房で腕を振るうケイとメイが斗貴子の疑問に答える。
「いつものアレよ。要所に、要石を置いていくやつ」
「人数が確保出来た時は絶対にやるアレ? 効果あるの?」
「さあ」
ドンと大皿に盛りつけた料理をカウンターに並べると、どこのテーブルからか腹をすかせた男たちがやってきて運んでいく。
次の料理の下準備をケイに任せ、メイはカウンターに座る斗貴子に話しかける。
「次は南って言ってたね」
「はい。カウボーイとは手が組めるとか」
「C・ジャスティン?」
「確かそう名乗っていた筈です。ひょっとして知り合いですか?」
「んー、元同業者? 評判は悪くないよ。僕らと違って義理堅いって有名だったし」
そう言って瓶ビールを口元に運ぶ。
斗貴子は同姓ながらメイの鎖骨と綺麗な首筋に胸が高鳴るのを覚え、大人の女性だ、と人知れず生唾を飲む。
「そうそう、知り合いと言えば」
何かを思い出したメイは、調理を始めたケイに問いかける。
「何て名前だった? 三年前の、ほら、協力者の」
「サクラ?」
「そう、サクラ。結構仲が良かったみたいで、居場所を知りたいってテツが嘆いてたな」
しかしサクラと名乗る人物に心当たりのない斗貴子は首を横に振る。
七十万近くの島民を抱える明乃島は、更に東西南北と居住区が分断されている。管理局が情報を遮断している時勢も合わさり、三年間もの間、西部では他勢力の状況を知ることが適わなかった。
三年前に徹進らが陣取っていたのは北で、三年の月日が流れては島に残っていない可能性もある。
「テツが本当に会いたいなら、意地でも見つけ出すかな」
メイはビール瓶を握ったまま厨房に戻っていく。
母親や学校の先輩、道場の門下生とは違う。
「大人の女性……」
凛々しく、可憐で、一本筋の通った女性。
斗貴子はぼうっと、目指すべき姿を見つめていた。
⚓
明乃島の西部を勢力下に置いた徹進は外縁をぐるりと一周、カキとオセロットを連れて回っていた。
「いけるか、徹進」
閉鎖された鉱山、南北に繋がる幹線道路、中央部との間に広がる広大な森林地帯――徹進は全てを自分の目で見て、地図と見比べ、守れるのかどうかを確かめた。
今は森林地帯の大部分を見晴らせる高台に立ち、遠く地平線の外まで見つめている。
「徹進、私の担当はそこかにゃ?」
「オセロット、ここはお前に任せる」
徹進は右隣の少女――猫耳を生やした幼い女の子の頭を撫でる。
浅黒い肌に癖毛の金髪、茶色に近い黒の猫耳と尻尾は現実世界の頃と同じだ。
犯罪的な光景であったが、このやり取りは現実世界でも同様に行われている。双方合意の上だ。
「一人も通すな。踏み入れた敵は全員殺せ」
どのくらい広いのだろうか、とカキはぼんやり考えていたが、オセロットは容易にそれが為せることを思い出す。
世界中の手練れを搔き集めた珊宝商会で、主戦力の一翼を担うコーラルサファイア号。
その乗組員の中でも、オセロットの異質さと戦闘力は頭一つ抜けている。
「なあ、徹進」
現実世界に戻り、車に乗り込んだ徹進に助手席のカキが尋ねる。
「いや、ルビーが近くにいるのは聞いただろ? 鬼怒川に頼んで寄ってもらえば三日もかからないんじゃないか」
自船のコーラルサファイア号はとある事情で動かせないが、僚船であるコーラルルビー号はそうではない。
近くにいて、サファイア号と同等の戦力を保持するルビー号に応援を頼み、早々に決着を付けてはどうかとカキは提案する。
「ルビーも嫌とは言わない。俺たちに、サファイアに大きな借りがある。徹進、お前にも個人的な借りがある筈だ」
「……キヌなら頼めばやってくれるだろうな」
「ならそうすればいいじゃないか。俺たちには時間がない。知ってるだろ、次のパナマ」
パナマ、と言われて徹進の頬が引きつる。
「攻略戦には参加する。招集されているし、そもそも俺たちがいないと始まらないだろ」
「だから早く切り上げて向こうの地盤を――」
「地盤はここだ」
徹進がアクセルを踏み込むと、景色がどんどん取り残されていく。
「明乃島の港湾を整備しなければアジアからの物資が滞る。港湾の仕事を回すには現地の労働者の協力が不可欠。不純物は住民と一緒に叩きのめしていくのが大切なんだ。時間をかけて侵攻することで自分たちに利益があることを納得させ、従属ではなく恭順させていく。キヌには出来ないやり方だ」
「どのくらいかかる?」
「アコールに聞け……と言いたいが、俺の見立てだと早くて三週間ほど」
運転中の膝で、黒猫に戻ったオセロットが「本当か?」と言いたげに見上げる。
「まあ見ていなって」
「徹進が良いなら、俺も異論はないさ」
「サクラが見つかれば、もっと楽になるんだけどな。いない奴の話をしても仕方ない」
「いない奴、いなくなった奴、裏切った奴……、なあ徹進」
海沿いの道に出る。
真っ赤な夕日が水平線に飲み込まれ、徹進の横顔を紅く照らしている。
「……オウルのことは、まだ諦めていないのか?」
カキの問いに、徹進は何も返さない。
オウル――サファイア号を裏切り、惨劇を残していった元仲間に対する姿勢を、徹進は明らかにしていない。
盲目の女剣士と徹進。
二人の関係を知るカキは、気が気でなかった。
消えた裏切者と世界の狭間から帰れなかった仲間たち、裏切者を庇う徹進の危うくなる立ち位置。
「徹進、程々にしておけよ」
経験を積むという名目で左遷同然の転船を余儀なくされ、二年の歳月を犠牲にやっと戻ってきたのである。
「肝に銘じておくよ、カキ」
腕前はピカイチ、けれども危うい幼馴染。
カキはただ、側について歩くしかなかった。
道を踏み外さないようにするには、それが一番だと信じていた。
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