第21話 鳥籠と楽園



「アーケードの戦いは終わった」


 先導する徹進は、後ろの二人――斗貴子とツバメに聞こえる声量で告げる。


 三人は逃げていた。


 戦場に入り込んだ異分子を始末すると息巻いていた徹進だが、触覚糸を伸ばすにつれてその数の多さを知り目を丸くした。

「ツバメが残らず始末します」とツバメは大口を叩いたが、徹進が許さないのは言うまでもない。


「あいつら、『苦悶する処刑人たちの互助会』だ」


 包囲の一部を無理矢理突破した際に、徹進は異質な敵の正体を言い当てた。

 進路を南西へ。

 アーケードや吉見たちのいる場所の反対側へと徹進は道を選ぶ。


「その、互助会ってなんですか!」

「管理局のヤバイ奴らだ」

「ヤバイって、何がヤバいんですか?」

「全員頭のネジがぶっ飛んでる。捕まった奴も頭のネジがぶっ飛ぶ。そんで全員それなりに強い。序列は確か34位だとか」

「序列って何ですか」

「管理局の作ったシステムで、一位から十二位までは特別な将号が与えられ、それ以降は完全実績主義の――って、後で教えてあげるから。今は逃げるのに集中していいかな!」


『苦悶する処刑人たちの互助会』は管理局側が上から34番目と認めるほどの手練れであり、彼ら多数を前にしては流石の徹進も会話に割けるだけの余裕はない。

 立ち止まり、汗を拭い次の道を探す。

 普段は走りながらでも行える探索も、今は慎重に慎重を重ねていた。


「こっちだ」


 徹進の能力は、五感を糸状にして拡張する触覚糸である。

 五感の中でも視聴覚に特化した糸を周囲に張り巡らせることで広域かつ膨大な情報の収集を可能にしていた。敵の動きが全て手に取るように分かる仕組みはそこにあるが、万能かと問われれば、そうでもないと答えるしかない。

 相手に情報が筒抜けであるなら、それを前提に動けばいい。

 包囲するのなら穴を作らず完璧な包囲網を作り、戦うのなら真正面から叩き潰せるだけの戦力を投入したらいい。

 情報の優位は確かにあるが、どれだけ情報があったとしても扱い方を誤ればないのと変わらない。

 それで全てが決するほど世界は甘くはないのだ。



「全員が揃いの三角頭巾――ツバメには昼間の奴らと同じに見えますが」

「同じだ。中身もな」


 徹進はツバメの疑問を肯定する。


「だからあいつらは厄介なんだ。率いる将によって、ガラリと変わる」

「今回はどんな感じですか?」

「今回は……、時々消える。俺の索敵網からな。初めて遭遇する相手だ」


 再び徹進は立ち止まり、更に深く触覚糸を伸ばしていく。

 市街を抜けた徹進らを追う人数は多くない。精々十人が良い所で、ちぐはぐな動きをする者まで加えると十五人が徹進の索敵網に引っ掛かっている。


「会話が聞こえるな」


『苦悶する処刑人たちの互助会』の処刑人たちは、基本的に喋るために必要な部分が壊れているので仲間内での会話は行わない。指揮官クラスは喋ることも出来るが、それでも会話が通じるかと聞かれれば、首を横に振るしかない。


「面白いことになりそうだ。奴らを利用しよう」

「帆高さん、例の処刑人以外にもいるのですか?」

「当然だ」


 徹進は斗貴子の疑問に答えるように真っ直ぐと指をさし、ツバメに先行するよう命令する。

 行き先はフェリー乗り場、海沿いに進めば迷うこともない。


「逃げ出した壬生狼だ」


 壬生狼と聞いた途端、斗貴子の身体が強張るのを徹進は見逃さなかった。

 斗貴子と壬生狼の間には確かな遺恨が存在する。

 アーケードで散々に斬り合えば鬱憤も晴れただろう。しかしツバメに同行してこちらに来てからの戦闘は、ツバメが先走った一回のみである。

 有耶無耶になって消えてくれれば全てが丸く収まるが、斗貴子は徹進の想像以上に執念深い面を持っていた。


「斗貴子も先に行け」

「行けって、帆高さんは」

「俺は処刑人たちを始末する。奴らの狙いは俺たちだが、個人に狙いを絞ってはなさそうだからな」


 徹進は手早くスリングで弾を飛ばしていく。

 前方に七つ、後方に九つ。

 打ち出した総数は索敵に引っ掛かった数よりも遥かに多い。


「南か……。次は南になりそうだな」


 触覚糸が拾う情報を吟味しながら、徹進は呟いた。



 ⚓



 明乃島唯一の玄関口であるフェリー乗り場の前には大きな幹線道路がある。日中の現実世界であれば物資を運ぶトラックや観光客を乗せたバスの往来がある。途切れることはないとはいかないが、堂々と真ん中に立つのは危険を伴う。

 しかし明け方の漂流世界となれば人や車の姿はなく、空虚な空間にただ草木と建物だけが取り残されていた。


「――!」

「……!」


 ツバメは勘が鋭い方であり、それが信用に足る要素であると知っていた。

 過去に起きた度重なる不幸とそれが齎した境遇――それらを脱して得た現状に満足しているし、ここに辿り着いたのも流された訳でも特別考えた訳でもない。

 本能の囁きに従っただけだ。


「同胞か」


 相手の纏う雰囲気から全てを察して、ツバメは武器を下ろす。


「アンタなんて知らない」


 ツバメと向き合う赤髪の少女は、紅玉の瞳を炯々と輝かせて睨みつける。

 壬生狼ではない。

 処刑人でもない。

 レイピアを握る少女の足元には、二人の壬生狼――山南と藤堂が倒れ、その奥には処刑人らしき三角頭巾の残骸が見える。

 壬生狼の二人は足をズタズタに切り刻まれ、致命傷に届かない激痛に呻き声を漏らしていた。


「ツバメも知らない。でも同じ場所で……いや、同じような場所で育った」

「……」

「私はツバメ。名前を教えて。あなたは何処の鳥籠から逃げてきたの?」


 同じ過去の共有する者として、ツバメは一切の害意を伏せて話しかける。

 一方で赤髪の少女は歩み寄るつもりなどないと突き放す。


「私の所にいたツバメは、アンタじゃなかった」


 少女がレイピアを振り抜くと、壬生狼の血が道路に散る。

 そのまま切っ先を向け、紅玉の瞳に敵意の薪をくべる。


「あそこは楽園だった。鳥籠と言い張るアンタは、私の同胞じゃない」




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