第20話 人のパーツが宙を舞う



「椿さん、楓さんが――!」

「聞こえたよ。討たれたって」


 三岳建設の従業員である若者の言葉を椿は聞き流す。

 密かに敵本陣を襲おうと移動していた左と違い、椿の作った右の拠点は敵を屠り続けていた。


「楓が弱いのは知ってるよ!」


 薙刀を振り下ろすと、壬生狼の肩口からバッサリと血の華が咲く。


「ただ、普通にやられたんじゃないのも分かる。態々知らせるってことは、何か出てきたんでしょ!」


 狼狽える仲間の背を叩き、一歩前に出ると大声で叫ぶ。


「出てきなよ、おっさん! 臭い殺気が漏れてんだよ」


 ペッと血の混じった唾を吐き捨てると、椿の前の人垣が割れて山南が現れる。


「口の悪い子供だ」

「楓を斬った程度で粋がるなよ、おっさん。楓は私たち兄弟で最弱――兄貴、私、楓の順番。格が違うの。分かる?」

「分からんよ。おっさんの私から見たらどちらも尻の青いガキだ」

「あっそ。なら死ね!」


 いつの間にか周囲は一騎打ちの様相に早変わりしていた。

 椿と山南――退治した二人の背を、それぞれの陣営が見守っている。


「手出しするな!」


 背後に控える壬生狼たちか、椿の首を落とそうと隙を窺う藤堂か、山南の制止が誰に宛てたものだったのかは分からない。

 ただ薙刀を中段で構える椿には、隙など微塵もなかった。

 騒めく人垣に囲まれながら、椿だけがピタリと静止している。

 まるで獲物を待つ狩猟罠だ。

 山南だけではない。誰が飛び込んでも、あの凶暴な罠は人を食い殺すことを躊躇わない。


 ゴクリ。


 周囲はいつしか唾をのむ音が聞こえるほどに静まり返り、対峙した二人の行く末を見守っている。

 伸るか反るか――決着は一瞬でつく、と誰もが思っていた。



 その拮抗は、思わぬ所から崩される。



 一騎打ちの場から遠く離れた一角が、突如奇襲を受けたのだ。

 人のパーツが宙を舞う。

 抵抗の間も与えずに壬生狼たちは斬られ、絶叫を響かせ要石に送り返されていく。


「何奴!」


 山南は騒ぎの方向へと目を向ける。

 何に襲われているのか、それは対峙した壬生狼たち以外には知る由もなかった。

 襲撃者が集団であれば事前に気配を察知して対処することも適うだろうが、今回はそうはいかなかった。


「うりゃああ!」

「チェェェィッッッ!!」


 朝霧と高村什造――敵の海に分け入ってきたのは二人だけである。

 アーケードの方へと流れた壬生狼の大半を討ち、残りを後続に任せて入ってきたのだ。


 朝霧の槍捌きは突出している。

 目の前に人だかりがあれば薙いで叩き伏せ、向かってくる者がいれば容赦のない突きで防御ごと四肢を穿つ。逃げる者の背を穂先で撫で、倒れた者の骨を石突で砕く。

 朝霧のゆっくりとした歩調を誰も妨げることは出来ない。

 その足跡は返り血で真っ赤に染まっていた。


 高村什造も、磨き上げた腕に恥じない奮戦ぶりである。

 警察官として過ごす傍ら家業の剣術道場を守ってきた手腕は流石のもので、同じ武器を使っているはずなのに壬生狼たちは近づけない。

 刀を握る腕が振り下ろす前に身体から離れ、恐怖で震える足は血を噴き出しながら明後日の方向に逃げていく。

 鬼気迫る什造に心底怯え、自ら刀を手放す者さえいた。


 幹線道路に戦場を移してから十分な時間が経過して、死んだ壬生狼も続々と前線に戻ってきた。


「ば、ばけもの……」


 戻る傍から二人に殺されていくので、総数は増えるどころか次第に減っていく。

 それでも本陣を守ろうと壬生狼は立ち向かい、為す術もなく討たれていく。


「違う、あの二人の目的は――――」

「隙アリ!」


 山南が朝霧に向かっていく仲間を止めようと振り返った瞬間、椿の薙刀が裏腿を裂く。

 ヨタヨタと数歩だけ歩いた山南は、朝霧の前に躍り出る形となった。


 山南の右腕が跳ぶ。

 

 朝霧は一瞥もくれずに次を討ち、気付けば幹線道路の一帯から戦える壬生狼はいなくなっていた。

 何十人もいた筈の壬生狼が、たった二人に倒された。

 二人が強いのは確かだが、開戦直後に投入されていたならここまで一方的にはならない。

 壬生狼側が必殺の刺客として山南や藤堂を温存していたように、住民側も戦局を一気に決める為だけに朝霧と斗貴子の父親を残していた。

 疲労が蓄積した相手を圧倒的な武力で刈り取り、戦意を根こそぎ挫いていく。

 全て、徹進が指示した通りの筋書きだ。


 街灯に照らされた朝霧はに、呼吸の乱れ一つない。

 愛槍で右腕を失い蹲る山南の背中をぱっくりと切り裂くと、朝霧は椿たちを促す。


「総仕上げです。行きましょう」


 前方では多くの壬生狼が動けずに鎮座し、後方からは続々と味方が現れていた。

 勝敗は、既に決していた。



 ⚓



「お前たちの負けだ」


 刀の切っ先を向け、高村什造が言い放つ。

 朝霧が山南を討った頃に什造も敵本陣に到達、向かってきた二人を苦も無く切り伏せ近藤と対峙していた。

 近藤の背後には要石がある。その周囲では死に戻り直後で動けない壬生狼たちが多く倒れ、住民に囲まれた今となっては動ける者も完全に戦意を喪失していた。


「……」

「近藤、震えて声も出ないか? それとも年を取りすぎたせいか?」

「貴様、何故俺の名を……」

「一目で気付いた。あの壬生狼だとは俺も思わなかったし、思いたくもなかったが」


 そして什造は、かつて警察内部で壬生狼が話題になっていたことを話し出す。

 悪逆と暴力が蔓延る魔都京都で、無辜の民を守るために尽力した剣客集団がいたこと。

 数々の大会で好成績を残していた壬生狼が官民問わずに人気を集めていたこと。

 その壬生狼の話題が、ある日を境に全く聞こえなくなったこと。


「だが、犯罪者であるなら容赦はしない」


 何があったのかなどは一切尋ねない。

 長い間に渡り住民の生活を脅かし続けた壬生狼が裁かれることを、ここに集う誰もが望んでいるのだから。


「剣客として果てたいのならば――、刀を抜け、壬生狼」

「くっ!」

「お前の引導はこの鎮東流剣術師範、高村什造が渡してくれる!」


 刀を構える什造につられて、近藤も刀を抜いた。

 対峙する二人。

 しかし椿と山南の一騎打ちのような緊張感や最終決戦に対する盛り上がりは一切なく、誰もが冷めた目で見守っていた。


「相手にならないな」


 壬生狼に雇われた傭兵の一人が鼻で笑う。


「てゃぁーっ!」

「チェェェィッッッ!!」


 勝負は一瞬。

 刀を振り上げ斬りかかる近藤の両腕を斬り飛ばした什造は、そのまま通り過ぎ様に首を刎ねた。


「敵将は討ち取った!」

「う、うおおおおおおおおおおおお!!」


 什造がわざとらしく勝ち名乗りをあげると、壬生狼たちを捕縛していた住民も呼応して勝鬨をあげる。

 決着はついた。


「俺たちの負けだ」


 死に戻りから目覚めた近藤もそれを認めた。

 しかし数人、捕縛から逃れた古株がいたことは口にしなかった。


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