第19話 瓦礫の山



 刀を手に戦場を睨む近藤は、敵味方入り乱れる人混みの中に特別若い少年と少女を見つける。

 双方手傷を負っているが懸命に仲間を指揮し、活路を見出そうとしている。


「あいつらが将……いや、将の器は持っているが、まだ未熟か」


 将軍や武将、将棋の王将などの言葉から分かるように、将とは、他人を率いる者を指す。

 先陣を切って突っ込んでいく将もいれば、後方にどっしりと構えて指示を飛ばす将もいる。


 けれど漂流世界の将とは、単に肩書を指すものではない。


 漂流世界の将とは、付き従う者たちに大きな恩恵を与えることが出来て、仲間の力を纏め上げて常人離れした能力を扱える者たちだ。

 一流の将が率いているだけで何十倍もいる敵を突破した記録もある。

 経験、才能、幸運――将に必要な要素は個々人によって異なるが、得難い存在であるのは確かである。


「あの二人の首をとってこい」


 未熟とはいえ、将を討てば敵は折れる。

 近藤は側近の二人――山南と藤堂に指示を出す。どちらも手練れで、壬生狼の中でも古株だ。開戦から要石の警護に付いているので精神的にも肉体的にも疲労はない。


 二人は戦場を見渡し、椿と楓を見つける。

 あの若者を、自分の半分も生きていない少年少女を「斬れ」と近藤は言ったのだ。

 二人は苦々しい表情を浮かべ、それでも頷き走り出していった。


「恥も外聞もない」


 山南が去り際に吐き捨てた言葉を拾い、近藤は泣きたくなった。


 二人の言葉は尤もである。


 近藤は椿と楓の奮戦に敬意を払うことなく、乱戦の最中に切り捨てろと必殺の二人を送り出した。自分たちの半分以下の年齢の子供を、情け容赦なく切り捨てろと。


 相手の手腕は見事だった。

 烏合の衆を纏めて、上げもせず下げもせずに戦線を維持する指揮能力。

 一瞬の隙を逃さず追撃を仕掛ける戦術眼。

 不利な状況で勝利を諦めない性根の強さ。


 反面、近藤は散々である。

 裏をかいた作戦は簡単に読まれて迎え撃たれた。

 絞り出した策は破綻する寸前である。

 更には勝ちを確実にするために、外道に手を染めている。


「恥も外聞もない」


 その言葉が頭の中で反芻する。

 近藤は足りない戦力を傭兵を雇うことで補った。それは管理局の提案であり、反対する仲間も多くいた。

 信頼が音を立てて崩れていくのを感じたが、後戻りは出来なかった。


 そこまでして勝ちたいのか。

 傭兵を雇ってまで手にした勝利に、何の価値があるのか。


 全て崩れていく。

 それでも近藤にとって、この瓦礫の山は大切な物だった。



 ⚓



 ドッと場が沸くのを椿は感じた。


「あれは、楓の……」


 椿は壬生狼の先――弟がいる筈の場所を睨む。




 ⚓




 椿と合流した楓は、不利な戦況を覆す策など持ち合わせていなかった。

 斬りかかる敵を押し返し、時には得物を叩きつけ、生まれた僅かな間に言葉を交わす。


「姉さんは味方の半数を右に、僕は残りを左に。少しずつ誘導しながら戦ってください」

「りょーかい! ……ってダメじゃん!」

「真ん中に穴は出来ます。でも僕たちは全滅しません」

「――――いいのね、分かった!」


 椿は大きく薙刀を振るい敵を退けると「右へ」と叫び薙刀の切っ先を向け、楓もそれに倣いメイスを掲げて残った味方の誘導を始めた。

 どちらも十人前後の拠点、狙われたら一溜りもない。

 けれども全員が乱戦で生き残っている実力者――十人と言う数は無視は出来る数ではない。


「奴らを殺せ!」


 満身創痍の敵が更に二つに分裂したとなれば、簡単に捻り潰せるだろうと、前線に立ち指揮している土方や他の隊長たちは考えた。

 しかし何度も殺され、殺してきた壬生狼の隊士にとって、二人が動いて正面にぽっかりと開いた穴は、勝利に届く道であった。

 千載一遇の好機。

 これを手に入れる為に、ただ勝利を掴むためだけに戦ってきた彼らに、その誘惑を退けるだけの余裕はなかった。


「突破したぞ、進めー!!」


 楓は偽の掛け声をあげる。

 近くで戦っている者は敵の楓が発したと分かるが、離れているとそうはいかない。

 蜜に吸い寄せられる虫のように、少しずつ傾いていた意識が完全にアーケードの入り口に向かった。


「機を見て敵本陣を突きます」


 起こり始めた流れを横目に、楓はほくそ笑む。

 一度は頓挫しかけた勝利への道筋が、再び見え始めたのだ。


「――っ、楓さん!」


 拠点を少しずつ敵本陣に向けて移動させる最中、屈強で死に戻りの回数が極端に少なかった若者が斬られた。


 皆の注意が斬った男――山南に向けられた、ほんの一瞬の間。


「やはり子供か」


 藤堂の白刃が、楓の首を刎ねるには十分な間であった。


「な」


 熟れた果実のように楓の首が落ち、少しして鮮血が噴き出す。

「何故――」と言いかけたまま楓の表情は固定され、すぐに砂状に崩れて消えていく。

 死に戻りだ。

 対峙する壬生狼たちが歓声をあげる。

 必殺の一部始終を目の前で行われた住民たちは、ただ呆然と藤堂を眺めることしか出来なかった。


「後はお前たちが始末しろ」


 山南と藤堂は周りの壬生狼を嗾けると、悠々と人混みの中へと入っていった。

 左の拠点には既に楓はいなくなり、下手人の背中を追えるだけの余力を残した者もいなかった。


「楓さんが討たれたー!!!」


 唯一出来たことは、大きく叫ぶことだけであった。

 弟が討たれたと知れば、姉である椿は動揺するだろう。


 しかし、同時に警戒も強める。


 この状況で椿まで失えば、完全に瓦解する。それが分かっているからこそ、声を張り上げた。


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