第18話 若者の弱点は経験不足だと考える
このままでは勝ち目はない。
死ぬ。戦場に戻る。そして死ぬ。再び走る。
戦況が拮抗してから数十分が経過していたが、壬生狼の総隊長である近藤は先の視えない戦場に絶望を感じていた。
何度も殺された部下たちの精根が尽きるのが先か。
倒れても走る部下たちの姿を前に自分が耐えきれなくなるのが先か。
近藤は周囲を見渡す。
壬生狼を結成してから十年が経ち、紆余曲折の末に今に至る。
結成当初のメンバーは減り、志は露と消えた。
都市全体を巻き込んだ動乱の末に活動拠点としていた京都から追い出されてからは更に拍車がかかり、今や元の壬生狼とは名前以外の共通点は消え失せている。
チンピラの集まりだ。
してきたことを思うと住民が怒るのは当然だ。
だが自分たちが掲げた旗の下に集った仲間たちを見捨てることなど、近藤には出来なかった。
犯罪に手を染めたとしても、人道に悖る行為を繰り返したとしても、どうにかして仲間を食わしていかなければならなかった。
「何か策を……」
しかし、複雑な手は使えない。
京都を追い出されて以降、正々堂々、真正面からの戦いの機会に恵まれなかった壬生狼に、策を実行出来るだけの組織力は備わっていない。
入れ替わる人員、闇討ちという安易な手段に頼り切ったことも、原因の一端を担っていた。
士気と忠誠心は高い。
けれども肝心の実力には、ぽっかりと大穴が空いている。
「土方!」
近藤は死に戻った古参の一人を呼び止める。
「近藤さん、なに辛気臭い面してんだ。奴らは弱いぜ!」
「弱い?」
「個々で強い奴はいるが、所詮は烏合の衆だ。あと少し、もう一押しで崩せる所まで来てる筈だ」
「烏合の……、そうか!」
近藤は気付く。
住民の寄せ集めである相手は、自分たちより烏合の衆――統制を行うのが困難な状況にある。
陣頭で指揮をしている楓は若く才覚に満ちているが、膠着状態から立て直しを図ろうとしないのを見るに全体を掌握するほどの信用は得ていない。
土方を筆頭に、実際に前線に出張る隊士はそれを嗅ぎ取っていた。
だからこそ、いつ折れても不思議でない状況でも士気を保てているのだろう。
なぜ烏合の衆が猛攻を凌げているのか。
個人の武力で押し切る。
人数差で圧倒する。
相手は、その便利で効果が大きい方法を採用してはいなかった。
「土方、前線に出てから生き残った手練れを数人集めてくれ」
「応っ!」
「策を使う。準備ができ次第実行に移してくれ。タイミングは簡単だ。奴らが――――」
近藤は思いついた策と住民側の抱える弱点を簡潔に、そして熱を込めて伝えていく。
「――――以上だ。出来そうか?」
「ああ、出来る。必ず成功する。近藤さん、俺はそんな気がしてならないぜ」
「頼んだぞ」
近藤は土方の背を押して送り出す。
その瞳には敵陣を指揮する楓の姿しか映っていない。
脳裏を過る閃きが、誰によって用意されたものなのかも、当然気付きはしなかった。
⚓
壬生狼の斥候部隊が徹進に狩り出されるほんの一時間前、人員配置の通達を終えた後に開かれたブリーフィングで、徹進は予言する。
「相手は必ず、俺たちが烏合の衆であると気付く」
他の住民がバリケードの準備をする一方でブリーフィングに集められたのは状況に対する理解が早いと徹進の目利きが判断した者たちで、その中には楓もいた。
徹進はアーケードの概略図と敵味方双方の簡単な動き予想を記したホワイトボードを背にしている。
学校の授業宛らだが、雰囲気はどこまでも緩い。
引き締めないと機能しない人種は呼んでいないからだ。
「だが不思議なことに壬生狼は烏合の衆を突破できない。何故だ?」
「人数差があるから」
「はい楓、半分正解。残り半分は?」
「残り半分……、バリケードがあるからですか?」
「残念。西側にはバリケードは設置しない」
「帆高さん、ここが十分な幅が取れないからでしょう。武器を振るうには狭くなく、かといって何人も展開できるほど広くはない、つまり絶妙な幅だ」
「流石高村師範、その通りです」
徹進は微笑み、ホワイトボードの略図に印をつけていく。
「道の狭さは弱者の味方。西側の戦場は誰が指揮しても乱戦になる。泥沼の消耗戦、敵味方入り乱れて碌に前に進めなくなる」
「乱戦、ですか……」
「乱戦は強者も弱者も関係なく死ぬ。普段は絶対に見せない背中を、死角を、急所を、常に晒すことになるからだ。簡単に死ぬ。技術なんて関係ない。簡単に斬って斬られての繰り返しだ。突出した実力者がいたら別だが、壬生狼にそんな便利な奴はいない。運よく乱戦を抜け出す奴がいても――」
「後詰で囲んで始末すればいい」
「正解。そして楓の仕事はまさにそれだ」
ペイントマーカーを躍らせ、ホワイトボードには天秤が現れる。
「乱戦に投入する人数の調整。そして年若い楓が指揮していると壬生狼に見せること」
「油断を誘う、ということですか」
「逆だ、相手に慎重な手を選ばせるためだ」
これには楓だけでなく高村も首を捻る。
「継続した戦いで油断を誘う意味は薄い。ずっと同じ相手と戦い続けるからな」
「確かに」
「逆に手強いと思われるとどうなると思う? 思った以上にやる若者だが――、そう、きっと経験は足りていない筈だ。年長者は必ず、活躍する若者を見ると弱点は経験不足だと考える。何の根拠もないのにな」
「経験不足なら……罠に嵌めてやろう、と僕なら思います」
「その通り。どう嵌める?」
徹進の問いに、楓は押し黙る。
ジッとホワイトボードの略図を睨み、ふと顔を上げる。
「……誘い出す」
近づいた楓はペイントマーカーを手に、徹進の略図に書き込んでいく。
「狭いアーケードから敵を、僕たちの主力を引っ張り出して、背中を討たれない場所で存分に戦います」
限られた乱戦の利点は人同士が近いことであり、それを排して正面からの斬り合いになればどうしても壬生狼が有利になる。住民同士、即席で個々の連携を取れるほど戦い慣れていないからだ。
「そして罠に嵌めようと動いた瞬間、そこが狙い目だ」
楓からペイントマーカーを受け取り、徹進が次々と丸と矢印を書き込んでいく。
北側を除くすべての場所から、西側に向けて。
⚓
ここだ。
徹進から連絡を受けて数分後に、その時はやってきた。
前線で戦っていた壬生狼の数人が、突如背中を見せて逃げ出した。残された仲間たちは戸惑い、その内の一人が斬り殺されたのを皮切りに堰を切って逃げ出した。
「斗貴子の親父さん、朝霧さんに伝令を」
壬生狼の誘いは、事前に聞かされていなければ戦意喪失からくる後退に見えに違いない。
防衛側は壬生狼の後退に合わせてジリジリと前線を押し上げていき、いつしか片側三車線の幹線道路にまで到達していた。そこまで離れてしまうと楓の知覚の外であり、指示も届かない。
後退した壬生狼を追っていったのは二十人前後、その中には姉の椿もいる。
姉を始め、追っていった誰もが壬生狼の策に気づいてはいないだろう。
それは正しい戦い方だ。
逃げた相手を勢いそのままに追いかけて、大いに背中を討つ。
その先に伏兵が配置してあろうと、流れを塞き止めるのは容易なことではない。
死ねば終わりの現実世界とは違う。たとえ殺されてしまっても、敵の戦力を削る意味はある。
捨て駒だ、と憤る者も出るかもしれないと開戦前の楓は怯えていたが、死んでは戻りを繰り返す姉たちを見て、その不安は完全に消え去った。
「僕たちも出ます。ここからは時間との戦いになります!」
楓は防衛線を維持するために残った三十人弱に檄を飛ばす。
前方では剣戟が鳴り響き、怒号が大地を震わせる。
「相手は追い込まれています。後ろの守りを考える必要はありません。殺して、殺して、殺し尽くしましょう!」
楓はメイスを前方に振り下ろし、それに合わせて三十人弱の第二陣が突撃を開始する。
多少の個人差はあるものの、属性により生まれる足の速さは同時にスタートを切ることでより顕著に表れる。
最も早い突属性はぐんぐんと後続を突き放し、それに遠、斬、打と続く。
一丸になって突撃するべきだと、さも正しいことのように口にする者は多い。
だが属性によって扱う武器種が異なる以上、それは得策ではないと楓は知っていた。
故に決め事はただ一つ。
突撃する時に先行するのは、必ず突属性。
幹線道路に飛び出すと、背を向けていた壬生狼が楓たちに気付く。
「新手だ!」
「やれ! 殺せえええええええええええ!!!」
先行した突属性の四人は、それぞれ武器を振るう。
槍や薙刀など種類に違いはあるが、どれも壬生狼が持つ刀よりも射程がある長柄の武器だ。
ブォン!
乱雑に薙ぎ払った攻撃に壬生狼が何人も打ち倒される。
身体能力が強化される漂流世界では直接刃物部分が当たらなければ致命傷に届かないことが多い。射程の優れる遠属性や間合いで有利になる突属性が日の目を見ないのは、頑丈な人間の身体を効率的に壊せないからだとも言われる。
「倒れた相手にトドメを!」
突属性が敵に分け入り、三十人もの人の波が遅れて戦場を侵食していった。
どんどんと敵の奥深くに侵攻する突属性を、追随する遠属性が援護する。そして長柄に打たれて倒れた者、過ぎ去った敵の背を目で追った者を、後続の斬属性と打属性が集団で討っていった。
「見つけた、姉さん!」
「うっそ、楓じゃん!」
壬生狼の囲いを突破していくと、そこには先に突入した姉の椿が奮闘を続けていた。
二十人近い人数で追撃を仕掛けたが現在椿を囲むのは五人で、誰もが満身創痍である。
普通ならば生き残っていたことを褒める所であるが、楓にそこまでの余裕はなかった。
壬生狼の総数が、想定よりずっと多い。
楓が目で確認しただけでも十五人以上が斬られ、相手側の要石に送り返されている。椿の追撃で討った数も合わせれば現時点での戦闘不能者は三十人は超えていて然るべきだ。
だが目の前にいるのは優に三十を超える規模の人垣で、幹線道路を挟んだ向かいの空き地に設置された要石には後詰もいる。
「六十……、いや七十人規模……」
殺しきれない。
楓が想定していた敵の人数は、後詰も含めて四十人程度である。
最初は乱戦で凌ぎ、開けた場所に出てからは数の力で圧し潰す。
この作戦を採用した徹進の意図がそこにある――楓は、そう信じていたのだが。
「これはちょっと、裏目に出たかもしれませんね」
幹線道路を半ば進んでからは突入した時に見せた勢いはなくなり、住民側は一人また一人と斬られていく。
時間との戦い所ではない。
「この数で全滅だけは、絶対に……」
絶体絶命、攻めが一転して窮地に立たされた楓は、ぐっと歯噛みした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます