第16話 口は一つ
北のバリケードに壬生狼が突撃する。
組み上げられた角材を吹き飛ばしてアーケードに侵入、後に起こったのは多数による一方的な殺戮である。
バリケードの裏で武器を握っていた住民は壬生狼を恐れ、背を向けて逃げ出した。
「――ッ!!」
それが、彼らのシナリオであった。
「なんだこれは!」
「くそっ、とれない!」
しかし、壬生狼は止まる。
どれだけ勢いをつけたからといてバリケードを、それに隠れるようにして幾重にも張り巡らされた鉄条網を体当たりで突破することは出来なかった。
無駄に丈夫で、更に伸びる。
徹進らが多用するのは改良と改造を重ねた厄介な代物である。
冷静な時分であっても衣服に絡んだが最後、細かな返しが相手を掴んで離さない。
押し込めば押し込むほどに全身に絡み、勢いをつけた状態ならば一心同体になれると言っても過言ではない。
「ライトはこれか……!」
徹進の指示は的確だった。
壬生狼の狙いを知るや否や、張り巡らせた防壁を最大限に活かす工夫を始めた。
増員を抑えたのも、ライトを消したのもその一つ。
ライトを消したことで周辺がぼんやりと霞んで見える。武器を手に待ち構える住民の数が少ないことに意識の大半が向けば、もう誰も鉄条網など見えはしなくなる。
壊し易い物や倒し易い敵に我先にと群がってしまう。
「鉄条網を斬れ!」
それでも、捕まったのは前の十人程度。
残りは勢いを完全に失い、鉄条網を切断しようと躍起になっていた。
そこに、住民たちの刃が届く。
壬生狼が武器を刀で統一しているのに対して、住民の武装はバラバラで統一感がない。
剣や十字槍を始め、棍棒やボウガン、トンファーという普段見かけない武器を手にしている者もいた。
ここで何より有効だったのは遠距離攻撃であった。
「撃て撃て! 動いている奴から撃ち殺せ!」
北のバリケードに配置されている遠属性は二人、武装はボウガンと二丁拳銃だ。
二人は鉄条網に絡めとられた壬生狼を狙うのではなく、鉄条網に掴まった仲間を助けようとする壬生狼や鉄条網を切断しようとする壬生狼を集中的に狙っている。
徹進はそう指示を与えていたからだ。
速射性に優れ、狙いを散らせる二人の武器。
剣では防ぎ難く、また致命傷に届かないギリギリの火力も最適であった。
怪我人が怪我人を呼び、敵を攻め手を鈍らせていった。
時折仲間の背を踏み台に鉄条網を飛び越えて来る壬生狼もいたが、空中で狙われ、運良く辿り着いても囲まれて撃退された。
「一度退く!」
これ以上は無益と見た壬生狼の隊長が指示を出す。
動ける者を下がらせ、数多の傷を負い満足に動けない者を殿としてバリケードから離れていく。
「吉見さん、どうしますか?」
二丁拳銃を構えたまま、大野が息を飲む。
両陣営を分ける鉄条網は健在だ。
ならば何故、敵は殿など置いていったのか。
壬生狼の突撃を阻んだ鉄条網は、当然追撃の足を妨げる。殿は必要ない筈だ。
「キェェェェェイ!!!」
討つべきか否か、を躊躇した吉見たちの目の前で残された壬生狼たちは動き出す。
奇声をあげたかと思うと一心不乱に刀を振り下ろし始めた。
度肝を抜くとはまさにこの光景だ。
「ヤバイ、止めろ!!」
満身創痍の壬生狼は、吉見たちを見ていない。
ただ眼前の鉄条網だけを、一心不乱に叩き斬っていた。
叩き斬り、一歩前進。
それを繰り返す内に体中に生傷が刻まれ、ダラダラと赤黒い血液が流れだしていた。
威力に乏しい遠属性の二人を配置したのが仇となり、殺して止めるまでの間にかなりの前進を許してしまった。
「捕縛しろ!」
吉見が叫び、最後の一人をバリケード内部に引きずり込む。
血だらけで、刀も手放し、それでも満足気な表情で倒れている。
吉見たちはその覚悟に畏怖の念を抱く。
「なんなんだ、この男たちは……」
死を厭わずに立ち向かう。
二十代前半の若者たちを、何がそこまで駆り立てるのだろうか。
『お疲れ様でした』
倒れた男を止血して、手足を縛り終えた頃合いを見計らってスピーカーが喋り出す。
以前と比べてボリュームが上がり、駐在の全員に徹進の声が届く。
『壬生狼は中継用の要石付近を設置して、そこに再集結している。出立まで十分程度、次の接敵はその倍かかる筈だ』
「となると、二十分後か……」
ズタボロになった鉄条網を見て、吉見らは息を飲む。
『心配はいらない』
不安気な一同を、遠くから徹進が励ます。
『次はここを攻めない。所詮最初は助攻――本命を成功させる為の陽動、囮だ。目眩ましに過ぎない。防衛側の注意を向け、混乱を誘い、最短で要石に到達出来る箇所を突破してくる。それはここ、北のバリケードではない』
「最短なら東か西になるが、……西か?」
「西にはバリケードがないっすからね」
『正解、本命は西だ。要石が設置された中央広場までの道程は南北に比べて東西は三割ほどと短い。その分人数も固めているが、バリケードを設置できていないのは相手も斥候を通じて確認している』
「斥候? 北には来ませんでしたよ」
『当然だ。西側以外、バリケードを肉眼で捉える距離に近づく前に俺が撃ち殺している。最初の数時間、何も起こっていない訳じゃない。壬生狼の偵察部隊と、それの悉くを潰していく俺の前哨戦があり、意図的に与えられた情報を成果だと持ち帰った結果立てた作戦がこれだ。笑えるだろう?』
そう言われても、誰一人として徹進が何をしているのか理解できなかった。
現実として少人数で多数の壬生狼を撃退したのだから徹進の手腕を疑うことはない。徹進が規格外の手段で情報を収集し、その精度がずば抜けて高いのも周知の事実である。
敵方の情報を奪い取り、拾わせる情報を選ぶことで戦場を手中に収めている。
何故、そんなことが出来るのか。
スピーカーの向こう側は、誰も理解できないままである。
『壬生狼どもはアーケードの外で指揮している奴がいるなんて考えは浮かばないらしい。高い場所はよく見える。本当に、間抜けな奴らだ』
しかし今度は違う。
吉見を始め、察しのいい者は徹進がどのように戦場をコントロールしているのかを理解することが出来た。
露骨な誘導だ。
「ぐふっ……」
意図的な情報の漏洩。
けれども間抜けは、油断してうっかりと漏らした言葉だと勘違いする。
勝利に気が緩み、致命的なミスを招いたと小躍りしたに違いない。
「旦那、間抜けは舌を噛んで死に戻りましたよ」
情報を持ち帰る為に自死を選ぶ。漂流世界でのみ可能な荒業だ。
『大変だ。これで俺も狙われるな』
しかし敵が後退して既に十分以上経過している。
死に戻ったとして満足に口が利けるまで数分は要する。つまり持ち帰った情報は――作戦が筒抜けになっている事実は壬生狼の本隊にまで届かない。
「吉見さん、これってチャンスじゃないっすか?」
ふと何かに気付いた大野が声をあげる。
攻めに傾いた敵の人員、狙われない拠点にいる意味、半壊したバリケード、偶然に得た覗き屋徹進の所在――千載一遇の機会、どちらにとっても。
「敵本陣の守りが空く……、これか!」
明乃島西部に周囲を一望できるだけの高さを持った建物は少ない。
事実徹進はそのビルの屋上にいて、壬生狼がそこに辿り着くのは容易である。
斥候を潰し回った厄介な相手を仕留める機会を得て、罠を疑えるだけの冷静さを保てる者はそうそういない。
本隊を呼び戻せば悟られ逃げられる恐れがある。
ならば、本命の要石につけた守りを増援に偽装させて襲わせればいい。
そんな考えに辿り着くのが自然な流れだ。
「バリケードを解体しろ! 俺たちも出るぞ!」
吉見は半壊したバリケードを取り除くよう指示を出す。
幸運なことに鉄条網は途中まで人が一人通れるだけの隙間が空いていた。
「それで正解よ」
要石の付近で待機していたケイがやってきて、吉見の判断に太鼓判を押す。
間違いがあるならスピーカーが正すだろう。
「いってらっしゃい」
ここは私に任せて、とケイの隠された意図は読み取るまでもない。
北のバリケードについていた吉見たち八人は、美女に見送られて敵の本陣目掛けて駆け出して行った。
⚓
「いけない」
柔らかな夜風が吹き付けるビルの屋上で、徹進は呟く。
広範囲に広がる触覚糸は幾つかに分散しているが、どれも監視は怠っていない。概ね想像の範囲内の動きをしている。
ただ一つを除いて。
「あいつら出るのが早すぎだ」
北の八人は徹進の狙いを先読みし、ケイに後押しされ嬉々として飛び出していった。
能力である触覚糸により実質的に目や耳を複数持つ徹進であるが、指示を出す口は一つしかない。
東西南北――徹進は一つに注視している訳にはいかない。北以外に指示を出している間に駆け出されてしまうとは、流石に読めなかった。
「敵の本陣が何処にあるか、知らねえだろうが……」
何を目指しているかは分かるが、それが何処にあるのかは知らない。
勢いに任せた弊害だ。
「誰に追わせるか……、ケイ、メイ、はダメ。朝霧も……、うーん」
徹進はアーケード内の予備員を見渡しながら、欠けても影響の少ない部分を探していく。
直属の手勢の少なさが思わぬ所で足を引っ張る。
臨機応変な対応が期待できる人材が好ましい現状、適任なのは朝霧だ。
しかし、これから壬生狼の本隊と衝突する西側から主力の一人を引き抜く訳にはいかない。
「未知数だが、仕方ないか」
着々と煮詰まっていく戦場を前に、徹進は無線のスイッチを切り替える。
「ツバメ、インカムを持って北へ走れ!」
スピーカーからの唐突な呼び出しに慌てるツバメの姿は想像に易く、徹進の不安を煽る。
しかしツバメの落ち度ではなく、時期の問題だ。
明乃島について一日も経っていないツバメを単独で行かせるのは、徹進でなくても無謀だと分かる。
「誰か一人、暇そうな奴も連れていけ」
ツバメの返事も待たずに暇な一人が手を挙げる。
斗貴子だ。
「帆高さん、いってきます!」
こうして徹進は、不安要素を抱えることとなる。
新参者と女子高生――どちらも、徹進にとっては未知の相手だった。
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