第15話 烏合の衆
「壬生狼、来ないっすね」
明乃島西商店街のアーケード、その出入り口に設営されたバリケードで若い男が大欠伸をする。
夕方五時、壬生狼の一人が宣戦布告にきた。
住人たちは盛り上がり、各々が武器を手に集まった。
長い苦境に終止符を打つ第一歩目だ、と期待して。
「大野、いま何時だ?」
「日付変わって一時っすね」
十字路になったアーケードは、ただただ静寂に包まれていた。
⚓
壬生狼が攻めてこない。
武器を手に集まった100人近い住民は一向に姿を見せない壬生狼に苛立ち、中には探しに行こうと言い出す者まで現れる始末であった。
当然、徹進は止める。
西部の住民たちと徹進らは烏合の衆である。
寡兵を用いて多くの戦果をもぎ取ってきた徹進ですら、満足に動かせない手足で闇夜を進むことは出来ない。
所在の分からない壬生狼の要石を探すために人員を割き、返り討ちにあうのはまだ許容できる。
人員を派遣して手薄になった本陣を――商店街の要石を破壊されると全てが水の泡だ。
「は-い、人員を分けるよー」
不在の徹進に代わり、ケイとメイが待機する住民たちを振り分けていく。
一組25人を四組――担当の三時間を順番に回していくと簡潔に説明され、少なからず不平不満は出てきた。
戦う意思はあるのに担当時間に壬生狼が来ないのは困る! と血の気の多い意見が多く、蔑ろにしては士気にかかわる。
『敵が攻めてきそうになったら呼ぶよ』
要石の付近、カキが設置したスピーカーから声が響く。
徹進だ。
各グループから二人、壬生狼が集結する兆しを嗅ぎ取れば即座に徹進から連絡する。それ以降は各グループで連絡を回していけば、開戦に間に合わずとも途中参加は容易だろう。
そのような説明をスピーカーが朗々と吐き出す。
「テツさんは?」
「代表はどーするんですか!」
「ずっと起きてなきゃいけないっすよ」
カキが設置したのはただのスピーカーで、集まった人々の声は届かない筈である。
『俺たちは一日中張り付いてるから問題ない』
しかし会話は成立する。
徹進と数日接してきた彼らは皆そのことに疑問は抱かず、そういうものだと受け入れていた。
「僕たち、抜き方心得てるからなー」
「おお!」
「抜き方ですと!」
メイが補足する。男たちに戦慄が走る。
ここの抜き方とは、長時間の張り付きを余儀なくされる場合において、緊張の緩急を調整する術である。男たちが想像する疾しいアレコレではなく、必要な時に全力を出せるように力配分を適切に行うことである。
『だからここは俺たちに任せて、飯食って風呂入って、ぐっすり寝ててくれ』
スピーカーの声が笑う。
『呼び出す時は遠慮なく呼び出すから』
⚓
「吉見さん、誰か来ましたよ!」
遠くから近づいてくる人影を、見張りをしていた一人が見つける。
見張りの歓喜の叫びに吸い寄せられるように、北のバリケードの傍に数人集まってくる。
「おーおーのー、あれは身内だ。よく見ろ」
「身内? んー、あー」
吉見に言われ、見張りの大野は目を凝らす。
闇夜に映える筋骨隆々なシルエットと、その中心にいる一回り小さな人影が二つ。
そんな特徴的な集団は他にはいないだろ。
「三岳のとこっすね」
三岳建設の孫――椿と楓は、会社の若い衆を連れて参戦している。
その職業柄か肉体を動かすことに長け、若い椿と楓の脇を固めているという意識から強い結束も持っている。
「でも三岳のシフトは次の次じゃないっすか?」
「察しが悪いな、大野」
「いや交代時間、間違えてるんじゃないっすか」
「壬生狼が来るんだよ、壬生狼が。連絡が回って、連中がいの一番に飛んできたってことよ」
首を傾げる大野と溜息の吉見。
気付けば背後には続々と人の気配が増えていき、それぞれが持ち場に向かって動き出している。
「バリケード、開けますか?」
「ああ、三岳のとこのを受け入れないと……って、いや待て!」
若い何人かがバリケード代わりの鉄条網に手をかけるが、吉見の一言は彼らを止める。
「三岳の奴ら追われてるぞ!」
人は集まり始めたが、北のバリケードにはまだ十人もいない。
追われている側の三岳は二十人を超えている。それにも拘わらず三岳は背を向けて逃げている。
逃げ切れるという判断ならバリケードを解いて迎え入れるが、ただ不利を悟って逃げているのならバリケードを解けば敵諸共流れ込むことになる。
伸るか反るか。
その判断を現場の一存で下すことは出来なかった。
「お前ら誰か帆高の旦那と高村さんを呼んで来い!」
故に少ない人員を動かしてまで、吉見は判断を仰ぐ。
「帆高さんはずっと不在のままっす。あ、でもこっちにもスピーカーはありますよ」
「高村さんは持ち場の東のバリケードから動けないみたいです」
「テツさんから指示、きました!」
スピーカーに張り付いていた一人が声をあげる。
「バリケードは保持。遠属性を増員する。三岳は西に逸れて躱す。壬生狼は勢いそのまま突撃する。ライトを消して迎え撃て」
繰り返す若者も、疑い半分のままである。
三岳を追ってきた壬生狼は三岳の背を追う振りをして北のバリケードに突っ込んでくると徹進は読んでいたが、吉見は気が気でない。
壬生狼に数の優位があるのなら三岳を追ってその背を討ち、勢いをそのまま斬りこんでいくのが正道だ。
仮に壬生狼が裏をかいて北のバリケードに突っ込んでくるとしても、ここには正面から迎え撃つだけの人員が足りていないのではないかという不安が募る。
「三岳が少しずつ左へ逸れていきます」
「吉見さん!」
「ライトを消せ! 大野、急げ!!」
徹進の指示通り、手元にある電気スイッチを切っていく。
アーケードの電灯は幾つか切れたもののバリケード付近が薄暗くなった程度である。
「来るぞ、構えろ!」
左へと移動する三岳の後ろから、壬生狼の影が見え始める。
数は三十前後、誰も彼も視線が三岳を追っていない。この段階になると、馬鹿でも気付く。
本命は、北のバリケードだ。
三倍近い敵の数。久しぶりの戦闘。未だに到着しない増員。
突破される要素は多くある。
「お前たち、やるぞ!!」
「おおおおお!!!」
それでも男たちは、武器を手に雄叫びをあげる。
スピーカーの指示を聞いていると、負ける気など、微塵も浮かんでこなかった。
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