第14話 仲間を餌にする悪辣ではない男



 男女の凹凸コンビも、ここまで身長差があると滑稽だ。

 男は身長2メートルに迫る巨漢で筋骨隆々、着衣の上からでも分かる厚い胸板とそれによく合う精悍な顔立ちをしている。

 一方で女は140前後の矮躯に他を寄せ付けない鋭い眼差しの少女だ。一文字に結んだ口元、顔立ちや線の細さは女性的であるが、少年と間違えられることも珍しくない。

 縮尺だけなら、幼児を連れた親子の様相である。


「徹進がいねえぞ」

「カキさん、焦らなくても大丈夫です」


 カキと呼ばれた長身の男は、周囲からわらわらと湧き出した敵に動揺する。


「襲われたら電話してくれ」と徹進の言葉を後押しするかのように、フェリー乗り場から出てすぐ白いバンから男たちが出てきた。

 明確に意図が分かる動作――自分たちをが包囲する形を取ったのを確認した後、徹進に連絡を入れて二人は漂流世界に逃げ込んだ。しかしそこで合流するはずの徹進はおらず、逃げ道は完全になくなり包囲は狭まるばかりであった。


「ふしゅうぅうぅうぅうぅう」

「ふぅー、ふぅー」

「こ、ろす。コろ、す」


 包囲を狭める敵は皆、頭に三角頭巾を被り顔を隠していた。

 手には人の頭をカチ割れるサイズの鉈や釘バットが握られ、二つの穴が空いた三角頭巾からは血走った瞳が覗いていた。

 呼吸は荒く、合図一つで飛び掛かる猟犬のようであった。


「絶対やべー奴らじゃん、これ!」


 数は十七、狂気に染まった敵を前にカキは巨躯を震わせていた。


「見た目は奇異ですが、中身は果たしてそうでしょうか?」

「ツバメちゃん滅茶苦茶冷静!」

「ツバメの背に隠れて……、と言いたい所ですが数が多いんで守れるかは微妙です」


 カキの隣に立つ少女――ツバメは腰から二本の短刀を引き抜くと、一歩前に出て構える。


「数が多いんで」


 小さな背中に隠れようとしたカキに聞こえる程度の声量でツバメが呟く。

 手伝ってくれ、と暗に言ったのだ。


「いや実力を見る良い機会だと思ったんだけど」

「あ、そういう意図でしたか。すみません、ツバメ一人で戦います」

「もういいよ、何となく、狙いが分かった」


 誰の、と尋ねる前に敵の何人かが異変に気付く。

 紙飛行機だ。

 ふわふわと風に乗って飛んできた紙飛行機が三角頭巾たちの鼻先を過ぎたかと思うと、最も外縁で包囲を固めていた男の一人が宙を舞う。


「後ろ、敵が――がぁっ!」


 振り返り叫んだ男の蟀谷を拳大の石が穿ち、アスファルトを真っ赤に染める。

 瞬きの間に二人がやられ、場は騒然とする。


「ツバメ、左端からだ! ジャンジャン殺せ!」


 背後を襲った朝霧は容易く包囲を中心を食い破り分断した。

 カキは左と右を見比べ、人数が多く立ち直りが早そうな方に攻撃の指示を出す。


「ふしゃあああああああああああ!!!!」


 ツバメが飛び込むより先に迎撃態勢を整えた左端の三角頭巾たちは、各々が武器を振り上げ――味方同士の接触を一切恐れずにツバメに斬り掛かった。


 武器が、指が、手首が、宙を舞う。

 波のように押し寄せる暴力を躱し、つむじ風のような斬撃を見舞う。

 武器を握っていた指を割く。

 頭上を空ぶった相手の腕に短刀を合わせ斬り飛ばす。

 怯まず突っ込んできた相手の懐に飛び込み膝を、両脇を、胴体をズタズタにする。


「このメスガキがっ!」


 敵の左半身の注意がツバメに偏り、中央に斬りこんだ朝霧はその僅かな隙を見逃さない。

 挟撃だ。

 ツバメに意識を向けた相手を朝霧の穂先が撫で、朝霧を迎え撃とうとした背をツバメの双刀が切り裂いていく。

 圧倒的優位な包囲戦は、いつの間にか逃げる隙のない殲滅戦へと変わっていた。


「ぐ、ぐぎぎ……」


 ツバメと朝霧を相手に九人いた左半身は残り二人まで削られ、その二人も狂ったように突撃を敢行して地に伏した。

 仲間が半数以上為す術もなく倒され、手勢の数も同数に近づいたとなると、頭のネジが外れた男たちも敵わないと悟る。


「追撃しろ。一人も逃がすな」


 それでもギリギリで踏み止まっていた相手に、徹進は情け容赦ない鉄槌を下す。

 追撃の指示に合わせて駆け出したツバメと朝霧を見て、残りの六人の内で近場の二人は立ち向かい、他四人は背を向けて走り出す。


「元気そうだな、徹進」

「よう、カキ。久しぶり」


 少し離れた高台で二人が追撃する様を眺めていた徹進にカキが寄ってくる。


「結婚式以来か? ふふっ、二人並んだあの絵面は犯罪的だったな」

「よせやい。小さくても姐さん女房、立派に尻に敷かれてる」


 同僚であり親友でもあるカキとの再会を喜ぶも束の間、すぐに徹進は意識を眼下に戻す。

 一度は背を向けた四人が身を翻し、二人と切り結んでいた。

 一見して三角頭巾たちの戦い方は急襲時に見せた無軌道なものに思えたが、経験に裏付けされた意図が見え隠れしている。


「こっち側に復活地点があるな」


 徹進の口調は、半ば予想通りといった色合いを含んでいた。

 要石を漂流世界側に置いている場合、死に戻り先は漂流世界の要石付近である。

 襲撃者の三角頭巾が明乃島の一大派閥――管理局の手の者であるのは疑う余地はなく、同一のメンツで戦い続ける集団ならば同じ要石を使い回すのは常識だ。襲撃慣れしている三角頭巾がそこを怠るはずがない。


「撤収するか?」

「撤収しよう。カキ、下の二人に伝えてきてくれ」


 死に戻りからの戦線復帰は、即時ではない。

 通常で五分程度、個人差で二分ほど前後する。満足に戦えるまでの回復時間を合わせると、戦線復帰は十分とみるのが妥当な線と言える。

 故に早々に立ち去らねば殺しては戻ってくる敵との殺し合いを延々と続ける破目になる。


「俺が援護する」


 それでは急襲した意味がない。

 今回の狙いは、油断した敵の横っ面を殴ることにある。

 今まで何度も水際作戦を成功させてきた奴らに対して、お前たちは運と相手が良かっただけだと分からせてやることだ。

 長々とした、互いに消耗を強いる戦いは本意ではない。消耗するのは相手だけでいい。


 徹進はスリングで石を撃ち出し始める。

 緩慢な動作で幾つもの石を高く高く飛ばし、その全てが青空へと消えていく。

 投げた本人ですらどこに落ちてくるのか、いつ落ちてくるのか分からないのではないか。

 そう疑ってしまう軌道であった。


「帆高さん、行きましょう」


 高台の下から朝霧が呼ぶ。

 朝霧とツバメ――前線に出張った新顔二人は対照的であった。

 朝霧は長柄を得意武器としているのに全身に多くの傷を刻んでいた。しかし傷を物ともせず息一つ乱れていない。

 反面ツバメは敵の懐に飛び込まなければならない短刀を主武装としているにも拘わらず目立った傷はない。戦闘技術や今回の戦闘で倒した敵の数は誇っていい水準である。けれども、ぜえぜえと辛そうに呼吸を繰り返すさまを見て、徹進は思わず眉を顰めてしまう。


「うちの戦い方には向いていないな」


 徹進は溜息を吐き、三人と合流する為に高台を離れた。



 ⚓



 四人の視界の遥か外――復活地点の付近では礫の雨が降り注ぎ、戦線に復帰しようと発った三角頭巾たちを挫いていった。

 認知圏外からの追撃に三角頭巾は大いに戸惑い、驚き、そして恐れた。


「引き上げる!」


 三角頭巾の頭目は号令をかける。

 敵の射程内に留まる危険性を三角頭巾たちは何より知っていた。

 死のループ。

 相手を殺し、復活する直前で再び殺し、それを繰り返す外道の技。

 誰もが一度は考え、実践するまでの過程で必ずブレーキを踏む行為。


「報告せねば」


 復活を待つ仲間たちを引き摺り運ぶ三角頭巾たちを横目に、頭目は空を眺める。

 報告して、その次は?

 相手は死角の一つである天頂を――広大な空間を自在に扱う遠属性、防ぎ難い相手だ。

 満足な対策など練れる筈もなく、無理に対処しようものなら全体に歪が生まれてしまう。


「報告を……」


 頭目は考えを放棄した。

 考える代わりに、ただ祈った。


 どうか相手が悪辣な手段に染まりませんように、と。




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