第11話 要請は無視されるもの



 若者の集団が鳳凰飯店に近づくや否や、料理を運んでいた一人がテキパキと椅子とテーブルを引っ張り出して並べていく。

 出来上がった料理とアルコールが入ってデキあがった客の両方を器用に捌くその女性は、先頭に徹進がいると知ると接客用の笑顔を脱ぎ捨てる。


「やっと来たな、この腐れ野郎!」


 斗貴子は困惑する。

 店先で吠える女性は、ケイと瓜二つの顔をしていた。


「テツ、ひょっとしてこれの為に僕を呼んだな!」

「ははは、まさかー」


 がみがみと徹進に噛みつく女性は、よく見るとケイより線が細く、舌足らずな喋り方をしている。

 すげー可愛い、と後ろの方で呻く声が聞こえる。

 斗貴子が初対面のケイに対して抱いた感想と似通っている。しかし顔や髪型がそっくりでも、線の細さや喋り方だけで美人と可愛いがハッキリ分かれていた。


「同じ顔だけどこいつはメイ、ケイの姉」

「僕は鳳明、慶の双子の片割れ。双子だから姉も妹もないけどな」


 メイは不思議そうに眺める斗貴子に自己紹介をして、後ろに控える若者たちにも一応愛想を振りまく。


「お前たちは先に始めててくれ。ちょっと俺はこいつと話があるから」

「テツさん、誰ですかその可愛い子」

「俺らにも紹介してくださいよ」

「こいつはやめとけ。お前たちの手には――」


 徹進は詰め寄る若者たちを先へ先へと促す。

 メイはしれっと徹進の左腕を抱き、頭二つ分高い徹進の顔を見つめていた。


「そうそうキミたち、久々にあった恋人の逢瀬を邪魔するのは良くないんだよなー」

「いや、俺たちそーいう仲じゃないから!」

「……今は愛人?」

「信じる奴が出てくるからマジでやめて、勘弁して」

「えへへ」


 メイを腕から引き剥がした徹進は


「店の中にも同じ顔の奴がいる。そっちの方が性格が良い」


 と必殺の一言で詰め寄る若者たちを片付けた。

 妹のケイとの性格を比較されメイはムッとするが、狙い通り邪魔者がいなくなったので機嫌の浮沈はイーブンに戻る。


「まずはメイ、感謝する。急な招集だったが迅速に応じてくれて。お前がいてくれると心強い」

「テツ……、いや、代行。僕たちの頭はアンタだ。来いと言われたら世界の裏側にだって行く。代行と一緒なら、僕たち姉妹は世界の果てだろうが地獄の釜の底だろうが怖くない。どんな地獄が待っていようと、僕たちの忠誠は揺るがないからな」

「ありがとう。愛してるよ、メイ」

「うん、僕も」


 柔らかな笑顔を浮かべる徹進に、屈託ない信頼で返す鳳明。

 他人が聞けば赤面してしまうほどストレートな言葉の応酬だが、二人は何度も行ってきたやり取りに気恥ずかしさはない。

 鳳明は体裁を取り繕うのが得意ではない。腹に一物を持たず、全てを曝け出すことに何の抵抗もない人種である。

 その真っ直ぐな性格のため、公私問わず信頼を置いている者も多い。徹進もその一人だ。


「それで、今回はメイ一人か?」


 宴会騒ぎを横目に、徹進は目的の話題に切り込む。


「中にオットがいる。明日にはカキが新顔を一人連れてくる予定」

「新顔? 聞いていないぞ。どこにいた奴だ?」

「僕も知らない。でもルビーからじゃないかって電話で聞いた」

「ルビーから?」

「青髪のランジエがルビーに連れていかれて、その代役だろうってアコールが」

「ちょっと待て、ランジエは来れないのか? ならクロとシロは? ミストは無理か?」

「どっちも無理」

「なら他に誰が来るんだ……、シンカー、俊二、セキレイ」


 主だった仲間の名前を指折り数えながら、徹進は血の気が引いていくのを感じる。


「その辺は誰も来ないかな。第一弾は明日の二人で最後」

「ケイメイオセロットに……、全員で六人か? この広い島を六人でか!」

「正気の沙汰じゃないとは僕も思うけど、アコールの指示だからなー」

「俺の要請はまるっと無視じゃないか」

「ははは、それは仕方ないな」


 頭を抱えて嘆く徹進に対し、メイは笑顔を崩さない。


「テツは立派に頭やってるかな。けど頭の中身、つまり頭脳はアコールの方ってみんな言って――」

「うぐっ」

「あ、傷ついた? 大丈夫、僕らはテツを信頼してるよ。……うん、信頼はしてるんだけど、信頼度はアコールの方が高いかな」

「フォローするならもっとしっかりフォローしてくれ。甘やかしてくれよ」


 組織としての方針を聞き、当初は自身の想定から大きく離れた方針に絶句していた徹進だった。

 しかし時間を置き深く考えるにつれて、今回の人選がどのような戦略意図を基にしているのかが薄っすらと見えてくる。


「……他に詳しい指示は聞いていないのか?」


 徹進は答え合わせを期待するが、メイは無言で首を振るだけであった。


「なら、これが正解か。くそっ、うちの参謀様は優秀だな。海の向こうから何でもお見通しだ」

「テツは信頼されてるってことだな。僕や他の頭悪い組は逐一説明されて、最悪手順書まで持たされるんだから」


 ポケットから取り出して見せてきたのは、赤丸のついたフェリーの時刻表だ。裏側はフェリー乗り場までの電車の乗り換え方法が印刷されている。


「それでどうするの? ここまで人数少ないと手が回らないし、島の人を戦わせるの?」

「当たり」

「当たりって……、ああ、だからこの人選なの」


 メイは島に来ている人員を思い浮かべる。

 誰も彼もサポートや防衛向きで、相手の陣地に分け入って叩き伏せるタイプはいない。


「大変だよ、テツ。素人纏めて戦うのはさ」


 鳳凰飯店の店先でどんちゃん騒ぎをする若者たちを見て、メイはため息を吐く。

 徹進は何も答えず、メイの手を引いて人だかりに向かって歩いて行った。



 ⚓



「お前が今回の首謀者か?」


 宴席の隅っこでチビチビと焼酎を飲んでいた徹進に、顔を赤くした男が声をかける。

 酒精に中てられて顔を頬を赤く上気させている者は数多くいたが、この男だけは怒りによってそうなっていた。


「ん?」


 膝の上で寛ぐ黒猫を撫でながら、徹進はグラスを呷る。

 徹進の上でゴロゴロと喉の鳴らす黒猫は、額のあたりだけが金色という変わった毛並みをした美猫であった。


「オットー、首謀者は俺かー?」

「にゃー」

「そうかー、俺だったなー」

「にゃにゃー」


 男は一瞬湧き上がる激情に駆られそうになる。

 しかし目の前の酒を舐めるように飲んでいる男が、決して酒に飲まれていないと知り感情を落ち着ける。

 ふざけた口調と裏腹に、目の奥に灯る光は微塵も揺らいでいない。


「お前、壬生狼だろ」

「そうだ」

「まあ、座れよ」


 迷うことなく正解を言い当てた徹進は、黒猫を膝上から逃がす。

 黒猫オセロットは暫く徹進と男を見比べた後、ゆっくりと店の中へと入っていった。


「単刀直入に言わせてもらう。お前たち、この島から手を引け」

「座れって」

「これはお前たちの為を思って言っている。お前たちが手練れなのは十分に分かったが、俺たちの背後には管理局がついている」

「周りが注目してるから、座れ」

「潰されるぞ。この島には序列持ちが四人いる。意味が分かるか? 世界で百人、強さ順に与えられる序列を持ってる奴がいる。それも四人もだ」

「ほら、集まってきた」


 二人のやり取りを遠目で眺めていた住民たちは、物々しい雰囲気を嗅ぎ取り徹進のテーブルに集まり、気付けば二人を囲んでいた。

 殆ど全員が酒が入って半興奮状態で、手にビール瓶を握っている者もいた。


「回れ右してチンピラの親分に伝えろ」


 周りが騒ぎ出して収拾がつかなくなる前に、徹進は立ち上がる。


「お前たち全員が罪を認めて日本の警察に出頭するなら考える。もし躊躇するなら後ろ盾ごと粉砕して片付けてやる、と」

「なっ、貴様……!」

「そもそもお前は何をしに来た。協定の確認だと思ったが席に着く様子もない。なんだ、立派な背もたれの自慢でもしにきたのか?」


 周りから失笑が漏れる。

 徹進の皮肉――嬉々として語った後ろ盾を背もたれ扱いされたこと――を少し遅れて理解した壬生狼の男は顔の赤みを一層強め、徹進が飲んでいた焼酎のボトルに手を伸ばす。

 掴み、振り上げ、頭をカチ割る。

 激情に任せた短絡的な行動は最初の段階で、徹進が男より早くボトルを手にしたことで潰えた。


「人の酒を取るな」

「――っ!」

「まったく、飲みたいならグラスを持ってこい」


 焼酎のボトルをそのまま呷り、徹進は大きく息を吐く。

 その酒臭い吐息に男は思わず鼻を覆う。

 そこで如何に自分が危ない状況にいたのかを理解する。

 ここは現実世界で、周りにはアルコールに支配された男たちが凶器を、ビール瓶や木製の丸イスを手に囲んでいる。

 目の前の徹進を殴ったが最後、集団暴行を受けるのは必至だ。


「その懐にしまった協定は明日受け取ってやる。中立地帯、分かるだろう。そこに朝10時だ」


 そう言うと徹進は両腕を高く掲げ、合わせて周囲の住民が歓声をあげる。

 雄叫びがアーケードを震わせる。

 敵地にただ一人乗り込み、囲まれて身動きが取れない男もまた震えていた。


「夜道に一人か、用心して帰れよ」

「ひぃっ」

「俺たちは、くくっ、闇討ちなんてしないけどな」


 周囲の叫び声を止め、徹進が囁く。

 壬生狼の男はアーケードで沸き起こる笑い声を背中で聞きながら足を動かす。

 振り向く気は微塵も起きなかった。

 それどころか、後日刃を合わせる気すらすっかりどこかに吹き飛んでしまっていた。




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