第10話 三流スパイ映画のような



「早ければ明日」


 開口一番、徹進は宣言する。

 壬生狼の追跡に出た三人が市街に戻ってきたのは夕刻、高村什造の道場に集められた人々の注目は徹進の足元にある鉄の箱に集中していた。

 徹進の左右には呆れ顔の朝霧と、困り顔の斗貴子が立っている。

 集められた何人かが二人に説明を求めようと目を向けた。

 朝霧はその視線を無視し、斗貴子は無言で首を振る。

 二人は帰り道で大まかな説明を受けていた。徹底的に噛み砕いて理解を促す説明であったが、他人に流す為には改めて再構築しなければならない。


「遅くても明後日には、壬生狼がこれを取り戻しにやってくる」

「おお!」

「俺たちは奴らを撃退して一網打尽にする! 奴らも必死だ。死に物狂いで取り返しに来るぞ」

「おおお!」


 徹進は二人の期待を裏切らず施設へのスマートな潜入と華麗な脱出を成し遂げた。けれども一流のスパイがするような、ハードディスクから必要なデータだけを抜き出す技術は持っていなかった。

 待機場所に戻ってきた徹進は、据え置きのパソコンから抜き取ったハードディスクを小脇に抱えていた。

 壬生狼に気付かれることなく追跡を行い、管理局の監視を先んじて潰した男にしては、あまりにも泥臭い手法だった。


「それで、中身は何が入っているんだ?」


 誰もがハードディスクの物質的な損失に危機感を抱いているのではなく、そのデータが流出することを恐れているのだと理解していた。

 ならば壬生狼が恐れる中身を知りたいと思うのは自然な流れである。

 それは壬生狼にとっての弱みであり、知ることで心理的優位を確保できる気がするからだ。


「主に通信記録だ。これで裏付けが取れる」

「おお!」

「昔見たスパイ映画みたいだ!」


 事実であり、また嘘でもある。

 中身のデータは別の仲間がクラッキングして確認しているが、壬生狼の罪を暴くのに通信記録は必要ない。

 徹進が必要としたのは壬生狼がこちらを襲撃する切欠で、仲間が痛めつけられ慎重になる壬生狼のケツを蹴って回る存在だ。

 通信記録を暴かれて困るのは壬生狼ではなく、壬生狼を明乃島に呼び込み指示を出してきた奴らである。


 朝霧は知っていた。

 期待を込めてあれこれと尋ねる住民の誰よりも先を見据え、状況をコントロールしようとしているのは徹進だ。

 徹進の思惑通りに進めば、敵も味方も突然周囲に道がないことに気付くだろう。

 ただの一本道。

 終着点が見えてから、手遅れだと嘆くのか。それとも過程をすっ飛ばした達成感に包まれるのか。


「管理局は手が出せない」


 追跡から戻り会合が始まる僅かな間、徹進と交わした会話を反芻する。


「壬生狼と管理局、繋がりを暴かれて困るのは管理局だ。けれど壬生狼側の情報漏洩に管理局が首を突っ込む理由がない。当然管理局が疑うのは三年前に戦った日本政府だ。管理局は世界中に勢力を広げているが、国家を乗っ取れるだけの能力はない。

 国家が合法的に管理局を締め出す方法で最も有効なのは関係者を片っ端から犯罪者としてしょっ引くことだ。組織が機能不全に陥るからな。それが分かっているから犯罪の証拠を掴んだ俺たちの首根っこを何とかして押さえたい。だが表立って手を出せない。出させない。手を出そうとしても漂泊協定に則って俺が拒否する」


 故に、間違いなく手駒の壬生狼を差し向けてくる。

 協定に則って、体裁を整えた上で街に挑んでくる筈だ、と。


「そんな、上手くいきますか?」

「心配するな」


 少し楽観過ぎないかと不安を抱く朝霧とは逆に、徹進は自らの選択に絶対の信頼を置いていた。


「必ずうまくいく」


 不思議な感覚だった。

 曖昧な推測と不確かな根拠しか示していない。会って数日の人間の妄言など普段は誰も取り合わない。

 しかし、今回は違う。

 信じてもいいかもしれない。

 この男の背中を追っていけば、誤った道に進むことはないだろう。



 ⚓



 急遽始まった会合は波乱なく終わった。

 特に何かを決めるのではなく、徹進が伝えたのは諸々の理由により数日以内に壬生狼が攻めてくる、ということだけであった。

 街の住民は各々が来る戦いへの意気込みを口にし、今すぐ戦い始めたいが仕方ないと言わんばかりに重い腰を上げていた。


「この後、空いてる奴いる?」


 そんな彼らを徹進が気軽に呼び止める。

 会合の参加者には妻帯者もいれば独り身もいる。けれども今残っている多くは独身で、時間と若いエネルギーを持て余していた。

 街の危機に自分たちの力が役立てるならば、と意気込む若者たちは、学生時代から漂流世界で合戦を行い戦い慣れしている。全国の学生最強を決めるインタースクールの予選も毎年開催され、明乃島からも代表チームを送り出している。


 誰も言葉に出さないが、戦う機会を与えてくれる徹進に一定の信頼を預けていた。

 今までは、その機会すら作り出せなかったからだ。


「どうしたんですか、テツさん」

「自分ら暇っすよ」

「ひーふーみー、結構いるな。よしよし」


 立ち止まった頭は十を超えていた。

 目で追い数えていた徹進は満足気に頷き、高らかに宣言する。


「やるぞ、景気付けに決起集会!」

「おお!」

「速い話が呑みだ、呑み会だ! 勿論タダ酒、俺の奢りだぞ!!」

「やったー!」

「未成年はタダ飯だけだぞー! 親に連絡しとけよー」

「親がいない未成年はー?」

「悩みがあれば個別に相談に乗りますー」

「ハハハ、チョーウケる―」


 突然舞い降りたタダ酒の誘いに若者たちは盛り上がる。

 その中に斗貴子や三岳姉弟を見つけていた徹進は未成年へのフォローを忘れない。

 若者を引き連れて歩くが行き先はケイの居候先――鳳凰飯店、会合に使っていた斗貴子の道場とは同じ商店街のアーケード内にある。目と鼻の先だ。


「帆高さん帆高さん」


 先頭付近を歩く徹進の元に斗貴子が小走りで寄ってくる。


「突然大勢で押しかけて大丈夫なんですか? ケイさんのお店、そんなに広くなかったような……」

「まあまあまあ、見てろって」


 軽い口調で斗貴子をあしらい、遠くに見える店の方向を指さす。

 そこには店の表口付近にも椅子とテーブルが並べられ、どこから聞きつけたのか、その付近だけ集まった住民たちでお祭り騒ぎのように盛り上がっていた。


「俺に抜かりはない」


 徹進は不敵に笑う。

 この後、大きなしっぺ返しを食らうとも知らずに。

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