第8話 煮え切らない男


「戦うべきか、戦わないべきか」


 高村什造は、煮え切らない男だった。

 徹進に手を引かれて尚、本当に戦うべきかどうかを悩み、広く意見を集めるためにと会合を開いた。

 出席者は明乃島西部の有力者たち――鶴の一声で人手を集めることが出来る者から、決して蔑ろにしてはならないご意見番のような老人たちまで。

 高村什造の道場に集まり、輪になって一つの議題について意見を出し合う。


「戦うべきだ」


 そう主張する者の多くは、管理局からの仕打ちが耐えられない者たちだ。

 若者を中心に血の気が多く勢いがある。中には学生服を着ているであろう少年少女もいて、上から下まで、多くが現状に不満を抱いているのだと分かる。


「戦ってはならない」


 そう主張する者の多くは、三年前に管理局と戦い敗れた者たちだ。

 中高年に多くいる彼らも管理局相手に戦うのに異存はない。しかし戦場が拡大していくにつれて再び他の島民との争いに繋がることを恐れている。外部から来た人間は争いが起こった後に湧き出る住民同士の確執に無頓着だ、と慎重になっている。

 管理局や日本政府がそうであったように、徹進もそうに違いないと高を括っている。


「どちらにせよ、壬生狼は追い出すべきです」


 そう発言したのは、旗幟を鮮明にしていない少年であった。

 三岳楓。

 明乃島には初期開拓を担った土木会社が幾つかあり、三岳建設はその一つである。三岳楓は二代目である祖父の名代として姉の三岳椿と共に参加している。

 姉の椿は早々に主戦派として血の気の多い意見を振りまいていたが、弟の楓は中立を保ち冷静に場を見ていた。


「壬生狼を追い出すまでは僕たちも協力するべきです。けれど管理局と戦うかどうか、統一した意思を示すのはそれ以降でないと難しいと思います」


 折衷案のように見える楓の案の裏には、不透明な徹進らの実力と本気度合いを探ろうとする魂胆が隠されていた。

 三年前と同じような失敗は許されない。

 管理局と戦うことを目的としてはならない。


「管理局に勝ち、島から駆逐できる根拠を示してもらわなければ僕たちは協力できません」


 必要な結果は勝利のみ。

 徹進たちが、そして自分たちが勝利を掴めるのかどうかは、慎重に判断しなければならない。

 失敗は許されない。

 住民たちの心には、何よりそれが刻まれていた。



 ⚓



「流石の俺も100%約束は出来ないんだけど」


 住民の総意と会合の並々ならない様子を伝えられ、徹進は苦笑する。

 漂流世界。

 とあるビルの屋上には徹進とケイ、そして朝霧が立ち、西明乃島警察署を見張っていた。


「それで、そっちのは?」

「差し入れ持ってきました。私は三岳椿、こっちの眼鏡は弟の楓」

「どーも」


 アンパンと牛乳が入ったビニール袋を手にした姉の椿はサラサラの黒髪を綺麗に結い上げ、端正な目鼻立ち、ピンと伸びた背筋が印象的な少女だ。一見すると大和撫子のようだが、好奇心旺盛、快活さが隠しきれていない。

 弟の楓は短髪を逆立たせ、金のメッシュを入れている。顔だけ見れば姉の椿よりも弟の方が端正で、銀縁の眼鏡は攻めた髪型の割に落ち着いた印象を与える。


「差し入れサンキュー、っと中身はステレオタイプだな。イカした髪型してるからもっとヤバイもん入ってんのかと思った」

「楓の髪、私がやったの。メッシュやばいっしょ! イケてるっしょ!」

「超イケてる」

「お兄さんの髪型も攻めてんじゃん! オールバック! イケてる! イェーイ!」

「イェーイ」


 徹進と椿はハイタッチで締める。

 突然始まった若いノリに朝霧と斗貴子は困惑の色を浮かべ、楓は姉の椿のノリに辟易する。


「それはそうとケイさん、壬生狼は来ましたか?」

「まだ来ないよ、斗貴子」


 双眼鏡を覗き込む二人の背後に、徹進がぬらりと忍び寄る。


「いや、奴らはもうじき動く。既に何人か署内に潜入しているからな」

「いつの間に……」


 徹進の言葉に釣られて残りの三人も屋上から覗き込む。

 しかしながら警察署の外観だけでは内部の様子は分からない。人が騒ぎ立てる音も聞こえないとなれば、徹進の言葉の裏付けは何もない。


 壬生狼の一団が捕まって三日が経過した。

 現在の明乃島には罪を裁く施設が機能していない。管理局が執り行う略式裁判という魔女狩り制度は存在するが、まともな警察官が捕らえた犯罪者はフェリーの定期便に乗せられて本土に移送される。本土から犯罪者移送の任を受けてやってくる刑事は買収に応じず、襲撃者もいとも容易く撃退する手練れであるのは明乃島の常識だ。

 明乃島を根城にする管理局の重鎮であっても、引き渡されれば奪還は不可能となる。


 故に誰もがフェリー乗り場に到達するまでに犯罪者を奪還しようとする。

 フェリー乗り場に近い西警察署の場合、特に手段を選ばなくなる。

 買収や強奪、時には警察官の家族を人質にしてまで。


「斗貴子さんが攫われていたら、実は手詰まりになってたんですよ」


 こっそりと朝霧に伝えられた高村斗貴子は、まず恐怖に包まれた。恐怖は次第に安堵に変わり、辿り着いたのは燃え盛る憤怒の感情であった。

 壬生狼が斗貴子を――西明乃島警察署の副署長である高村什造の娘を捕らえて手元に置いておけば、辛うじて骨組みだけ残った西部の警察機構は完全に瓦解する。

 奴らを野放しにしてはならない。

 今まで正義を全うしようとした人々の志が悪逆な手段により折られたかと思うと、斗貴子はいてもたってもいられなかった。

 次は必ず斬る。

 その決意を胸に、斗貴子はこの場に立っていた。


「出てきたな」


 みんなが注視する中、徹進がポツリと呟く。

 しかし目に見える範囲に動く人影はなく、ケイを除いた全員が怪訝な面持ちで辺りを見渡す。


「五秒後に大通りを横切ってこっちに来る。頭を下げとけ」

「えー、ってマジじゃうぶわっ」

「ばれるから、隠れとけ」


 予告に寸分も違わずに警察署から逃げ出した内の数人が大通りを横切り、一同が陣取るビルの脇道に辿り着いた。

 そして素早く衣服を着替えると、尾行の警戒を怠らずに早歩きで移動を始める。


「さて、子供はここまで。ここからは大人の時間だ」


 十分に距離が離れたことを確認して徹進は立ち上がる。

 種明かしを望む椿や楓は肩透かしをくらい、出てきた所を一網打尽にすると思い込んでいた斗貴子は狼狽える。


「ケイ、この子たちの引率を」

「了解よ」

「朝霧は一緒にきてくれ」

「分かりました」


 テキパキと指示を出し、行動に移ろうとする徹進の袖を斗貴子が掴む。


「待って、私も行かせてください」

「危険だから駄目だ」

「戦えます。私も戦えるから! お願します、連れて行って」


 駄々をこねる斗貴子に、全員の視線が集まる。

 呆気にとられた徹進は少しだけ黙り、朝霧に目配せする。

 事前の打ち合わせから大きく逸脱することになるが、イレギュラーには対応出来るのか、と。


「分かった。だが我儘は今回だけにしてくれよ」


 首を縦に振った朝霧を横目に、徹進は渋々了承する。

 椿と楓の二人も目を輝かせた。けれども口を開くより早くケイの手が襟首に伸び、全てを悟った二人は口を噤むしかなかった。


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