第6話 傍観宣言



「人には、得手不得手がある」


 海を背に踏ん反り返った徹進は、恥ずかしがる素振りすら見せない。


「頭がいい奴がいる。力が強い奴がいる。足が速い奴がいる。それらは全て個性だ。生まれ持った素質。才能だ。頭が悪い奴に難しい問いかけをする意味は。力が弱い奴に重たい荷物を持たせたりはしない。足の遅い奴には鞭を打ってでも速く走らせた方がいいのか。

 違うだろう。適材適所だ。難しい問いかけは頭がいい奴に吹っ掛ければいいし、重たい荷物は力の強い奴に運ばせろ。鞭なんて非効率的な物は使う必要がない。それを理解し、納得できるだけの合理性を持ち合わせているなら、何故この場だけ例外だと思うのか!」


 いつの間にか橋の手すりの上に立ち、ある種の演説の様相を呈していた。


「漂流世界では特に顕著だ。世界から与えられた属性は変わらない。使える武器種が限られ、極めれば極めるほどその差は大きく広がっていく。斬属性の奴らは刃の切れ味を磨く。突属性は優れた反応速度を、打属性は耐久力を高めていく。それが一般的だ。どれもこれも接近戦で活かせる技能だ。鍛えれば鍛えるだけ強くなり、どんな敵でも打ち倒せる可能性を秘めている。だが俺のような遠属性は? 鍛えて何がどうなる。斬には斬り落とされ、突には避けられ、打には弾かれる。距離を詰められたら反撃の隙すら与えられない! そんな最弱属性に、俺に、前線に立って戦えと!」


 徹進は拳を握りしめ、ぐっと歯噛みする。


「無茶を言うな!」


 斗貴子と朝霧はその様子を呆然と眺め、浅葱色の剣士たちもドン引きして歩みを止めていた。

 拡声器いらずの徹進の声量の後に「テツは接近戦でも強いでしょ」と呟いたケイの声を拾える者はいなかった。


「という訳で、俺は見てます。頑張ってね」


 その一言を合図に、歩みを止めていた浅葱色の一団が吶喊する。

 左右合わせて15人前後。

 対して橋には3人と、傍観宣言が1人。

 絶望的な人数差で、最初の戦いが始まった。



 ⚓



 ザンッ!


 たったの一太刀、戦いの趨勢を決めるのはそれで十分だった。

 勢いをそのままに刀を振り下ろそうとした男の両腕に朝霧の槍の切っ先が触れ、鮮やかに斬り飛ばした。

 肘から先を失った男は軽くなった両腕を振り下ろすことなく朝霧の横を通過して、ぐしゃり、と地に落ちる両腕の音を聞く前に送還される。


「ひっ」


 怯んだ二人目の首筋を穂先が撫で、いとも容易く首が飛ぶ。

 間合いが、速さが、刃を振るう覚悟が違う。

 浅葱色の法被を揃えた彼らが島に逃げてきたのは数か月前。その間に行ってきたのは牙を抜かれた住民相手への暴行が精々で、反抗してきた相手も集団で囲むことで叩き潰してきた。

 闇討ちを主体に活動してきた彼らには、正々堂々正面から相手に斬りかかり突破する技能も度胸も備わっていない。


「囲め! 間合いが広くても相手は一人、囲んで斬れェい!」


 委縮した男たちの背後から、鼓舞する声がが聞こえる。

 それが昼に斗貴子を襲っていたリーダー格の男の声であると気付いていたのは、戦況を俯瞰している徹進だけだ。

 左右どちらかの戦場から敵が抜け出してくるかもしれないという緊張を前にした斗貴子は気付かず、相手もこの場に斗貴子がいると知らされていない。


「斗貴子、右へ」

「は、はいっ!」


 右の朝霧に対し男たちは三人掛かりで迫っていた。道幅を存分に使い、間合いに踏み込まないギリギリの所から朝霧の背後に回ろうとしている。

 その一人に斗貴子が急襲を仕掛ける。

 朝霧との間合いを計り、隙を見つけて斬りかかることに全神経を集中させていた男にとって斗貴子の存在は想定外であった。


「遅い!」


 咄嗟に迎え撃とうと放った袈裟斬りを半身で躱し、木刀で手首を掬い上げる。

 ボギッと鈍い音が響き、通り抜け様にその背を叩き伏せる。


「お見事」


 後ろで手を叩き喜ぶ徹進を無視して、斗貴子は男が抜けた北側の一角を塞ぐ。

 朝霧は敵に広がった動揺を見逃さずにもう一方の男に攻勢を仕掛けてを川に突き落す。


「あの女……!」


 前に斗貴子が出張ったことにより橋を突破するのは容易になった。槍使いの朝霧よりも剣士の斗貴子の方がずっと噛み合い、噛み合いさえすれば食い破る手立てはいくらでもある。

 刀を抜こうとしたリーダー格の男は、思い留まる。

 気付けば右側には自身を含めて四人しか残っていない。たとえ自分が斬りこんで斗貴子を倒したとして、その倒す間に残りの三人が朝霧の攻勢を受けきれるのだろうか。


 無理だ。


 正面では勝ち目がないのは明白で、斗貴子が並んでいる現状では側面に回ることは適わない。その状況で斗貴子と相対しても朝霧に側面を討たれるのが関の山で、全滅の憂き目に合うのは避けられない。


「こっちは終わったよ」


 対岸で手を振るケイを見て、男の決意は固まる。

 万が一すらない。

 向こう側は一人を相手に全員が伸されている。 死に戻りした気配すらなく、僅かな呻き声だけが聞こえる。

 健在ならば、突破できていたなら挟撃も出来ようが、こうなれば取れる選択肢は一つしかない。


「一旦退くぞ!!」


 残った三人に声をかけ、立て直しを図る。


「追う必要はない」


 背を向けて走り出した四人を討とうと走り出した朝霧を制止したのは徹進だ。

 橋の方を一顧だにせず走り出した四人の背中はみるみる遠くなる。

 あのタイミングなら一人残らず斬れたのに、と朝霧は不満を隠そうともしない。 


「まあ見てろ」


 戦場に選んだ海沿いの道は見晴らしが良い。

 いくつかの飴玉サイズの小石を手に橋の手すりに立った徹進は、ごみ箱にごみを投げ捨てるような気軽さで小石を放っていく。

 一つ、二つ、三つ、と矢継ぎ早に投げられた小石は、放物線を描き小さくなった背中に吸い込まれていく。


「いや、おかしいでしょ」


 朝霧は目を疑う。

 何メートル離れているか分からない。直線的とはいえ、的にしたのは動く相手だ。

 小石は一つ残らず男たちを撃ち、今は四人が転がっている。

 それをスナップスローだけで的確に行ったのだ。その気になれば接敵する前に射落とすことも出来たはずだ。


「タフな奴がいるな」


 そう言って徹進は更に小石を放ると、着弾を確認するまでもなく三人に笑いかける。


「しまったな、三人も取り逃した」


 斗貴子と朝霧がその言葉の真意を知ったのは、小石に撃たれて倒れた四人を捕縛している時であった。

 逃がした三人とは、朝霧が斬った三人だ。

 殺した相手が死に戻る先は現実世界か要石のどちらかで、圧倒的な差で討たれた相手が一太刀で不利を悟った戦場に戻ってくるのだろうか。


「まあ、そこまで求めちゃいないさ」


 影ながら多くの住民を傷つけてきた男たちは両手両足を縛られ並べられていた。

 まな板の上の鯉だ。

 徹進は少しだけ満足げに今日の成果を眺め、即席の要石を海に向かって投げ捨てた。



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