第31話 子に真実を伝える親

「龍牙に話しておきたいことがある……」


 屋上への非常階段を昇りながら、石垣が龍牙、いや、実の息子に静かに語り始める。


 まずは、この土地。

 周りを海に囲まれたこの射手湾島はかつては東京だったこと。


 それに関しては龍牙は存じており、スムーズに次の話へと持ち込めた。


 次に第三次世界大戦で滅びた大陸は何年かかけての環境省の働きにより、よどんだ放射能の空気や海は浄化され、何とか外出しても安全になった。 


 だが、まだ破損された建物などの居住地や交通の便による道路の復興はまだのため、身の安全を考慮して、軍の関係者以外の市民が外出することは禁じられた。


 しかし、いくら外出禁止とはいえ建物内部の窓から見れば天候は安全と見なし、自分勝手な行動により、外へと飛び出すかも知れない。


 そのような事情を想定するため、人々が移り住んだ公共の居住地の窓などに特殊加工した偽造の滅びた風景を映し出すホログラフィーの映像で誤魔化した。


 また、ホロで偽造した大陸でも、本当の外の環境に合わせた気候や気温の変化さえ、上手く表現していた。 


 外は放射能で荒れ果て、人が行き来するためには地下鉄などの公共機関を利用するしかないと……。


 そのことは、生まれてきた子供に対して、親などから詳しい説明を受け、後にたくさんの若者が住む学園などの説明などでも注意深く伝えられた。


 こうして、この日本は放射能汚染で迂闊うかつには外出はできないという固定概念を子供のうちから植えつけられた。


 この話もある程度、龍牙は理解していた。

 さっきの沖縄が蹴り割った窓ガラスが、すべてを物語っていたからだ。


 さらにアメリコや東朝鮮の攻撃に対して、量産されたジャンヌ・ダルクの能力での核爆発で激減していく人口に、

かろうじて一般市民が逃げられた場所は核シェルター並みの強度を誇った日本武道館。


 そこで愛によって生まれた子供は15歳までこの武道館で暮らし、親たちから教育を学んだ。


 やがて、男性は三年間学んだヨスガの高校学園卒業には三つの進路を選ばれ、東京大学院で軍事の勉強をするか、首相の命令に従い働く議員になるか、徴兵令で戦争に駆り出されるのかを選び、

女性はケドラーによるジャンヌ・ダルクのためによる核実験に利用されるため、強制的に東京大学院の地下牢に幽閉された。


 さらに、女性として玩具のような扱いを受ける人生を避けて、いっそ一瀬のように男性に性転換手術をして男性として生きていく道もあった。


 ただし、手術費用は国は1割しか負担してくれず、中々思い通りにならなかった。


 一瀬は当時からセフレだった資産家の沖縄の資金援助で無事手術できたのである。


 また、女性の希望によっては、三食昼寝付きで堕落していた生活に飽々していた者もいて、高額なバイト料で働ける環境を作った。


 しかし、肝心の内容は体を張ったつらい労働が待ち受けていた。


 兵士との生活のために専属メイドとなり、身をていして半永久的に家事をやるか、遺伝子をコピーしたジャンヌ・ダルクの開発に協力するかの究極の二択である。


 どちらも心身ともに苦痛を伴い、発狂したり自害する者も現れた。

 それによって働き手は激減し、政府は頭を悩ませた。


 そんな時、東京大学院はとあるヘルメットとある植物の開発に成功した。


 それが記憶を消し去ってしまう電流、電気ショック。


 これは過去に実際に精神医療に使用されていた大型の据え置き機械を軽量化した物であり、ヘルメットにして携帯化することにより気軽に持ち運びできるようになった。


 なお、第三者による誤動作やイタズラを防ぐため、ヘルメットの後ろ側にセンサーがあり、別のリモコンによる遠隔操作で電流を流すことが可能である。


 また、電流の量は調整でき、記憶の度合いにより、ある程度なら上手く消したい記憶を操り消すことができる。


 でも、それを繰り返すと脳に過大なダメージをあたえ、場合によっては呼吸をするだけの植物人間になってしまう。


 そこで、開発していた植物は記憶の実である。


 昔から頭の回転率を上げて脳の血流をほどよく循環させるくるみの実を品種改良して、記憶力の向上力がアップした最強な、くるみの実が完成した。


 例え、認知症や痴ほう症などになってしまっても、この実を食べることにより、驚異的に記憶を蘇らせることができる。


 この記憶を消すヘルメットと、記憶を回復する記憶の実。


 その二つのアイテムを使い、影で生徒たちを操っていた。


 しかし、どんなことをしても終わりはやって来る。


 度重なる記憶の消去に脳の海馬が耐えられなくなり、突如、口から泡を吹き、痙攣けいれんして倒れる。


 そんな生徒の末路に元看護士の石垣による処分が待ち構えていた。


 そして、遺体は学園の地下にある秘密の焼却部屋で跡形もなく灰となり、別名義の袋に詰められ、学園の農園で肥料として使われる。


 遺体は骨さえも残らず、突如、体調を崩して医療機関で入院、その後は学園を中退して人里離れた田舎で自宅療養などという形などで生徒たちには秘密裏で隠蔽いんぺいされた。


 彼の手によれば男女の性別は関係ない。

 上官のケドラーの命令に従うしかないのだ。


 多数のDNAを採取しすぎて、昏睡状態で亡くなったストーンの妻のジャンヌ・ダルクをいつか生き返してくれることを条件として……。

 

「じゃが、それは間違いじゃったよ。

龍牙という息子が無事に生きていたことを知り、密かにケドラーに反逆する計画を練っておった。

……しかし、ヨスガの高等学園のあちらこちらには隠しカメラが設置しており、音声までは分からないとはいえ、ケドラーに行動はすべて筒抜けじゃった。

ワシらは耐えるしかなかった……」

「それで、記憶の実を俺たちの部屋に置いたのか」

「いや、あれはただの偶然じゃよ。

恐らくポケットから弓君の下着を取り出すときに、たまたまその実が入っていて、そこで落としたんじゃろう」


 石垣が苦笑いしながら、光の差した前方の出口を指さす。


 目の前に視界が開け、屋上に辿り着く。


 そこには、あのヘリが止まっていた。


「あれは俺のヘリじゃねーか!?」


 沖縄、いや、シャークが歓喜に満ちた口調で二人の間に割って入る。


「もう無くなったと思ってたぜ。真面目にローン完済して良かったぜ♪」


 沖縄が機体のボディーに顔を埋めて、無邪気に頬をすりすりする。


 まるで、久し振りに我が子に再会したかのように心底に嬉しそうだ。


「最後に弓君のことじゃが……」

「何だよ?」


 石垣が黙りこむ。


 彼女の時を止める能力と、威力は微力ながらの自爆能力は無理に話さない方が龍牙のためと感じたのだろうか……。


「……いや、何でもない。これからも彼女を守ってやってくれ」

「ああ、分かってる」


 それだけ言って石垣は不思議な表情をした龍牙から離れ、先頭へと駆け出した。


****


「さあ、乗れ。運転はワシがする」


 石垣が前方の操縦席に乗り込み、上部の赤く大きなプロペラを回し始める。


 それと同時に後ろに、弓、龍牙、一瀬、沖縄の順に乗り込んだ。


 石垣がスマホで電話をかける。


「もしもし、スネーク・ファングか。

ワシじゃ、ストーンじゃ」

『お疲れ様です』


 スマホから聞き慣れた音声が返ってくる。


「ワシらは今からヘリで脱出する。爆破はいつでもオッケーじゃ」

『了解しました。

5分後にタイマーを設定して僕たちも逃げます』

「分かった。検討を祈るぞ」


 石垣がスマホの電源を切り、操縦かんを握り、下に引き下げると、ヘリは勢いよく、上空を飛び立った。


****


『ガキーン!!』


 もう何度目の激突音を耳にしただろうか。


 レキがアクロバットな空中回転をしながら、スマホで通話していたスネーク・ファング、いや、北開の傍による。


「準備はできたかい」

「ええ、ケドラーにばれないように爆破できますか?」

「ふふっ、アタイの弟をなめてもらっちゃー困るわよ」


 すでにゲルニカはケドラーと北開が出てきたスライド扉の前にいた。


「早く来る」


 そう一言告げて、扉の奥へと去っていく。


 周りは赤く点滅しているデジタル表記のタイマーだらけ。


 残り時間は後三分に迫っていた。


「確かに校長の弟らしいですね」

「そうじゃなきゃ、マネージャーや教頭にしないわよ。さあ、行くよ」


 北開とレキがその場を離れる。


「待たぬか、お主ら逃さぬぞ!!」


 後ろから迫ってくるケドラー。


「ケドラー!」


 レキが胸ポケットから布の白巾着を取りだし、ケドラーに向かって勢いよく投げる。


「効かぬわ!」


 ケドラーが、その包みを日本刀でぶったぎる。


『パアーン!』


 すると、軽い破裂音の後に包み紙から大量の砂煙が舞う。

 辺りは灰色の世界に染まる。


「ぐああ、目がぁぁぁ!?」

「どうだい、アタイ直伝の黒胡椒の味は?」


 黒胡椒に目をやられたケドラーがジタバタとその場で暴れ狂う。


「本当は今晩のおかずに使いたかったんだけどさ。

まあ、今のあんたに特別にごちそうしてやるわ」

「お、おのれぇぇー!!」

「あんたにはハンバーグのミンチがお似合いさ」


 ケドラーが痛みでのたうち回る隙をついて、レキと北開が扉に滑り込むと、自動的に扉がスライドして、二人の体が飲み込まれる。


 薄暗い周囲には、無数のノートPCを乗せた縦長の木製のテーブルに、背もたれのついた回転イスが三セット分置かれており、前方には巨大なテレビが備えつけてある。


 テレビには、二人の女性で実験していた水槽の中身が映し出されていた。


 また、床には二人分の白衣が脱ぎ捨てられている。


 どうやら、ここは実験を離れた場所から安全に確認する部屋のようだ。


 その先には『作戦司令室』と黒インクで書かれた意味深な扉と、すぐ脇にはベルトコンベアがあり、ゲルニカがコンベアに体を乗せて、闇の入り口へと吸い込まれていくのが見えた。


「あの先がシェルターみたいですね」


 北開が扉にあるドアロックのボタンを押してケドラーを閉じ込める。


 扉にはデカデカと耐火性ドアのマークのシールが貼りつけてある。


「さあ、もたもたせんと行くわよ」


 その瞬間、激しい発光とブザー音と共にケドラーのいる部屋が大爆発した。


 ケドラーとジャンヌ・ダルクのクローンたちの狂ったような痛みによる叫びが部屋中に響く。


 そこへ、地鳴りのような激しい振動で部屋全体が震え、コンベアを移動するレキ達にも震えわたった。


 それから、そのまま、三人はその先にある闇の入り口へと落下していった……。

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