第30話 意外な助太刀

『ガキーン!!』


 そう、弓が何もかも終わりと思っていた矢先、鋭い金属音が彼女の耳をつんざく。


「えっ!?」


 それは以外な結末だった。


「心配しなさんな。嬢ちゃん」


 弓が目を見開く。


 そこにはケドラーの日本刀を二刀流のサバイバルナイフで受け止めている年配の女性がいた。


『見せてあげるわよ、乙女の意地~♪』


 どこからか流れる女性の歌声を背に、日本刀を弾き返す凛々しい姿。


 突如現れた赤いスーツ姿の助っ人の正体は、あの元人気歌手の椎田レキ校長だった。


 隣には彼女の影に隠れて白いCDラジカセを持っている男性。

 こちらはレキの弟の椎田ゲルニカ教頭だ。


『華を恥じらって、乙女のハート~♪』


 どうやらさっきから流れている音楽は、このゲルニカが持つラジカセから鳴らしているらしい。


「ケドラー。この子はウチの大切な生徒の一人。あんたなんかにはやらせないわよ」

「むっ、レキ校長か。

お主までワレの邪魔をするのか」


 ケドラーが弾かれた刀を握り直す。

 それに対して片足をするりと出し、上腕で構えをとるレキ。


「ケドラー様!!」


 そこへ龍牙と弓の拘束していた紐を緩めて、ターゲットを変更する北開。

 その彼がケドラーを救うべく、レキに向かって無数の紐を放つ。


『ガキーン、ガキーン、ガキーン!!』


 その流しそうめんのように流れてくる紐をナイフで丁寧に一本ずつ弾き飛ばし、すべてを弾いたレキは余裕の笑みを浮かべる。


「なんだい、このしょうもない攻撃は。

まさか、これがアンタの本気なのかいね?」

「まっ、まだ終わってませんよ!」


 すると、北開の腕からの無数の紐がレキの頭上でかまくらのような大きな網の状態になり、彼女の体を包むこむようにおぶさってゆく。


「これで終わりですから! やあー!」

 

 北海の掛け声で、巨大なベルのようになった紐の塊が雑巾絞りのように圧縮される。


『ガ、ガ、ガ、ガキーン!!』


 それも束の間、瞬く間に内部から大きな竜巻のように紐が巻き込まれ、中からレキが、なに食わね顔でそれらの紐を左右に掻き分ける。


「これがアンタの本気かい?」

「……くっ、何ですか。

あの血に飢えた虎をも封じ込める必殺技なのに、あなたは本当に人間ですか!?」

「あたいは校長だよ。なめてもらったら困るわね」

「私はその上の総理ですよ……」

「そりゃ、相手が悪かったわね」


 呆気にとられる北開に自信に満ちた清々しい表情のレキ。


 もはや、レベルが違いすぎるのを痛感して、北開はその場に膝をつくさまだ。


「ふんぬっ!」


 そこへ、ケドラーの強烈な一刀が無防備なレキの頭へと振りかざされる。


「あっ、危ないです!!」


『ガキーン!!』


「なんだい、嬢ちゃん、

何か言ったかい?」


 ギリギリと金属音を軋ませながら、その上からの太刀筋をナイフで軽々と受け流す。


「いえ、何でもありません」


 しばらくして、灰色の景色に色が戻り、その場に倒れこむ龍牙。


「あっ、龍牙さん!」


 弓がとっさに駆けつけ、彼の体を支える。


「あれ、俺は無事なのか?」

「はいっ。あの校長先生が助けてくれました」

 

 ……と、遠方でケドラーと格闘している女性を指さす。


「校長って、あの赤い服着たボン、キュッ、ボンなスタイルのあの年配の女性か?」

「はい。とてもお強いのですよ。

それより、ボン、キュッ、ボンとはどういう意味ですか?」

「さあな。世の中、知らない方がいい事もあるさ」


 知らぬが仏のように、はぐらかす龍牙。


 レキが動く度、たわわな胸が揺れ、色っぽいラインがあらわになる。

 健全な男の子には目に毒だ。


 ふと、そこへ、ラジカセの電源を消したゲルニカがやって来る。


「今のうちに逃げた方がよい。

屋上にヘリが準備している。

そこからここに行く」


 ゲルニカが鉛筆での手書きの地図を見せる。

 その場所は『日本武道館』という名が記されている。


 しかし、それよりも気になるのが、この東京大学院の近くにある『早稲田大学院』。

 ちょうど、この場所は龍牙達が居住しているヨスガの高等学園が当てはまる。


「まさか、この俺達がいる射手湾島は、あの東京なのか!?」

「そう、ここは東京。

ジャンヌ・ダルクによる核爆発でここの東京の半分以上の大陸が消えた。

射手湾島は唯一残った東京の欠片でもある」

「なっ、そんな事が……」


 龍牙がワナワナと体を震わす。


「ここの武道館に行けば戦争から難を逃れたたくさんの大人たちがいて、君たちをかくまってくれる」

「……それで、ここには大人がいないのか」


「さあ、早くしないと時間がない」


 ゲルニカがタイマー付きのダイナマイトの爆弾を取り出す。

 どうやら、この東京大学院を爆破するらしい。


 レキ校長と参加したアメリコで参加した会議で決定済みなのだろう。


 今、この東京大学院に生徒がいないのもうなずける。


「これで最近、好き放題なやり方のケドラーごと消す」

「だったら、お前たちも逃げないと駄目だろ!」

「大丈夫。

ここには核シェルターがある。

そこなら少人数なら耐えられる。

でも、そこは極秘の場所で一般の生徒には教えられない」

「……そうか、ヘリがあるのは屋上だったな」

「そう、急がないと時間がない。急げ」


 ゲルニカが背中に背負った鞄から爆弾を取りだし、この部屋のあちこちにその爆弾を取りつけ始める。


「分かった。逃げるぞ。弓!」


 だが、弓は龍牙の繋いだ手を振りほどき、頑なに拒絶する。


「どうした、弓?」

「龍牙さんは、そうやってここや地下牢にいる女性たちを見過ごすのですか?」

「うっ、それは……」


 龍牙がとまどいながら立ち止まる。


「大丈夫。地下牢は頑丈な作り。

この程度の爆弾くらいではびくともしない。それに、ここのクローン人間たちはおおやけにばれたらおおごとになる。

今ここで消すしかない」

「でも、その地下牢の人たちを助けないと……」

「大丈夫。

校長がアメリコの施設で面倒を見る事になってる。

安心して逃げろ」


 ゲルニカが弓を説得している。 


「我が校長を信じろ」

「はい、すみません。そうですね」


 その言葉に弓が迷いを振りきる。


「そうじゃ、弓君。

それに助っ人は一人じゃないぞ」


 どこからともなく聞こえる懐かしい声。


「まっ、まさか。

父さん!?」

「そう、そのまさかじゃよ」


 背後から見慣れた黒のスーツ姿。

 紛れもなく石垣教師だった。


「おい、俺のことも忘れんなよ」


 彼の横には沖縄教師もいた。


「何じゃ、人をオバケみたいな顔で見おって」

「な、何で生きてるんだよ!?」


 確かにあの時、龍牙に別れの言葉を言い、二人とも石化したはず。

 これには驚くにも無理はない。


「まぬけだな。石になったくらいで死ぬかよ。

あれにも時間制限があるのさ。

まあそれまで、二人っきりになって、ジジイのテレパシーから、ひたすら教育方針について説教されたけどな」


 沖縄がうんざりして、苦笑いしている石垣を見る。


「何だよ、二人とも、あれだけ仲が悪かったじゃないか」


 龍牙が不思議そうに仲良く笑う二人に不快な表情をする。


「はははっ。

お前、本当にお坊っちゃまだな。

あれは、すべて演技だぜ」

「じゃが、その割りには痛かったぞい。

いくらワシの能力で衝撃を吸収できるとはいえ、もう少し加減せんか」


 石垣が沖縄の頭に軽くチョップすると、テヘヘとお茶目に舌を出す沖縄。


 龍牙は何がどうなったか分からない状況で呆然となり、脳内がパニックになっている。


『ガキーン!!』


 そこへ、レキがクルクルとバク転しながらやって来る。


「まったく、揃いも揃い、何やってんだい。

話は聞いただろ。

ケドラーは私が押さえとくから、さっさと逃げなっ!!」

 

 鋭い剣幕の口調でまくしたて、

再び、ケドラーに立ち向かっていく勇ましいレキ。


「龍牙さん、ここは校長に任せて行きましょう」

「あっ、ごめん。そうだったな」


「よし、ワシらが屋上まで案内しよう」


 石垣が足を踏み出す。


 しかし、龍牙は沖縄だけは気に入らない素振りを見せていた。


「でも、お前だけは信用できないからな」

「やれやれ、俺も嫌われたもんだぜ」


 沖縄が肩をすくめて、龍牙の後ろへと下がる。


「……龍牙君。あまり彼を責めないで」


 そこへ、また驚きの事態が起きた。


 今度は何と、

あの、

一瀬がこちらに向かってくる。


「一瀬、お前、本人なのか!?」

「まさか、一瀬さん生きて!?」

「……うん、ただいま。

僕は帰ってきたよ」


 その場で龍牙が堪らなくなって、一瀬を力強く抱きしめる。


「一瀬、お帰り。

本当に生きていて良かったぜ……」

「ちょっと、りゅ、りゅ、龍牙君!?」


 龍牙の熱い包容に耳まで赤くなる一瀬。


「幸い、弾が内臓には当たらず、筋肉を貫通していたから良かったわい。

ワシの献身的な治療に感謝せえよ」

「そうそう、俺が本気でやるわけないだろ。

そんなことしたら俺が好きなこの仕事はクビだぜ。

俺の銃のテクニックも捨てたもんじゃねーだろ」


 どうやら看護士で医療免許も所持していた石垣は、沖縄と喧嘩を始める前に即座に一瀬の蘇生手術をしており、その治療により、一瀬は息を吹き替えしたようだ。


 人は呼吸が止まっても五分程度なら、まだ助かる見込みはある。


 しかし、一瀬は大量出血により、体温も下がり、低体温症も起こしていた。


 それにいくら沖縄の腕前でも、咄嗟とっさにかばった一瀬相手に対して、狙ったように標準はずらせないはず。


 そのうえ、誤って胸辺りに銃弾を受けたのに内臓には当たっていなかったなど、これはまさに奇跡である。


 このふざけた沖縄でさえ、内心はこれはやってしまったなと確信して煙草で気持ちを沈めていたからだ。


 奇跡は1度だけではない。


 今回の一瀬の復活により、

奇跡は何度でも起こることを教えてくれた。


****


「さあ、面子めんつは揃った。

いくぞい」


 石垣が急ぎ足で出口へと向かう。


「待て、お主らは逃がさぬ!」


 そこへ、レキの攻撃をギリギリでかわし、出口の扉の前にケドラーが立ちふさがる。


「しっ、しもうた!?」


 慌てふためく石垣だったが……。


「……何てのっ!」


 ふと、表情を変えた石垣による不敵な笑みの後、

 すぐさまケドラーに無数の紐が伸びてケドラーを縛る。


「皆さん、今のうちですよ」


 北開がケドラーを何とか押さえていた。


「きっ、貴様もグルか!?」

「いえいえ、弱いものを助けるのが教師のつとめですよ。

それに敵を欺くには、まず味方からと言いますから。

さあ、皆さん!」


 北開が、もう片方の左腕から紐を伸ばし、扉をこじ開ける。


「ふぃぃ、相変わらずナイスフォローじゃな。助かったわい。北開」

「だてに強情でワガママな先輩とつるんで行動していますからね。

このくらいのカバーは当然です」


「ありがとな」


 龍牙が北開にペコリとお辞儀をして、その扉を抜ける。


****


「龍牙君、皆さん、健闘を祈ります」

「まあ、せいぜい頑張んな」

「早く逃げろ。そして生き残れ」


 北開に、レキに、ゲルニカ。

 身を提してケドラーと闘うその三人からの言葉を背に、重たく扉が閉ざされた……。


「貴様ら、この裏切り者達め。絶対に許さんぞ!!」


 遠くからケドラーの怒声が響き渡ってくる。


(三人とも、ありがとう。

こんな俺達なんかのために。

だから、向こうに着いたら、みんなで、このケドラーの思いあがりな世界を止めよう。

そして、みんなで平和な世界を取り戻すんだ。

だからそれまで負けないでくれ……)


 そんな争いの声や武器の衝突音を耳にしながら、屋上への非常階段をひたすら駆け上がる龍牙。


 彼自身も三人の身の安全を願い、必ずこの狂った日本を救うと、強く決意した……。








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