第6章 運命を切り裂く最終決戦

第29話 ケドラーに挑め!

「想像以上に暗いな。

弓、足元に気をつけろよ」

「はい、分かりました」

「こんな時に、あの肖像画に使っていたアレの出番だな」


 探索の途中から龍牙が音楽室で拾ったペンシルタイプのライトで辺りを照らす。


「龍牙さん、準備がいいです」

「まあな、もしもの時に備えて良かったぜ」


 しばらく、二人が一本道の洞窟を進むと、今度は目の前に行き止まりの壁が現れる。


 そこへ、龍牙は何の躊躇ためらいもなく、その壁に触れた。


『指紋認証確認。

ヨスガの高等学園、

石垣志摩の息子、龍牙。

これより先への東京大学院への通行を許可します』


 機械的な女性の音声が響き、その土壁が左側へとスライドし、壁との間の隙間へと消える。


「凄いですね。

どうして分かったのですか?」


 弓がキラキラした瞳で龍牙を見る。


「何となくかな。

それに小さい頃に来た記憶もある」


 どうやら勘で探り当てたらしい。

 鋭い観察眼である。


 それから二人は幻想的な機械的な通路へと移動し、やがて大きな縦穴の空間に出る。


 目の前には巨大な建物がそびえ立っていた。


「ここが噂の東京大学院か」

「凄く、大きいですね……」


 未知の存在に威嚇いかくする龍牙、呆気にとられたように青白い建物をまじまじと見つめている弓。


 二人の心境は正反対だった。


 しかし、入り口のゲートで立ち止まる。

 それもそのはず、暗証番号が分からなければ、ここから先へは進めない。


「もし、俺が父さんだったら……」


 龍牙が持っていた小型ライトをインターホンに付いてある赤外線センサーへと当てる。


『状況確認。

石垣志摩教師からの光源商品を認知いたしました。

続いて、こちらに浮かびます数式ボタンから、4桁の暗証番号を入力して下さい』


「確か、俺の誕生日は4月だから……」


「えっと、ピポピパと……」


『了解いたしました。石垣志摩教師からのすべての認証を確認。

ただいまから、数秒後に一時的にキーロックを解除。

傍の電子ゲートを開きます』


『ガラガラガラ……』


「龍牙さん、よく分かりましたね」

「それだけ俺は父さんから愛されていたんだな」

「素敵な親子愛ですね」


 そんな弓の些細ささいな一言で龍牙の表情が一瞬だけ曇る。


「……あっ、すみません。

つらいことを思い出させてしまって」

「いや、いいんだ。

気にしたって始まらないさ。それより行こう」


 二人がゲートを通過すると、意を決したかのように再びゲートは閉ざされていく。


 まるでもう、後戻りはできないかのように……。


****


「……で、早速だけど。

ケドラーとかいう親玉はいないよな?」

「見事に迷いましたね」

「だぁー、

ここは無駄に広すぎるんだよ!」


 それもそのはず、どこを移動しても同じ風景。


 教室があって部屋には机と椅子が均等に並べてあり、なぜかそこには人は一人もいない。


「龍牙さん、見てください。

どうやら今は休暇中みたいですよ」


 弓が渡り廊下にある緑の掲示板に貼られた紙を指さす。


「なるほど。

ただいま、生徒は夏季休暇中か」

「それで人がいないみたいですね」


 二人がさまよいながら移動していると、廊下の隅にある怪しげな階段を発見する。


 紫に染まった階段の先は薄暗くて、ここからだと何があるのか把握できない。


「もしかしたらこの先にいるかもな。 

入ってみるか」

「何か怖いですね」


 弓が小さな肩を震わせながら龍牙に近づく。


「大丈夫。何かあったら守るから」

「……とか言いながら、いざとなったら逃げ出しそうですね」

「それは酷い言われようだな」


 龍牙が笑みを浮かべながら先へと向かう。


「ま、待って下さい!」


 弓が慌てて後ろを追った……。


****


 中は冷気でヒンヤリとしており、どこまでも続いてゆく下り階段。


 しばらくして、階段を降り終えると、大きな錆びついた土色の扉が目の前を封鎖していた。


 龍牙が、そこでも迷うことなく、扉に手を触れると何かの指紋センサーに反応したのか、機械的な錠前を開ける音がズシンと響き、重たい扉が口を開け、平坦な広場へと視界が広がる。


 その先は緑の苔の壁に、水色で覆われた異質な空間だった。


 両側の壁づたいに何十重もの水槽が並んで置いてあり、満タンの水で敷き詰められている。


 水槽は2メートルくらいあり、中には裸の少女が入っていた。


 一つの水槽に必ず1体あり、少女の裸体には緑や赤などの無数の細い導線のようなコードで身を包んでいる。


 だが、どうやって溺れずに沈んだ状態でいれるのだろう。


 ときどき、鼻から泡が出ているということは呼吸はしているはず。


 鼻の穴に細い緑のコードが入っているからに、そこから酸素を吸入しているのだろうか。


 謎は深まるばかりである……。


 いや、それ以前にみんな彼女にそっくりなのだ。

 龍牙の隣をびくびくしながら歩いている弓の姿に……。


「なぜでしょう。

この子たち、私に似てますね」


 どうやら弓も気づいたらしい。

 しかも、表情だけでない、髪の色や体つきもそっくりであるから驚きである。


 ふと、一人の少女が目を見開き、こちらと目と目が合った。


 少女はぎょろりとした目でにらんでいるようにもとれる。


「……こ、怖いです」


 弓が怯えた瞳で龍牙にしがみつく。


「大丈夫だって」


 龍牙が怖がる弓の手を優しく握る。


 すると、部屋の奥の中央にある一つの大きな水槽が二人の目を見張る。


 中には二人の少女が正面で向かい合い、お互いに、にらめっこしているようにも映る。


 だが、片割れは弓には似ていない。

 そこにでもいそうな茶髪の女子高生くらいの女性が相手だ。


 二人で仲良くプール遊びでもしているのだろうか。


 ……と思った瞬間、片割れの女性がこちらを振り向き、驚愕な表情で内側から水槽を手で叩いている。


 それから、弓に似た少女の頭に上部から赤のレーザー光線が当たると、その水槽が激しく光る。


 途端に片方の弓に似た少女が爆発した。


 爆発した少女が肉片も残さない水へ変わり、水槽の水全体が真っ赤な血の色に染まるが、すぐに循環されて綺麗な真水に戻る。


 それは、一瞬の出来事だった。


 ちなみに助けを求めていた片割れの女性は無傷である。


 だが、その顔には明らかに怯えが生じていた。


「そうか、プロトタイプ19も失敗か」


 奥に隠された扉が横へスライドし、中の部屋で白衣を脱ぎ捨てた二人の男が出てくる。


「ケドラー様。

このままでは日本は負けてしまいますよ」

「それは困るな。

……むっ、誰だ!?」


「あんたがケドラーか!」


 龍牙がノッポの男性に闘争心を剥き出しにし、傍にあった果物ナイフを掴み、ケドラーの懐へと飛び込む。


「よくも、父さんを!!」

「龍牙さん!?」


『ガキーン!』


 しかし、間一髪、龍牙の攻撃は防がれる。

 そのナイフの先は1本の紐で絡まれていたからだ。


 まるで生きた朝顔のつるのようにナイフに絡みつき、龍牙からそのナイフを奪い取る。


「ふぅ、危なかったですね。

先回りして正解でしたね。

ケドラー様、ご無事でしょうか」

「うむ。誠に助かった。北開」


 ケドラーの隣にいた北開が、自らの腕から生やした紐を手繰たぐり寄せ、絡んでいたナイフを手に取る。


「龍牙君、ですよね?

首相に対しての、この行為はあまり関心しないですね」

「お前は誰だ。なぜ邪魔をするんだ?」

「これは失礼しました」


 眼鏡を指で押さえ、黒の長髪をかきわけて、ご丁寧に頭を下げる。


「私はヨスガの高等学園二学年担当の北開導です。

そして……」


 着ていた灰色のスーツから黒のマントをひるがえす北開。


「またの名を影の内閣総理大臣、北開総理なのです!」


 さらに『パアーン!』と隠し持っていたパーティー用のクラッカーを鳴らす始末。


 この教師、見た目の弱々しいイメージの裏に強い意思を感じさせる。

 実は北開は二重人格なのだろうか。


 それに、なぜ彼はマントをつけているのか。

 今話題のSF映画にはまっており、自らコスプレすることで優越感を高揚しているのだろうか。


 いくら、総理とはいえ、上層部の考えることはよく分からない。


「お前、そんなに偉いのか?」

「ええ、そうですよ」

「だったら、何でケドラーのやっている悪いことに気づかないのか?

プロジェクトKとか明らかにおかしいだろ!」

「失礼ですね。ケドラー様は世界を救おうとしているのですよ」

「はっ、何言ってるんだ。

お前、正気か!?」

「はい。

そのために日々の研究を重ねているのですから」


 そう言って北開が中央の水槽を指さすと、そこには新たな弓と似た少女が浸かっている。


 すでに先ほどからいる片割れの女性は顔面蒼白だ。


 ……彼女の目の前で自分と相等の女性が自爆するのだ。


 結果が分かるまで、それの繰り返し。

 これでは精神が病んでも無理もない。


「だったら、これは何の真似だよ!?」

「……それは表向きではジャンヌ・ダルクを消滅させたと見せかけ、裏で、この研究所でジャンヌ・ダルクのクローンを生産し、極秘の爆破実験に該当する」


 実験に集中させるためか、その大型の水槽の脇にあるパネルをせわしく操作する北開の代役に横にいたケドラーが口を挟む。


「いくぶんか、核爆弾を製造し、ジャンヌ・ダルクのコピーを製作し、何十年も我が日本軍の戦争で使用してきたが、最近は、いささかちからが弱まりつつある。それに彼女の体内へと作る核爆弾の材料にも限界がある」


 ──出会った当初は強力な力を秘めていたジャンヌ・ダルクだったが、孫に孫へと大量に量産を続けていくと、当たり前だが元の親のDNAの遺伝子は薄れていく。


 さらに、ケドラーの言う通りジャンヌ・ダルクの体内へ製造できる核爆弾にも底があり、無限には発掘できない。


 第三次世界大戦の休止の最中、武力で世界を支配したい日本での頼みの核も、彼女の体内から消えつつあった。


 そこが、この兵器、いや彼女の最大の弱点だったのかも知れない。


「それでお主と、そこのジャンヌ・ダルクのコピーに交配をさせ、新たにお主のファングの血筋を混ぜ、昔のようなあのちからを取り戻そうとプロジェクトKの策略を練ったが、まさか、このような形でお主らに裏切られるとは……。

人生とは分からぬものだな」


 ケドラーがパチンと指鳴らして合図すると、北開が水槽に龍牙達が初めて見た水量のラインまで並々の水を貯めていく。


「ちなみに、この生身の女性は高額なバイト料金により一緒に働いてもらっている。

どうも男性相手になると性欲の駆け引きにより、実験が上手くいかぬ。

ジャンヌ・ダルクも、それを意識して男性相手だとこの爆破能力をためらってしまいがちだ。

……かと言っても幼子や老婆には頑なに心を閉ざし、これまた能力を使おうともしない。年相応の女性とではないと意味がないのだ……」


 ケドラーが水槽のガラスを指でなぞり、失意の面影であの怯えた女子高生を眺める。


「……しかし、この女性もそろそろ用済みか。そろそろこやつも廃棄して、新しい同性相手を地下牢から連れてこないといけぬな」


 そんなケドラーの独り言のような長話とは裏腹に、度重なる精神的なショックのせいか、片割れの女性は嗚咽おえつしていた。


「止めろ!

彼女は嫌がってるだろ!」


 龍牙が北開を止めようと迫る。


「本当にしつこいですね」


 その身の危険を感じ取ったのか、北開が身構えると彼の体から様々な紐が飛び出し、そのうちのいくらかの紐が龍牙の体全体を縛る。

 

「ぐっ。

くそっ、動けない……」


 龍牙がジタバタするが、紐は余計に服に食い込み、びくともしない。


「さあ、ケドラー様。この単細胞な彼にとどめをおさしください」

「うむ。よし、離すでないぞ」


 ケドラーが腰に提げていた柄から日本刀をすらりと引き抜く。


 このままでは龍牙は殺される。


「それは駄目です!!」


 弓が叫ぶと彼女の髪が金髪に変化して時間の流れが止まる。


「残念ですね。お嬢様」


 しかし、その灰色の空間でも北開は何気ない態勢で嘲笑あざわらう。


 ケドラーも何ともないようである。


「残念。その攻撃に対する手は打っておる」


 敵さん二人が耳元のノイズをキャンセルするワイヤレスヘッドホンをちらつかせる。

 どうやら相手の方が上手うわてだったようだ。


 元の髪の色に戻った弓が呆然とする。


「むしろ動けない方が好都合。

そこで彼氏の最期を見届けるのだな」


 ケドラーが日本刀を輝かせ、龍牙に振りかざそうと構えをとる。


「そんな、嫌っ、龍牙さんっ!?」


 弓がはっとして顔を伏せようとするが、北開が新たに伸ばした紐で弓の頭を掴み、これから起ころうとする殺戮さつりく現場を否応なしに見せつける。


「駄目ですよ。

彼の彼女なんでしょう。

最期まで彼を見届けないと。

それが君の義務でしょう」


 北開が口元に微かな笑みを忍ばせる。

 この教師は想像以上に鬼畜である。


 そして、次の瞬間、弓の前で時間が止まったままの龍牙は切り伏せられる。


 弓はそれに耐えられなくなり、固く目を閉じた……。

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