第32話 ケドラーの真の姿

『ドカーン! ドカーン!』


 激しい爆発音とともに東京大学院から火の手が噴き出す。


「どうやら、無事に成功したようじゃの」

「ふぃー。まったくヒヤヒヤさせるぜ」


 石垣たちを乗せたヘリが飛び立って3分後に、東京大学院の室内から目映まばゆい光が発した。


 途端に周りは火の海になり、窓ガラスは粉々に割れ、部屋にあった机やイスが吹き飛んでゆく。


 教室から教室へと連鎖していく炎の渦。


 日本最強の司令塔と呼ばれた建物は、たった今、終焉おわりを迎えていた。


『おのれぇぇー!!』


 そんな炎の渦からケドラーの声が轟く。


「沖縄教師、あれを見てください!」


 今まで静かだった一瀬が、ヘリの窓にはりつく。


「おいおい、マジかよ」


 何と、この業火の中でケドラーは生きていた。


 服のあちこちは炎に包まれているとはいえ、無事でいられるはずはない。


 その炎の最中、ケドラーはとある緑色のカプセルを口に入れる。


「あやつ、もしや!?」


 石垣が操縦かんを握りしめながら、すぐさま東京大学院の敷地内から離れようとする。


『グオオオオー!!』


 炎を着飾ったケドラーが気高く吠える。

 そして、たちまち姿を変えていく人間から異形な形となっていくケドラーの肉体。


 体全体が風船のように膨らみ、顔が分裂して、首は首なが竜のように伸びて四つの頭に別れていき、尻からはカンガルーのような長い尻尾が生えていく。


 また、鋭いギザギザの歯並びになった口元には狼のような犬歯が覗き、長い舌を垂らす。


 さらに、緑色となった体に対して目はギョロリと睨みつける三角の眼光となり、両手足の爪が鶏のように鋭く尖っている。

 

 炎に覆われた建物をものともせず、ケドラーは瞬く間に約10メートルほどの巨大な化け物へと変貌したのだった。


「キャー。なまで見られるなんて。

あれは、伝説によるドラゴンですよ!」


 一瀬がランランとした興奮の眼差しでケドラーを見つめる。


 そういえば一瀬はゲーマーで腐女子だった……。


「いや、あれはただのドラゴンではないぞ。

あの四つ頭は……」

『そう、ワレはヒドラ』

 

 ケドラーだったドラゴンが喋り出す。


『これぞ、ワレらの一族の最終形態。

独自に開発した筋力強化などのヒドラのDNAを注射し、さらに特有のDNAを高めたカプセルを摂取することにより発動する、ワレらの一族が戦々で天下無敵の百戦連勝を誇っていた究極の体形。

この姿になったワレにかなうものはいない』


 ゴォーと勢いよく、口先から火炎放射器のような炎を吹き出す。


 その狭い洞穴内の激しい攻撃に、ヘリでの移動は困難を極めていた。


 このままでは、いずれヒドラの吐く炎が当たり、撃墜されてしまう。


 恐らくみんなは無事ではすまない、そう石垣が、それなりの覚悟を決意していた時だった。


「龍牙君!?」


 そこへ、龍牙がヘリのドアを強引に開ける。


「ここは、俺が食い止める。

父さんたちはその間に上空の出入り口へと逃げて」


「む、無茶だよ!?」

「龍牙、何を考えとる!?」

「テメエ、カッコつけてる場合か。

自殺志願者かよ!?」


 三人がよってたかって龍牙を責める。


「もう、嫌なんだ。俺のせいで誰かが犠牲になるのは……」

「龍牙さん……」


 弓が龍牙の小刻みに揺れる拳を優しく握る。


「……今度こそ、大切な仲間を失ってしまうと感じたら恐くなってさ」

「龍牙……」


「……だから、みんなには幸せになってほしい。

犠牲になるのは俺一人で十分さ」


「龍牙君……。でも」

「いや、一瀬。

ここで誰かが止めないと、みんな死んでしまうかも知れない。

誰かが止めないと駄目なんだ」

「龍牙君……」


「じゃあ、俺は行くから……」

「……待ってください」


 飛び出そうとする背後から声がする。


「私も一緒に行きます。

二人は一心同体でしょ」


 弓が強い眼差しで龍牙を見つめる。


「それに龍牙さん一人では立ち向かうどころか逃げ回りそうですから。

そんなカッコ悪い姿、見ていられません」

「まったく言ってくれるぜ」

「それにいざというとき、私の能力が必要でしょ」

「……分かったよ。まったく弓には、敵わないな」


 龍牙が弓に屈託のない自然な顔で微笑む。


「……ごほんっ。

龍牙、ワシはもう何も言わん」


 そのラブラブな場面に咳払いをし、前方から後ろを振り向かずに、父親の優しく力強い声が響いた。


「お前、こんなとこでくたばんなよ。

まだ教えたいことは、山ほどあるんだからな」


 あの沖縄さえも柄にもなく説教してくる。


「約束して。必ず、二人で生きて帰ってきてね」


 一瀬が信頼の面持ちで二人を温かく見つめて……、

「ああ、約束する」

 ……そのまま、一瀬と指切りをする。


「それから、弓君。

これを持っていきたまえ。

万が一の時に役にたつじゃろう」


 石垣が操縦席から手だけを伸ばし、弓に白い手のひらサイズの化粧箱を手渡す。


 ふと、弓が箱の表面についた印刷文字に目をやる。


「いいのですか。これは大切な物では?」

「予備は持っとるから安心せえ。

ぜひ、これを世界平和の役に立ててくれ。

それに我が息子への誕生日プレゼントがまだじゃったし」

「それなら、龍牙さんに直接渡した方が……」

「運転をほったらかしにはできんじゃろ。

それに弓君のすぐ隣にいるから問題なかろう」


「……俺が何だって?」


 どうやら龍牙には、けたたましいプロペラ音が邪魔して聞こえてないようだ。


「ありがとうございます」


 弓が龍牙の代わりに石垣に一礼して大事そうにその荷物を受け取る。


 無数の爆発音がとどろくなか、龍牙と弓がヘリから身を乗り出す。


「みんな、元気でな。また会おう」


****


「ケドラー!!」


 皆との別れを告げて、そのまままっさかさまに二人はケドラーのもとへと落ちていく。


『グオオオオー!!』


「俺たちと勝負だ!」


 龍牙が落下しながら、懐から手早くサバイバルナイフを取り出す。


 それからヒドラの首と首との間に潜り込み、無防備な腹に向かって、そのナイフを突き立てた。


『ガキーン!!』


 柔らかそうな腹に対して、ナイフは軽々と弾かれる。


 その合間をぬった次の瞬間、ヒドラの口が頬袋のように膨らみ、口から炎を吐き、龍牙を攻撃する。


「龍牙さん!」


 そこで不意に弓が一時的に金髪になり、灰色の時が止まった空間を作り出す。


 さらに弓が、そのままの落下スピードで龍牙に体当たりし、ヒドラの炎による直撃を反らした。


 再び、時は回りだす。


「あれ、俺は?」

「龍牙さん、怪我はないですか?」


 無事に着地した弓が龍牙のいる場所による。


「そうか、これが弓のちからか」

「はい、時を止める能力です」


『なるほど、確かに心強いな』と弓にナイスファイトポーズをする龍牙。


「しかし、困ったな。ヤツの腹は鋼鉄並みに堅い。どうしたものか」


 龍牙が攻撃箇所を変更し、今度は顔面を狙う。


「これならどうだ!」


『ガキーン!!』


 再び、弾かれる。


「くそっ、まさに無敵だな!」


 ヒドラの炎を間一髪でかわし、焦げたタンパク質の匂いが辺りを漂う。


 あきらかに龍牙は焦っていた。


『フフフ、そんなカスのような攻撃は効かぬわ!』


 ヒドラが尻尾を左右に振りかざしながら、龍牙へと迫りくる。

 その進撃にナイフをギリギリと握りしめる龍牙。


『グオオオオ!!』


 いかにも自分に攻撃してくるかのように思えて構えていた龍牙だったが……、


『くたばれ、小娘!!』


 ……最初から狙いは決まっていた。


 龍牙よりも時間を止める弓が狙いだったのだ。


「弓!?」


 駄目だ。


 龍牙の足ではヒドラの炎には到底、間に合わない。


 また、大切な人を目の前で亡くすのか。

 それだけは嫌だ。

 今度は俺が彼女を守るんだ……。


『終わりだ! グオオオオ!!』


「きゃあああ、龍牙さん!?」


 それは一瞬の出来事だった。

 目の前で1つの影が弓をかばい、炎に包まれる。


『ブオオオーン!!』


 突如とつじょ、ハエが舞うようなつんざく音が弓の耳元を舞う。


『ガアアアア!?』


 弓の上空にヒドラの首が飛んでいた。

 羽が生えて空を飛んだのではない。

 物理的な衝撃で炎を吐いていた一本の首が飛んでいた。


 赤色の飛び散る血液とともに地面に横たわる首……。


 その弓が自身をかばってくれた影に視点を合わせる……。


 それは龍牙だった。


 だが、1つだけ異常な部分があった。


 彼の口が大きく開いており、犬歯から繋がった一筋の光が飛び出てている。


「あいつ、やっと覚醒しおったか」

「なるほど。ヤツには生まれたときにドラゴンの能力のDNAの注射を打ってたんだな」

「そう、それで息子にはドラゴンの牙という名前をつけたんじゃ」


 ヒドラと二人の激戦を繰り広げる上空からヘリから様子を覗いていた石垣が沖縄に呟く。


 ピンチの時は手助けしようと思っていたが、これなら何とかなるかも知れない。


「龍牙君、弓ちゃん、頑張って」


 一瀬が両手を組み、神様に祈りを捧げていた。


****


 その龍牙が、飛び出た光を右手で掴み、繋がっている犬歯からもぎ取ると、瞬時に光が剣の存在となり、彼の手には白い長剣が輝きを放っていた。


 それからその剣を一振りしてヒドラの体に当てる構えをとる。


「危ないから、弓は隠れてろ」

「はい、分かりました」


 弓が慌てて半壊した建物のコンクリの壁へと逃げ込む。


 弓を隠れたのを確認して、咄嗟に龍牙はヒドラに一太刀を浴びせる。


『ガアアアア!?

そんな信じられないことが!?』


 ヒドラの体に傷ができ、ヒドラ自身たじろいでいるかのように見える。


 ヒドラが尻込むのも無理もない。


 全世界をまたにかけたあらゆる攻撃が効かない最強の生物が、たった一人の人物に良からぬ太刀筋を受けたのだ。


 しかも、人間の歯から生えた、たった一本の玩具のようなひ弱な剣にだ……。


『グオオオオ、ワレこそが最強なのだ!!』


 ヒドラが残った三本の首から集中砲火をして、龍牙を火の海で包む。


「龍牙さん!?」

『ガアアアア。ざまあないな。終わったな!』


 しかし、中の人影は一向に揺るがない。


「ケドラー!」


 それどころか炎を掻きわけ、龍牙が飛び出してきた。


『ガアアアア、無傷だと!?』


 唯一対抗できるドラゴンに立ち向かえる頑丈な肌に傷をつけれる剣と、炎を完全に防御できる強固なドラゴンのような肉体。


 ドラゴン・ファングの遺伝子を植えられた龍牙の力はヒドラにとって驚異の存在だった。


「でりゃあああ!!」

『ガアアアア!?』


 龍牙の力を込めた一太刀により、ヒドラの首が、また一本飛んでいく。


 真っ赤な鮮やかな血飛沫に舞う一筋の首。

 これで残りの首は二つとなった。


『おのれ、調子に乗りやがって。

このガキ風情が!』


『グオオオオ!!』


 ヒドラが怒りをあらわにして、体を細かく震わせると、今度は緑一色から全身黄色の肌色になる。


「ケドラー!!」


 その隙をついて、龍牙が首を狙う。


『ガキーン!!』


 しかし、その剣先は皮膚の表面で受け止められていた。


 いや、先程のようにすっぱりと斬れないのだ。


 ヒドラの体全体の強度が増したとも言うべきか。


『ガアアアア。そんなナマクラ刀などワレの前には効かぬわ!』

「くそっ、何てヤツだ」


 龍牙が弓が隠れている場所へときびすを返す。


「龍牙さん、大丈夫ですか?」

「ああ、ありがとう。

それよりどうしようか。

ヤツには攻撃が通用しなくなったぜ」

「いえ、はたしてそうでしょうか。

どんな相手にも弱点はあるはずです。

もしかしたら……」


 ごにょごにょ。

 弓が龍牙に耳打ちする。


「なるほどな。少々手荒だけど、

確かにそれは思ってもいなかったな」

「どうせ、何をやっても無駄でしたら、

その手にかけましょう」

「分かった。行くぞ、弓!」


 二人が飛び出し、左右に散る。

 そんな相手にヒドラは問答無用で炎を吐く。


 龍牙は炎を体で受け止めながらヒドラにそのまま前進する。


 上半身は度重なる炎の直撃により、すでに裸同然である。


 その離れた真横に弓がいた。


『そのまま、直進するとは、愚かな。

グオオオオ!!』


 ヒドラが炎を吐こうと口を大きく開いた瞬間。


「今だ、弓!」

「はいっ!」


 弓が石垣から貰った小さな化粧箱を龍牙に向かって投げる。


 龍牙がその箱を受け取って開けると中には二つの空豆のような物体が入っていた。


 すかさず龍牙はそれを両耳にはめると聞き慣れた演歌の音楽が聴こえる。


 それは石垣達が愛用しているワイヤレスヘッドホンだった。


『グオオオオ、しまった!?』

「弓、今だ!」

「はいっ!」


 弓が、また一時的に金髪になり、時を止める。


 そこは音を遮音した龍牙と能力者の弓だけが動ける灰色の空間。


 龍牙は剣を突きつけながら固まったままのヒドラの口の奥へと飛び込んでいった……。




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