第17話 恋人つなぎ

「ようやく終わったぜ。ふぅ……」


 簡単な夕食を終え、弓の引越しを手伝った龍牙が最後の段ボール箱を自室に運ぶやら、大きく息をつく。

 その息には若干、疲れが出ていて、いかに今日一日が忙しくても有意義だったことを思い知らされる。


「弓、ここにバスタオル置いとくぞ」


『シャアアアアー!』


「……はい、ありがとうございます」


 自室のバスルームで一足先にシャワーを浴びている弓に一声かけ、草網の茶色の脱衣かごに水色のバスタオルをそっと置く。


 かごの中には先ほど、石垣教師が弓に渡した下着が入っていた。


「ピンクか。石垣もエロいな」


 さりげなく中身を見る龍牙。

 あの短時間でどうやって入手したのか。

 昔の娘さんの品物だろうか……。


 だが、パンティーもブラもピッタリとしたサイズがあるなんておかしい。


 それに随分前に、この日本から女性は滅びたはず。


 亡くなってからなら、まだしも、下着だけを所持していたとなると、近親相愛なシスコンのような異常な気質もうかがえる。


 そう、龍牙が考えるほどに謎は深まるばかりであった……。


「……いや、駄目だ。

俺は何を考えているんだ。

相手は、あのいたいけな少女だぞ」


 頭をブンブンと振り、猿の発情期のような妄想を捨て、理性を取り戻す。


 そのまま、彼は二段ベッドのある部屋に戻る。


 このベッドは学園がレンタルしており、書類申請をすれば簡単に無償で貸し出せる。


 また、寝る場所は龍牙はそれなりの背丈のせいか、毎回、上の方である。


 さっき、入浴前に弓と話し合い、一瀬と変わらない背丈のうえで彼女は下で……と決定したところであった。


 まあ、あんなか弱い少女に二階へのベッドわきのはしごは上らせられない。

 命綱はないので、万が一、落下でもしたらおおごとである。


『ギャアアア、胸チラは止めて!』


 時間は夜9時で授業は終えたのか、隣からの馴染みのある叫び声が聞こえてくる。


 今ごろ、一瀬は新しい同居人と上手くやっているだろうか……。


 ……しかし、確かに今、チラと言ったよな。

 相手が、あの噂のマッスル池田なだけに男同士の付き合いか……。


「……あの、龍牙さん」

「のわあああぁぁー!?」


 その一声に驚き、勢いよく後ずさる龍牙。


「どうかしました?」


 いつのまにかピンクの下着姿の弓が目の前にいた。

 彼女の茶色の髪から、シャンプーの柑橘系の爽やかな香りが鼻腔を満たす。


「……頼むから、服を着ろ!?」

「……すみません。その服がありませんでしたから。

……あれ、どうかしました?」


 しもうた……。

 冷静を保つあまり、すっかり着替えの服のことを忘れていたと呟きながらも、行動はパニクる龍牙。


 さらに、その反応に何とも思わずに、

弓が不思議な顔つきになり、前屈みで龍牙をじぃーと見詰めている。


 その体勢では、ふくよかなアレがこぼれ落ちそうで目も当てられない。


 どうやら、このお嬢様は天然のようだ。

 よからぬ妄想が沸き立ち鼻血確定の龍牙だった……。


「とりあえず、そこの白の洋服タンスから俺の服を着てろ」

「はい。分かりました」

「それから、弓、男の子の設定を忘れるなよ」


「はい?

男の『』ですか?」


 この娘は完全に健全な龍牙をおちょくってるようだ。

 そのようなハレンチな姿で誘惑されたら、普通の男性なら、とっくの昔に襲っている……。


 しかも、華奢な体のラインの割りには出ているところは出ている……。


 もう、可愛すぎて襲っちゃうぞっ♪

 (死語)


「……いえ、男の『子』ですよね?

違いますよ」

「ガチで、俺の心が読めるのか!?」


 再び、後ずさる龍牙がベッドの壁と接触する。


「いいえ、ボソボソとひとりごとを言ってましたから」

「うっ……」


 ヤバい。

 丸聞こえだったか。

 みんなも言葉のお漏らしには気をつけよう。


「……もう、疲れたから寝るから」


 恥ずかしさのあまりに、そのまま背後のベッドのはしごを駆けあがり、布団の中に潜り込む龍牙。


 一瞬、お風呂に浸かろうと脳裏が揺らいだが、夜10時の消灯時間が迫っていたから急遽きゅうきょ断念した。


 ……というか、非常に疲れた。

 明日の朝にシャワーを浴びればいい。

 今日は色々な事がありすぎた……。


「……龍牙さん、あの、お風呂は?」


 弓がゆっくりと二段ベッドのはしごを上り終え、横になった彼の傍に近づく。


『ぐー、すやすや……』


 龍牙は、すでに熟睡していた。


「凄い。寝つくのが早いですね。

私も寝ようと」


『すやすや……』


「ふふっ、可愛い寝顔……」


 弓は眠っている龍牙の手の指を優しく絡める。


 それは、ただの握手ではない。

仲良しの恋人同士がする仕草の『恋人つなぎ』だった。


「ううーん。ゆみ……」


 その寝言に、はっと気づき、

今度は絡めた指が離れないように強く握る。


「龍牙さん、私では、

昔の彼女の代わりにはなれないかも知れないけど……」


「……私が、精一杯、

あなたの心の支えになりますから。

だから……」


「……だから、

そんな悲しい顔しないで……」


 出会いから、まだ一日も立っていなかったが、弓は龍牙に対して特別な何かを感じ取ったようだ。


 彼女の笑みから、次から次へと一筋の光が生まれる。

 そこから生まれては落ち、流れ星のように散ってゆく光たち。


 消灯時間になり、校内の明かりが緑の非常灯だけになり、

みんなが心地よい眠りにつく最中でも、

龍牙の側で、弓だけは声を殺しながら泣いていた……。


 心が不安で揺れ動く『恋人つなぎ』を離さないように、


 ずっと……。


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