第16話 ボス現れる
「うむ、三人とも来たようだな」
「はっ。お待たせしてすみません」
普通の学校と変わらない東京大学院の隠れた地下階段の奥にある、荒々しい黒マジックで書かれた扉。
この『作戦司令室』にて、一つの大きな影が揺れ動いた。
いや、影ではない。
実際には蝋燭で灯されていた人影に過ぎない。
いく数の灯火はいざという時に、この場所を攻められた時の態勢。
人は明るい場所から、いきなり暗い場所
に移動する時に瞳孔を調整して一時的に視力が低下する。
その隙をついて、蝋燭を消して周囲を暗闇に変えて奇襲攻撃に挑む。
この百戦連勝の男に相応しい大胆な駆け引きにシンプルな行動力。
揺るぎなき影に揺らいだ彼の名はエンカウンター・ケドラー。
あの独裁政治のナチス党を作り上げた有名な『アドルフ・ケドラー』の孫でもある。
身長190の長身に筋肉質だが、肌は白い。
目鼻が整った表情には気迫があり、強面な髭を生やした老人で、腰まで伸びた白髪が目立ち、年齢は70近い(実は、なめられないために白髪に染めていて実年齢は若いらしい)だろうか……。
緑の蝶ネクタイの軍服に身をまとい、腰には黒の日本刀の
ちなみに周囲は防空壕のようにくり貫かれ、校内の一クラス並みの広さで、蝋燭の炎では薄暗い。
足元は木の板張りで、壁は灰色のコンクリートを打ってあるが、校内の賑やかさはなく、凛として無機質な冷たい空間。
そこには学園のクラスと同様に机と椅子が鎮座していて、前方にある緑の黒板に、赤のマグネットで貼りつけた世界地図があるからに、いかにも、ここで地理の課外授業を受けるような感覚になりそうだ。
いや、一つだけ違う点はそこには教壇がなく、変わりに黄金に彩られた(趣味でデコった?)玉座がある事くらいだろうか……。
「──三人衆、いきなり呼び出してすまぬな」
「いえ、めっそうではございません。急な申し分とは言え、何用でございましょうか」
石垣の会話を中心に三人の教師が、玉座のその場に腰を下ろし、深々と頭を下げる。
「……まあ、頭を上げよ。
例のプロジェクトKの件についてだが……」
その件に触れた瞬間、三人の教師がいくぶんか固い表情になる。
「……何か問題でもありますか」
ケドラーに問いかけた石垣の額から、じわりと冷や汗が浮かぶ。
「大丈夫。予想外の動きでも俺らはきちんと把握してるさ。
なあ、志摩ちゃん。導ちゃん」
「沖縄さん、ケドラー様相手にその口調は野蛮ですよ」
北開が慌てて沖縄の減らず口を塞ごうとする。
「まあ、北開、良いではないか。
沖縄の、相手を選ばない平等な接し方。ワレは嫌いではないぞ」
「よっ、さすが、お代官様は太っ腹♪」
「ケドラー様、こやつをあまり誉めないで下さいませ。すぐ調子に乗りますので」
頭を下げたまま、一人ではしゃぐ沖縄を指さし、彼を批判する石垣。
「エンちゃん、ごめんな。
今度、極上の飯、奢るからさ。
缶詰寿司は好きか?」
「紛らわしいですから、沖縄さんは、もう喋らないで下さい!」
普段は大人しい割りに、ここでは珍しく苛立つ北開。
いかにも、ケドラーに対しての尊敬の念をうかがえる。
「かっかっかっ、相変わらず面白い顔ぶれよ」
「ケドラー様?」
「今日は状況報告のみだ。以降もその調子で、この件の調整を任せる」
「……それは良かったです。私達はてっきり解雇かと思いました」
ヘナヘナと力を抜かして、その場に崩れ伏せる北開。
「それはないから安心したまえ。
お主らが辞めたら、あの学園の生徒達が誰を支持するのか。
これからもよろしく頼むぞ」
ケドラーの言葉に三人が明るい笑みになり、お互いに顔を見合わせる。
「はっ、ありがたきお言葉に感謝いたします」
「では、私も時間が惜しい。お主らも直ちに夜の授業に向けての仕度をせよ。
では、ここで解散とする」
「はっ。かしこまりました。
ケドラー様に栄光あれ!」
****
ここで、少し話はそれるが、
この教師達が、一目の信頼を寄せているケドラーとは何者なのかを今、解説しておこう。
彼はいわずと知れた、ここから遠く離れたトイツ大国出身で、この第三次世界大戦で群を抜いた戦乱を繰り広げ、昔の東京大学院を守り抜き、死守した首相でもあった。
トイツ大国は第一次、第二次世界大戦での敗北を活かし、今回の世界大戦でようやく勝利を手中におさめた。
いや、正確には第二次世界大戦で自殺したケドラーの叔父が残していた遺書が発見されたのが発端だろう。
その内容は各敵国が苦手な分野、得意とする手法、兵の消費を極力抑えた最小での最低限の攻略の仕方、自家栽培法で輸入がなくてもまかなえる食卓戦略など、衣服住のような徹底した軍事マニュアル……。
そこから学んだケドラーの家系は何十年もの間、密かに政策を蓄えて、ナチス党の独裁政治を復活しつつも、民衆への関わりによる負担をさけ、軍人達に徹底した教育をした。
それにより、トイツ大国を、あの北アメリコさえも抜いた最新の軍事国家へと導いた。
一時期に武器の売り買いによる治安悪化により、東西に分離して、お互い非干渉になったり、冷戦が勃発したりもしたが、
亡くなる間際に遺書に追記されたアドルフの直筆からの、ケドラー家系に伝承された
『軍人でも兵隊にも人の情けはある。彼等は大切な愛する家族を支え、守るために戦っている……』という家族思いの熱い弁論により、これらの騒動は鎮圧された。
その後、第三次世界大戦でも、日本国の一部を植民地にしていた北アメリコの大統領を人質に捕らえ、日本国を開放したが、北アメリコの暴虐により、やむなくアメリコ元大統領の暗殺。
この事件は北アメリコを震撼させた。
また、東朝鮮の遠距離の核ミサイル攻撃などには深夜に弾頭基地を奇襲して次々と破壊。
さすがに工場生産が出来ないとなると、なすすべもなく、降伏するしかなかった。
こうして、一見は東朝鮮が北アメリコに降伏という形をとってはいたが、裏ではトイツ大国が二国とも秘密裏に降伏させた事になっていた。
しかも、トイツ大国は前のアドルフ・ケドラーの恐れられていた政略を踏まえて、極力、孫のエンカウンター首相は他の国の民衆のメディアには顔すらも公開しなかった。
ケドラー関係者は日本国を影から支配して、戦乱では平和主義の口先のみでまるで役に立たない天皇と総理大臣を地下室の牢屋に幽閉し、新たにエンカウンター・ケドラーを日本の首相にしたのだった。
まず、首相になったケドラーがやったことは日本の憲法改革だった。
国民主権だった内容を天皇主権に戻し、ケドラー自身が考え方の視点を変えた。
本人も身につけている刀から知られる廃刀令の廃止や、より快方的で余暇を自由に過ごしてほしい接客サービス業などの労働基準法の暖和などである。
だが、その結果、手頃になった日本刀より、前に触れた身勝手な行為による女性の大量虐殺事件が起き、
その事件などで親を亡くした未成年の子供の増加に頭を悩ました首相は、ある一つの決断をした。
それが、このような学園生活であった。
学園では、普通の学業の他に、若いうちから、しっかりと感情をコントロールする力、すぐに欲望などに捉えない教育理論などを学ぶ場所にもなった。
それから、将来の社会に向けて学校内で勉強以外の農作業をやらせ、成果を出させて、それなりの賃金を支払った。
軍人以外の道を進む若者にも働く喜びを知って欲しかったからである。
こうして、地下に居場所を移動した作戦指令室のカムフラージュに普通の学園を配置し、さらに地上は避けて、戦乱で空いた縦穴の地下で新しい東京大学院を設立。
以降は地下で活動をし、エンカウンター・ケドラー首相が実権を握り、影から日本をバックアップするようになった。
日本の首相クラスで、なおかつ天皇並みの威厳を持つ彼を見て、あの三人組がガチガチに緊迫する(一名は違ったが……)意味も理解ができただろうか……。
****
「……今、何時だ?」
「17時半くらいですね」
北開が左手首の黒のデジタル腕時計を見て呟く。
「くそ、マジかよ。走らないと間に合わないじゃん。あのジジイ、いつも急すぎるぜ」
「沖縄、口を
「ヘイヘイ」
こうして、三人の教師はドタバタで走りながら戻るが、やはり間に合わず、夜からの授業は10分ほど遅れる形となったのだった……。
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