第4話 音楽室からの光

「……それでは、お邪魔するぜっ!」


 音楽室にたどり着き、陽気なフラダンサーのように体をくねらせ、そのドアをガラガラと勢いよく開ける龍牙。

 深い海に潜み、水流を利用して噴射しながら移動する大王イカのように、体を滑りながら素早い足取りで入室していく。


 虫取り網と虫かごを手に持ち、未知の世界を冒険するファーブル昆虫期のような少年みたいな感覚だろうか。


「いや、俺、実際に少年だし」


 これは龍牙様。

 誠に失礼いたしました。


「……いいってことよ。しかし、埃まみれだな」


 部屋には灯りもなく、電灯も切れており薄暗い。

 室内も規則的に配置された棚にも、チリと埃により、粉雪のような真っ白な世界に覆われていた。


 さらに、周りの床には賞状やコピー紙による楽譜の印刷物などの紙が無数に散らばっており、足の踏み場がない。

 壁際にピタリと配置された灰色の硝子棚の中には、金銀のトロフィーやメダルなどがあり、博物館に来店したようなお客様に対するもてなし感覚で陳列されていた。


 その奥には大きな埃まみれな黒塗りのピアノが無造作に置いてあり、壁には音楽家達の肖像画が均等な間隔で横幅にずらりと並んでいる。

 気のせいか、予期せぬ侵入者に対して、こちらをにらんでいるようにも読み取れる。


 そんな矢先、自画像のあのベートベンの目が突然光った。


「こりゃ、画鋲だな。悪いやつもいるもんだ」


 龍牙が見た光の正体はこの肖像画の仕業しわざらしい。


 それに対して冷静に状況を把握して、ベートベンの目から異物を取り除く。


「はい、オペ終了!」


 衝撃の新展開。

 龍牙は実は眼科医だった!?

 ……とそんなはずはないか。


「あたぼうよ。俺はダイヤモンドの画鋲を盗んだ、罪な怪盗21面相だぜ」


 もはや、彼の日本語の表現力がめちゃくちゃである。

 もしかすると、この学園での国語の成績は赤点だったのかも知れない。

 まさにツッコミ所が満載なめちゃくちゃな文法発言である。


「しかし、妙だな……?」


 龍牙が手で蜘蛛の巣を払いながら、キョロキョロと周りを見渡す。

 その理由として、妙な違和感がつっかえていたからだ。

 ただの画鋲の小さな光が、あの遠く離れた家庭科室に届くはずがない。

 明らかに人工的な光だったはず……。


 周囲に配慮し、気をつけて辺りの汚れてけむる空気を手探てさぐりながら散策する。


 すると……、 


「アウチ!?」


 その意味は『痛い』の英単語だろうか。

 彼の膝下にゴツン! と硬い感触が伝わる。


 相当、痛かったのだろう。

 両目を閉じ、口をつむって真っ赤な表情になり、その場でウサギのようにぴょんぴょんと跳び跳ねている。


 今なら遠い年代に遡る鎌倉時代にて、大量の敵の矢を受けながら源義経を守った武蔵野弁慶の気持ちがよく分かる。

 誰でも痛いものは痛い。

 弁慶の泣き所、恐るべし……。


「床に何かあるぞ?」


 痛恨のダメージの箇所を左手で抑えつつ、利き手でガサガサと枯れ葉のようなコピー紙の床をはらっていくと、錆びついた鉛色のような長方形の物体が姿を現した。


 幅として約二メートル。

 見た目は大人が入りそうな棺桶サイズだが、違う点は表面上には開け口がない部分だろうか。


「いや、このプルタブか」


 よく見ると、箱の横側に缶詰のような巨大な大人の手のひらほどの突起部があり、そこからわずかな光が漏れている。

 どうやら、家庭科室から見えた光はこの物体からのようで、缶切りがなくてもこのプルタブから開けれそうだ。


「うりゃ!」


 勢いよく龍牙がその箇所を掴み、マグロの一本釣りのように引き上げる。


「東日本の漁師は、よ~♪」


 龍牙は暇さえあれば昼の休憩中に個人の無線ラジオでリアルタイムで聴いていた『爆裂、昭和歌謡曲ラジオステーション』からの放送を思いだしながら口ずさむ。


 なぜ、タイトルが爆裂なのかはさておき……。


 その懐かしの北里サボローの演歌歌手の歌を歌いながらこじ開けると、

巨大な缶詰の開け口から眩しい光がこぼれだした……。

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