第3話 一生奴隷?
アンナはソファに寝そべって足を伸ばしていた。その先にはトモヒデがいてあんなの足をマッサージしている。トモヒデの手つきはまるでプロのマッサージ師のように洗練された動きをしている。
二人とも、手にも足にも怪我の様子はない。退院してから一年半が過ぎていた。
アンナはうつぶせで気持ち良さそうにしているが、トモヒデはそんなアンナの様子を横目に窺っていたタイミングを図っているのだ。
アンナ、すっかりリラックスして、妖艶なしぐさで仰向けになる。
「もう良いよ、ありがと」
トモヒデ、一呼吸置いて、アンナの上にのしかかろうとする。
アンナ、軽くビンタ気味に払い除け、トモヒデを床に落とす。
四つん這いの状態でトモヒデはうなだれる。
「なぜ」
「今は駄目。せっかく疲れ取れたんだから」
「私は今も疲れています」
「うん。気持ちは分かるよ、今日も一日荷物持ち、ありがとう」
「何かご褒美を下さい」
「また今度ね」
「いじわるです」
「奴隷が贅沢言わないの」
「その事ですが、アンナさんにお話があります」
トモヒデ、床に正座。
「どしたの? 奴隷辞めたくなった?」
「違います。いや、違わない、だが違うのか?」
最後は自問。
「なになにぃ、どうした?」
「思いだしたのです。私は奴隷になりたかった訳じゃなかった」
アンナ、一拍置いて笑いだす。
「今ごろ!? とっくに思い出してると思ってた」
「思い出したのはつい最近です。と言うか、私が自ら奴隷待遇を望んでいると思っていたのですか」
「あれ、違ったの?」
「違いますとも!」
「なあんだ」
アンナ、ちゃんと座る。
「それで? 思い出して、奴隷が嫌になったんだ」
「状況の改善を要求します。私はあなたに踏みつけられるよりも隣を歩きたい。そんな、普通の幸せを味わいたい。それだけなんです。主従関係よりもパートナーシップを」
「やだ」
「なぜですか」
「今のままが良い」
「しかし、私は言わば騙されていた訳で」
「いいじゃーんもー。今更じゃーん」
「今日まで私に嘘をついていた代償として、これは受け入れて頂きたい。そうでなければ、この件に関しては私にも覚悟があります」
「……そうか、覚悟してんだ」
アンナ、腕組みしてしばらく無言。考え事をしている風。
やがて、パン、と膝を打ち、
「じゃあ、終わりだね。俺とあんたの関係はこれにて終了」
「なっ。この一年半で築いたものをそんなに簡単に手放せるのですか」
「時間は関係ないよ。つまらなくなったらおしまい。それだけ」
「しかし」
「くどいの嫌い。知ってるだろ?」
「ひ、ひどい」
トモヒデ、俯き、やがてのろのろした動きで部屋から出ていこうとする。
「あーあー。だったら父親、探さないとなー」
「何ですか、今の聞き捨てならない独り言は」
「ああ、俺、妊娠してんだよ」
トモヒデ、驚いているが言葉が出ない。
アンナのお腹を指して口をぱくぱくさせる。
アンナはにこにこしながら自分も自分のお腹を指差して言った。
「俺んちさあ、親が両方とも突き抜けて駄目なやつらだったから、自分の子供にはちゃんとしてやるんだ。だから父親は絶対必要だとおもってるんだよ。やっぱりトモちゃんが一番良いとは思うんだけど」
「当たり前です。どうして今まで言ってくれなかったんですか」
「うん。何か照れ臭くて」
アンナ、はにかむ。
「アンナさん」
「だから、ずっと、奴隷のままでいてくれる?」
「………………はい」
頭を抱えながらトモヒデはそう答えた。
その様子を確かめて、アンナはニヤリと笑う。
しかし、トモヒデは頭を抱えながらもゆっくりと立ち上がっていった。
「いやいやいや、いやいやいや」
「お、どうしたどうした」
「そうなのか?こうなのか?そうではないのではないか」
「なんだなんだ」
「ちょっと、タイムです。待ってください」
「悩むことないじゃん」
「あれです。父親であれば尚更、奴隷というのはまずいのでは」
「なんで」
「もし男の子だったら、虐げられる父親の姿をみて健やかに育ちはしないのではないでしょうか」
「ほう」
「ね、そうでしょう」
「上手いこと言うようになったなあ」
「ちゃんとしてやりたいんでしょう?」
「うん……そうだね」
「私も、アンナさんと生まれてくる子供がしっかりと頼れるような父親になりますから。死ぬほど努力します。どうか、私と一緒に家族をやりましょう。二人三脚で。隣を走るパートナーとして」
「そうだね。でもトモちゃん、相当がんばんなきゃだよ?」
「もちろんです」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫ですとも!命にかけてもあなたをお守りします!」
「ようし、じゃあこれから私がみっちり鍛えてあげるね」
「はい!」
「逆らっちゃダメだからね」
「はい!」
「奴隷のように頑張るんだよ!」
「はい!」
アンナは満面の笑顔でトモヒデを見つめた。その顔にはこれまでにない優しい表情があった。トモヒデも情愛に満ちた表情でアンナの視線に応えていたが、数秒後、首を傾げて「あれ?」と言った。
アンナとトモヒデ cokoly @cokoly
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