第12話.天文7年はちょっと不作の年だった。
天文7年10月22日(1538年11月13日)、丹波の報告が上がる頃に大雪が降った。
本格的な冬将軍の到来である。
朽木谷もやや不作であったが、実験的に植えた正条植が際立って豊作に見えた。
正条植も予想より悪かったのだ。
しかし、他の田に比べて3倍近い収穫を上げたことが俺への信仰心を上げてしまったようだ。
「菊童丸様の言われた通りじゃ」
「菊童丸様の通りにすれば、不作知らずじゃ」
「ありがたや、ありがたや」
村を救ったのは小麦や麻畑や粟畑などが順調に収穫できたからだ。
麻は整地していない場所でも育ってくれる。
これが大きい。
春に植えさせた麻が4月には収穫され、4月下旬に村・下人総出で植えられそうな所に麻の種を植えたことで大豊作となった。
俺がいる間に2度目の収穫を終え、3度目の種を雪で育つかどうかは判らないが田畑にも植えている。
麻には土地の力を回復させる不思議な力の肥料替わりだ。
今の所、村が飢えない。
その大量の茎が麻敷き(麻寝袋)・麻着・麻タオルの原料になってくれている。
とりあえず、今回は麻に助けられた。
と言っても、来年の春までだ。
夏前には尽きる。
値が高騰する前に米・麦など買わせている。
金・銀・銅を売った資金がそちらに使われるのは不本意だが新しい粗銅が手に入らない。
せめて食糧を今の内に買って経費を減らすくらいは貢献して貰う。
ただ、気になるのは屋敷で働いている下女らの噂だ。
「若様が朽木谷の村人を救ったそうですよ」
「えっ、何、何?」
「今日来た商人が言っていたのよ」
「うん、うん」
「余所は不作で娘を売ったりして凌いでいるのに、朽木谷は豊作だったですって!」
「嘘ぉ!」
「みんな若様のお蔭だそうよ」
「若様、凄い」
どうやら朽木谷を通った商人や武家、旅人が噂しているらしい。
変わった建物が建ち並び、村に活気があるのは朽木谷のみだけらしい。
そんなことはないだろう。
領主がちゃんとしていれば、そんなことにはならないハズだ。
朽木谷では子供まで白い米を食っていると女中達が言っている。
雑穀米だ。
米は3割ほどで麦・粟・麻の実を混ぜたものが主食にしている。
米を食わすほど余裕はない。
燻製肉を煮て出汁を取り、それで飯を炊くので割とおいしく食べられる。
宿泊の者達に肉は出さないが、出汁として使っている。
沢山の銭を落としてくれるからありがたい。
だが、噂は怖い。
来年はさらに難民が増えそうだ!
悩ましい。
◇◇◇
その難民だが(朽木)稙綱の予想通り、俺を頼って難民が200人ほど増えた。
朽木谷の家造りはどうなったかと言えば、80軒が完成し、120軒が建設中と報告が来た。
80軒でも大したモノだ。
難民の1981人がギュウギュウ詰めで完成した家で寝泊まりしている。
あとから朽木谷に来て、入りきらなかった者は試験的に造られたたて竪穴住居に住まわせている。
寒さが凌げて、食事が貰えるだけで感謝して貰っている。
今の所、反乱は起こっていない。
冬の間も煉瓦を作って、家造りを進めるそうだ。
やはり、野焼きの煉瓦は耐久性がなく、3年後か、5年後には崩れてくるかもしれないと職人が言っている。
それだけの時間があれば、すべて煉瓦作りの家に順次変えてゆくことができる。
問題ない。
たぶん…………自信はない。
日照り、大雨、地震が起これば、この試算も崩れる。
今年より酷い日照不足になれば、正条植でも例年並の収穫が難しくなる。
さらに戦がないとも限らない。
予想以上の難民が流れてくる可能性もある。
余裕なんてないぞ。
◇◇◇
その他はがんばってくれている。
特に大工ががんばってくれたお陰で、土木作業員兼兵士の長屋宿舎10軒(40家)が完成し、家族共々389人が共同生活を開始した。
同じく、粗銅の作業員100人の長屋宿舎3軒(12家)も完成させてくれた。
粗銅の作業員はすべて独身の者にしてある。
危険が伴う作業である。
家族がいては可哀想だからね!
下人らもがんばってくれている。
難民者の家造りから食糧の確保、様々な栽培の管理など、夏に一緒に過ごした3ヶ月の苦労が生きてきている。
狩人100人が逞しくなってきた。
難民の男50人を獲物の運び屋として、使いながら鍛えてくれている。
子供達も午前に勉強を終えると、できる範囲で手伝いをさせて鍛えている。
体の大きい者や刀の才能のある奴は侍に、俊敏な奴は忍者に、器用な者は文官と職人と商人にする。
男も女も関係ない。
俺は能力主義だ。
健康管理の為にニワトリとヤギと猪の増産も進んでいるが、同時に食糧難を増長させている原因だったりする。
風邪を引いた者は隔離家に入れて、卵粥など食わせて療養させいている。
今の所、死人は出ていない。
鉄も大量に仕入れて、農機具が揃い始めている。
来年には間に合いそうだ。
さっきも言ったが、食糧で一番貢献してくれているのが麻の実であった。
整地できていない場所でも4ヶ月弱で成長してくれる。
茎の麻細工の材料になる。
寝袋ならぬ麻袋が寒さ対策の決め手だ。
畳のように編ませて、昼間は敷き具、夜は寝具にする。
毛皮と併用するとかなりの防寒効果を発揮する。
完成した物から子供と老人を優先的に使用させている。
他にも歯ブラシ、手入れブラシ、水鏡、石鹸、浴衣、麻タオル、風呂などなどある。
生活レベルが上がってきた。
油の生産に入ったらリンスもそれに付け加える。
麻糸はまだなんちゃってレベルで売れる物ではないが、それでも布を編んで麻着、麻タオルを作ることはできる。
不格好でも自分達で使う分には問題ない。
清潔感は大切だ。
そう、麻糸の作り方も簡単だ。
とにかく煮込む。
川で綺麗に洗う。
川で洗う時に石の上で木槌を叩いてほぐす人もいた。
知っている人は知っている。
乾燥させる。
ほぐす。
後は糸を編むだけだ。
難民の家が完成すれば、彼女らにも参加して貰い、いずれ売れる商品を作ってゆく。
均一の糸が作れるようになれば、製品化の目途も立つ。
機織機は職人に造らせる。
俺は設計図を知らんが、既存のある技術だから探せばなんとなるだろう。
機織り職人を召喚するという裏技もある。
商品レベルになれば、麻染めの技術を伝授して商品化だ。
ははは、麻織物の産地を作ってみせるぜ!
何年後の話だ?
◇◇◇
11月末になると丹波で戦後処理も終わったらしく、戦勝報告に(細川)晴元がやってきた。
雪が降って何もできなくなったのが本当らしい。
父の将軍義晴にとって面白くない報告だ。
「そうか」
余りにも素っ気ない返事に(細川)晴元の顔が歪む。
父が(細川)晴元を管領にした上に、バックに六角定頼がいるから簡単に手を出せないでしょうが人間は感情の生き物だ。
その返事は拙いでしょう!
「(細川)晴元、此度の勝利、心より感謝するぞ。将軍家に仇なす者をこれからも成敗するように心掛けてくれ!」
突然に俺が発言したことに皆がびっくりしたようだ。
(細川)晴元も俺の方を見て、目をぱちぱちと忙しく動かしている。
「管領が将軍家の為に働いてくれたこと。この菊童丸、感謝するぞ!」
「はぁ、身に余るお言葉、歓喜に堪えません」
「そうか、それはよかった」
(細川)晴元の不満度も少しは下がっただろう。
今、管領と将軍家が戦っても何の得るものがない。
戦なんてして貰っては困るのだ!
(細川)晴元の好感度が少し上がり、父上の好感度が少し下がった気がした。
父上のご機嫌を取らなければ!
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