第13話.孫次郎(三好長慶)の怯防勇戦。

天文8年1月1日(1539年1月19日)、やっと数えで4歳だ。


今年から参賀の儀ではなく、将軍義晴の横に座り『拝賀の礼』に一緒に参加することになった。


何が違うかと言えば、個人的な行事から公式行事に昇格だ。


要するに俺に個人にあいさつに来る者を出迎えるのでなく、将軍家の人間としてあいさつを聞くことになる。


父上に不評を買わないように気をつけないといけない。


滅多なことで廃嫡にならないと思うが、弟の千歳丸(後の義昭)もいる。


父上がいつまでも壮健であるように願うと媚びを売っておく。


健康を気づかって漢方薬と湯たんぽを献上した。


湯たんぽは鍛冶師と金具師の共同作業で完成させた芸術品だ。


まず、湯たんぽは『湯婆』と呼ばれており、唐の時代からあったらしい。


知らなかった。


鉄を使っているので高くつく。


将軍である父上が持っていない訳もなかったが、そこは問題ない。


特徴的はボトルキャップだ。


現代では当たり前ですけどね。


金具師が1mmも狂わない技で溝を掘って、上下一対のネジ部を作っている。


逆さまにしても漏れないのが斬新な所だ。


父上に献上すると非常に喜ばれた。


それを(伊勢)貞孝に見せて自慢したらしく、貞孝から5つほど注文を貰った。


帝や関白などの献上品にしたいらしい。


意外な所で儲かった。


現在、2個納品した。


金具師の技で支えられているので量産できないのが悔しい。


 ◇◇◇


元旦に神社に訪れる習慣はなかった。


正月に訪れるのは主人の家だ。


管領(細川)晴元の屋敷でも行われていた。


管領(細川)晴元の家臣となっていた孫次郎(後の三好 長慶みよし ながよし)は織田信秀から献上された鷹を与えられて喜んだそうだ。


平和が一番だ。


管領(細川)晴元は25日にも酒宴を開いたのだが、そこで孫次郎が爆弾発言をした。


幕府が所領している河内十七箇所の代官職の返還を求めたのだ。


元々、河内十七箇所は孫次郎の父(三好元長)が行っていた役職であった。


(三好)元長は『大物崩れだいもつくずれ』で(細川)高国を討った立役者であったが、天下を目前にしながら一向宗の介入で堺幕府は崩壊し、足利義維の四国に逃がしたが、(三好)元長は自害して果てた。


(細川)晴元が堺幕府から将軍義晴に寝返ったのは、(三好)元長の失脚を願う一門で三好政長(宗三)らの動きがあったと言われている。


その河内十七箇所の代官職は一門の三好政長(宗三)が就いており、孫次郎が父の役職を取り返すのが悲願となっている。


伊勢貞孝はわざわざ俺の所に来て、その話を聞かせてくれた。


「で、その要求を管領殿(細川晴元)は断ったのだな!」

「そのようです」

「幕府の所領と言っても管領殿が横領しておるのであろう」

「年貢をわずかばかりか回してくれているので横領とまで言えません」

「ふっ、片腹痛いわ」


実高と申告の差がどれだけあることか!


幕府が代官職を与えるのは名ばかりであり、管領(細川)晴元が決めている。


「まさか、訴えてくるなどと思っていまい」

「そのまさかでございます」

「まさか、受けた訳ではあるまい」

「いいえ、訴えは管領を通してお願いしますと返答いたしましたが!」


幕府は管領と事を荒立てたくない。

孫次郎(三好 長慶)の為に管領と戦をする義理もない。

そもそも勝てん。


待てよ?


「まさか!」

「そのまさかでございます」

「その絡め手で来たか」

「厄介な事となりました」


父上は馬鹿ではない。

稀代の策略家と言っても申し分ない。

ただ、こらえ性のないだけだ。


(細川)晴元の領地で内紛を画策することに余念がない。


「孫次郎から送られてきた上訴を受け取り、公方様は内談衆の大舘尚氏に命じて長慶の要求を正当であるとして、(近江守護)六角定頼を通じて和睦を御通達されました。当然ですが、(細川)晴元は受け入れません」

「孫次郎の意見を聞き入れれば、管領が負けたと世間の口外することになる。一方、幕府が認めた以上、孫次郎も引けない。和睦と言いながらこじらせるつもりか。これでお互いに引けなくなったな」

「そうなりそうですな」


父上は(細川)晴元と孫次郎(三好長慶)を戦わせるつもりだ!


阿波三好(孫次郎派)と摂津三好(政長派)を戦わせて弱体化させる。


内部分裂をさせて敵を弱体化させるのは孫子の兵法の1つだ。


父上が考えそうなことだ。


 ◇◇◇


孫次郎(三好 長慶)がやってくれた。


俺の考えの斜め上を孫次郎(三好 長慶)が行った。


摂津三好(政長派)と争わず、石山本願寺法主である証如の後ろ盾を得て上洛したのだ。


晴元の酒宴の時に阿波より引き連れて来た兵2,500人が、そのまま入京してしまったのである。


マジか、将軍を人質にして管領(細川)晴元と戦おうと言うのか?


見誤った。


後世に伝わった『天下の副将軍』、『我慢の人』と噂された言い伝えは眉唾であったか?


こんな博打を打って生き残れたものだ。


将軍家にしろ、本願寺にしろ、六角にしろ、畠山にしろ、武田にしろ、誰が孫次郎(三好 長慶)に本気で戦うものか?


利用はされても使い捨てられるだけだ。


「で、父上はどうされるつもりだ!」

「六角を通じて本気で和睦を模索中でございます」

「そうであろう。(細川)晴元が弱体するのがいいが、将軍家がそれ以上に疲弊しては意味がない」

「しかし、交渉は難航しているようです」


それも当然のことだ。


河内十七箇所の代官職を孫次郎(三好 長慶)に渡すなど無理な話だ。


しかし、(細川)晴元も迂闊に攻める訳にいかない。


石山本願寺の後ろ盾を得た以上、迂闊に攻めれば本願寺が攻める理由になる。


あっ、そうか!


「意趣返しか」

「確かにそれはあるかもしれませんな!」


孫次郎の父である(三好)元長は高国派であった木沢長政の籠る飯盛山城を攻囲した。


勝利目前であった(三好)元長は、そこで(細川)晴元の助けに応じて動いた石山本願寺に逆包囲されて敗走した。


もし、(細川)晴元が京を攻めれば、孫次郎(三好 長慶)が粘り、背後の石山本願寺が蜂起するかもしれない。


そう思わせて(細川)晴元の動きが封じられている。


今の所は互角だ。


おかしい、違和感がある?


なぜ、(細川)晴元の首を狙わない。


乾坤一滴の奇襲こそ、一か八かの賭けだろう。


兵が揃えば、万が一にも勝ち目が薄くなる。


他に策があるのか?


「ちょっと待ってくれ!」

「どうかされましたか?」

「少し考えたい」


思い込みを捨てろ!

俺は三好政権を念頭に考え過ぎている。

今は長慶ではなく、孫次郎だ。


「確認するが、2,500の兵は阿波より連れてきたのだな!」

「そのようです」


正月のあいさつにそんな大軍が必要か?


答えは否だ。


鷹を貰って無邪気に喜ぶ馬鹿を演じた方が安全だ。


相手の油断を誘う。


2,500の兵を連れてくれば、警戒されたであろう。


そうか!


どう考えても無能であった丹波守護代内藤国貞を(細川)晴元は潰しに掛かった。


(細川)晴元は弱いと見ると牙を剥く。


2,500の兵は(細川)晴元への威嚇であったと仮定する。


すると、河内十七箇所の代官職の返還もブラフか?


もし、(細川)晴元が孫次郎を取り込むつもりがあれば、色よい返事で言葉を濁す。


孫次郎はその完全な拒絶に潰されると確信した。


丹波守護代が潰されたのだ。


次は自分と考えて当然だ。


それで2,500の兵を連れて来た価値が生きる。


なるほど、ここか!


「何か気が付きましたか?」

「あぁ、孫次郎ははじめから河内十七箇所の代官職など望んでおらん」

「では、何を望んでいるのです」

「その身の安全だ」

「安全ですか?」

「これは孫次郎の怯防勇戦きょうぼうゆうせんだ」

「臆病なほどに注意深く、戦うべき時には勇気を持って恐れずに戦うですな!」

「小さな譲歩を引き出す為に、代官職を求めのも、父への上訴も、事を大きくする罠にすぎない。但し、最悪の場合は戦うことも辞さない覚悟で挑んでいる」

「なるほど、それは気が付きませんでした」

「船で上陸するのは危険が伴う。おそらく、阿波と摂津を結ぶ、拠点が欲しいのではないか?」

「妥協するつもりがあるなら話は簡単ですな!」

「少しでも値を吊り上げたいであろう。長引くかもしれんな」

いくさをする気がないならそれでよろしゅうございます」

「今回、俺は無力だ。よろしく頼む」

「お聞きしてよかった。やはり、神童は神童を知るでございますな!」


誰が神童だよ。


あちらは本物の神童、こっちはチートだよ。


さて、交渉なら政所の伊勢貞孝の仕事だ。


お手並みを拝見させて貰うつもりだ。


と思っていたが、翌日、俺は父上に呼び出された。


京が不穏なので八瀬(比叡山の麓)に母と一緒に避難するように言われた。


八瀬?


情報が入らなく上に手駒がいない。


それは最悪の選択だ。


同じ避難するなら朽木の方が安全だと説いて、朽木谷の興聖寺こうしょうじに避難することにして貰った。


こうして、予定より2ヶ月も早く戻ることになった。

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