第10話.ご利用は計画的に。

京に戻ると、根来寺の僧兵長である津田 算長つだ かずながを召喚した。


僧兵のおさと侮ってはいけない。


根来寺の所領は合させて70万石に届く。


浅井家より遥か大きい。


その僧兵長となると、六角家の家老クラスの権限を有する。


もちろん、格式で勝っているので呼び出すのは簡単だった。


「津田監物算長、お呼びにより参上したしました」

「大義である」

「この急な召喚、如何なる用でございますか」

「お主にねだりたい物があって急ぎ呼んだ」


監物の眉がぴくりと動いた。

表情は変えていないが、『おねだり次期将軍』の名は伊達ではない。

本当にくだらないことで呼び出したなら刺し殺してやる。

そんな気迫が漂ってきた。


この監物は、種子島に鉄砲が伝来すると、すぐに購入して、鍛冶職人の芝辻清右衛門に鉄砲を複製させ、畿内に鉄砲を持ち込んだと伝わる人物の一人だ。


西洋でも新兵器の鉄砲に価値を見出すことのできる貴重な人物と目を付けた。


本来なら味方にしたい六角 定頼ろっかく さだより辺りに持っていきたい話であったが、鉄砲に価値を見出すかと言えば疑問があった。


なぜなら、


『戦国時代、鉄砲の価値を見出した戦国武将は多くいるが、数が少ない理由を知っているか』

『知らん。黙れ、勉強中だ』

『室町時代の日本にはすでに唐鉄砲が多くあった。音が大きく命中率も悪い。高いだけの使い物にならない武器というのが、当時の鉄砲の評価だったからさ』

『試験勉強をしなくていいのか?』

『誰もが馬鹿にしていた鉄砲だから、そんな高いだけの武器にほとんどの武将は興味を示さなかった。その西洋式の鉄砲にいの一番で食い付いた津田算長は先見の明があった』

『いい加減にうるさい』


あの頃の俺は中二病のアイツがうっとしかった。


そのアイツの言った候補、俺が覚えているのが津田算長だけである。


小姓に俺の書いた絵図面を広げさせた。


「これは西洋で開発された鉄砲という新兵器だ。唐鉄砲より威力があり、飛距離も伸び、命中精度も格段に上がっている」

「西洋の新兵器ですと!」


監物が食い入るように絵図面を覗き込んだ。


「後ろのこれはなんでしょうか?」

「火縄だ」

「なるほど、この端を引くと火縄が下がる訳ですか」


俺は作り方の知る限りを監物に話す。


監物は何度も頷いていた。


「これをいくらで買えとおっしゃいますか」

「話は早いな! 2,000貫文…………(ぴくり)」


監物のまつげが吊り上るように少し上がった。


「(2,000貫文)の利子でどうだ」

「2,000貫文ではないのですか?」

「ははは、完成しておれば、試作品を添えて2,000貫文も言ってやったがな! その絵図面のみでは、そこまでの価値もあるまい」

「なるほど! では、2,000貫文と利子月1割で如何ですか?」

「その利子なら、その辺りの土倉に頼むわ。年1分だ」

「月1分では?」

「話ならん」

「年1割で」

「………………」


俺は監物を睨み付ける。


見立て違いだったか?


これを聞けば、自分で造ろうとする。

金を貸すくらいの抵当になると思っていたが、アイツの中二病的な知識も当てならんか。

仕方ない。


「年1割がいけませんか?」

「俺をがっかりさせるな! この価値が判るのはお前しかおらんと思うておる。5分だ。それ以上は罷りならん。但し、先にそちらが一丁を完成させたなら、その一丁は500貫文で買い上げよう。将軍の息子が500貫文で買ったとなると箔が付くであろう」


監物がはじめて笑みを零した。


「では、2,000貫文を年5分の利子でお貸ししましょう。但し、菊童丸様がその一丁を先に完成させたときには2,000貫文で買い取らせて頂きます」

「吠えたな! 流石、監物だ。天下一の目利きである」

「恐れいります」


こうして俺は借金をすることにした。


監物がどこでこの話を聞いたのか問うてきたが話せない。


「そこは大した問題ではあるまい。10年もすれば、嫌でもその脅威を教えてくれるでだろう」

「なるほど、先手を取りたい訳ですか」

「いい様にされたくないだけさ」

「ご慧眼、恐れ入ります」

「いずれは量産せねばなるまい。その折にはよろしく頼む」

「畏まりました。ですが、まずは試作ですな。500貫文、頂かして貰います」

「負けんぞ」

「ははは」

「はっははは」


いい会談であった。


戦国大名は馬鹿らしく、借財を繰り返して、その借財を返す為に戦を仕掛け、戦に掛かった借財を返す為に次の戦を続けていたらしい。


つまり、借金を借金で返していた。


大大名でも収入以上の借金があり、首が回らなかった。


限界まで借りて身を滅ぼすサラリーローン(サラ金)のようだ。


返せなくなって首を吊った人も多い。


そこから生まれたキャッチーフレーズが『ご利用は計画的に』だ。


俺は落ちた。


3歳にして2,000貫文(1億2000万円)の借金だ。


駄目だろう。


 ◇◇◇


政所執事の伊勢貞孝に銅の売却を依頼したのに申し訳なく思っていたのだが?


どうやら寺社に銅を売って荒稼ぎしているらしい。


(室町時代に神仏習合しんぶつしゅうごうが進み、神社に寺が、寺に社が置かれるようになって、その境界があいまいになっています。)


寺は写本が完成すると、銅菅という丸い銅の筒に写本を仕舞う。


銅に混ざり物が多いと銅菅は黒っぽくなり、純粋な銅ほど赤黄金色に輝く。


ありがたい経典を仕舞う銅菅も美しい赤黄金色の方がありがたみあるというものだ。


堺などで仕入れた銅は不純物が多く、不純物を取るので手間が掛かった。


ところが幕府が売り出した銅は純度が高かった為に手間がいらないと高く買われた。


朽木谷から銅が運ばれ、それを寺社に届けるだけで儲かっている。


政所は笑いが止まらないと喜んでいた。


「(伊勢)貞孝、どうやら儲かっているそうだな!」

「ありがたいことで」

「もう少し引取り価格を上げて貰えないか?」

「構いませんが、難民への補助を打ち切ることになりますがよろしいので!?」

「よろしくない」

「では、無理ですな」

「なんとかならんのか?」

「菊童丸様の父君が無駄使いを減らして頂けるなら問題ないのですが」

「無理だ。まだ、不評を買いたくない」

「そうでございますか。幕府の評判をよくして頂いて申し訳ないのですが、こちらも火の車でございます」


息子の貞良は父の貞孝に何も話していないと思う。

しかし、幕府の手綱を握ってきた貞孝は、こちらが何をしているのか承知しているようであった。


(伊勢)貞孝が知っているなら、六角辺りも知っていそうだ。


間者がいるのか?


何をしているかまで判らぬであろう。


なぜなら、俺も判らんからだ。


今は難民を助けているだけである。


本来の目的は金を貯め、直参の家臣と兵を養うにほど遠い。


金を貯める所か、借金をしていては本末転倒だ。


兵でなく、難民を抱えても兵の数の足しにならん。


多くは女・子供・老人だ。


お人好しの馬鹿と思われているかもしれんな?


 ◇◇◇


しばらくすると、朽木から報告の手紙が届いた。


それを読んだ俺は怒りに任せて手紙を握り潰して放り投げた。


「ぬかったわ!」


小姓の成綱と直綱がそれを拾って読み直していた。


「粗銅の確保ができぬということですか?」

「そういうことだ。折角、借金までして手にいれた銭の使い所がなくなってしまった」


実際に2,000貫文の手形の使い道がなくなった訳ではない。


その手形で粗銅をかき集めることに使っている。


問題は、来年の春以降に十分な量が確保できないことだ。


周辺からかき集められる粗銅16万斤(100トン)程度はあるらしい。


だが、残りが手に入るか判らない。


例年通りなら、来年の春以降に多田銀銅山など各所から8.3万斤(50トン)くらいは入ってくる。


年に換算すると、堺に集めってくる粗銅の量は年6.6万斤(40トン)、敦賀と伊勢大湊でかき集められる量は年10万斤(60トン)くらいという。


あくまで見込みであって確定ではない。


それも不定期だ。


特に西国の銅や銀は博多に運ばれ、海外に輸出されるので畿内に来ない。


堺や敦賀などは余って粗銅を博多の方へ運んでいたくらいであった。


その他の買い取り先は寺社などが買い上げている。


蝦夷・奥州の金・銀・銅の採掘量は多いらしいが安定した輸送手段がない。


戦国時代、物量の悪さを舐めていた。


ははは、完全に試算が崩壊した。


絵に描いた餅だった。


おぃ、この借金の返済はどうするんだ。

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