第9話.為せば成る。

この朽木谷に来た最大の目的はもちろん避暑ではない。


誘致した職人達へとの会談が必要だった。


京と朽木谷の間を小姓で伝える伝言ゲームには限界があった。


スコップやつるはしくらいに伝わったが、農機具などは絵図と説明書だけでは伝わらない。


小姓から返ってくる返答も的を射ない。


とにかく、全部、保留にしてあった。


特に悪戦苦闘する鉄砲を依頼している鍛冶職人らも労って上げたかった。


会談は有意義であった。


現代では廃れてしまった技術を教えて貰うのは純粋に楽しかった。


これは収穫だ。


現代の方が技術的に進んでいるなんて思い上がりも甚だしい。


木を繋げる技術など神技に近い職人芸に思わず、見惚れてしまう。


素晴らしい!


こちらも100均の小物アイデアや暖炉を使った排熱床暖房のアイデアを披露する。


将軍様の嫡男という格式もあり、話すだけで喜んで貰える。


職人らの信頼を得る交流になったと思う。


 ◇◇◇


もう1つの重要案件が教育だ。


寺子小屋を開業して子供達を集め、未来の作業監督と職人を育てる為に『読み書きそろばん』からはじめる。


「という訳で、まずは読めるようになって貰う」

「菊童丸様、何がという訳ですか?」

「気にするな! ひとりごとだ」


すべてを俺がいつまでも指示している訳にはいかない。


俺の知っていることを叩き込む。


朽木家の者を軍団長とするなら、あらゆる分野の100人隊長を育てる。


俺の手足、そして、目と耳となる者が必要なのだ。


目と耳と言えば、伊賀忍や甲賀忍を雇いたいが先立つものがない。


ならば、自前で作るしかない。


幸い、俺の護衛に甲賀の者が一人いる。


その者を教師に才能がありそうな者を忍者に仕立ててゆくのだ。


とにかく、やる事が多い。


朽木谷と周辺の把握も必要であったし、連絡網の構築も必然である。


他の高島の郷士との面談や訪問者への接待も仕事の内だ。


北近江の浅井・京極家中と若狭の武田家の者は頻繁にやってくる。


石灰石を掘り出す高島郡海津村の井関家にはこちらから出向いていった。


他の有力寺院を訪ねるのも忘れていない。


慌ただしく過ごしている内に、あっという間に3ヶ月が過ぎていった。


 ◇◇◇


その一団を見たとき、俺は目を丸くした。


「(朽木)稙綱、これはどういうことだ?」

「申し訳ございません」


京に200人の土木作業員を確保しに行った(朽木)稙綱が帰ってきた。


難民、2,000人余りを引き連れていた。


「本当に申し訳ございません」


(朽木)稙綱の判断を疑うつもりはない。


ただ、現実として受け入れ難かった。


100人を募集して500人も来たのも焦ったが、2,000人余りもどうやって食わすのか?


まぁ、集まって来るであろうと予想していた。


間違って1,000人が付いて来ても、狩りの成果と開墾した収穫を考えても何とかなる試算はあった。(最悪のシナリオだ)


どうして2,000人になるのか?


話を聞けば、簡単なことだ。


戦で荒れた畑を耕作する者がないのだ。


戦を荒れても税だけは取り立てられる。


無ければ、ある所から奪うしかない。


村が村を襲って食い物を奪い合う。


悪循環のドミノ倒しで被害が拡大してゆく。


戦を止めて領主や寺が税を免除すれば、負の連鎖を止まる。


しかし、1つの土地でも利権が複雑に絡まっていた。


領地の境界線もあいまいな所が多い。


そこ紛争が起こり、戦を継続する為に税を免除できない。


何というマッチポンプだ。


調停役の守護、果ては将軍が役に立たないからだ。


村の争いが土豪の争いになり、国人、地頭、守護代、守護同士の争いに発展する。


つまり、警察不在の乱世だ。


奪われた者はその場を去るしかなく、税を払えぬ者も土地を放棄するしかない。


彼らは京などに流れ付き、傭兵などでその日暮らしで何とか暮らしている。


他にも『天文の錯乱』で町ごと家が焼かれて、そのまま流民になった者も多い。


難民が減らない。


春の500人も藁にも縋るつもりで付いてきたと言う。


連れてゆかれた先で殺されても仕方ない。


それほどの覚悟で付いてきた500人であった。


ところが500人は割といい暮らしをしていると聞いて、皆が次を心待ちにしていたというのだ。


兵200人のハズが老若男女を含めた2,000人になってしまった。


(朽木)稙綱の話ではまだ増えるかもしれないと言っている。


目の前が真っ暗になった。


俺は打ち出の小槌を持っていないぞ。


できないとやらないの間には、三千里ほどの隔たりがある。


それは知っている。


『為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり』


上杉鷹山はいい事いうな!


信じれば、夢は叶う?


そんな訳あるか。


俺の気分は武田信玄の『人の儚き』だ。


投げ出したいが、そうもいかない。


「村長と職人と寺の住職を集めてくれ!」


やるしかない。


 ◇◇◇


粗銅の生産を四倍にする。

成功すれば、当面の資金に苦労することはない。


「今回、来た者から手先が器用な者を200人ほど選んで作業を教えて欲しい」

「今、やっています作業はどうしますか?」

「止めてよい。作業員を5倍に増やすのを優先する。4つほど小屋も追加で建てる。1つ1つの作業を分業化して、効率化を図れ!」

「畏まりました」

「菊童丸様、人を増やしても先立つ物がありませんぬ」

「それは俺が何とかする」


できるのか?


そう脳裏に走るがやらねばならぬ。


次に、冬までに2,000人が住む小屋を煉瓦で作る。


木を切って加工していたので200軒は待ち合わない。


山からシルト粘土ぽい土を回収し、石灰と砂を混ぜて焼き煉瓦を作る。


後は煉瓦を積み上げるだけだ。


女・子供も関係なし、自分の家は自分で作らせる。


接合部は石灰・灰・砂を混ぜたなんちゃってセメントを使用する。


屋根と玄関だけなら大工に任せても間に合うハズだ。


狩りに参加できる者は山狩りに参加させて、2,000人分の毛皮を確保する。


狩った獲物の肉は燻製にして、冬場の非常食として蓄える。


木は徹底的に間引きして、薪を大量に確保する。


野焼きの薪と冬を越す為の薪だ。


煉瓦作りにするのは薪を焚ける暖炉を付ける為だ。


最初は暖炉部分のみ煉瓦作りにするつもりだったが完全に変更だ。


職人の手伝いを付けて家造りとどちらが早いが迷う所だが、素人を大量に使って家を作れと言えば、絶対に嫌がるハズだ。


今はまだ、職人達の機嫌を損ねる事はできない。


作業小屋とその作業員の家は職人に作らせ、2,000人の家の基礎は自分達で造らせる。


職人、地元民、500人移住民、見習い職人、寺子屋の子供達、兵を兼ねる作業員、その他数多の新規移住民、この順で守ってゆく。


これは命トリアージだ。


うん、誰一人死なせる気はないぞ。


でも、順位は必要だ。


何があるか判らない。


その他大勢から必要な人材になれるかは彼ら次第だ。


兵か、職人になってくれと願う。


親のいない孤児は寺に預けている。


村の子供らと同じ、俺の家臣候補だ。


兵より貴重な特別枠だ。


その他の新しい住民の子供らも家ができたなら寺小屋に通わせよう。


孤児の方が重要枠と聞いたらビックリするだろう。


これも運だ。


朽木家の者は守る側なので順番に入れない。


みんな、侍まで這い上がって欲しい。


 ◇◇◇


暖炉を煉瓦だけで作るのは職人芸だ。


素人では難しい。


しかし、上部に石を置く、なんちゃって暖炉タイプなら簡単にできる。


滋賀県滋賀郡志賀町小松には、墓石とかに使われる江州小松石があり、この近くの山を探せば適当な石が見つかるだろう。


さっそく石切り職人の技術が役に立つ。


焼き窯を作りたいから山に入って粘土層を探したのが、こんな風に役に立つとは思わなかった。


否、安心するのは早い。


野焼きの煉瓦は安心できない。


登り窯も平行して作らせて、本格的な煉瓦も作らせよう。


家ができるまでは枝を組んで藁で覆ったテントのようなモノで凌いで貰う。


待てよ!


イッソのこと、最初から縄文人の草ぶきの屋根をかけた竪穴住居でも作らせた方が安全か?


糞ぉ、検証する時間がない。


基本は煉瓦の家を進めながら、竪穴住居も作らせて、冬場の居住性と手間が掛からないようなら多めに作らせよう。


迷うな、腹を括れ!


 ◇◇◇


村長と職人と寺の住職に段取りを説明し、役割を分担すると、翌朝に2,000人の難民者を集めた。


俺は一段高い場所に立って、2,000人を見下ろした。


「諸君、ここに飯が食べられるなどと思ったなら大間違いだ」


俺の言葉を声が大きく、遠くまで聞こえる男が反復する。


「何を勘違いしたか知らぬが、ここにいる事ができるのは次期将軍の俺の家臣になる覚悟がある奴だけだ。将軍家の家臣だ。この意味が判るか!」


最初の500人と違い、今度の2,000人には死ぬ気で俺に付いてくる覚悟がない。


ここに来れば、助けてくれるという甘えがある。


だが、それは許さない。


否、それを許してくれる時間も金もない。


「将軍家の家臣とは、もっとも規範に正しい者ではなければならない。命令は絶対に服従である。命令を聞けぬ者は即座に首を刎ねる。働かざる者、食うべからず。反抗も怠惰も許さん。その覚悟があるのみ、ここに残れ!」


ざわめきが起こった。


ここに来れば、飯が食える。

ここに来れば、助かる。

そう思って付いてきた者のは厳しい言葉を思っただろう。


極楽と思っていた者には目を白黒させている。


帰ることは死と隣合わせであった。


それだけ厳しいことを言われても去る者はいない。


「本当に良いのだな!」


「相判った。これよりそなた達は我が家臣である。死にたくない奴は、死ぬ気で働け!」


まずは仮設の家造りからだ。


働きを見て、リーダーを選出してゆく。


その人選が妥当かどうかなど判るハズもない。


確かめる時間がない。


絶対に不満や不平が噴出する。


村長らと移住民のリーダー達には言い含めてある。


もうすぐ8月(新暦9月13日)だ。


あと2ヶ月で冬が来る。


すぐに収穫があるので春までの食糧は問題ない。


しかし、この高島地区は間違いなく雪が積もる。


ゆえに、その2ヶ月で冬を越す2,000人分の家を造るのだ。


無茶も大概だ。


朽木谷に土地が余っている訳もなく、せっかく作った段々畑が段々住宅になってしまう。


糞ぉ、開拓もやり直しだ。


初期の移住者20人のリーダーには100人隊長になって貰う。


やって貰わないとすべてが終わる。


俺はすべての段取りを終えると、(朽木)稙綱に託して京に戻っていった。


不安を背中に残して!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る