第7話.伊勢貞良

伊勢貞孝の子、伊勢貞良いせさだよしは菊童丸に連れだって興聖寺の訪問に同行した。元服したばかりで政所寄人の初仕事が菊童丸の避暑同行とは肩すかしをくらった思いであった。


3歳の稚児の子守とは情けない。


やっと父上の役に立てると思っていたのに、避暑地で菊童丸様に伊勢流の武家礼法を伝授することが務めである。


3歳の稚児に何が判るというのだ。


随行は護衛や菊童丸の随行者、世話役の女中を含めて100人余りとなった。


将軍の嫡男とは云え、仰々しいことだ。


小さな体でヨタヨタと籠に乗る姿は実に頼りない。


神童などと父は言っているが所詮はガキだ。


道中、各所の寺に泊めて貰ったが、大所帯で部屋がなく相部屋になった。


悔しいことに随行者を見て格下と見て、部屋を用意しなかったのだろう。


そのことを除けば、順調に進めた。


神童と言われるだけあって従順だった。


「良きに計らえ」


この三日を通じて、その言葉しか聞いた記憶がない。


父上も耄碌もうろくしたのではないかと思ってしまった。


ただ、朽木家の者を特別扱い過ぎだ。


部屋も相部屋を許し、籠の周りも朽木家の者で固めていた。


これは意外と手が掛かる子供かもしれない。


朽木谷の村の衆が出迎えると、菊童丸様は自ら籠を降りて進んであいさつに赴いた。


はてぇ?


この2日間とうって変わった積極的な行動である。


「皆のもの大義である。しばらく世話になるぞ」

「「「「「「ははぁ」」」」」」


その直後に子供が川に流されたという事件が起こった。


なんと!


出迎えた(朽木)稙綱が兵を引き連れて、その場を離れたのである。


タカが村の子供の為に菊童丸様を離れるとは何と言う不敬なことだ。


そう怒っていると、菊童丸様も向かわれようとするのでお止した。


「お待ち下さい。大将たる者が仰々しく動くのは混乱を招きますぞ」


遂、言ってしまった。


「うむ、よくぞ言った。褒めて遣わす。然れど、それには従わん」


はぁ?


今、なんと言われた?


何でも言うことを聞く『神童・・』ではなかったのか?


菊童丸様が晴綱に抱きかかえられると周りの随行者が必至に止めに入る。


「お控えなさいませ。御身に何かあれば、どうなさいますか?」

「菊童丸様は足利家を背負う大将でございます。農民風情の為に動かれては格式が問われますぞ」

「そうでございます」

「ここは(朽木)稙綱殿に任せる所でございます」

「忠告は十分に受け取った。大義である。然れど、俺は行く」

「為りません。お待ち下さい」

「ええぃ、俺はすでに決した。黙れ!次に口を開く者はこの場で成敗いたす。良いか、足利家は武門の長である。民が苦しんでおるならば、率先して先頭に立つ。それを邪魔立てする者はすべて薙ぎ払う。そう心得よ」


はぁ、これが3歳のいう言葉か?


父上が神童と申すのは誠であった。


だが、それは序章に過ぎなかった。


追い駆けて見ると、菊童丸様は死んだ子供に息を吹き込んでおられた。


それはまるで命を吹き込んでいるように見えた。


そして、死者が生き返ったのだ。


信じられない。


菊童丸様は神・仏なのか?


「はっははは、火を起こせ! 濡れた服を脱がせて新しい着物を着せてやれ! 箱に入っていた奴があろう」


菊童丸様は村人に支持されると女中が荷物を取りに戻らせた。


次々と指示を出すのは、それ1つを取っても3歳の器量ではない。


菊童丸様の命で食事の用意をさせると河原で宴会のような雰囲気になってきた。


料理ができるまでに持ち込んだ餅などを焼いて子供らに振る舞っている。


村を二つの割っていがみ合っていたと思えぬ。


「水あめも振る舞ってやれ!」

「はい」

「おまえらも摘んでよいぞ」

「それは恐れおおく」

「カマン、無礼講じゃ。一緒に楽しめ」

「はい、ありがとうございます」


女中らまで気を使うとは、なんという気づかいか!


村長らと母親が改めてお礼を言っていた。


その内、興聖寺こうしょうじの住職が慌てて駆けつけてきた。


何やら問答を繰り返している。


獣の肉?


狩りに付き合わせられて何度か食ったことがあるが、美味いか、拙い以前に臭過ぎた。


あれはどうも好かん。


「こらぁ、貞良さだよし。先ほどから聞き耳を立てておらずにこちらに座れ。話はまだまだ続くぞ。やることが多い。手伝え!」

「しかし、某は」

「武家作法はすぐに覚えてやる。それ以外をすべて俺に捧げろ」


待て、待て、何を言っているんだ!


「ともかく、何も言わず食え!」


仕方ない。


口に汁を注ぐの口中に旨みが広がった。


これが獣汁か?


以前、食ったものとはまったく別物であった。


肉も美味い。


はっと顔を上げると、菊童丸様が笑みを浮かべている。


どうだ、美味かろう。


そんな風に言っているような笑みであった。


私のやりとりを村人衆が見守っていた。


「なぁ、みなの衆。俺に力を貸してくれ。俺はこの日の本から戦を無くしたい。皆の力が必要だ」


菊童丸様が熱く語り出す。


この日の本から戦をなくすだと!?


私はトンでもない人に仕えることになるのではないか?


翌日、村はずれの一軒家に連れてゆかれた。


「よくやった」


一軒家から出てきた職人らに菊童丸様が一人一人に声を掛けてゆく。


「これから忙しくなる。よろしく頼む」

「頭をお上げくだせい。こちらも仕事を頂いてありがたい限りでございます」


一軒家に入ると、菊童丸様は銅と金と銀を私に見せた。


「この者達はこれを作っておったのだ。どうだ、中々に良い物であろう」


なんと粗銅から金・銀を取り出していると言われるのだ。


聞いたこともない話であった。


「来たそうそうで悪いが、この銅を持って親父殿(伊勢貞孝)に買い取って貰いたい。粗銅の値段よりわずかに安くする。幕府にも損はあるまい。質のよい銅だ。巧く売れば、それなりに高値で売れると思う。やってくれるか!」

「畏まりました」

「でだ。その銭(手形)を持って堺で粗銅を新たに仕入れて貰いたい」

「では、それを元に金を取り出す訳ですな」

「そうだ。だが、商人に悟らせるな。幕府が祖銅を仕入れているように思わせろ」


すぐに京に戻ると父に会って、銅を売ると手形を用意して貰って堺に向かう。

護衛を兼ねた人夫6人が堺で仕入れた粗銅を背負って朽木谷に戻ると、金を売った銭が用意されており、敦賀で同じく粗銅を買い取ってくるように命じられた。


これが終わると伊勢大湊に行かされそうな気がした。


伊勢は我が一族もいる。


絶対に言われるな!


尚、奥州の銅があれば、尚良なおよしと言われた。


はて、私は何の為に朽木谷に来たのであったのだろうか?


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