第6話.菊童丸は夢を語った。
「はっははは、火を起こせ! 濡れた服を脱がせて新しい着物を着せてやれ! 箱に入っていた奴があろう」
「あれは土産として持ってきた…………」
「構わん! 後でまた届けさせればよい。折角、助けたのに風邪を引かれて死なれて堪らん」
「畏まりました」
女中の何人かが荷物を取りに戻った。
村人と移住民が枝を拾って集めると、移住民の一人が藁を真ん中に固めてファイヤーピストンで火を起こした。
「じゃんじゃ今のは?」
「簡単に火を起こしたぞ」
「何をした」
驚く村人に俺は首を捻った。
ファイヤーピストンは異なる竹筒を組み合わせ、空気の圧縮熱で火種を作る発火装置だ。
底浅い竹の窪みに綿や藁を詰め、後は組み合わせると押し込んで空気を圧縮すると、中の気圧熱が上がって発火する仕組みだ。
現代は100円ライターが主流なので必要のない技術だが、アイツはよくもこんなネタを仕入れたものだと今更ながら感心する。
絵図だけで見事に再現してくれた木や竹で細工を作る
「成綱、村人には教えていなかったのか?」
「いいえ、集会に誘ったのですが、火を起こすのであれば、火打ちがあれば十分と誰も集まって来なかったのです」
「確かに火を起こすなら火打ちで十分であったな」
村人達は移住民と顔を会わせるのを嫌ったようだ。
ただ、実際に目にすると、その手軽さにびっくりしたのであろう。
次に俺は下人頭を呼んだ。
「藤四郎はおるか!」
「へぇ、ここにおりますだ」
「昨日か、一昨日に狩った獲物はあるか」
「昨日罠に猪が一頭掛かっておりましたから、血抜きをして川で冷やしております」
「ならば、すぐに解体して一切れ持って来られるか?」
「もちろんです」
「ならば、大鍋と山菜、肉一切れを取ってまいれ。ここにおる皆にぼたん鍋を所望する。できるか!」
「へぇ、もちろんです。ただ、おらの名をなぜお知りに?」
「下人頭、藤四郎。朽木民部少輔より聞き及んでおる。頼りにしておるぞ」
「あ、ありがとうごぜいます」
下人頭は感動の余り泣き崩れながら走っていった。
名を覚えているだけで感動するものなか?
村長らが改めてお礼を言っていた。
「菊童丸様、この度は大変申し訳なく、さらに、子供を助けて頂いてありがとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
「気にするな。我が民を助けるのに礼はいらん」
「なんと、勿体ないお言葉」
だから、みんな泣くのは止せ。
母親や親戚らしい者らが頭を地面に付けて感謝してくれる。
背中が痒い。
「なぁ、村の衆。俺がこれからすることは今までと少々違うかもしれん。だが、一度、俺に付き合ってくれぬか」
「菊童丸様、何なりとお申しつけ下さい」
「では、ぼたん鍋を一度食べてくれ」
「ぼたん鍋ですか?」
「猪の肉を使った鍋料理だ」
「け、獣の肉を」
「猟師なら食っているであろう。食って死んだ者はおらん。さらに我が呪法を持って、邪気を取り払っている」
「では、不浄な物ではなないと!」
「そうだ。不浄なもののみ取り払い、獣の持つ力強さを取り込むのだ。皆がより強く、元気になって欲しいのだ。俺も食う。共に食ってくれんか」
「判りました。頂かせて貰います」
かなり出まかせを言ったが、まぁ、いいであろう。
この時代、食の改善は課題の1つだ。
武家や僧侶の一部では、禁忌を冒して食していた者もいたそうだが、公然とそれを公表する者はいない。
しばらくすると、
「興聖寺を預かります
「わざわざ来て貰ってすまない。到着はしばし遅くなりそうだ。申し訳ない」
「なにをおっしゃいます。気にすることはございません」
「そうか、それは助かる」
「ところで、死者を甦らせたと聞き及びましたが本当ですか?」
禅僧もそこが気になってやって来た訳か!
見た者でも信じられん。
聞いた者はもっと信じられんだろう。
人工呼吸の蘇生術など、基礎の基礎なのだがな。
「死者を甦らせるなど誰にもできん」
「然れど、そう聞き及びました」
「天命に達しておらん者を呼び戻したに過ぎん。あの子供は天に召される時でなかっただけだ」
「なるほど、天命を覆した訳ではない」
「死した者を甦らせるなど仏でもできん。また、正しき知識を持っておれば、和尚でも同じことができる」
「ご冗談を」
「冗談ではない。この2,000年の間、どうも天の知識が正しく伝わってないようだな」
「2,000年?」
「すまん。聞かなかったことにしてくれ」
阿弥陀如来の話はしない方がいいだろう?
アイツもそんなことを言っていた。
勝手に広める分には問題ないが、自ら名乗りでると様々な敵を作ることになる。
それらしい事を言っても本質を自ら語らないのが重要だとか?
面倒くさいことを考えると聞いていた。
「和尚は肉を食わんのか?」
「仏に仕える身なれば」
「ならば、輪廻転生とは如何に?」
「迷い苦しを繰り返し、様々に転生を繰り返して、悟りへの道と察します」
「そうか、だが、俺は輪廻とは縁だと思う。人は死ねば、土に帰る。土は養分となって木を育てる。木々は実を落として鹿や猪を育てる。人は鹿や猪を食べることでより育つ。すべては縁だ。人も死ねば、草木に戻るのだ」
「若様は随分と変わったことを考えられるようですな」
「仏が禁じておるのは無益な殺生のみだ。和尚は米を食うであろう。米も生きておるぞ。米は芽を出し、新た稲を作る。米は死んでおらん。つまり、和尚も生きておる物を食っていることになる。草木も猪も皆生きておる。生きている物を食わねば人は死ぬ。よって、無益な殺生でなければ、仏もそれを認めておる」
「では、無益な殺生をどう見極められまする」
「難しく考えることはない。拙い物は輪廻に外れ、美味ければ輪廻に従っているのだ」
「ははは、それは簡単でございますな」
「ただ、美味い物ばかり食っていては人を堕落させる。程々がよいということだ」
「この
「俺が私見であるが、小僧の内は美味い物を食わせてやれ。成人して修行僧となった者は、それを絶ってありがたみを知れば、より悟りに近づくのではないか」
「拙僧一人で決めかねますが覚えておきましょう」
問答を繰り返す内に下人達が肉を捌き、山菜と肉の煮込み汁を作って持ってきた。
申し訳ないが、俺のお椀には肉をわざわざ小さくきざんで団子にしてある物を持って来させた。
「がっつり肉を噛みしめたいが、この体ではどうしようもない」
「中々に美味でございますな」
「和尚は話が早くで助かる」
「仏の教えに従っております」
「ははは、そうじゃ! この世の無用な殺生を減らしたいと思っておる。できれば、手を貸して欲しい」
「ほぉ、菊童丸様は何をなさいます。拙僧は何をすればよろしいのですか?」
「さしずめ、うがいと手洗いかな! それを広めて貰いたい」
「承知しました」
生活習慣から来る病魔の話を和尚にする。
病気には抗生剤や漢方薬が簡単に手に入らぬので代用品と免疫効果を高める方法を教えるしかない。
簡単に言えば、卵の白身を食べさせるのである。
卵の白身は風邪薬のリゾチームが含まれており、菌の増殖を抑えて喉の炎症などを緩和してくれる。
風邪の時は卵酒や粥の卵を入れると、栄養の補充とリゾチームの補完がされる風邪の妙薬となる。
あとは鍋で水を焚いて湿度を上げ、寝汗を拭いて新しい寝着に返る。
つまり、消化の良い栄養の高い物と温かくして安静にするのが病魔を倒す秘訣なのだ。
神の鳥と言われる『ニワトリ』の卵を食するなど、受け入れて貰えるのか?
そう思いながらも話してみた。
うむ、うむ、和尚が頷いている。
本当にどこまで納得しているのか怪しいが、(住職)寂雲は悪い僧ではないようだ。
頭もよく回る。
得難い味方になってくれるかもしれないと思えた。
「さらに獣の毛皮を村人すべてに行き届くようにしようと思っておる」
「なるほど、寒さを凌ぐ為ですな」
「そうだ。だが、この高島の民、さらに日の本の民すべてに毛皮を渡すことはできない」
「それは残念でございます」
「ゆえに、いずれ綿を手に入れて、綿の毛皮を日の本に広めるつもりだ。寒さで死ぬ者がでぬようにな!」
「それは壮大な夢ですな」
「壮大な夢ではあるが不可能ではない。手を貸して貰いたい」
「微力ながらお手伝いさせて頂きます」
日の本中から寒さで死ぬ者を失くすといったのか?
そんな声が後ろから漏れてきた。
「こらぁ、
「しかし、某は」
「武家作法はすぐに覚えてやる。それ以外をすべて俺に捧げろ」
随行者の一人、伊勢貞孝の子、
どうだ、美味かろう。
随行者には頭の固い連中も多い。
(伊勢)貞良は頭も固そうだが、随行者の中では非常に若い。
まずは此奴から取り込んでゆくか!
重臣の小倅共はどう思ったか?
使える奴がいると助かる。
気がつくと、飯を食っていたと思われた村人衆が俺を見ている。
「なぁ、みなの衆。俺に力を貸してくれ。俺はこの日の本から戦を無くしたい。皆の力が必要だ」
「菊童丸様、おら達に何ができるのか知りませんが、何でもお言い付け下さい。なぁ、皆の衆」
「そうだ」
「なんでも言ってくれ」
俺は星が出るまで、この朽木谷と日の本の未来を語り続けた。
そして、気が付くと力尽きて眠りについていたらしい。
目が覚めると晴綱の背中とは情けない。
「今日の話は一段と熱が入りましたな」
「我としたことが情けない」
「いいえ、感動致しました。朽木宮内少輔弥五郎晴綱、身命を賭して仕えさせて頂きます」
「ふっ、このたわけが」
「良いではないですか」
悔しいことに、この身はまだ体力も力も何もかが足りなかった。
あとがき、
知る機会があれば、名を変更するつもりです。
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