第18話 生まれ変わりのために

  新参者は、地上の波動を持ち、霊界になじむことができないので、

休息所で、適応させるための調整が行われる。「幽質接合体」の残滓(ざんし)を脱ぎ捨てて、霊体(幽体)だけの存在になる。


半醒半睡の状態で自分の歩みを回顧すると──目の前に、地上時代の出来事が映画のスクリーンのように展開する。

「幽界での審判」は自分を審判して裁くものだから、討議や証拠提出、査問などの手間はない──行いの霊的価値が明らかにされて結果が出る。

ごまかしや言い訳は効かない。


反省のプロセスは、地上の時間にして数日~数週間で完了する。


ほかの霊界経験者とも会えた。

会社での上司だった竹山さんは泰蔵の知らぬ間に交通事故で死んでいた。

尊敬していたその人を思うと、その人がすぐ現れた。

もうすぐ生まれ変わる前の、透き通った姿になっていたが──声はよく聞き取れた。


──道路を横切ろうとして車に当たったのです。

ブレーキが効かなくて坂道を降りてきた車でした。、

壁に叩きつけられましたが、苦しかった記憶はありません。

「人が何人も自分を見下ろしていました……私と瓜ふたつの男が倒れていました。

救急車に乗せられ、私も乗り込んで横に座りました。

病院に着くと、地下の死体安置所に置かれました。

そこが好きになれず家に戻って、家の周りをうろついていました。


やがて、──目の前の景色が消えて、美しい野原や木や川が現れました。

遠くの方から、父と母が近づいて笑みを浮かべて言いました。

「いつまでも、ここに留まっていてはいけません」と。──体験を話し終わると、竹山さんは消えて行きました。



 地上の太陽が沈んで私しかいません。

病室に横たわる自分の姿が見えました。

その時、死んだ老妻のことが 頭に浮かびました。

死んでいるのならここで彼女に会える、一緒にいられるはず」と思いました。


 妻が近づいてきたのです。老いた妻ではなく,

とても若い姿でした。そしてとても美しく見えました。

死んだ孫が手を引かれて一緒にいました。

(あなたが来るのがわかっていましたのに,

早く来ることができませんでした)と言いました。


周りのすべてに変化が生じて消え始めました。

眠りの中に入っていく感じで、思考力や理解力が失われて無意識状態になりました。

苦痛や動揺もなく眠りが訪れました──肉体と霊体の分離は何の努力も必要とせず、無意識のうちに行われるのです。


そして、味わったことのない喜びに満たされて目が覚めました。

亡くなった者たち、誰か分からない人たちまでが、私の目覚めを待っているのが分かりました。

はっきりしてきました。それまで霧を通してぼんやり灰色に見えていたものが、

黄金で装飾された建物の中のような輝きを増しています。

愛した人たちがここにいてくれる喜び、長い旅の後に再会したと感じました。



 本日、協議会が開かれて、私も生まれ変わりの候補者に選ばれることになっています。協議会とはあの〔アナンヌキ協議会〕でなく、精霊たちが真似て作った新興の組織です。

マルドック教会が残したもので、妻が役員をしているとのことです。


妻とは、その後、会えていません。活動を続けており多忙なのでしょう。

ここでは親しかったひとと一緒にくらすこともできるのにと……また思いました。


人間の死後のプロセスを見ると人間は霊界から見た常識を持っていません。死後の世界に対する日頃の準備ができていません。

霊界に行ってから、適応・準備期間としての休息が必要になるのです。

戦争などの異常事態で死んだ場合は、さらに多くの手間や面倒がかかります。

地上で平均的な人間でも、無知な人は、霊界から見れば最低のことさえ身につけていない人間なのです。


 朝から、妻の姿が見つかりません。用事があるらしく、まだ会えないのです。


彼女の言う通りでした。私も日頃の準備ができていませんでした。

わたしの姿が透き通って消えるまであと数日しかありせんが、生まれ変わって未知の系統で再生しても向上できないかもしれません。

やがて、招集ラッパの音がして、マルドック顕彰碑がある金色の広場に呼び出されました。

アナンヌキが去る時、伝言を残した場所です。

新興宗教の服装でしょうか、閻魔帽をかぶった女性の役員が顔を上げてわたしの名前を読み上げました。妻でした。

(あなたは……細く長く生きようとしてはダメ! 太く短かく生きるのヨ!)と言いました。



何もかも、彼女の言う通りだったのです。

                             ──おしまい─

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