第5話 孫の結婚式

 その人が現れた……懐かしさに胸が詰まって、気が狂いそうになった。

二番目の孫の結婚式の時だった。自分は気がふれたのかと思った。


 目の前に、輝く廊下が延びている──荘厳な、神社の結婚式。

今日は・・・・ここは、その結婚式場なのだ。


 この年寄りにも招きがあって、故郷の神社で結婚式への参加が叶った。

1000年の歴史が紡がれた和式神殿、祝福と笑顔の中で愛の誓いがなされた。

樹齢百年の大きな杉が描かれた本殿の天井、伝統格式に溢れた大神宮、

円形の長寿盤には……泰蔵の名前もあった。


残された日々と、睦まじき和を実感できる大事な機会が訪れたと思った。


 しかし、今、……なぜか、来客の控え室にひとりでいる。

「年寄りは体力がないのに、のぼせるな」と、ネコに似た青年たちから言われた。

それではと、思い切って酒を口に入れると、酩酊した。

「爺様、あんたは甘えている」、ネコに似た青年たちからまた言われた。

気分を害して部屋にもどった──それから、ずっと、一人でいる。


 知った顔が誰も帰ってこない。

ひとりでいることに我慢がならず、広間の襖を全部、次々と開け放った。

杉の大木から、まぶしい陽光が畳の上に入ってきた。

真新しい敷居に足を沿わせるようにして、そろそろ歩くと、

式場に通じる広い廊下に出てきた。


 もうひとりの孫の祝儀には小倉の街で、昨年参加した。

知った顔ばかりの宴会でとても開放感があった。思い出すと

気持ちが抑えられない……ふらふらと部屋から泳ぎ出る。


 留め立てする顔はない。いくつも角を曲がって歩き続けた。

途方もなく立派なビロードの長椅子が、突き出ていた。

 腰を下ろした。横になった。

妙な弾みがついていて……体がうまくささえられない。

裏側の、囲われたような板の間に落ち込んでしまった。

勾配になった板が二枚外れた。

紋付の袴と白足袋を抱くように、手を上にあげたまま落ちた。

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