第2話 二重人格
解離性同一性障害と言われた。心的外傷から逃れようとすると、人間の人格が入れ替わって現れるという。自我の同一性が損なわれ、独立した性格の記憶や人格が現れる。移り変わりに記憶喪失を伴い、診断が遅れたり誤診されたりするという。
病気を口実に責任逃れをする犯罪者もいるが、精神科医療のこの分野では臨床経験が無い医師も少なくないという。(略称はDID:Dissociative Identity Disorder)
薄暗い裸電球の下にいた。グループ構成はひと昔前と同じ。死んだ妻や義母がいる──本当に存在しているのかわからない。
小宮泰蔵は松原食品に戻っていた。芳子さんが生きていた頃、市場の奥にあった調理場──義母が揚げ物をしている。後継者が育たないくらい、早い手つきでコロッケを揚げる。泰蔵なら、油を吸って重くなったものを落としてしまう。
前の会社で外勤営業を十年以上経験した。ただ行動するだけで成績が上がった。
しかし、この自営業では、メニュー作りから調理まで、上手くいかなかった──とても苦労した。
おや、矢野が洗い場にいる……演奏会の費用を稼ぐといってアルバイトに来ていた。店を閉じる時、上乗せの給与を頼まれていたが、とても出せなかった。
裏切られた思いが青白い頬に出ている。──苦しかった思い出が蘇える。
義父母の惣菜店は繁盛した。働き手が壁の内側にひしめいていた。身内の従業員もいたが、娘婿が会社をやめて采配を振るうのは義母が入院したためだ。
無神経な街医者が便秘の義母に胃透視のバリュウムを飲ませた。義母は七転八倒して苦しみ、総合病院で開腹手術を受けなければならなかった。
幸いに命は助かったが、復帰するまで長い期間を要した。
義母の老齢も追いすがった。
売り子が前掛けをしながら、店のものを口に入れた。
「朝、食べてこなかった」、聞こえがしに言ってまた食べる。
「まあー……この娘は」、古い働き手のおばさんが声をあげる。
おばさんの声がなければ──売り子よ。お前の命はない。
もう、やかましく言うのはあきらめた。替りの店員を見つけるのが大変だからだ。
何もかも、思い通りにならなかった──理不尽な世界だった。
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