帰路にて

明日にでも市場は再開するだろう。


 続々と人が町に戻ってきており、表通りには活気が戻り始めていた。


 ルルによれば、王城正門からまっ直ぐに伸びているこの道にはふだんは多くの出店があるらしい。食料品から日常用品、武器、装飾品など様々な物が軒に並ぶ。


 明日また行ってみようかと思いながら、街の喧騒を思い浮かべる。


 前世にはなかった光景だ。地球の卸売り市場なんかと同じ感じだろうか?それはさぞや楽しかろう。と、心が弾んでいる自分がいることに気がつく。


(違う違う、本来の目的は市場の調査。)


 旅行などでもそうだが、新しい場所に来たとき、市場の調査は大いに役立つ。


 この世界の物価はもちろん、技術力や文明の発達度合いなどを見るには最適なのだ。


 人の波に逆らいながら、来た道を戻る。


 丘の上には学校のような建物、俺たちがお世話になることになった宿舎がある。


 騎士団の元合宿所。合宿所と言うと、街から遠く離れた場所にあるイメージがあるが、有事のときに、騎士団が城下にいない訳にはいかないため、城下町から少し離れた丘の上に作られたのだろう。




 宿舎に入り、ルルに外套を返そうとすると「お持ちしておいて下さいませ、また使われるのでしょう?」と言われた。ありがたく拝借しておくことにする。


 部屋の中は暖房が効いていて寒くはないが、外は肌寒い。


 また明日も外出するとなると、借りておいた方が良いだろう。




 この約一時間でよくわかった。ルルは非常に優秀だ。


 外見は十一、十二歳ほど。


 燐とした佇まい。かといって主(?)である俺よりも目立たず、あくまでもメイドであるというさりげない立ち位置。言葉使いもしっかりしている。地球の小学生では考えられないほどだ。


 常に周りを冷静に観察し、的確な判断を下せる。


 そして何より、武を嗜み、なおかつなかなかの手練れ。だが周りの人間にそれを気づかせないほどの実力者。だが、時折見せる年相応の表情は可愛らしい。



(経験上、もう少し年上だろうけど。)


 この世界の特性として、加護を持っている者は肉体の成長が遅くなる。


 「加護とは神の力を授けられること。それすなわち、神に近づくということだ。神なんてものは老いとは無縁の存在だからな。」とは遥か昔にアーデが言っていた言葉だ。


 この少女ほどの多彩な加護があれば、もしかすると肉体年齢と実年齢に倍以上の隔たりがあるかも知れない。




 それはさておき。




 魔道具のインターフォンを鳴らして扉を開けると、二段ベッドの上段から、にょきっと明が顔を覗かせた。




「お、帰ってきたな」


「ただいま。何か進展はあったか?」


「特に何も無し。強いて言うなら、先生が、『今日はもう休んで、明日の儀式の為に神様にお祈りしとけ!』って言い放って、部屋に籠ってるくらいかな?」




 肩をくすめ、苦笑する。




 この世界に来て青木先生の残念さに拍車がかかっている。




(だが、加護の質は事実、死活問題だからな……)




 この世界は魔法を礎に回っていると言っても過言ではない。


 過言でないどころか、それそのものだ。


 使える魔法の幅を決める加護は、この世界ではかなり重要視される。




「そうか、皆は何してた?」


「そうだね、部屋でグータラしてる奴もいたし、お前みたいに外出した奴が大半かな?俺も少し外を見て回ったし、と言ってもすぐ近くだけど。」




 外寒かったぜ、と明が笑う。




「そういえば、秀はどこ行ってたんだ?」


「近くに市場があって、そこに行ってきた。」


「へえ!市場ね、どんなの売ってた?」




 魔道具とか売ってたのか?と、目を輝かせている。




「生憎、まだやってなかったよ、明日の朝にはあるみたいだ。」


「へえ、行ってみようかな。あ、でも明日は授加護の儀式があるんだっけ?」


「ああ」




(せめて前世の四分の一、いや、高望みし過ぎか。せめて七色は揃って欲しいが…それも難しいだろう。)




 加護は神の数だけある。


 この世界に神は八百万といると言われ、未だすべての加護が確認されている訳でもない。


 概念の数だけ神はいるとも言われている。


 実際はそれ以上にいると思っているが。




 光と闇で表される大神、その子である七色で表される神々とそれらの眷族


 それがこの世界の理を司る。




 「明、お前もお祈りくらいしとけば?」


 「そうだね、"おお神よ、我らを救いたまえ!"ってな?」


 「どちらかと言うと"かしこみかしこみ申す、五十嵐の明が願い奉る"って感じだと思う」


 「ああ、なんとなくわかった!」




 そんなことを話していると、グゥ、と明から腹が鳴る音がした。




「腹…減った…」


「そういえばこっちに来てから何も食べてないか……」


「何か食べるもの、あるかな?」


「俺はお弁当があるな…食べようかな。あ、お前にはあげないぞ?」


「くそぅ、俺は購買組だってのに。」


「メイドさんに頼んでみたらどうだ?何でもしますからって」


「"何でもします(何でもするとは言ってない)"って奴か?」


「あはは、まあ、廊下にいるみたいだし、声掛けてみれば?」




 廊下に小さな気配を感じ、気配を遮断して玄関に移動。その気配が扉の前に来たタイミングでガチャッと扉を開けた。




「キャッ!」




 急に目の前で扉が開いたからだろう。可愛いらしい悲鳴が上がる。




「やあ?少しいいかな?」


「・・・秀一様。何かご用ですか?」




 こやつ、わざとだな。とその頬を膨膨らしたルルの顔が語っていた。


 俺の背中から明が顔を出す。




「ああ、スミマセン、メイドさん。お腹減っちゃいまして、何か食べられるものありませんかね?」


「はい、少しですがございますよ、お持ちいたしましょうか?」


「ありがとうございます!」


「あと、秀一様、後で少しお時間を頂けますか?」


「ん?いいよ?何時がいい?」


「では、お食事の後にでも、」


「判った。あ、でも、食事は一人分でいいよ、俺のはあるから、明のだけで。」


「分かりました」




 一礼し、廊下を戻っていくルルを見送って部屋の中に入る。




「…なんか、親しげだったな?」


「ん?ああ、さっき案内してもらってな。それで」


「ふーん」




 何か含むものがあるように感じる。




「なんだよ?」


「いや、あのね、この際だから聞いておこうと思うんだけど」


「ん?」


「お前、ロリコンってマ?」


「はぁ?」

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