街並み

 そうして メイド巫女のルルと宿舎の外に出る。


 すでに太陽は傾き始め、西の空は赤く染まっていた。


 瘴気の燃える紅色ではない夕焼けの茜色に、目が奪われる


 この世界に来た時間は朝のホームルームの後、つまり9時前だったが、もうこちらでは日が暮れる。おそらく今は5時位だろう。こちらに来て2時間以上は経っているため、大体、六時間の時差がある。それに向こうは夏が終わり、秋が始まろうとしている頃だったが、こちらは冬の終わりといったところだろう。


 さすがに肌寒かったため、ルルに何か上着はないかと聞くと、こちらをと言って紺色のコートを借りた。準備してくれていたらしい。


(南半球で時差約六時間というとどこら辺なのだろうか)


 そんなことを思いながら歩いていると広い道に出た。所謂メインストリート。城門と王城をつなぐ道だ。道沿いに多くの商店が立ち並んでいて、盛況な様子を彷彿とさせるが、今の様子は違っていた。

 そこには台車や大きい荷物を背負っている人が西に向かって、つまり城がある方へと進んでいるのである。


「この人達はどこに向かっているんだ?」


「彼らは避難民でしょう」


「避難民?ああ、そうか」


「はい、【歪み】による避難命令が取り消されたので、帰路に付く者達かと」


「となると、ここが再開するのは明日以降ということかな」


「そうなるでしょう。ここは三の鐘から四の鐘まで朝市が開かれていて、郊外から入ってきたものが多く並びます。それ以外の時間でも屋台や店が多く、いつもは多くの人で賑わっているのですが……」


そう丁寧に説明してくれるルルの文言の中に懐かしい響きがあった。


「三の鐘から四の鐘というと、6時から8時位だな……」


「ろくじからはちじ?」


 聞きなれない単語にルルが首をかしげる。


 翻訳魔法を通じず、この世界の言語で話しているため、通じなかったのだろう。


「ああ、俺たちの世界での時間の呼び方だ、一日を24時間に分け、一時間を60分に、1分を60秒に分けている。正午の時刻をだいたい12時にしてな」


「なるほど」


「しかし、失念していたな、店が閉まってるとは」


 少々考えなしだったと、反省する。


「何処かにご用でも?」


「まあ、少しな」


 そう言って人の流れにそって道を進んでいく。


 もう日も落ちる。今から店を開いても、少ししか開けられない。なら店を開くのは明日からということにどの店もなるだろう。


(せめて場所だけでも確認しておくか。)


そう思い、路地を曲がる。


 少しずつ景色は変わっていたが、基本となる道はあまり変わっていなかった。


(多分次の角曲がったところにある)


 探しているのは酒場だった。


 正確にはその地下室。


 その酒場はパーティー仲間の内のひとりが営んでいた酒場だ。


 もちろんただの酒場ではなく、何でも屋みたいなところもあったのだが。


 そしてその建物を建てるとき、ちょっと地下くれよ、といって私用の保管庫にしたのだ。


 死ぬ間際にそこの鍵は彼に預けた。もしかしたらと思い、行ってみようかと思ったのだ。


 もし当時のままだとすれば、当分は生活に困らないだけの物資がある。


(まあ、ないだろうなぁ。)


 そう思い角を曲がるとそこには、


 馬鹿みたいにでかい建物が建っていた。


 (……)


「ルル、ここは一体何?」


「ここは、オリヴァー商会ですね」


「オリヴァー商会?」


「はい、彼の英雄の仲間の一人、ヴァン剣聖・オリヴァー・カルステッドが始めたとされる商会です。」


 初めはただの酒場、それから酒場兼賭場、その後様々な商売にも手を出していたが、まさかここまで大きくなっているなんて聞いていない。


 目の前には敷地が当時の20倍ほどになっている、この世界では珍しい五階建ての建物がそびえ立っていた。


「開いてはいるようですが、入ってみますか?中には色々入ってますから。」


「色々?」


「はい。一階は商業ギルド受付、二階が本部、三階四階は商会になっていて、五階は酒場兼賭場です。」


「ほう、誰が経営してるんだ?」


「オーナーはクラネル・カルステッド。剣聖の子孫に当たる方です。もう初老の男性ですので、実質的な業務はその息子のアーウィンズが行っております。」


「詳しいんだな。」


「有名ですので。」


 ルルに説明を受けた後、活気のある一階部分、商業ギルド受付に入る。


 すると、慌ただしく人が動き周り、業務準備をしていた。


「明日から通常業務に戻るんだ!きびきび動け!」


 そう叫び声が上がっていた。


 さすがにまだ早かったか、と、ルルの方に向き直り、


「さすがに、まだ準備中のようだな。」


と、肩を竦めて、また後日出直そうとすると、


「すみません、まだこの通り準備中で、明日には業務を再開しますから、明日以降また足を運んでいただくことになります。」


 若い男の人、恐らく職員かなにかだろう、が話しかけてきた。


「いや、こちらこそすまない。準備中邪魔をした。明日また来る予定だからその時はよろしく頼む。」


 と微笑んで言うと、その職員はビクッと驚き。


「す、すみません。貴族の方でしたか。」


 と、頭をさげた。


 (は?貴族?) 


 状況がわからなくて、ルルの方に顔を向ける。


 すると、ルルが耳打ちをしてきた。


 「(貴方の言葉使いは貴族や王族が使うものです。まさか分かっていらっしゃらなかったのですか?)」


 「(ちょっと待て、何のことだ?)」


 確かに今話しているのは共通語だが、特段敬語も使っていない。特にそう言われる覚えがなかった。


「(性格には発音です。言葉のなかに『ヴ』の音が入ってますから。」


「(ああ、そういえばこの音、神の子音だったな。理解した。)」


 つまり、この世界の平民は、神の子音の『ヴ』の音を使わずに発音しているのだ。


 不思議なことにこの音は数多ある加護の内上位に当たる大精霊の加護か、それ以上の加護を持つ者しか発音できない。


 貴族はほとんどが上位の加護を持っているため発音ができる。そのために間違えたのだろう。


 私やオリヴァーのように名前に『ヴ』の音が多く入っているのは、それほど高位の加護を得て、名乗ることを許された、もしくは神に名を貰ったから。私も元々はバリアスという名だった。


 平民はたとえ加護を持ち発音できたとしても日常的に発音することはないのだろう。


(と言っても言葉を治すのは無理に近いだろうな。このまま押し通すか)


 別に発音したところで不敬罪にもならないだろう。元皇王だし。


「気にしないでくれ。ただ立ち寄っただけだ。」


「い、今すぐオーナーを呼んで参ります」


「いや、だから…」


「少々お待ちくださいぃ!」


 走って行ってしまった職員君に俺の声は届かなかった。


「……」


 ルルの目線が痛い。


 仕方がなく、ルルの方に向き直り、


「…もしかして、俺が貴族だと思ってる?」


 と、そう聞くと、


「可能性としてはあるかと思ってました。」


 と、答えた。


「過去形ってことは?」


「今のやり取りはあまりにも自然体だったので…もし演技なら相当なものです。」


「なるほど」


「余計謎が深まります。」


 うーんとうなり始めたルルを見て、人のこと言えるのかな?と、ふと思った。


「という君も不思議だよね」


「はい?」


「初めて見たときは巫女だったが、その後はメイドとして現れた。普通にメイドとしても有能そうだし、頭もいい。それに君、腕も立つんだろ?身のこなしが違う。外套の下にナイフも仕込んでいるくらいだし。」


「うっ……気づいていましたか……」


ルルは、気まずそうな顔をし、ナイフを隠している所を外套の上から手で覆う。


「まあね、あのとき声をかけたのも君が落ち着いているように見えたからだし。」


「そうでしたか……」


 私もまだまだですね、と苦笑いを浮かべた。


「という貴方はもっと謎です。他の方々と明らかに同じ場所から出てきたのに関わらず、こちらの言語を話し、魔法の知識を持っています。『ヴ』の発音を行い、それに気がついていない、もしくは知らない振りをしている。それに身のこなしからして私より強いです。多分あの場にいた騎士の皆さんよりも強い。貴方は何なのですか?」


 むーと見てくるルル。


 それに、ふっと笑い


「いつか答え合わせができたらいいな、」


 と、笑いかけた。


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