プロローグ2


「…不思議なこともあるものだ。」



 英雄は、死ななかった。


 否、死にはしたのだが、新たな生を受けた。


 青井秀一という名の男子として。


 この地球と呼ばれる星に。


 生前の記憶を保持したまま。


 保持したままというのは少々語弊がある。


 前世での記憶、全てを思い出したのは幼稚園に入園した頃、3歳くらいのときだ。


 初めは夢だと思っていた。


 悪夢だと。


 夜になるたびに訪れる悪夢。


 人が死に、大地が崩れる大戦の悪夢。


 幼子には少々刺激が強すぎた。


 朝になるといつも涙を流していた。姉にすがり、静かに泣く。


 それが秀一の日常だった。


 しばらくすると、それは記憶ではないのかと思い始めた。


 明らかに知らないはずのことを知っているという事実。


 怖かった。


 自分はいったい何者なのかと。


 自分の中に自分ではない他の人間の記憶があるという恐怖。


 夜になるのが怖かった。


 夢を見たくなかった。


 記憶を思い出したくなかった。



 どうやら私は転生したらしい、と自覚したのは三歳位の頃。


 その頃には恐怖は消え、不安と疑問に変わっていった


 なぜ?と。




 生まれてきたこの世界はどう考えても違う世界。


 見たこともない、知らないものがあふれ、知らない言語が交わされる世界。




 そして、何よりも魔素がなかった。


 生活するのに必須だった魔法の源、魔素がない。




 正確には無い訳ではなかった。


 神仏が奉られていたり、パワースポットと呼ばれているような場所では多少なりとも魔素の存在を感じることができた。しかしながら、魔法が編める程濃く溜まっていたことはない。


 しかし、古の文献や物語の中には魔法と思われる物が見つかった為、完璧にない訳では無いのだろう。


とは言え、己が知っている魔法と比べれば、荒唐無稽なものばかりであったが。


 少なくとも、現代社会において魔法は発達していなかった。


 しかし、その代わりといってはなんだが、化学技術が発達している。ここまで発達しているなら確かに魔法は要らないだろう、と思えるほどに。


 そして何よりも平和だ。


 小さな紛争は起きている。核の問題や社会状勢の緊張なんてものもある。


 だが、前の世界では、少なくとも私が生きているうちに、7度星が割れている。


 多くの生命が、文字通り死に絶えた。種、丸ごと。


 余談であるが、その後星を作り直さなければならなかったのだから、たまったものではない。


 死神の大鎌は常に首筋に添えられていて、隣にいた人間が次の瞬間には死んでいるような、そんな世界。


 戦場に、特に前線にいた私にとって、世界とはそういう場所だった。


 それと比べてしまえば、この世界は…特にこの日本という国は平和だ。


 正直ぬるい。と思うことも多い。


 だが、美しい世界だった。


 空は青く。


 河には綺麗な水が流れ、


 森が生きていた。


 雲は白く、海は蒼かった。


 前世で想い描いた、いつか取り戻すと夢見た美しい世界がここにはあった。


 空は紅く燃え


 河には障気で汚染された汚水が流れる。


 野生の生物は死に絶え。


 雲も海も黒かった。


 私の世界はそういうものだった。


 そして、もはや伝承でしか伝わっていない、真偽などきっと神々くらいしか知らないであろう美しい世界。それを取り戻すために戦った。約150年という長い間、邪神と戦い、それと同じくらいの間世界を作り直してきた。


 そして道半ばにして、私の人生は戦いの最中に邪神に受けた呪いによって終わりを告げた。


 不安であった。空や海が青い、美しい世界がそもそもあるのかどうか。我が人生をかけても、無駄になるのではないか、と。


 だが、このような世界があるならば、きっと無駄ではなかったのだろう。


 きっとあの世界もこの星のように美しくなっていくだろうから。




 そのための未来は残せたと思う。




 この人生はちょっとしたご褒美なのかもしれない。




 少しだけ、私には窮屈な世界だが。




 このくらいが丁度いい。




 安心して寝れる寝床があるだけ、いいものだ。




 この世に生を受けて16年


 まどろみながらそんなことを思い返していた。

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