第16話 狂宴 2
次なる罠の部屋へ視線を移してから数分
感覚的に部屋の数百メートル程手前の通路まで来たようだ。
俺は、通路にも適宜スライム達を配備して戦闘させていたのだが、どうやら効果は薄かったようで、進行速度が落ちたり損耗を与えることは出来なかった。
様子を見ていたが、何か特別な技能なんかを使っていることもなかった。
判明したことといえば、丸腰の女がカターシャとほぼセットで行動しており、やたらと勘がいいことだろうか。
スライム達の位置も、ほぼ性格に言い当てて、襲い掛かる前にやられてしまう個体も何体かいた。
もしかすると、次の部屋にある罠も見破ってくるかもしれない。
まあ、見破られたところで、回避なんてできないだろうがな?
俺は、クククッと笑いながら冒険者達が部屋に到着するのを待った。
すると、わりとすぐ彼らはたどり着き、ぞろぞろと部屋の中へ冒険者達が入ってくる。
ある程度部屋の中に入って来るのを見て、俺は控えているアルファに合図を飛ばした。
【了解、作動ッ!!】
アルファの声が聞こえてきたと思えば、すぐさま
ゴゴゴゴゴッ
という音が鳴り響いた。
冒険者達も音に気が付いたのか、何名かは入ってきた通路側まで走りだし、また何人かは意を決したのか進行方向の通路側へと駆け出した。
そして、残りの数名はその場でたったまま辺りを警戒していた。
カターシャ、リーダー格の男、丸腰女と大剣使いの優男は、突っ立ったままのようで、残りがだいたい半分ずつ各通路に向けて駆け出していた。
まあ、どこに逃げても同じなのだが、何も知らない彼らにはわかるはずもない。
この音は、この部屋を大量のあるもので満たすための音である。
そのあるものと言うのが
「な、なんだ?!?!」
「きゃ、キャッピーの群れか?!」
「な、なんだこの量!!どこにこんなにいやがったんだ?!」
「うがっ、っこの!、うぇっ?!」
通路に走り出していた冒険者達は、その圧倒的な物量と、キャッピーのとある仕掛けにより、ドンドン押し潰されるように埋もれていった。
仕掛けと言っても、そこまで難しいこともなければ、複雑なこともしていない。
キャッピー達は、傾斜になっている通路を転がって、このフロアまで出てきただけだ。
ただ、一つだけ命令をしておいた。
それは『フロアに入ったら出せるだけ糸を吐き出せ』
である。
もちろん、糸や物量だけではたいしたことはないだろう。
だが、彼らもキャッピーの名を呼んだことから、わかっているだろう
その性質を
「クソ!こんなにいやがったら、倒したところで毒霧で動けなくなっちまうぞ!!」
「おい!風魔法でなんとかできねーか?!」
「こ、こんなにたくさんは・・・・・ちょっと、えーっと・・・・・
―――――むむ、無理ですぅー!!!」
慌てふためき、ギャーギャー騒いでいる間も、キャッピー達はフロア中に糸を吐き出し続ける、糸を何とか振り払い、対抗しようとしているが、“毒霧が発生する”事を理解している冒険者達は、キャッピー達の数を減らすことが出来ずにただただ糸を払い続けていた。
そんな中でも、部屋の中央付近に残っていた冒険者達は、何かを狙っているのか未だに動かない。
(何か企んでいるのか??
だが、この状況で“こうなったら”どうする?)
手はず通り、通路の天井、小さな穴を開けておいた所から、“数匹のパッタ”がフロア内に侵入した。
そして、そのパッタ達には、ある物を持たせている。
それは―――――“松明”である。
パッタ達は、無造作に松明をフロア内に投下した。
落下した松明は、カランカランッと乾いた音をフロアに響かせた。
そして、周囲に撒き散らされたキャッピー達の糸に引火し、ボウッと音を立てて、大きな炎となってフロアを燃やし始めた。
「お、おいっ!!いきなり燃え始めたぞ!!!
だれだ!!火なんて使ったバカは!!!!」
「いや、そんなことより、まずいッッ!!!
あ、あれを見ろ!」
冒険者の誰かがそういうや否や、部屋の中に居たキャッピーが一匹、炎に飲まれ力尽きた。
それと同時に、ブシューッという効果音とともに薄紫色の煙が出てきた。
さらに、一匹のキャッピーが燃え死んだことで、火がさらに糸を燃やし、キャッピーを燃やす。
「く、クソッ!!!
俺たちが何もしなくても、勝手に毒霧吐いて炎まで広げやがるっ!!!」
「に、逃げ道も既に炎で通れませんよぉ~!!」
燃えさかる部屋の中、毒霧まで蔓延し始め、かなり焦り始める冒険者達を尻目に、ついにフロア中央に居た冒険者達が動いた。
一人の冒険者が、手に持っていた杖を掲げ、声を張り上げた。
「―――――すべてを洗い流したまえっ!!!
《ダイダルウェーブ》ッッ!!」
叫び声に答えるように、冒険者の足下に魔方陣が浮かび上がり、その魔方陣の外周から、まるで間欠泉のように大量の水が噴き出し始めた。
吹き出した水は、やがてフロアの天井に届き、そのままフロア中に降り注ぎ始めた。
結果、燃え広がり始めていた炎が小さくなっていき、キャッピーや吐いた糸まで流され始めた。
そして、蔓延し始めていた毒霧までもが濯がれ、辺りは水がしたたり落ちる音のみとなった。
「何とかなった・・・・か??」
「た、助かったぁ~」
露骨にホッとする冒険者達に、リーダー冒険者が声を張り上げた。
「みんな無事かっ!
このダンジョン、かなりトラップが凶悪である!!!
より一層の警戒をしてくれ!!」
その言葉にうなずき合う冒険者達に、リーダー冒険者は、今度はカターシャの方を振り返った。
「今度は、彼女に先行して貰おうと思うんだが・・・・構わないかな??」
「・・・・ええ」
カターシャは一瞬だけこちらに視線を向け、リーダー冒険者に対して頷いた。
その様子に、隣に居た女が、同じようにこちらを見上げてきた。
気付かれたかとも思ったが、女はすぐに皆の方へ向き直り、ゾロゾロと出ていく冒険者達のあとについていった。
・・・・やはり、あいつは警戒しておいた方がいいかもしれないな。
最初といい、今回といい…何か違和感がある。
俺は、わらわらと移動し始めた冒険者達を見つつ、次の部屋へ視点を移動した。
さて、次の部屋はどうする?
次は、単純ゆえに、手強いぞ?
==============
このダンジョンは、異常である。
今回の探索で、私が最初に思ったことである。
冒険者ギルドの受付として、現役から退いて久しいが、それにしても危険度があまりに甘く見積もられ過ぎている。
元上級冒険者の私、カレン・サリバンからみても、このダンジョンは危険である。
“スライムの洞窟”と名付けられた新ダンジョン。
一見すれば、ただスライムが出てくる洞窟
入り組んでいるわけでもなく、強いモンスターが出るわけでもない。
秘書さんの能力にも、カターシャさんが嘘を言っていないことは確認済み。
私の能力でも、やはり感知できたのは額面通りの低位ダンジョン。
しかし、配置されているトラップが低位にしては異常に凶悪である。
西蜘蛛の根城の方々に言われ、C+と見積もっていたが、ここまで危険なトラップや別の何かがあれば、ダンジョンの驚異度はB-は行っているはず。
しかし、何度測っても判定されるのは“D”である
これは、中位冒険者なら一人で走破できてしまうレベルである。
だが、現に我々は大変な苦戦をすでに強いられている。
ここには、リーダーとして役割を全うしてくれている上位冒険者や、最上位の一人である“剣夢想のタイガ”様がいる。
魔法職の方々も、上位に届くとも劣らない面々ばかり。
それなのに、まだ一つ目の部屋しか攻略が進んでいない。
どう考えても、ランクDのダンジョンと言い張るには無理なダンジョンである。
いったい、どんなカラクリが??
いや、そもそも可笑しな話は他にもある。
なぜ、カイゼル様やライン爺様が生きて帰ってこれなかったダンジョンから、カターシャ様だけ帰ってこられたのか。
しかも、一度目の生存確認から、しばらく行方不明になっていた。
しかも、ほぼ無傷で。
誰からみても、この方は“クロ”。
ダンジョンに潜む何か側の回し者でしょう。
ダンジョン事態を、ここまで凶悪に作り替える何者か
今回の探索は、そいつを始末、もしくは捕獲して初めて完了するんでしょう。
久しぶりに、私も張り切らなければならないかもしれませんね?
「おーい、カレンちゃーん
次の部屋が見えてきましたぞぉー?」
「あ、あわわ!!
すす、すいませーーーん!!
今行きますぅー!!!」
わざとらしく大きな動きでそう言うと、私は最後尾で手を振っている冒険者のところへと向かっていった。
==========
部屋の中を俯瞰していると、先頭の冒険者が入ってきた。
今度は警戒しているのか、彼らの足取りは少々遅くなっており、全員が部屋に入るまでかなりの時間を要した。
だが、この部屋は残念ながら先ほどのような仕掛けはない。
あるのは、ただひとつだけ
ポツンと部屋の中央に、一振の剣が突き刺さっているだけだ。
これはまあ、餞別のようなおまけのような
いわゆる演出のようなものなのだ。
「……あの剣はいったい?」
「また、罠か?」
「にに、にしては……あまりに何も無さすぎじゃないです??」
先の部屋で騒ぎ立てていた冒険者たちが、各々に剣を警戒しつつも辺りを見回している。
だが、残念ながら仕掛けなんぞ大したものはない。
まあ、仕掛けのせいで先に進む通路も隠れているんだがな?
「……あそこの壁、少々不自然ではないですか?
なんだか、後付けで塞がったような??」
……なんだって???
いま、あの女は何て言った???
なぜ、なぜ正確に通路がある場所を言い当てた??
後付けで塞がった??
バカを言うな、あそこは通路を後から繋げたんだぞ?!
壁に違和感なんてあってたまるか!!!!
女が指差す方へ皆が視線を向かわせると、そのうちの一人がジーッと見つめ、驚いたように声をあげた。
「ほ、本当だ!!
あそこだけ、壁向こうに空洞があるぞ!!!
スキル全開でようやく感じ取れる程度だが、良く見つけたな、カレンちゃん」
「え、えへへー
探し物とか、間違い探しとか、昔から得意なんですよねぇ、エッヘン!」
カレンと呼ばれた発見者の女は、わざとらしく胸を張って周りの注目を集めていた。
もっとも、まぐれで見つかるような作り方はしていないし、そもそも仕掛けが動いて擦れた跡も一切ない壁岩を、どうやって見分けたんだこいつ。
……やはり、この女危険だな。
確実に始末しなければ、この後残ると面倒だ。
俺は、そう判断して、本来の仕掛けは作動させることなく、部屋に彼を送り込んだ。
送り込んだのはもちろん、刃物の扱いに長けた彼である。
「頼んだぞ……ボル」
俺がそう呟いたのと、冒険者の中の一人が、武器を引き抜いて甲高い金属音を響かせたのは、ほぼ同時だった。
ボルは、初撃を防がれ悔しそうにしながらも、しなやかかつ高速な動きで距離を取り、再びかき消えた。
「敵襲ッ!!
【ハイ・コボルト】の可能性がある!!!」
先ほど初撃を防いで見せた冒険者が、背中に背負っていた大剣を構える。
良く見ると、入り口のところで氷柱を砕いたあの冒険者である。
「タイガ殿!
今襲ってきてるのは、なんでござるか?!」
「は、速すぎねーか?!
姿がとらえられねーぞ?!」
互いにキョロキョロしながらも、死角を補いあって武器を構えている辺り、全く見えていない訳ではないようだ。
だが、ボルもまだまだ速さを出しきっていない。
「眼で追いかけるな!
目的はこちらへの攻撃、必ず近づいてくる!!!
急速に迫ってくるものだけに対応しろ!!!」
タイガと呼ばれた大剣使いが、冒険者たちにそう言うが、彼らは戦々恐々といった様子でじりじりと1ヵ所にまとまり始めていた。
ボルも、フェイントや実際に攻撃したりを繰り返し、冒険者達を翻弄した。
大剣使いは、それらすべてを捌きつつ、ボルへの攻撃を試みているが、さすがに早すぎるのか、防戦一方になってしまっている。
他の冒険者も、何とか攻撃をしようと武器を振るっているが、隙だらけになった所をボルが浅く攻撃を繰り返すことで動きを完全につぶしていた。
実質、反撃の余地があるのは大剣使いただひとり。
ほかの魔法を使っていた者やカレンと呼ばれた女達も怪しい動きをすることは無い。
(さて、後はどこで攻めに転じさせるか・・・だな)
ボルの攻撃により、相手の動きを止めることには成功しているが、いかんせん決定打にかける今の状況。
互いに消耗戦のような様相になっているが、生憎ボルはいま俺の回復支援を受けているため、消耗した先から回復するという、何とも可愛そうな事になっている。
正直、俺はやりたくないと言ったのだが、ボル本人からの提案だったため今回はこういった手段で戦力投入した。
・・・・しかし、やられてこそ居ないが、攻撃を受けたり傷を負うことも当然ある。
ボルは速度を落とさず、絶え間なく攻撃を加え続けている。
さながら、かまいたちの様に冒険者達の身体へ確実にダメージを蓄積している。
しかも、大剣使い以外は目視する事すら困難な状況を作り出している。
「じ、じり貧だ!!!
こんなの、倒せっこないぜ!?」
「攻撃は通ってるはずでござる。
しかし、なぜか勢いが全く衰えないでござるよ!?」
「ふえぇぇ・・・え、詠唱も途中で邪魔されますぅ~!!」
冒険者達に、焦りが見え始め、ばらけていた彼らはほぼすべてが一カ所に固まり、駆け回っていたボルも、攻撃の手数が増えてきた。
大剣使いだけは、たいしたダメージをおっていないようだが、他の冒険者たちはかなり参ってきているようだ。
(さて、そろそろ本丸をたたく。)
俺は、かねてよりボルに伝えていた合図を送った。
すると、ボルはもう一段階速度をあげ、素早く彼らな真上へ飛び上がり、そしてある人物へと急落下した。
それは、円の中央。
守られるようなして一度もボルを見失わなかった冒険者。
────カレンへ、ナイフを振り下ろした。
ザシュッ!
何かを切り裂く音と、ふき上がった赤い液体に、俺はニヤリと口許を歪めた(歪む皮膚はないのだが)。
よし、厄介なやつは消えた。
あとは、当初の予定どおり罠を発動させてしまえば………
そこまで考えて、俺はあることに気がついた。
ボルが、カレンへと攻撃を加えてから、一向に動こうとしないのだ。
回りの冒険者も、やっと事態を把握したようで、ボルの姿を見るや驚きの声をあげていた。
そのなかでも、大剣使いだけは、既に剣を背中にしまい。
呆れたようすでボルとカレンと呼ばれた女を見ていた。
「冗談はよしてくれ。
受付嬢のあんたが活躍したんじゃ、俺たちの面目が立たないだろ?」
「……いやぁ、すいません。
こればっかりは、防いでくれそうになかったので、私の方でやってしまいました。」
たははっ、と笑いながら頬を掻いた女は、いつの間に取り出したのか、かなり柄の短い槍のようなものを持っており、その穂先は、綺麗にボルの脳天を突き刺していた。
ボルのナイフは、彼女の首付近まで迫っており、あと少しで届きそうな位置で制止していた。
ボルは、一撃で仕留められてしまったようで、ピクリとも動くことなく、硬直していた。
「基本的に手出しはするつもりはありません!
ただ、カイゼル様とライン爺様を死へ到らしめたこのダンジョンは、何か特別な仕掛けやモンスターがいると推測するのが適切だと判断されていますので、そういった時だけ私が対応します。
もちろん、皆さんの安全は皆さん自身が守ってくださいね?
ギルドとしても、そこまでしてしまうと規律違反になりますので。」
そういって、短槍を素早く振ると、ボルの死体は無惨に地面に打ち捨てられた。
その光景を目の当たりにして、冒険者たちは息をのんだり怯えたりと、さまざまな反応を示していた。
そんな彼らを置き去りにして、大剣使いに近づき、少し責めるような眼を向けながら、カターシャの隣に陣取った。
「さあみなさん。
受付嬢をしている私なんかは置いといて、先に進みましょう!!
やはり、このダンジョンは異質なようなので、私も規律違反にならない程度には手を出しますのでぇ」
キャピッと音が聞こえそうな位あざとい反応を示したカレンは、カターシャの腕にしがみつくようにくっついてそういった。
さっきまでの彼らなら、素直に気を抜いていただろう、だが、冒険者の反応は一概に困惑であった。
唯一、事情をあらかじめ知っていたのか大剣使いだけは、先ほどと変わらない態度で、空洞があると言われていた壁まで歩いていき、無造作に剣を振り、通路を開いた。
「というわけで、俺やカレン嬢がついてる。
本当にヤバイときは俺たちがしっかり対応するから、大船に乗ったつもりで進もうじゃないか。」
大剣使いが少し大袈裟な動きでそういいながら、作り出した通路に進んでいき、それに続くようにカレンとカターシャが通路に向かう。
今だ困惑しているが、それについていくしかないと判断したのか、他の冒険者たちもあとに続いて部屋をあとにした。
一連の流れを観察していた俺は、より一層警戒を強めることを決めた。
(やはり、あの女が一番ヤバイやつだったか。
これはもう、出し惜しみしている場合じゃないな)
先頭を歩く大剣使いの気配を感じつつ、
俺はアルファや他のみんなに指示を出す。
これは、次の部屋で総力戦を仕掛けるしかないと判断した。
そう、少し早いがやるしかないのだ。
見せてやるのだ。
アルファたちの訓練の成果であり、現ダンジョン最大戦力を誇るあれを!!
指示を出しながら、俺たちの全力が通じることを祈りつつ、俺は身体の中へ意識を強く向けた。
そして、冒険者達の到着より先に、アルファ達が準備を終えたことが確認できた。
さぁ、侵入者諸君。
宴もいよいよ、大詰めだ。
ダンジョン転生 @040413shun
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