第15話 狂宴 1

最初の襲撃を検知した。

警戒をしていたスライム達から、人間の乗っている馬車があると報告が来て、俺たちはすぐに配置についた。


ここ数日、カターシャの帰りをまちながらダンジョン強化と作戦の練習を続けていた。

だが、事態はやはり最悪の方向に進み始めているようだ。


乗っている人数は三人。

馬車を操る人間が一人、さらに、装備を整えている人間が二人だ。


しかも、馬車はこちらに向かって進んできており、どう考えても冒険者だろうと予測がついた。


俺は、これ幸いと新しく仲間になったモンスターの集団に、迎撃命令を出した。


それこそ、最近産み出せるようになったモンスターなのだが、これがなかなか素晴らしい特徴のスライムだ。

名を【スースライム】という。


このスライム達は、これまでのスライムと違い、身体に色がついていない、無数に浮かんでいるはずの粒のような模様も無い。

眼をしっかり凝らして見れば、どこにいるかわかる程度には輪郭や形は見えるのだが、激しく動いていたり、周りに同化して移動されてしまうと、本当に居場所を見失うほどには透明に近いスライム達だ。


ゴブリやボル達には、どこにいるかわかるようなのだが、俺はしょっちゅう見失う。


故に、彼らをゴブリの指揮のもと、警戒任務としてつかせていたのだが、今回が初の戦闘になることだろう。


結果としては、彼らは見事冒険者達を追い払うことに成功した。


ゴブリの指揮もだが、彼らの特徴を生かし、倒すまではいかなくとも撃退まではさせたことに、俺は喜びを隠せない。

まるで、子供の成長を見たかのような感動だ。




【ますたぁ、追撃命令する?

まだ、追える距離、おそらく殲滅も可能。】


「いや、このまま逃がす。

あと、追跡だけはさせてくれ。

どれ程の戦力で来るか、追えばわかるだろう」


どのような役割だったのか不明だが、二人だけでこちらに攻めてきて、攻撃されるや否やすぐさま撤退。

これは、かなりの確率で偵察か斥候だろう。



いくらスースライムとはいえ、ゴブリの指揮の下で倒しきれない相手ならば、そこそこの実力者であるのは間違いない。


倒すメリットも十分にあるが、二人が帰らなければ、余程の捨て駒でない限り、異常事態と悟られ、さらに強いものたちが来るかもしれない。


現状で、それはよろしくない


逃がしても、敵の数や戦力を事前に知れるのは、かなりのアドバンテージだ。

何かあれば、すぐにダンジョンに戻って報告されることま伝えてある。

まだまだこちらが優勢だ。


故に、後を追わせている。

その間に、他のものへ準備を急がせよう。


「アルファ、ボルに伝言だ。

“ゴブリの帰還後、仕掛けの準備をせよ”

頼めるか?」


【了解、行ってくる】




アルファは、短くそう返事をすると、弾かれたように飛び出して行った。

ボルの待機している場所は、ダンジョン外。

俺の言葉もこうやって誰かに頼んで伝えるしかない。


レベルアップすれば、範囲を伸ばすこともできるのかもしれないが、正直なところ可能なのかすら曖昧だ。

そもそも、俺自身仕組みが全く理解できていない。


わかっていることと言えば、ダンジョンとしてモンスターを吸収しつづけると、高確率でレベルアップが起こること。


今は良いが、ダンジョン事態もまだまだ単純な構造だ。


もっと複雑に

もっと長大に

もっともっと、堅牢に


俺の所までこられてしまえば、普通であれば終わりだろう。

運やみんなのお陰で生き長らえてきたのだ。


俺自信が、もっと強くならなければ。




手も足もなく、頭のみの俺に出来ることは、必死に知恵を絞り出して、皆に実行してもらう意外、選択肢はないのだ。


強く、強く

深く、深く

長く、長く



俺は、誰もいない部屋のなかで、そう思いながら皆からの報告を待った。


届けられる報告が、いいものであることを願いながら









===================



「────今回、一筋縄じゃいかねぇぜ?」




仮設キャンプないで、一人のオトコがそう告げる。

語りだしたのは、西の都市で名を轟かせるギルド“西蜘蛛の根城”の構成員。

名は語らず、役職で呼び合う珍しい特徴があるギルドだ。

喋っているのは、“前衛”と名乗る鎧を纏った大男である。

もう一人、“盗賊”と名乗るオトコも後ろに控えていたが、何かを語る様子はなく、入り口付近で両手を組み、外を睨み付けるのみであった。


前衛は尚も語る。



「仮称“スライムの洞窟”の攻略ってことで、ダンジョンに向かったが、たどり着く前に見えない何かに囲まれ、兄貴共々やられかけた。


おっと、油断やおごりはなかったぜ?

それで足元掬われるのなんて、よくあることだからな?


しかも、これもまた厄介な事実だが、兄貴の探知に襲ってきた奴等は引っ掛からなかった。


数もすげーし、斥候の俺達がやられちゃ意味がねぇ

一旦戻ってきたのはそういうこった。」




前衛が、話は終わりだと言わんばかりに椅子に座ったのを確認して、今回冒険者をまとめているリーダーに全員の視線が集まる。


ちなみに、ギルド側からリーダーを任されているだけあり、かなりの統率力である。




「まず、報告感謝します。

やはり、噂は真実なのか、危険なダンジョンなようですね。


ふむ……なるほどそうか。

他におかしな所はありませんでしたか?」



リーダーがそう言うと、前衛はうんうん唸りながら入り口付近の盗賊に視線を投げる。


彼は、終始外を睨み付けている。

視線をこちらに寄越すでもなく、ただ淡々と口を開いた。




「俺のスキルは、外敵を見つけるものだ。

普通、擬態能力程度容易く見破る。

だが、今回はそれが発動しなかった。

さらに、攻撃後も姿を見つけることが出来なかった。


もろもろ要因は予測できるが、最も厄介なのは

、奴等が何者かに統率されて動いていたことだ。」


「・・・統率??」



テントにいる全員が、揃って訝しげな顔をした。


見えない何かが、仮にモンスターであるとしても、それはあり得ないだろう。


モンスターは通常、連携はしない。

群れで攻撃したりはしてくるが、何かの意思のもとに攻撃したりはしてこない。


そんなモンスターが、統率・・・?



リーダー冒険者は、顎を撫で付け、再び思案顔になった。

はてさて、これは重要な情報か、それとも切り捨てる情報か




「付け加えると、おそらくだがその見えないモンスターどもは、ここについてきてる可能性が高い。

スキルには引っ掛からないが、妙な胸騒ぎがそこかしこからする。


完全な勘だが、こういうときはバカにならない。」




盗賊がそう言うと、無造作にナイフを1本取り出し、ビュッと茂みに向かって投げた。

すると、地面にナイフが刺さる音とともに


【ピィッ!!】


と甲高い音が一瞬鳴り、激しく茂みが揺れた。




「・・・逃げられたか。

悔しいが、俺には見つけられない。

逃げられた上、もうどこにいるか検討もつかねぇな。

それこそ、噂の“千里眼”に頼むしかないと思うぜ?」


「あ、兄貴!!流石にそんな都合よくいるわきゃねーぜ!!

それに、ありゃ眉唾物の噂じゃねーか!」




盗賊に向かって、前衛が大袈裟に肩をすくめて見せた。

だが、盗賊はこれまた大袈裟にため息をついて見せ、顎で一人の人物をしゃくって見せた。



「おい、嬢ちゃん。

見えてんだろ?早いとこやっちまってくれ。

このままじゃ、寝首かかれても知らねーぞ?」


「・・・ご心配なく。

既に、ギルド職員数名に、殲滅は任せています。

それに、そこまで知っているなら、私のスキルも、そこまで万能じゃないのはご存じなのでは?」




私の隣にいるギルド職員。

カレンが、既に対応していると宣言していた。

やはり、噂は間違いないようだ。


しかも、カレンはさらにリーダー冒険者に向き直って進言した。




「この先、ダンジョンへ向かいますが、くれぐれも気を抜くことなく。

少なく見積もっても、危険度はC+は固いと思います。


私も、可能な限りバックアップさせていただきます。」




カレンの言葉に、この場にいる全員がどよめいた。

まさか、そこまでとは


私は、別の意味で冷や汗を流すと、カレンはこちらに聞こえる程度の声でささやいてきた。



「期待してますよ、カターシャさん」



カレンの意味する期待とはなんなのか、ここまで来るとわからなくなった。

あぁ、ご主人様


どうか、どうかご無事で











==============





【ますたぁ、今伝えてきた。

私も、配置つく?】




ボルへの言付けを終え、帰ってきたアルファに労いの言葉を掛けると、そのように言ってきた。

少々早い気もするが、今回はそれも言いかもしれないと思い、俺は了承の意を返す。

すると、アルファは張り切った様子で両拳を握り、来た道を戻っていった。


意識を向ければ、配置についたことが分かり、あとは敵を待つのみである。


スースライムたちと、ゴブリの報告から、そろそろ来るであろうことはわかっているのだが・・・




「どこまで通じるか

試させて貰おう、冒険者諸君」




誰も聞いていないであろう空間に、俺のその言葉が響く。


すると、数秒後に変化が起きた。


入り口、ちょうど数十メートル先に何かの気配を察知したようだ。

スライムたちが次々とダンジョンに戻ってくるので間違いない。


俺は、視界を入り口に持っていき、直接確認してみる。

すると、そこには一人の女の姿。


間違いなく、カターシャである。

彼女は、心底辛そうな顔でこちらを見上げており、手には既に懐かしい細剣を握っていた。

俺は、十分回りを警戒し、思念を飛ばそうと口を開き掛けた。

その時、先に聞こえてきたのはカターシャの声だった。




「お許しください、ご主人様」




その言葉を言いきるのと同時に、彼女は剣を空に掲げ、なにやら呟くと、彼女の剣の先から光の波が発生した。


それと同時に、後方の茂みが激しくガサガサと揺れ始めた。

俺は、予想通りの展開に少しニヤケそうになりつつも、声高らかに叫んだ。




「ボルッ!発動だ!」


【ガウガッ!!!】




俺が号令を掛けるのと、茂みから複数の冒険者が洞窟の入り口に殺到するのはほぼ同時であった。

数はざっと数えて10

なだれ込んでくる冒険者達

だが、予測通りである。




ゴゴゴゴゴガッシャーーーン




重苦しい音を立てて、入り口から数メートル分の床が、あっという間に崩れ落ち、ポッカリと口を開いた。


先陣を切った3名の冒険者は穴に落ち、残りはギリギリで踏みとどまった。




「おいおい、こんなに残ったのか。

ここでかなり減らす予定なんだがなぁ」




俺は、そんなことを呟きながら、穴に落ちた冒険者達を見た。

ほとんどが壁に武器やら何やらを突き立てて耐えているようだが、落ちるのも時間の問題だろう。


俺は、前回とは違うアプローチを考えていた。

それは



「水門、解放ッ!!」




俺がそう宣言すると、天井に潜んでいた数匹のスライム達が、素早く仕掛けを発動させる。


すると、天井に亀裂が走り、すぐに亀裂が穴とほぼ同じ大きさになる。


それと同時に、地鳴りのような音と共に、大質量の水が穴へ殺到した。


入り口付近にいたほとんどの冒険者は、一度外へと逃げ出し、穴を這い上がろうとしていた冒険者達の面々は、なす術もなく穴の底へと流されていった。


そして、穴の底には例のごとくスライム達。

だが、今回のスライムたちは特別製だ。


なぜなら────




「あ、あっちぃ!!!!

あちちちちちーーーー!!!」


「い、いでぇーーーー!!!!!

いでぇぇよぉぉおーーー!!!」


「ぼ、防具が、武器が!!!

き、きゃあーーーーー!!!」




悲痛な叫びを上げ、降り注ぐ水のなかで、三人は揃って熱いと悲鳴を上げた。

別に、熱湯を降らせているわけではない。


穴の底にいるスライムたちが、水を吸ってに変えているだけである。


これも、普通のスライムたちとは少々別種のようなのだが、表示される名前はただのスライムなので、特段区別してはいない。

選別については、アルファが見極めることができるため、そちらに完全に丸投げした。




「ひ、ひぎゃぁーー!!!

と、溶けるっ!!!やけるぅーーー!!!」


「ど、どっからこんな大量の溶解液が?!

うわ、あっ、いぎゃーーー!!!!」


「いや、いやいやいや!!

溶けるぁー!!焼けるぅー!!!

誰か助け、いあ、うあぁーーー!!!!」




悲痛な叫び声も、恐らくは届いていないだろう。

深い深い穴の底にいるせいで、声は届かないどころか、降り注ぐ水の音で遮られて、そもそも生きていると認識されていないだろう。


穴の底にいるスライムたち

彼らもずっと溶液をだし続けられるわけではない。

適当なタイミングで、水の上に浮いて来て溶け残りを処理してくれるだろう。



さて、残りの対応をしなければ。








悲鳴を上げ、どんどん焼け爛れていく「溶け残り」から視界を外し、残っている冒険者たちの方へ移した。


彼らは、まだ入口付近でたむろっているようで、一人の男が、全員に対して何かを話しており、他の冒険者はそれを真剣に聞いているようすだった。


その中に、カターシャの姿もあった。

だが、近くに何やら服装が明らかに冒険者ではない女が一人おり、何やら辺りを見回しているようだった。


・・・あれは、なんだ??

冒険者にしては、武器らしき物は持ってないな。


だが、丸腰のお荷物になるような人物が、わざわざここまで来るのか??


だが、リーダーらしい男の話を聞いているようにも見えないな・・・




俺が、女を見ながらそんなことを考えていると、話がまとまったのか、リーダーらしき男がなにやら指示をして、残りの奴等がゾロゾロと進み始めた。


水は未だ落ち続けており、穴もまだあいたまま。

現状、途切れるかもわからない鉄砲水をどうやって抜けるのか、少々見物である。


俺が、冒険者たちの動向見下ろしていると、不意に冒険者の中の一人が、水の出所、水門に向けて両手を掲げた。

そして、何事かをブツブツ唱え始め、数秒後に、大きく構えていた両腕を左右に開いた。


すると、突然彼らがいるゾーンの体感温度が急激に下がり、思わずぶるりと震えそうな寒さになった。


(な、なるほど。

氷系統の魔法か何か使ったな??)


俺の見立て通り、大量に降り注いでいた水は、徐々に氷へと変化していき、やがて大きな氷柱へと姿を変えた。

そこへ、違う冒険者の一人が大剣を抜き身で構えながら駆け抜け、氷柱へ一閃。


ガリガリと激しい音をたてながら振り抜かれた大剣により、巨大な氷柱のちょうど中央付近、そこから数十センチが見事に砕かれ、通路へと変貌した。


俺は思わず口笛のひとつでも吹きたいくらい驚いてしまった。


あの大量の水を凍らせた魔法のすごさもあるのだが、パッと見ただの優男である大剣使いが、あの巨大な氷柱をまっぷたつに割くとは・・・



かなり強い冒険者達なのであろう。



これは、他の冒険者も同じような力量であると考えた方が良さそうである。




俺は、罠の危険度を少々上げるべきか悩みつつ、どんどん奥へと進行してくる冒険者一同を見て、次の罠へと視界を移した。


次なる罠へと

次なる地獄へと



さぁ、覚悟はいいかな、冒険者諸君?


宴は始まったばかりだぞ?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る