第12話 報告・鬼火

カターシャの帰還により、俺たちはついに、この「スライムの洞窟」に迫っているギルドの今の状況を知ることが出来た。


現在、このダンジョンを危険視し、対策すべきと主張している者が数名


所詮は、低ランクダンジョンであるので、適当な人員を当てればいいだろうと主張しているのが残りの大多数

といった所らしい。


カターシャは、件のダンジョンからの帰還者ということで、かなり詳しく説明を求められたらしく、かなり“驚異を低めに”誇張して説明したようだ。


他のメンバー、前回ここにきたカイゼルなどの人員は、たまたま死体を見つけたことにして、パーティーメンバーに関しては、仲間内で例の爺と激しく喧嘩してしまい、たまたま森の中で出くわしたモンスターにやられてしまったと説明したようだ。


そして、洗脳に近い状態ではあるが、本来の彼女らしく振る舞うことは可能だったようで、特に怪しまれたりはしていないと言っていた。


・・・ほんとうだろうか?

まあ、信じるしかないのだろうが、念のため警戒はしておこう。




「ご主人様、次のご命令を。

私は、あなた様の最高の道具にして僕。

なんなりと、なにとぞ、何なりとお申し付けください。」




全てはなし終えると、カターシャは跪き、深々と頭を下げてきた。

そして、俺はその言葉をきいている間、アルファが明らかに不機嫌そうに体を震わせ、妙な雰囲気をまとい始めたのをいち早く察知した。

嫌な予感を感じたその時、アルファは既に俺の近くからカターシャの近くまで移動しており、人型形態で彼女の正面で仁王立ちしていたのだ。




【カターシャ、私と戦う。

あなたの立場、しっかりわからせる。】


「・・・ご主人様、ご命令を」


【聞こえてない、違う。

今の、聞いてないフリ。

今すぐ、隣の広場に来る。

そこで、戦う!】



地団駄を踏むように、にじり寄っていくアルファに、カターシャは暖簾に腕押しと言わんばかりに姿勢を変えず、ただただ跪いていた。


・・・これは、もう手に終えないな。



俺は、溜め息でもはきたい気持ちになりながらも、カターシャに戦うように言うと、途端に険の強い眼差しでアルファを見て、二人揃って隣の大広間に移動した。


ちなみに、この間ゴブリ以下三人は、珍しく怯えたように震えており、二人が移動するとき、壁に張り付くように道を明け渡していた。


・・・どの生き物も、女性と言うのは怖いものとわかっているんだなぁ

元男として、少々同情するような納得するような複雑な気持ちになりながらも、全員隣の広間に移動し、対峙し、にらみあっている二人をみとめ、俺はまた声を張り上げた。




「それでは、カターシャとアルファの模擬戦を開始する!


両者、悔いの内容に戦え!!


ーーーーでは、始めッ!」




合図と共に始まったのは、“模擬戦”という言葉すら生温いほど、苛烈で激しいものであった。


そのあまりの激しさに、俺ですら目で追うことすら難しい。

見ることが出来るのは、ほんの一瞬だけ鍔迫り合いのように、アルファの変形した腕とカターシャが使用している短剣が交差する瞬間だけである。


そもそも、アルファの身体は硬度をいじれたのか?

あと、カターシャはいつの間に短剣を??

扱えるのは細剣ではなかったのか?


様々な疑問が沸いてくるが、それも二人の声が耳に入ってきたことで俺の思考は急停止した。




【アルファが、ますたぁの一番!!

カターシャ、一番新参者!】


「はっ!スライムの癖によくいうな!!

ご主人様に纏わり付く汚水は、ぬぐい去ってしまわねばな!」


【カターシャ、無能!

私の助力無く、ますたぁの声は、聞けない!!

その時点で、もう一番違う!!】


「そ、それは!!

まだ私が未熟なだけだ!!

これから、言われずともご主人様の意思は読み取れるようになる!

なんなら明日にでもなぁ!」


【能力が無いこと、自分から白状!

使えない証拠!!

おまえ相応しくない!!】


「スライム風情が、調子に乗るな!!」


【人間ごとき、モンスターを侮るな!】




二人は、高速で打ち合いながら、なんと口喧嘩をしていたのだ。

しかも、内容が内容なだけに、俺はなんともいえない居心地の悪さを感じていた。


どちらが優れていて、俺の役に立てるかと言っているが、正直、アルファは常に俺のサポートや、普段の業務をこなしてくれている。


カターシャも、今回の命令を無事完遂し、ここまでの戦闘能力を示してくれている。


優劣なんてつけようが無いのだが、二人はそれでは不服なようだ。



(・・・どうする、単純に収集つかないことになってないか??)



助けを求めるように視界を隣に向けてみるが、ゴブリとミノタはお互いの身体をかばい合うように抱き合い、プルプルと震えていた。

ボルは、いつもどうり冷静に戦いを静観しているようで、両手を組むように前足を交差させてジッと打ち合いを見届けていた。


さすがだ、ここまで激しい打ち合いにも動じずにしっかり観察している。

だが、よく観察すると普段はピンッと立っているしっぽが、力なくしおれて地面にたれてしまっているので、全く怖がっていない訳ではないようだ。




(これは、やはり俺が止めるしかないのか??)




俺は、三匹の怯えている様子を見かねて、二人を止めようとしたその刹那

不意に、俺の視界のすぐとなり、左右それぞれに何かが飛来し、ギャリッと岩壁がわずかに削れる音がした。


俺は、ゆっくり両サイドの岩壁を見ると、それぞれ短剣とアルファの身体の一部が岩に突き刺さり、ボロボロと崩れていた。


視線を正面に戻すと、二人はこちらを笑顔で見つめており、揃って人差し指を口元に持ってきて、「しーっ」と静かにしろというジェスチャーをしてきた。




・・・・すまないみんな。

この戦い、どちらかが勝つまで終わらない様だ。




俺は、頷けない代わりに口を紡ぐ意思を強く念じる。

伝わるわけ無いが、ダメ元でそうしてみると、二人に意図が通じたのか、一度頭を下げてきた二人は、再び激しい攻防を繰り広げ始めた。


結局、俺たちが解放(ないし決着がついた)されたのは、アルファの鶴の一声であった。




【ますたぁ、私認める。

カターシャ十分強い、私の負け。】




突然、大きく距離をとったアルファの一言

これによって、激しかった攻防は止み、両手を挙げるようにこちらを見たアルファは、少し悔しそうにカターシャを見た。




【これ以上、みんな怖がる、かわいそう。

戦力削れる、ますたぁの本意、違う。】


「・・・なるほど、確かに。

少々、熱くなりすぎていましたね?

損な役回りにさせてしまい、申し訳ありません・・・アルファ様」


【様は、いらない。

アルファと、呼んで欲しい。】




二人は、互いに数歩近づいて、ニヤリと笑顔を浮かべながら、ガッチリ堅い握手を交わして、最終的には満面の笑みを浮かべ合っていた。



・・・なんだ、この青春漫画の1ページみたいな展開は?

ま、まあ、丸く収まったからよしとするか??

一時はどうなるかと思ったが、これで大まかな戦力は把握できた。

それに、カターシャも本人の認識以上に戦えるのが分かった。


今後は、より効果的な方法でダンジョンの守りを固めることが出来るだろう。




俺は、二人にねぎらいの言葉を贈って、早速だが、ダンジョンの今後の方針について全員で話し合うために、俺の居る部屋まで戻ってきて貰うことにした。














=========







結果から言うと、やることは特に変わらなかった。


今後の課題も、俺の成長次第ということで話がまとまり、とにかく俺の成長を促すために、どんどんモンスターを吸収かつ、みんなに訓練がてら倒して貰うという事の繰り返しになった。

唯一変わった事と言えば、スライムを介さなくてもカターシャの言葉は理解でき、また、カターシャからの伝達もアルファ、ゴブリ、ミノタ、ボルの四名限定ではあるが、可能になっていた。

いつの間にそうなったのか調べたかったが、アルファもカターシャ本人もよく分からないと言っていた。


正直、本人達が分からない事は俺にもおそらく分からないだろう。

まあ、あって困る事ではないので、このまま放置していても良いだろう。


それにより、今までよりも断然にコンビネーションがとりやすく、モンスターを討伐する速度も数も圧倒的に増えた。


このペースで行けば、俺の成長もすぐに訪れるだろう。




俺は、四人の連携をアルファとともに見守っていると、不意に、アルファが両手を耳の後ろにかざし、何かを聞き取るような仕草をした。


どうしたのかと訪ねようとしたのと同時に、アルファはこちらに振り返った。




【ますたぁ、新種のモンスター。

ダンジョン入り口に、確認お願いします。】


「っ!?、分かった!!

アルファは、四人を配置につかせてくれ!!」




俺は、そう告げて視界をモニターの切り替えをするように、パッと入り口天井付近に移すと、入り口に居るであろう件のモンスターの姿を確認した。


外は、どうやら夕暮れ時のようで、周りに木々やむき出しになった地面がほんのり赤くなっている。

そんな中、入り口をのぞき込むように前傾姿勢になっている一つの人型の影を見つけた。


そして、そのシルエットを確認して、俺は驚愕した。


この世界での、このモンスターの位置づけは正直分からない。

だが、前世の知識で大体強いモンスターとして描写される種類のそれが、立っていた。

俺の勘違いや記憶違いであって欲しいと思ったが、そのモンスターがダンジョンに一歩踏み出した事で、ハッキリ認識できなかったその姿が見えた。


巨大な体躯に、丸太のように太く、筋骨粒々な腕や足。


特徴的な、額付近に生えた赤黒い角


耳辺りまで裂けた口から、鋭い牙が二本

ギロギロとした瞳で洞窟内を観察している。


間違いない、あれは、だ!!



オーガ

それは、高い戦闘能力と膂力を持ち、猛威を振るう鬼だ。


俺の知っているもののなかでは、そこまで強くないやつもいるが、大体が強大な力を持った個体として描かれているものが多い。



見た目は、かなりの巨躯で、ザッと見てもミノタと同じかそれよりでかいかもしれない。

服は着ておらず、腰回りに、腰布ではなく、しっかりとしたズボンのようなものを身に付け、そこにいくつもの袋や刃物を吊るしている。

手には、どこから手に入れたのか刃渡りが長い両刃の分厚い剣を持っていた。


恐らく、冒険者かなにかの死骸から回収した大剣ではないかと思う。

決して軽いものではないだろうが、やつはそれを片腕で持っており、重さを感じさせない動きで剣を肩に担いでいる。




【グゴォォォォォ...】




腹のそこに響くような重低音。

口から漏れる煙のような息。

ギロギロと注意深く巡視する黄色く細い瞳。

その風格は、上位種であると主張するようなものであった。


これは、ミノタの時にも感じだ強烈な不快感。

そう、今の俺の力だけでは、到底敵わないという警戒心を表した直感である。


少し前の俺ならば、慌てて罠やモンスター達の配置を急がせていただろう。

俺自ら出向いてトラップにかけることもあったかもしれない。


だが、不思議と今の俺は普段通りとまではいかないが、かなり落ち着いていた。




なぜなら




【ますたぁ、各員配置完了。

罠、モンスターの配置も、完璧】




ここにはいないアルファの準備完了の報告を聞き、俺は視界を一度コアの位置に戻し、改めてダンジョン内の様子をザッと確認した。


よし、問題ないな。


俺は、何度かシュミレーションした手順を反芻しながら、アルファに号令を出した。




「では、始めよう。

このダンジョンの恐ろしさ、存分に思い知らせてやれ!!」


【了解。

では、侵入者の迎撃、開始します。】




アルファの返事を最後に、俺は再び視界を入口付近にいるオーガがいるフロアに飛ばした。



さてさて、どこまでうまく行ってくれるか。

“作戦パターンA”で片が付くことを祈ろう。








=============





さて、オーガが侵入してから、おおむね40分ほど経過したが・・・




【ごぉ、グゴゴゴ、グゴゴゴゥゥ!!】




オーガは、苦しげな唸り声をあげ、必死に大剣を振り回している。

だが、倒した先からスライム達がわき、ワラワラとオーガの身体にまとわりつく。


さらに


【ゴーブ!、ゴーブ!、ゴーブ!

ゴブギャギャッ!!】




ゴブリの声に合わせて、“複数のキャッピー”が糸を吐く。

四方から吹き付けられるそれは、粘りけがあり切れにくい。

オーガも、徐々に糸が払いきれなくなり、糸が少しずつ絡まり始めている。



そう、これが第一段階である。

このダンジョンの顕著な弱点。


それは、“ダンジョン事態が狭い”ことである。

これは、全体の広さもそうだが、ほとんどが通路のみで形成されており、広間と呼べる場所は、俺のいる部屋と、ボス部屋として使っている大部屋だけである。


故に、今回のような広い範囲で力を発揮する武器なんかを扱うやつには動きづらい。

さらに、本来ならば蹴散らして終わりのスライムやキャッピーたちだが、これらは統率することで脅威度が増す(気がする)。


こいつらは、数さえ揃えば、かなり汎用性が高い行動をさせることができるのだ。


現に、スライムを限界(100まで出せる)出現させ、余剰数ぶんのキャッピーによる援護部隊を編成させれば、このように時間はかかるが動きを封じることができるのだ。



これに気がついたのは、連携訓練の際に俺がモンスターの出現上限を確認しているときだ。


数こそが力とはよくいったものだ。

試しに、ゴブリやアルファに指示をお願いしてみると、ものの見事に思い通り動いてくれた。


そして、実戦初お披露目となったが、かなり順調に進んでいる。

このまま、動きを封じてしまえば、ゴブリたちにタコ殴りにしてもらえば、すぐに決着がつくだろう。




俺が、糸とスライム達にまみれているオーガを見ながらそんなことを考えていると、妙なことに気が付いた。


それは、オーガの角付近

オーガの口からは、最初から息を吐く度に煙のようなものが出ていた。

だが、激しく腕を振るっているオーガの額。

ちょうど角の根本付近からも、なぜか煙が立ち上っていたのだ。


なんだ?

どうしてあそこから煙が出てる?

種族的な特徴か?




そんなことを考えていると、突然、周囲に妙な音がなり始めた。

それは、小さな音だったが、パキパキ、パチパチと、断続的だが確かに聞こえてきた。

どこかで聞き覚えのある音だと思っていると、それは起きた。




【ゴオオ、ごご、ゴオオオオ!!

ゴゴゴガガガガガガァァァーーーーー!!】




突然、動きを止めたかと思うと、身体をのけぞり、両手を大きく広げたかと思えば、咆哮と共に、オーガの角と両腕が、激しく燃え上がる火柱が出始めたのだ。


それは、轟々と激しく猛るように巻き起こり、まるで蛇のように辺りを囲んでいたスライム達と、四方に配置していたキャッピー達を瞬く間に包み込んでいった。


スライム達は逃げようとしたが、動きが遅すぎて飲み込まれ、キャッピー達は、吐き出した糸に引火してしまい、数秒も待たずに火が彼らを火の玉に変えてしまう。

近くで指揮をしていたゴブリも、ワタワタとしながらオーガからはなれ、火が届かない位置まで逃げ延びていた。




しばらくすると、オーガから吹き出していた火柱は消え去り、残ったのは焦げてしまった洞窟の壁面と、灰や塵に変わってしまったキャッピーの死骸だけだった。


オーガは、目だけで回りを確認して、すぐに大剣を肩に担ぎ直し、ギラギラした目でゴブリを見下ろした。




【ご、ゴブゴ、ゴブギャ!!!】




ゴブリは、踵を返して駆け出すと、オーガはまるで笑い声をあげるように唸ると、大剣を首の後ろに回し、両手で押さえるように担ぐと、そのまま前傾姿勢になりながらゴブリの後をおい始めた。


その速度は、地形や大剣の重さも加わっているのか、かなり速い。


ゴブリも決して遅くはないのだが、二人の距離は徐々に縮まっていく。




【ゴウ、ゴウゴ、ゴウゴガァァァァァ!!】


【ご、ゴブーーーーーー!!!???】




必死に走るゴブリを嘲笑うように吠えると、オーガは担いでいた大剣を、なんと走っているゴブリの足目掛けて振るうと、ゴブリは無惨にも足を掬われてしまい、ゴロゴロと地面を転がり、前方の曲がり角の壁に衝突しまった。




ま、まずい!!!

ゴブリ!急げ!!




声が届かないのは分かっているが、そう叫んでいた。

すると、ゴブリ目掛けて大剣が大上段から振るわれ、もうだめだと思われたその時、ゴブリは紙一重でそれを転がりながら避け、そして、掻き抱くように地面を探ると、を見つけ出すことに成功し、迷いなくそれを押した。


すると、追撃を加えるために、地面を抉った大剣を引き戻したオーガの足元が、突如、巨大な穴へと変化した。



【ご、ゴゴガァ?!】




突然地面が消えたことに驚き、オーガはバタバタと両手足を振りながら、真っ逆さまに穴の底へと落ちていく。


穴の底には、スライム達がたくさん

・・・ではなく、いくつもの返しがついたトゲトゲである。




【ご、ゴガゴッ?!

ゴガガガガッ!!!】




オーガもそれを見て、慌てて空中で体勢を立て直し、大剣を周囲の壁に向かって突き立てた。


本来なら、岩壁に刺さった大剣で落下スピードが落ちて助かるであろう。

だが、今回の穴はひと味ちがう。


今回の穴は、

大剣は、壁に刺さるどころかオーガの手をまるごとの見込み、そのまま速度が落ちることなく落下していく。


慌てたオーガは空いた手で壁を掴もうとするが、その手すら壁にめり込み、なんの抵抗もなくボロボロと崩れて再び落下していく。


今回は、カターシャの意見を採用した穴である。

それは、ことだ。

本来なら、ダンジョンの床に


穴を空け、それを傾斜のきついすり鉢状にする、その最下層に、スライム達や今回のようにトゲを設置する。


だご、今回はただの垂直な穴だ。

理由は単純、強度が足りないのだ。

なにせ、回り全てが砂なのだから。


しかも、この穴は砂である以上、大変脆く一度どこかが崩れれば必然的に




【ご、ゴガア!!】




壁を形作っていた薄岩が、容赦なく降り注ぐ。

数メートル分の岩と、最下層にあるトゲの絨毯。

もはや、落ちたものに逃げ場は無い。




【ゴガガァァー!!!】




もはや、逃れる術を無くしたオーガは、その巨体を激しく暴れさせ、最後には地面のトゲに突き刺さった。

その上から、薄いとはいえ大量の岩が雪崩れ込み、あっという間にオーガの体を埋め尽くしてしまった。


巻き上がる土埃の中、瓦礫の山とオーガの痛ましい片腕のみが付き出すような形で残っていた。





(・・・やったか?)





特大のフラグを投下してみて数秒

ピクリともしないことに安心しつつ、アルファに撤退を伝えようとしたとき、アルファがブルリと震えた。




【ま、マスタァ!

今すぐ探知を!様子、変です!】




アルファの声に弾かれるように俺は意識を集中させてみた。

すると、先ほどオーガが埋まっていたところが、なぜか高温になってきていた。

しかも、かなりの速度で。


様子を見ようと視点を穴のなかに移した瞬間

俺の視界は、真っ赤な光に包まれた。




「なっ?!」




あわてて視点を穴から移し、通路の天井から、穴を見ることができる位置にすると、信じられない光景が俺の視界に写し出されていた。

それは、落とし穴を埋め尽くすように炎の柱が出ており、それが天井まで届いて周囲を焼き尽くしているのだ。

見張りとして残していたスライム達も逃げ出したり間に合わずに蒸発させられてしまっていた。

ゴブリは、岩陰に隠れて穴の監視を続けてくれているようだが、ガタガタと激しく震えていた。


そして、さらに目を疑いたくなることが起こった。

穴から吹き出している炎の柱が、突然揺らめいたかと思えば、柱の中、ちょうど中央付近から、一本の太い腕がガバッと飛び出してきた。

さらに、続いてもう一本、今度は足、そして、怒りに歪んで牙を剥き出した顔面が、ヌッと現れたのだ。


しかも、全身が現れたのを確認したが、その体には傷ひとつついておらず、背中にはしっかりと大剣を携えていた。


くそ、やっぱりフラグなんかたてなければよかった!!!


俺がそう考えていると、オーガは口の端から火の粉を散らしながら唸り、ギロリと岩陰にいるゴブリをめざとく見つけ出した。


ゴブリは、気付かれたことを察知し、既に逃走を開始していたのだが、オーガは追うことはせず、ただ首だけをゴブリに向けたままその姿を見送ったのだった。


・・・なんだ?

なんでゴブリを見逃した?


そんなことを考えていると、今度はアルファが全員に聞こえるように声を発していた。




【総員、退避!!!

マスタァの部屋!急いで!!!】




突然の撤退命令に、俺がどういうことか聞こうとする前に、俺はオーガの不可思議な行動を認めて、そちらに意識を向けた。


それは、オーガが手から火柱を出したときのような行動をしていたのだ。


それも、今度は大きな口すぼめて、何やら息を吸い込んでいるのだ。


嫌な予感がしたが、見届けなくてはと思っていると、バタバタと全員が部屋に集まってきた。

最初はボルがたどり着き、何だ?と言わんばかりにアルファを睨んでいた。

次にカターシャが戻ってきた。

そして、何かを察していたのか、入口付近に何やら細工を始めた。

最後に、ミノタがドッタドッタと部屋に到着し、その後頭部には、ガタガタと震えるゴブリの姿があった。

数匹のスライムも、ノロノロと部屋に入ってきたが、アルファはカターシャと同じように何やら入口の両脇に何やら魔方陣のようなものを書き始めた。




【カターシャ!

もう来る!すぐやる!!】


「よし!

ミノタ殿!強化・援護をする!

すまないが、主を守る形で立ってくれ!!」


【ぶ、ブモォオッッ!!!】




カターシャの声に、ミノタが反応し、入口に背中を向け、こちらを向くように立ったミノタに、彼女は何やらブツブツと唱え始め、アルファが俺の近くに駆け寄ってきた。




【マスタァ!

私達、絶対守る!!!

回復、お願いする!!!】


「ま、待て!

何があるのか説明しーーー」




俺が言いきる前に、それを掻き消すほど巨大な音の爆発が響き渡った。

そして、音が届いて数舜遅れて、俺たちは、真っ赤な光に飲み込まれてしまった。


俺が感じたのは、その光と、身体の中を蹂躙されるようなほど激しい熱

軋み、焼け、崩れるような人間では到底感じるようなことがない感覚が一気に押し寄せてきた。

思わず叫びたくなったが、この身体では叫びはおろか、抵抗すらできなかった。


火炙りとは、まさにこのような感覚なのだろうか?


いつまでも止まない熱

身体が蝕まれるような激しい痛み

眩いばかりの光


その全てが、まるで永遠に続くような錯覚を覚えたとき、ふと、光りも熱も瞬時に引いたのを感じて、俺は目を開けた。


いや、視界を再開させたのだが、それが間違いであることに気が付いた。


なぜなら、俺の目の前には






ーーーーーーーー地面に倒れ、真っ黒に焼かれてしまった、みんなの姿が映し出されたのだから。


















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