第10話 隷属
ミノタの振り下ろした手斧が、侵入者の頭蓋に振り下ろされる直前、俺は何とかゴブリとコボルトをけしかけることに成功した。
ミノタの手斧は、ゴブリの岩刀と、コボルトの両手の爪によって押さえられた。
その様子に、ミノタは慌てた様子で後退り、手から手斧をはなし、心配そうにゴブリとコボルトに近付いた。
コボルトは、無視して背中を向け、ゴブリはニカッと笑顔を浮かべて、近付いてきたミノタの腕をパシパシと叩いた。
そんな様子に、俺はひとまずホッと胸を撫で下ろした。
先の冒険者たちは、本当に危険だった。
うちの主戦力であるミノタを連続で討伐
前衛を勤めていた男と暗殺者まがいの女の視界を奪ってなお、衰えない戦力
息の合った連携を見せていたあの三人は、本当に手強い相手だった。
だが、一番厄介だったのは、魔法による援護をしていた爺さんだ。
魔法事態は、なぜかミノタに効果を発揮していなかったが、それでも動きを阻害し注意を引く役割はしっかりこなしており、適宜三人に激を飛ばして戦意を失わせないようにしていた。
しかも、早い段階でゴブリの存在に気付いていた様子も見受けられた。
・・・なぜバレていた?
ゴブリは今回、ミノタが殺られるまで部屋に出現させていない。
いつものように、ゴブリには斥候として穴の位置に向かってもらっていたが、それにしてもだ。
それに、今回の奴ら
連携がかなり手強かった。
タンクである屈強な男が攻撃と守りを固め、後ろの女が回復や支援、さらに止めとして、暗殺者のような女による致命の一撃。
恐らく、ミノタが甦らず、タンクの男が脱落しなければ、あるいは押しきられていたかもしれない。
だが、こちらもただやられるわけではない。
向こう同様、隠し球や奥の手くらいは切らせてもらうものだ。
今回、俺たちが勝てた大きな要因は
ミノタの復活が間に合ったこと
タンクが消え、爺の攻撃が効かなかったこと
そして、不意打ちとして準備していた二人が、見事に成功したことだろう。
ミノタの復活に関しては、とても簡単。
リスポーンをすぐ出きるように、この広場の床にリスポーン地点を設置しており、殺られる度にすぐリスポーンさせていただけである。
これは、少々コストがかかる手ではあるが、幸いにもレベル上げと先ほどのカイゼルの解雇に付き、吸収を行ったことで、多くのポイントを回収できていたことが大きい。
タンクの殺傷、爺の攻撃の無効化に関しては、運が良かったと言わざる終えない。
だが、最後のゴブリとコボルトによる不意打ちが見事に成功したことは、間違いなく大きな成果である。
ゴブリの不意打ちは、当初より計画していたが、いざゴブリをミノタと同じ地点からポップさせようとした際、モンスターの項目に、彼の名前を見つけたのだ。
もちろん、コボルトも広場の地点から出したかったのだが、出そうと思ったら、ゴブリを出した瞬間、勝手に追加で出てきた。
ゴブリかミノタが殺られるまで、身を隠していたようだが、それがさらに功を奏した。
少し不安もあったが、コボルトや周りの様子から、当初の懸念事項は杞憂であったとわかった。
【ガウガッ】
【ゴブブッ】
【ブ、ブモォォ...】
思考に耽っている間に、俺の目の前に三人が帰ってきた。
ゴブリとコボルトは、お互いに何やら吠えながら部屋に来て、その後ろを少し申し訳なさそうにミノタがノシノシと歩いてきた。
ミノタの肩には、先ほどの女冒険者が担がれており、背中にはハッキリと赤い傷跡が刻まれていた。
よしよし、しっかりと連れてきたみたいだな。
そんなことを考えていると、突然視界からコボルトが消え失せ、次の瞬間、俺の視界は激しく左右に揺れた。
何事かと思えば、すぐ近くにコボルトが立っており、今のが彼の仕業だとわかった。
【ガウッ!ガウガッガウ!!
ガガウッ!ガッウガガウ!!】
「・・・??」
コボルトは、激しく吠えまくりながら、爪や牙を剥き出してこちらを睨み付けてきた。
そして、その場に片手片膝を付き、深々と頭を下げてきた。
・・・何を言っていたかはさっぱりだ。
まあ、あたりをつけるとすれば、「なぜ俺を生かした」と言うようなニュアンスな気がするが、怒っている理由はそれでも、そのあとの頭を下げたこの行動はなんだ?
攻撃をしてくるほど、激しく不満や怒りを示したくせに、なぜ今頭を下げている?
・・・さっぱりだ。
すると、今度はコボルトの下げている後頭部に、突然ベチョッと重たい音を立てて、何かが高速でヒットした。
その勢いに負け、コボルトは顔面を地面にめり込ませ、後頭部から煙が上がっていた。
よくみると、そのすぐ近くにアルファが激しく伸び縮みしながら何やら主張していた。
彼女は、いつものように俺の側に来ると、早速声が聞こえてきた。
【アルファ、コボルト、警戒
ますたぁ、害する、攻撃、敵意
隙、後頭部、全速力
効果、テキメン】
そういって、アルファはコボルトに身体を伸ばし、コボルトに触れて少し経ってから、さらに続けた。
【コボルト、生存
コボルト、怒り、激しい
コボルト自身、許せない
命、捧げる、一生
攻撃、戒め、実験、他意無し
・・・コボルト、安全??】
片言で分かりづらいが、なんとなく理解できた。
どうやら、アルファはコボルトが危険だと判断し、攻撃した。
しかし、コボルトの思考を読んで、コボルトが安全であると判断したが、本当にそう断じていいか悩んでいる。
・・・いや、どちらかというと、コボルトの考えが分からずに困惑している様だ。
・・・なるほど
コボルトは、また俺に気付かせてくれたようだな。
以前同様、どうやら俺はまた「気を抜いて」いたようだ。
先に分析していた通り、今回も「辛勝」であり、ダンジョンとしては「まだまだ弱い」のだ。
少し気を抜いたり巡り合わせが悪ければ、今回にでも俺は “
ダンジョンである以上、襲撃は常に起こり、敵の強さもマチマチなのだ。
慢心は、簡単に身を滅ぼしてしまう。
その事に気付かせてくれたコボルトには、感謝しなければ。
「・・・いい加減、助けてやってくれゴブリにミノタ」
俺は、感謝しながらも、未だに地面に埋まったまま痙攣しているコボルトを助けるよう指示した。
ゴブリは、すばやく彼の肩をひっつかみ、尻餅をつきながらも何とか起き上がらせることに成功した。
コボルトは、目をグルグル回しながら気絶していたが、どうやら命に別状はないようだ。
すると、ミノタがコボルトを掬い上げ、指先で慎重にコボルトの頭を摘まむと、軽く左右に揺すってみせた。
どうやら、ミノタなりに何とかしようとした結果があれらしいが、あれはちょっと首が取れそうになっているのでやめさせよう。
【ますたぁ、教える。
────これ、なぜ?】
ミノタにやめるよう伝えたあと、アルファが倒れている女冒険者をさしながらそうきいてきた。
俺は、そういえばと思いながらも倒れている今回の襲撃者を見下ろした。
(さて、聞きたいことは山ほどあるが、果たして、会話になるか?この状況で)
俺は、改めてこの場にいる面々をみた。
牛人のミノタ
ゴブリンのゴブリ
気絶しているが、コボルト
そして、スライムのアルファ
加えて、カイゼルの反応から、かなり特殊なダンジョンコアである俺。
・・・無理なんじゃないか?
先の戦闘の様子からも、彼女は一度取り乱すとかなりダメそうな雰囲気があったが?
しかし、現状で何か打開できるような策はないし、方法もない。
話しさえ出来れば、何とか追い返せそうだが、果たしてまともに話が通じるかどうか。
「・・・うっ、あうっ、いたいっ」
あーでもないと色々考えている間に、とうとう冒険者が目を覚ましてしまった。
ここまで来てしまえば、もうなるようにしかならない!!
ええい、ままよ!!!
「・・・気がついたか、侵入者」
「・・・ここは、どこだ?
いや、そもそも私は・・・む?」
俺のウィンドウには気付かなかったようで、少し辺りを見た後、背後に控えているミノタとゴブリに目が止まり、彼女は身体を大きく跳ねさせたが、残念なことに身体の方は動かないようで、立ち上がるどころか起き上がることもできず、再びドサッと情けなく地面に倒れた伏した。
それでも、彼女は少しでも二人から離れるようにこちらに這いずってきた。
そして、不意にアルファと目があったようで、動きがピタリと止まった。
「す、スライム・・・か?
な、なんだ、何処かすこし違う気が??」
アルファをジーッと見たまま動かなくなったので、今のうちにとゴブリとミノタに姿を隠して出入り口に潜ませることにした。
これで、万が一逃げようとしても捕まえることができるだろうが、そもそもここに来た手段で逃げられてしまうとたまったものではない。
すると、ポヨポヨと体を揺らしながら、アルファは自らの体を伸ばし、冒険者の頭にピタリとくっつけた。
すると、彼女はようやく視線をこちらに向け、ハッとした表情で息を呑んだ。
「・・・ダンジョン、コアか」
「・・・そうだ。
俺は、ここのダンジョンコアだ。
いま、このスライムを通じて直接声を届けている。
────少し、話をしようじゃないか?」
俺が、そう声をかけると彼女は、さらに驚いたようすで眼を見開き、すこし諦めたような顔で短く息をはくと、ニヤリと口許をほころばせた。
「なるほど、これが異変の原因か。
私も、ここまでのようだな・・・。
さて、死にかけの駆け出し冒険者から、何を聞き出したい?」
「・・・話が早くて助かる。」
半ばヤケクソになっているのか、彼女は俺の質問に、スラスラと返答をしてくれた。
冒険者たちのこと、現在伝わっているであろう情報、移動方法などなど
実に興味深いことを多く聞き出すことができた。
たまに、いいよどんだり言葉を濁した部分もあったが、背後からミノタやゴブリが唸り声をあげると、彼女はすぐに全てを話してくれた。
いくつか、カイゼルからの情報との合致も確認できたので、信憑性はかなり高いだろう。
一通り聞き終え、しばし黙り込むと、彼女はすこし疲れた様子でため息をはくと、こちらを見上げてきた。
「他には?正直、私はただの一冒険者に過ぎない。
ギルドの細部や、上位ランカーしか知らないようなことは教えられない。
私も、もう長くないだろう。」
そういいながら、急にゴフッと口から血の塊を吐き出し、呼吸が荒くなってしまった。
どうやら、かなり無理をさせてしまっていたようだ。
すると、突然通路の奥にいたミノタが飛び出してきて、冒険者のもとまで駆けつけると、なんと彼女の体をつまみ上げ、背中をすこし強めに叩き始めた。
すると、彼女はさらに激しく咳き込み始め、口や鼻から次々と血が吐き出され始めた。
止めさせようとしたら、ミノタは自然と彼女を下ろし、その大木のような腕にもたれさせると、指で顔を擦り、ついている血を拭い始めた。
すると、冒険者は心なしか穏やかな表情で呼吸をし始めた。
・・・もしかして、ミノタは彼女を助けたのか?。
しかし、そんなことを命令した覚えも、ましてや教えたこともないが?
俺が不思議に思っていると、彼女が穏やかな顔で自分を支えているミノタを見上げ、小さな声でお礼を伝えていた。
「・・・散々やられはしたが、頭がいいし、優しい御仁だな、お前は。」
【ブモ、ブモォォ。】
ミノタは、すこし不機嫌そうに唸ると、彼女の顔を無理やりこちらに向かせた。
「・・・すまない。
せっかく、彼に情けをかけてもらったが、もう時間切れのようだ。
私が死ぬ前に、何か聞きたいことがあるか?コアよ。」
諦めきった濁った瞳で、こちらにそう問いかけてきた彼女は、浅い呼吸を繰り返し、今にも死にそうであった。
・・・まあ、まだ死なせるつもりはサラサラ無いのだが。
まあ、コボルトの時の例もある。
ここは、最後に聞くことはこれだろう。
俺は、断られるであろうが、念のため本人の意思を確認するために、最後の問いかけをした。
「よく聞け。
俺には、今すぐお前の命を救う方法を持ち合わせている。
これならば、お前は間違いなく助かる。
だが、そのためには条件がある。
ミノタやゴブリンたち同様このダンジョンのモンスターになれ。
そうすれば、お前の傷は癒え、生きることができるだろう。
見たところ、まだ若く美しい個体だろう?。
俺の部下に、ならないか?」
ウィンドウを埋め尽くさんばかりの長文で、彼女にそう伝えると、彼女は眼を見開き、血の気がなかった顔を、瞬時に真っ赤にさせ、声を張り上げた。
「私の、私の仲間を・・・家族を殺して、散々痛め付けたくせに・・・私だけ生かして、こき使おうというのか?!
ノウノウと生き残って、惨めをさらせとっ?!
私は、私はそこまで低俗で落ちぶれた人間ではない!!!
いま、このモンスターに捻り潰されようとも、私は決してお前の下にはつかないぞ!!!
心ないエネルギー体のお前が、知った風なことを!!!
人間をなめるのも、大概にしろ!!」
今にも飛びかかってきそうな剣幕でそう捲し立てると、先程とは違った意味で呼吸をあらげてこちらを睨み付けてきた。
・・・さっきまで死にかけだったくせに、随分元気にわめくじゃないか。
俺は、彼女の言葉には反応せず、最近新たに増えた項目を選んだ。
それは、いまいち使いどころが理解できなかったものだが、まさかここまでの完璧に条件が揃う瞬間が来ようとは・・・
そんなことを考えながら、俺はウィンドウからそれにカーソルを合わせ、決定した。
選んだ項目は
散々モンスターたちの状況を確認した項目の一つ上に追加された項目。
────【隷属】である。
俺が、【はい】を選択すると、突然彼女の頭上と足元に、紫色の魔方陣が素早く展開された。
そして、彼女がそれに気が付いた頃には、すでに魔方陣が彼女の身体を包むように上下に動き、二度、三度とそれが繰り返された後、魔方陣はきれいさっぱり消え去った。
俺はそれを確認し、【ダンジョンモンスター】の項目を開いた。
~~~~~~~~
【────コボルト
“《隷属》→カターシャ(ヒューマン・聖騎士)”】
~~~~~~~~
そこには、初めて見る項目と、知らない名前の人物が新たに追加されていることを確認し、俺はホッと胸を撫で下ろした。
そして、回復を施すために早速彼女────カターシャの名前を選んで回復を選択した。
すると、いつの間にか虚ろな表情でボーッとしていた彼女の背中に、先程と似たような魔方陣が出現し、数秒で傷がふさがった。
魔方陣が消え、カターシャは立ちあがり、こちらに数歩近づいてくると、片手片ひざを地面につき、深く頭を下げてきた。
「・・・ご主人様、本日このときより、私はあなた様の“僕”。
何なりとお申し付けください。」
淡々とした口調でそう言いきると、虚ろな表情のままこちらを見上げてきて、再び頭を下げた。
・・・どうやら、うまくいったようだ。
俺は、ぶっつけ本番でうまく行ったことに胸を撫で下ろしながら、カターシャに早速命ずる。
「ギルドに潜入し、可能な限り情報を集めてこい。
不自然にならず、ここに敵をつれてくることなくだ。
・・・出来るな?」
「ご主人様の、仰せのままに」
妖艶な笑みを浮かべながら、彼女は深々と頭を下げた。
そして、悠然とした足取りで部屋を出ていった。
少し心配になったが、部屋から出ると、走り始めたのかそこそこの早さでダンジョンを駆け抜け、外へと出ていった。
どうやら、多少肉体的に強化されるようで、ここを訪れた時より少し速い。
意識を少しだけ彼女に向ければ、ぼんやりとだが、距離と位置が把握できた。
これで、少なくともショートカット抜きでの移動時間や、大まかな位置関係なんかがわかるだろう。
最悪、彼女が戻ってくることがなくても、それだけ知れれば御の字である。
【ますたぁ、あれ、大丈夫?
様子、変、気付かれる。】
「まあ、確かにあの調子のままだと不安が残るが・・・俺の予想だと、大丈夫だ。」
【いざとなれば、アルファ、始末する】
「はっはっは、ありがとうな」
【ゴブリ!!】
【ブモォッ!!】
俺が、アルファの宣言に微笑ましいものを感じていると、ついでゴブリ、追いかけるようにミノタも雄叫びのような声をあげた。
実に頼もしい仲間たちだ。
彼らのやる気に答えるためにも、今後のダンジョン運営や作戦により一層力を入れなければ!
気持ちも新たに、全員に感謝の意を伝え、全員に日課である作業に戻るように指示を出した。
あとは、カターシャが戻ってくるか、次の敵の襲撃に備え、訓練を続ける。
これで、また新たな機能が加われば、俺たちがより安全に暮らしていけるはずなのだ。
いつか、いつか来るであろう、平穏な日々を目指して・・・。
・・・ん?
そういえば、なにか忘れてるような・・・
【・・・が、がうがぁ】
声のする方に視界をうつすと、そこには先ほど気絶したままうわごとのように鳴き声をもらすコボルトの姿があった。
・・・とりあえず回復しとけばいいか。
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