第9話 コンビネーション

最初に動いたのは、ミノタウロスだった。


ライン爺の魔法により、動きを封じられているように見えたが、次第に手斧でのガードを止め、当たっても問題ないとでも言わんばかりに、まっすぐこちらに歩みを進め始めた。


その様子を見て、ライン爺が声を張り上げた。




「カッカッカ!!やはりのう!!

ワシの魔法に対し、何かしら対策を既に打たれておるわい!!


そりゃそりゃっ!!!お主らの冒険者としての力、ワシに見せてみんか!!!」




魔法を絶え間無く放ちながら、こちらに発破をかけて来ると、懐から小瓶を取り出し、それをグイッと飲み干した。


どうやら、あまりゆっくりもしていられないようだ。




「ライバ!マリ!、ボス戦闘・観!!」


「「了解」」




私の号令に合わせ、返事をしながら素早く二人は陣形をとった。


ライバが背中に背負っているシールドと、その裏部分に収まっている短剣を抜き、私の前におどりでた。

マリも、来ているローブの内側から、ナイフを二本抜き、それぞれ両手に構えてライバの少しはなれた後方に陣取った。


私も、腰にさしている細剣レイピアを抜き、片手を空いた手を腰の後ろに待っていき、直立の姿勢をとった。



いつもの陣形をとり終えた私たちに、早速ミノタウロスがその鋭い眼光をこちらに向け、ズンズンと速度をましながら近付いてきた。




「おらおら!どうしたノロマ!!!

さっさと掛かってこい!!!」


【ブモォォォォォーー!!!】




ライバがミノタウロスに向かってそういうと、やつの眼が一気に細く鋭くなり、雄叫びを上げながら盾を構えたライバに向けて攻撃を開始した。


どうやら、ライバの“挑発”がうまく決まったようだ。

ミノタウロスの手斧は、やつにとっては小さく扱いやすいサイズに見えるが、近くで見ると私たちが使う大斧くらいのサイズで、ライバが盾でいなしながらも、苦い顔を浮かべていた。


しかも、斧による攻撃が嵐のようにライバへ集中しているせいか、いつもよりライバの消耗が早い。

ライン爺も絶え間無く光弾で攻撃をしてくれているが、動きが僅かに鈍っているだけである。



「ぐっ、こりゃ、また、きつい、ぜぇ!」


「“ヒール”!!」



私の詠唱が終わり、素早くライバに発動した。

すると、擦り傷や苦しそうだったライバの傷は癒え、表情から苦しみが消え、不適な笑みを浮かべた。




「ありがとよ、リーダー!!

さぁ、どんどん掛かってこい牛ぃ!!」


【ブモオオオオオオーーーー!!!】




ライバの言葉に、激情したように吠えたミノタウロスは、さらに猛攻を仕掛けたが、ライバも傷と疲れが癒え、まだ持ってくれそうだ。


そして、このライバが耐えてくれている時間こそ、私たちにとってなのである。




【ブモォーーー・・・モォ?】




絶え間無くミノタウロスの身体に着弾していた光弾が突然やみ、やつは不思議そうな声を上げながら僅かに視線をライン爺の方へ向けた。


それが、私たちから意識が完全にそれた瞬間であった。



「──────お命、頂戴」


【ブ・・・ブモォッ?!】




突如、ミノタウロスの後方から声が聞こえ、何かがミノタウロスの首もとを素早く通りすぎた。

それは、ナイフを振り抜いたマリである。


そして、それに気がついたミノタウロスが声を上げようとしたその瞬間、やつの首が身体からズルリと平行にズレ、やつは驚いた様子で鳴き声を上げていた。


そして、次の瞬間には、トドメと言わんばかりにミノタウロスのがら空きになった身体にズブッと私がレイピアを心臓目掛けて突き刺した。




【ブモ?!】


「“オーバーヒール”」




驚きの声を上げたミノタウロスを無視し、身体を貫通させたレイピアを通じて魔法を発動させた。

そして、レイピアを抜き、中途半端にズレているミノタウロスの頭を蹴り、首と胴体を分離させた。


すると、ミノタウロスの首は無惨にも地面に転がり、からだの方はビクビクと激しく痙攣を始めた。




「な、なにしとるんじゃ!!

さっさとトドメをさせぇ!!」


「・・・心配ご無用、ライン爺。

すでに、彼奴の身体は崩壊を始めています。」




私はそういいながら、ミノタウロスの方を指差した。

現に、ミノタウロスのからだの方は、傷ひとつなく綺麗なものだが、私が刺した傷を中心に、ボコボコと皮膚が泡立つように膨れ上がり、他の部位もグズグズに膨らんだり膿んだりしていた。


私の使った“オーバーヒール”は、対象の身体を回復させはするが、治りきっても回復し続ける。

そうなれば、 細胞は次第に寿命を迎え、さらに越えれば細胞が死ぬ。


つまり、“回復”が“攻撃”になりえるわけだ。


転がっている首の方は治ることはなく、おぞましい表情のまま白目を向いている。




「ボスを倒したぜ!」

「よ、よよ、よかったぁ」


「ああ、二人ともよくやって─────」




私がそこまで言ったら、突然身体に衝撃が走った。

眩いばかりの光が私の背中を捉え、ライバと

マリを巻き込んで、ごろごろと情けなく地面に転がってしまった。


咳き込みながらも、勢いよく立ち上がったライバは、いの一番に先ほどの攻撃を放った主に抗議した。




「おい爺さん!!!俺たちを攻撃してもどう、する・・・ん??」




言葉尻がどんどん小さくなったライバに不信感をもち、私も体勢を立て直してライン爺がいるであろう方を見てみた。


すると、私の目には信じられない光景が広がっていた。




「カーッ!!!最初にワシは言ったぞ!

真に警戒すべきは、じゃとな!!」


【ゴブゴッ!!】




ライン爺がこちらに怒鳴るのと同時に、耳障りな鳴き声を上げながら、ライン爺を睨み付けているゴブリンが一匹出現していた。

しかも、私たちがさっきまで立っていた場所に、だ。

手には、鋭利な刃物のような岩が握られており、地面に突き立てているそれは、かけた様子もなく、ギラギラと光を照り返していた。



(ゴブリン?、なぜゴブリンが・・・それに、あの岩はなんだ?)


先ほどまで、一切その存在を感じさせなかったモンスターに、私は驚きを隠せなかった。


確かに、爺は最初にゴブリンに気を付けろと言っていた。

だが、実際はミノタウロスがいるのみで、先ほどの戦闘にもこのゴブリンは参加していない。


だが、油断した私たちを正確に狙ってきた。

もし、光弾が私たちを吹き飛ばしていなければ・・・。




「カッカッカッ!

モンスター風情が、ワシに勝てると思うな!!

そりゃそりゃ!次はこいつじゃ!」




そういって、ゴブリン目掛けて今度は光線の様なものがライン爺の杖から次々と放たれ、ゴブリンに殺到した。


ゴブリンは、それをバタバタとみっともない動きで避けていく。

時にはバランスを崩し、地面に倒れ、飛び上がって悲鳴のような鳴き声を上げている。


だが、そんなみっともない姿をさらしつつものだ。

なぜ、あの無駄しかない動きで光線が避けられるのだ?

ゴブリンは、決して強いモンスターではない。

背丈も力も、技量や知能も、全て子供より少し秀でている程度のはず。




「やはり!!お主はただのモンスターではないな?

“フラッシュライン”をここまで避けるゴブリンは、ワシも初めてじゃ!


そーりゃ、避けろ避けろ!!」


【ご、ゴブギャーーーー?!】




悲鳴に近い鳴き声を上げ、さらに激しさを増した光線を避け続けるゴブリン。


その攻防に、私たちはただただ呆けながら見ていた。

そして、数秒後にハッと我に返った私は、あわてて二人に指示を出す。




「せ、戦闘・滅!!援護に回る!!」


「お、おおっと、了解リーダー!!」

「ひ、ひぇー!!

あ、あれに飛び込むんですー?!」




私の号令に、二人はそれぞれの反応を返しつつ、陣形をとった。

最初に、私が魔法による詠唱を開始、それに続くようにマリも魔法を発動した。


マリの姿がボンヤリとかすみ、次第に集中しなければ認識できなくなっていく。

それを合図に、ライバが盾の縁で短剣を振りきるような動きで擦る。


すると、ボウッと音を立てて盾と短剣が火花を散らせ、短剣が炎で包まれた。



「“武技・火閃纏刃”」



ジュウジュウと短剣を持つライバの手が、煙と炎を上げる。


しかし、私の詠唱が終わるのは、ライバの技の発動とほぼ同時。

私は、迷わずライバに魔法を発動させた。




「“ヒールアーマー・かいな”」




魔法の発動と共に、ライバの腕にうす緑の光が膜のように覆い被さり、腕を焼いていたあとが消え、煙も立ち上らなくなった。


これで、腕へのダメージを大幅に減らせる。

そして、極めつけが────




「よし、頼むぜマリ!」

「は、はい!」




ライバの掛け声に合わせ、どこからかマリの声が聞こえ、次の瞬間には、ライバの姿もボンヤリとしていき、ついに私からは認識できなくなった。




「ホッ!なるほどのぉ!!

なかなか面白い!!

そーりゃ、ワシのサポートもこのくらいでいいじゃろ?


そりゃ、ちと休めい!!」




そういって、ライン爺は光線を足元とゴブリンの直ぐ近くで炸裂させた。

すると、ライン爺とゴブリンの付近が光に包まれ、ライン爺はこちらへ、ゴブリンは突然の発光に目を細めてながら、ブンブンと手にもった岩を振り回している。


どうやら、視界が悪くなったようだ。

これならば、ほぼ確実に決まる。


私は確信めいたものを感じながら、そろそろたどり着くであろう二人に向かって声を張り上げた。




「今だッッ!!」


「くらえ!“影炎剛斬”」




ライバの声が聞こえ、それと同時にライバとマリの姿が、ゴブリンの直ぐ背後と正面に現れた。


マリが両手をクロスして、ゴブリンの胴体をかち上げるように斬りつけ、仰け反るような姿勢になったゴブリンの頭上目掛けて、背後のライバが燃え盛る短剣を持って、その頭蓋をカチ割る様に振り下ろした。


見事に決まった連携技に、私と二人は勝利を確信した。

だが、ここで計算外の出来事が起こってしまった。




「逃げろ小僧!!」




ライン爺の声と、ライバが短剣を振り下ろしたタイミング。

その刹那に、ライバの身体が、巨大な手斧と入れ替わるように消えてしまった。


あまりに突然、あまりに非現実な光景に、私は固まってしまった。



そこには、先ほど私が倒したミノタウロスが、最初に現れた姿で斧を振り下ろしていたのだ。

マリも固まってしまっており、唖然と出現したミノタウロスを見ていたが、その両目はすぐに見えなくなってしまっていた。


なぜなら、先ほど十字に斬られたゴブリンが体勢を立て直しており、手にもった鋭利な岩で、マリの両目を真一文字に切り裂いたのだ。


不意打ちの急所攻撃に、マリは絶叫しながら地面に転がり、武器を手放して空いた両手で目を押さえる。

ドバドバ出てくる血を止めようと必死に押さえ、痛みをまぎらわすためにのたうち回りながら叫んでいる。


先ほどまで優位に立っており、あと少しで勝敗が決するというタイミングでのこの事態。


目では確認できている、ライン爺の怒鳴り声だって隣からしっかり聞こえている。


だが、グシャグシャの仲間とのたうち回る仲間を見ながら、その声をしっかり聞きながら、私の頭だけは、その事実を認識することを拒んでいた。


その事態を理解することを、私の頭は完全に否定してしまっていた。



まさか、まさかまさかまさか!!!

私たちの、必勝パターンであったのだ。

もう、確実に勝てていたのだ!!!

なのに、なのになのになのに!!!



暴走する思考と、纏まらない頭の中の声に、私はその場でうずくまってしまう。


こんな、こんなはずでは。

ライバが、ライバが・・・ああっ!!

マリも、マリもこのままでは死んでしまう。


ど、どうする、どうするどうする!!


私の攻撃力では、回復は間に合うのか?

ミノタウロスはなぜ?、ゴブリンが近い

マリがなにか言ってる?ライン爺の声が遠くなっている?


なんだ、どうした、何が起こった???




混濁する思考の海に落ちてしまう直前、突然全てが掻き消えてしまう程、強く大きな音がどこかで響いた。




「しっかりせい、小娘!!

無駄死にしたいのか!!!」


「ら、ライン・・・爺」




気がつくと、私の頬を挟み込むように掴まれていた。


すると、ライン爺の顔が目の前にあり、彼の顔には激しい焦りと怒りが表れていた。


次の瞬間、彼の片腕が頬から離れ、後方で強い光が弾けた。




「まだ終わっとらんぞ!!

小僧が死んだくらいで怯むな!!!

お主が停止すれば、このパーティーは終わるんじゃ!!


ほりゃ、時間くらいワシが稼ぐ。

さっさと戦力掌握せい!!」




そういうと、ライン爺は乱暴に私を押し出し、背を向けて駆け出した。


よくみると、マリが目から血を滴しながらも何とかゴブリンと斬り結んでいた。

ミノタウロスも、最初と同じように光弾をその身に受けてマリを攻撃しようとしているが、光線はしっかり効くようで、手斧で片っ端からライン爺の攻撃を防いでいる。



・・・そうだ、しっかりしろ

私が折れててどうする。


出きることを、ライバの敵を、とるのだ!!




私は、レイピアを構え直し、素早く“ヒール”をマリに発動した。


やはり、傷は治るが視力までは戻らない。

目からの出血は止めることができ、疲労も大分和らいだはずだ。

続いて、ライン爺にも“ヒール”をかけ、私は懐から小瓶を二つ取り出した。

そして、こちらに一番近づいたタイミングで小瓶の中身をライン爺にぶっかけた。


すると、紫色の液体が素早くライン爺の服や身体から消え、ライン爺はぶるりと震えた。




「ほほう、なかなかいい判断だ小娘。

そりゃ、向こうの小娘のサポートもするんじゃぞ」




そういい残し、ライン爺は杖を横に構え、なにやら高速で詠唱を始めた。


私は、レイピアを構え、その刀身を指で撫でると、刀身が僅かに振動し、それを見届けた私はレイピアの腹を額に当てた。




「“マリ、右8、前方5、小さく飛んで前方30”」




小さな声で私がそういうと、マリが素早く起き上がり、手放したナイフをもち、機敏に動き出した。

そして、小さく飛び上がると迷いなくミノタウロスのちょうど内腿付近を切り裂き、そのまま数メートル離れて停止した。


ミノタウロスは、内腿からドバッと鮮血を垂らし、悲痛な叫び声をあげつつ、停止しているマリに攻撃を加えようとした。


私は、直ぐに次の指示をだし、その後も矢継ぎ早に指示を出す。

すると、それに合わせてマリが素早く移動と攻撃を繰り返す。


その度に、ミノタウロスの身体に切り傷と流血が目立ち始めた。




【も、ブモッ、ブルルルルッッッ】




ミノタウロスも、状況を理解してなのか、大きな隙を見せぬようにマリの動きに注意を多めに裂き始めた。

すると、その横っ面に光弾が無数に着弾し、目眩ましとして作用し、その隙をついてまたマリが切り傷を増やしていった。




「ほほー!!よい連携じゃのぉ!!

こやつをやれば、あとは厄介なゴブリンだけじゃ!


ほりゃ、そろそろトドメをお見舞いしてやれ!!」




ライン爺がそういうと、片手で光弾を出しつつ、もう片方の手をバッと頭上に掲げると、爺の頭上に数本の光の槍が作り出された。


槍は、穂先がミノタウロスに向かっており、ライン爺がタイミングを見計らって、それらを一斉投てきさせた。


すると、槍は見事にミノタウロスの四肢に突き刺さり、ミノタウロスは苦しそうな声をあげ、ドスンッと膝をついた。


その隙を見逃すほど、私たちはお人好しではない。




「“マリ、右14、左2、下段4に《首》”」




私がそういうと、マリは急加速し、ミノタウロスの正面、ダランと垂れたその左腕めがけて駆け出した、腕を駆け上がったかと思えば肩口付近まできて、キュッと左に向きを変え、両手のナイフを素早く構え、一瞬姿が消えたかと思えば、気がつけば彼女は既に地面に降り立った後であった。


ミノタウロスは、突然表れたマリに、その巨大な角で突こうと頭をもたげようとしたが、その動作をした瞬間


────首が、“ズリュッ”と音を立てて、身体から地面へと落ちていった。


それを見た瞬間、私は素早くマリに私のすぐ近くに戻るように指示、ライン爺の方を目だけで確認すれば、彼も杖を正面に構え、既に魔法を放つことが出きる状態で待機している。


先程は、このタイミングで不意打ち的にゴブリンが表れた。

さらに、ゴブリンにトドメを差そうとした時にミノタウロスが表れた。


おそらくだが、次に現れるとしたらゴブリンが出てくるはず。




私が、周囲に意識を巡らせながら、モンスターの気配が無いか探っていたのだが、現れたのは、予想外のものだった。




「なっ?!」

「えっ??」

「ふぉ?!な、なんじゃ?!」




それは、本当に一瞬だった。

視界の端に、なにやら黒い影が見え、そちらをチラリと見ようとした瞬間


私たちのいるフロアのあちこちに、黒い謎の影がチラチラと激しく見え始めたのだ。


目の錯覚かとも思ったが、ライン爺も見えているようである。

マリも、風を切る音や気配がわかるのか、似たような動きでキョロキョロしている。




し、しまった。

ここまで早いと、私の指示が間に合わな─────



そこまで考え、マリの方を振り返った瞬間、私の顔に、ビシャッと生暖かい液体が掛かった。


(・・・えっ?まさか、これって)


恐る恐る、空いている方の手で頬についた液体を拭い、その液体のついた手を見てみる。

私の手には、ヌラヌラと鮮やかな色の真っ赤な液体が、大量に付着していた。


しかも、視線を手から正面に向けると、そこには、先程まで姿をくらましていたゴブリンが、手にもった岩でマリの首をパックリと切り裂いている姿であった。


彼女の首からは、ダラダラと鮮血が流れ出ており、その血を浴びてニタニタと下品な笑みを浮かべるゴブリンの姿。


その惨たらしい光景に、私はなにかがプツンと切れる音が聞こえた。




「ま、マリ・・・マリ、マリッ!!!


あ、あああ!!、ああああ、あああああ、あああ!!!!うわあああああ!!!」




私は、半狂乱になりながら、マリを殺したゴブリンに向かって駆け出し、その下品な笑みを浮かべる顔面目掛けてレイピアを突き出した。

ゴブリンは、紙一重で避けてから、大袈裟に恐れおののき、叫び声を上げながらバタバタと逃げ始めた。


こんな、こんなやつに、マリがやられたのか!!!

臆病で、知能の低い、この無様な小鬼風情に?!


ゆ、許さない

許さないぞ!!


私は、逃げ惑うゴブリンを追いかけ、ゴブリンを突いては逃げられ、横薙ぎに振り抜いても逃げられ、挙げ句完全な間合いの内側による必中の一撃すら、避けられてしまった。


私は、レイピアが外れる度に、言い表せないほどの怒りと、気持ちが悪くなる違和感が胸中に渦巻いた。


なぜ、当たらない!!

なぜ、避けられる!!



なぜ、なぜ、なぜなぜなぜなぜっ!!!!



気がつけば、ゴブリンを壁に追い詰め、あとは剣を突き刺せば終わる位置に立っていた。



は、はは、こいつさえ・・・

このゴブリンさえ、やってしまえば!!!




「避けんか小娘ぇ!!!!」


「うっ?!」




突然、怒号と共になにかが私の身体に直撃し、私は無様に地面をゴロゴロと転がってうつ伏せに倒れてしまった。


あと少しで、憎きゴブリンにトドメをさせたのに、いったい何が!!




「どういうこっ!!・・・とだ?」




顔だけ起こして私が立っていたところを見れば、そこには、真っ赤な液体に濡れたライン爺の姿と、それを切り裂く新たなモンスターの姿があった。




「新手・・・だと?」




それは、珍しくも何ともない、ゴブリンと双璧をなす低レベルモンスター

“コボルト”であった。




【ゴブ!ゴブギャッギャ!!】

【ガウ!ガウガガ!、ガウッ!!】




ゴブリンが、何事か声をあげると、コボルトも、なにやらこちらやゴブリンを指差しながら牙を剥き出して吠えた。

すると、ゴブリンは怒ったような顔で立ち上がり、血を吹き出して倒れているライン爺に手にもった岩を突き立てた。


すると、ライン爺はビクンッと大きく身体が跳ね上がり、地面に大きな血溜まりが出来上がってから、ようやく岩を抜いた。


そのようすに、鼻を鳴らしたコボルトは、今度はこちらを見下ろすように見つめてきた。

それにつられて、ゴブリンもこちらを見た。


そのようすに、私の喉から、“ひいっ”と短い悲鳴が勝手に漏れ出していた。


私はまだ、戦える。

傷もなければ、武器もある。

依頼だって、調査依頼なのだから、このまま帰還してしまえば達成になる。


だが、なぜか身体が動かない。

私の両手は、起き上がるための力を出してはくれない。

足も、ガタガタ震えるだけで、言うことをきいてくれない。


気がつくと、私の目から自然と涙がにじみ出ており、奥歯がガタガタとうるさいくらい鳴っていた。


私は、頭ではわかっているが、身体が完全に

死を自覚してしまっているようだ。




【・・・ギャギャ?ゴブゴゴ?】


【フンッ、ガウガウガ、ガッガウ?】


【ゴブゴブ・・・ギャッギャギャ??】




完全に身動きがとれなくなってしまった私をみて、ゴブリンがなにやらコボルトに話しかけ、コボルトがこちらを睨みながらさらに吠える。

それに、ゴブリンが首を傾げるという、なんとも人間臭い動きをとり始めた。


私は、それをみてわずかだが可能性を見いだしてしまった。


(こ、これは・・・逃げられるのでは?!)


だが、そんな期待を持った瞬間、私の背中に激しい痛みが走った。

声に鳴らない悲鳴が漏れ、口からは大量の血を吐き出した。

何か、巨大な刃物が私の身体を貫通したのかというような、いままでに感じたことのない激しい感覚に、私の身体は大きく跳ね上がり、その拍子に顔が背中の方に向いた。

そして、そこで見たのは、先程確かに屠ったはずのミノタウロスが、白い煙を口や鼻から漏らしながら、無情にももう片方の手に持った斧を、大きく振りかぶっている姿だった。




「が、がひゅっ!、や、やべろ”っ”!

まだ、じに”だぐないいいい”い”い”!!

な、な”んでも!!

なんでもじま”ずッ!!!

わだじにでぎるごど、なん”でもじまずがら”あああ”あ”あ”ー!!!」


【ブモオーーーッ!】


「い”や”ああああああああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ・・・・・・・」




ミノタウロスの雄叫びと、私の叫び声を最後に、私の意識は一瞬でブラックアウトした。














そして、私は二度と、日の光を見ることなく、その生涯を終えるのだった。



























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