第7話 冒険者
それは、いつも通りの朝だった。
“新たなダンジョンが出現しました。
調査隊の編成を募集します。
詳細は、ギルドカウンターまでお越しください。”
感情の籠っていない、淡々とした声がギルド内に響き、今日も誰からともなくゾロゾロとカウンターまで集まり始めた。
(ああ、また新しいのが出来たのか)
俺は、その程度に考えながら日課であるクエスト掲示板の確認のため眼を通し始めた。
ここは、南の都市
特に、これといった特徴なんかはなく、代わり映えしないただの都市である。
そんななか、ギルドと呼ばれる建物の中で、俺は今日も仕事を探していた。
俺のような冒険者は、クエストを毎日淡々とこなして、日銭を稼いで生活している。
そして、今日も小遣い稼ぎのために、身の丈にあった仕事を探していると、不意に、カウンターの方が妙に騒がしいことに気が付いた。
横目で確認してみると、どうやらもめているようだ。
直感的に、このままここにいると面倒ごとに巻き込まれそうだと思い、俺はどこかへ避難しようとギルドの出口に向かって歩き始めた。
だが、それがまずかったようだ。
「あっ!カイさん!!!
いらしてたんですね!!」
俺がギルドの出口に向かう途中、騒ぎの中に紛れていた女性職員が、俺の背中を呼び止めた。
このまま、聞こえてないフリをして、外に出てしまえばいいんだろうが、違う男性職員がこちらに近づいてきており、がっちり肩を捕まれてしまっていた。
「よかった!!カイさん!!
今回の調査依頼、参加していただけますか!!!
ギルドの方から報酬をお支払いしますから、お願いしますっ!!!」
人混みから出てきた女性職員が、そう言ってくると、集団の中の数名がヒソヒソと話していた。
辛うじて、その中のいくつかを聞き取ることが出来た。
「おい、あいつカレンちゃんとどういう関係だ?」
「ただの顔見知りだろ?」「いや、顔見知りで緊急依頼なんて出すか?」「俺知ってるぜ、あいつ、ギルドの用心棒だ」「なに?!じゃあ、あれが“無暴のカイゼル”か!!」
どうやら、何人かは俺のことを知っていたようで、自然と道を開けるように集団の中から素早く退散していった。
だが、比較的若い冒険者達はこちらを睨み付けながら、ズカズカと近付いてきた。
そして、出口で職員に捕まれながら固まっている俺のところまで来ると、くってかかってきた。
「なんだてめぇ?調査依頼受けるつもりか?
俺たちは、残り“一枠”だって言うから、真っ先に名乗りをあげたんだぜ?」
「はぁ?!、おい待て!!
俺たちの方が先だったろ!」
「間違い!私達、先っ!!!」
「「「なんだとぉ?!」だってぇ?!」なんだ!」
俺に話しかけてきたやつ含め、複数の人間が突然声をあげ、言い合いに発展してしまった。
どうやら、これまたいつも通りのいさかいが起こってしまったようだ。
まあ、情報を持ち帰るだけが条件の仕事を、他に譲る奴は滅多にいないだろうな?
「おいおっさん!!!受付の嬢ちゃんもだが、これじゃ埒があかねぇ!!!
クエスト掛けて勝負だ!!!」
俺を睨んできた男がそう宣言すると、後ろでやいのやいの騒いでいた奴らも、納得したように自分の得物に手を掛けた。
おいおい、まさか、このままギルド内でやるつもりか?
冒険者がいくら無法者の集まりでも、さすがに喧嘩早くないだろうか?
「か、カイさん!!
お願いですから助けてください!!
ギルドから依頼させていただきますから!!」
女性職員からの一言で、俺は思わず盛大なため息をはいてしまった。
まあ、ギルドからの依頼なら、断るわけにはいかないだろうが、しかし、なんで俺はいつもこんなことばかり・・・。
心のなかで愚痴りながら、俺は両手を組んで、顔をあげた。
すると、真っ先に絡んできた男が、鬼の首をとったかのような勢いで叫びだした。
「おいおい!よく見りゃ丸腰かよ!!
全員でたたんじまえ!!」
「「「「うぉおぉおーーー!!!」」」」
男の一言により、抜き放ったバスターソードを俺に向かって上段から振り下ろしてきた。
それを合図に、他の連中も各々の武器を構えて俺に殺到した。
そんな様子に、俺は深いため息がまた漏れそうになった。
まったく、どうしてこの状態の俺に突っ込んでいこうと言う思考回路になるのか。
普通なら、ここまであからさまに丸腰のやつが両手も封じて突っ立っていたら、警戒して出方なりなんなり見ようとするのが普通じゃないだろうか?
まあ、俺の事を知らないから仕方ないのか?
俺は、武器が無い方が強いって言うのが・・・・・・
数分後、俺の足元には、眼を回しながら倒れ伏す、若者冒険者達の山が出来上がっていた。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、ギルド内はシーンとした静寂が包み込んでいた。
というのも、ギルド内にいる全員が俺の方を見ており、一様に唖然としていたのだ。
ゆいいつ、そのなかで普通にしているのは、職員達と俺の事を知っていた連中くらいだった。
彼らは、他の冒険者のせいで荒れてしまった机や椅子を片付けており、その中から先ほどの女性職員だけがこちらに近付いてきた。
「ありがとうございます、カイさん!!
お陰様で被害も少なく、迅速に解決できました。
早速、今回の報酬は口座の方に納金しておきますね!」
俺の手を握って、ブンブン振り回した後、彼女はそう言い残して片付け作業に戻っていった。
・・・調査依頼はいいのだろうか?
知らん顔して、このまま帰ればうやむやになってりしてくれないだろうか?
おれは、職員が気がついて戻ってくる前にギルドを後にしようと出口へ向かった。
すると、いつの間にか先ほどの男性職員が肩を叩いてきた。
「カイゼル様、調査依頼の詳細につきましては、復旧作業もありますので、1週間後にギルドホールにて実施いたします。
安心してください。
ギルド側から迎えの者と事前に連絡員も派遣いたしますので、なにとぞよろしくお願いします。」
とても丁寧な口調と対応だと思ってしまいそうだが、暗に「逃げられると思ったら大間違いだぞ?」と言われてしまった。
俺は、二度も背後をとられた事実と、面倒な調査依頼を受けてしまったことにため息をつきつつ、今度こそギルドを後にした。
その瞬間、ブルリと激しい悪寒が身体を通り抜けていき、俺は思わず声を漏らしていた。
な、なんだ?
なんか、途轍もなく面倒なことに巻き込まれるような、すごく嫌ーな予感がするぞ?
このときの俺は、まだ知らなかったのだ。
この調査依頼が、俺にとって大きな変化をもたらすものだと。
==========
ミノタがボスになってから数日、今日もダンジョン成長のため、モンスター達を吸収、生産をくりかえしていた。
ミノタが来てくれたことで、モンスターの倒す速度は上がり、今まで対処しきれず無理やり吸収無いし閉じ込めたりしていたモンスターも、倒してしまえるようになった。
代表的なのが、硬い外骨格を持ち、辺りに毒を撒き散らして果てる芋虫型のモンスター
“キャッピー”である。
ふざけた名前ではあるが、こいつがかなりのくせ者である。
動きは遅く、たいした攻撃力もない。
することと言えば、丸くなって体当たりしてきたり、糸を吐き出す程度だ。
だが、こいつを一度ゴブリが撃退しようと攻撃を加えたとき、それは起こった。
なんと、ゴブリの攻撃が一切とおらなかったのだ。
しかも、ある程度攻撃を加え続けると、キャッピーの身体の色が紫色に変化し、最後には小爆発と共に辺り一面を毒霧で覆ったのだ。
幸い、ゴブリは普段からポイズンスライム達の毒を微量に吸い込み続けていたお陰で、大事にはならなかったが、それでも激しい痺れを感じている様子だった。
だが、ミノタに掛かればキャッピーも一撃粉砕であった。
彼の豪腕から放たれる風圧により、モンスター達は吹き飛び、離れた壁に衝突
そのまま息を引き取るといった見事なパワープレイを見せつけてくれたのだ。
ミノタの活躍に、ゴブリが少し悔しそうにしているように見えたが、まあ、気のせいであろう。
キャッピーの他にも
コウモリに似た姿をしている小型のモンスター
“パッタ”
猿のような姿をしており、少し賢いモンスター
“ウモッキ”
色は緑色だったが、地中から攻撃してくる犬に似た四足獣型のモンスター
“ワグー”
などなど
どれも、ゴブリやスライム達だけでは少し苦戦させられるモンスターばかりだったのだ。
コボルトが加勢してくれていた間は、そうでもなかったのだが、彼らだけの時は本当に苦労した。
だが、今ではミノタの力もあるが、ゴブリ達もすっかり動きが統率され、危なげなく倒すことが出きるようになりつつあった。
ミノタの攻撃力に、ゴブリ達の連携によるサポート
この二つで、いまのダンジョンにおける戦闘は、見事なまでに好調である。
さて、彼らはよくダンジョンのために成長し、強くなってくれている。
なら、おれ自身も成長し、強くならなければならない。
ならば、やることは一つである。
俺は、いまさっきミノタ達が倒したモンスター達を吸収し、ステータスウィンドウを確認してみた。
そして、ウィンドウの【ダンジョンモンスター】の項目を確認した。
──────
【ダンジョンモンスター → スライム、ポイズンスライム、ゴブリン、牛人、コボルト(現在使用不可)、キャッピー、パッタ、ウモッキ、ワグー】
──────
予想通りの表示に、俺は少しだけ悪い笑みが浮かびそうになった。
まあ、浮かべるための顔はないが、とにかく、そういう気分になった。
そして、モンスターとしてダンジョンに取り込む方法がこれでやっと確立したことになる。
というのも、俺たちは現在、ある実験を試みていたのだ。
それは、“ダンジョンモンスターを増やすためにはどうすればいいのか?”というものだ。
今までは、単に吸収さえすれば、勝手に登録されて、ポップアップ地点から出てくるようになると考えていた。
だが、少し考えてみて、一度吸収したことがあるキャッピーや、吸収しなくてもこの欄に表示されていたコボルトのことを思いだし、この実験を試みたのだ。
そして、今回の実験でわかった条件は
“抵抗できないくらい弱らせてから、吸収する”
というものだった。
というのも、実は、ミノスがくるまでは、対処の難しいモンスターは、俺が罠にはめたり、ゴブリ達に押さえてもらいながら、無理やり吸収を行っていたのだ。
結果、経験値にはなっていたようだが、ダンジョンモンスターの欄には追加されていなかったのだ。
そして、これによってさらにわかったのが
“通常のモンスターより、ダンジョンモンスターを吸収した方が、経験値が高い”
ということがわかった。
どうしてそうなっているのかわからないが、ともかく、一度登録してポップさせたモンスターの方が経験値がいいという事実が大事なのだ。
この事実がわかってからは、どんどんキャッピー等のモンスターを多く呼び出し、それを討伐、吸収するサイクルを確立させた。
それにより、多くの経験値を得ることが出来、さらに嬉しい誤算もあった。
なんと、俺の成長に合わせて、モンスター達の強さも比例して上がって行ったのだ。
ミノタは元々強い部類だったが、最近ではスライム達だけでも当初苦戦していたモンスター達と対等に戦えるほどの戦闘能力を手に入れていた。
その証拠に、今キャッピーがダンジョン内に侵入してきたが、付近にいたスライム達が素早く殺到し、5分と掛からずキャッピーを昏倒させ消化していた。
ゴブリもかなりの成長を見せており、今ではミノタと模擬戦をしても、かなり善戦できるまで戦闘能力が上がっていた。
この調子で行けば、残存しているモンスター達も格上のモンスターと戦えるまで成長できるだろう。
だが、まだまだ問題は山積みである。
いくら、モンスター達の力が上昇しても、肝心のダンジョン自体の強度をあげなければ。
いまだ、このダンジョンは単純な一本道の洞窟と大差ない構造しかしていない。
もちろん、罠や広場などの空間もあるが、結局は分かれ道も何もない洞窟である。
【ダンジョン増設】をしようにも、おれ自身のレベルが足りないのか、何かしらのエネルギーが足りないのか、項目が灰色に変わっており、実行できないのだ。
故に、俺は経験値稼ぎを繰り返し行っているのだが・・・・・・
【ますたぁ、入り口、妙なのいる!】
思考の海に潜っていた俺の頭に、慌てた様子の声が降ってきた。
意識を浮上させてみると、その声がアルファの声であることに気がつき、さらに奇妙な事に気がついた。
アルファの報告が、いつもより曖昧なのだ。
アルファは、このダンジョンの中で最も索敵能力が高い。
大抵の相手は、ほぼ断言するようなしっかりしたものなのだが、今回は違う。
“妙なの”
“妙なの”と表現したのだ。
考えられる可能性として、モンスターではないであろう。
モンスターならそういうだろうし、今まではしっかり識別していた。
なら何が考えられるのか。
それは、モンスターであるアルファを騙せるような存在。
それは、“格上”か“モンスター以外の何か”であろう。
ならば、やることは一つ
「アルファ、戦闘態勢だ。
ミノタは広場に、ゴブリとスライム達は敵の足止めと情報収集だ。
まだ何も入ってきている感覚は無い。
だが、じきに入ってくる。
急いで準備だ。」
俺がそういうと、アルファはプルンと一度震えると、俺から離れ、弾丸のようにダンジョン内に向かって消えていった。
その間に、俺も敵情をある程度の把握してみるか。
そう思い、俺は視点を入口付近の天井に移動させた。
そして、視界が移動した瞬間
ギャリギャリギャリッ!!!!!
「なっ?!」
突然、何かを削るような音がしたかと思うと、移動したはずの視界は、元のコアがある部屋に戻ってきていた。
な、なんだ?
今、何が起きた?
俺は、もう一度視界を移動させるため、意識を集中すると、今度は飛ぶことができた。
だが、そこにはあまり見たくなかった光景が広がっていた。
それは、一人の男の姿だった。
背丈はそれほど高くなく、強面であったり、貧弱な身体でもない。
そこらにいそうな普通の男のように見える。
だが、彼の足元には、大量のスライム達によってできた水溜まり、それと、今まさにトドメを指されそうになっているゴブリの姿があった。
俺は、慌てて男のたっている箇所に落とし穴を作成し、ゴブリを逃がそうとしたが、それよりも早く男が既に動き出していた。
男は、ゴブリに背を向け、ググッと身を低くすると、そのまま俺の視界から消えたと思えるほどの速度で、また削るような音と共に、俺の視界は真っ暗になり、コアの部屋に戻されてしまった。
しばし唖然としてしまったが、すぐに思考を加速させた。
対策するのも大切だが、まず男の分析をしなければならないだろう。
あのまま、ガムシャラに対応していても、恐らく簡単に対処されてしまうだろう。
まず、男の得物だ。
見たところ、刃物や鈍器のようなものを持っている様子はなかった。
だが、俺の方を攻撃してきた時の謎の音
ギャリギャリという岩に金属が擦れるような音から推測して、何らかの武器を用いているのは容易に予測できる。
さらには、相手からは見えていないはずの俺の姿に気がつき、攻撃してきたことから高い観察力と気配関知能力があることがわかる。
まだわからないが、恐らく洞窟内のトラップは全て避けられてしまうだろう。
(それに、あまり考えているような時間はないだろう)
伝わってくる感覚的に、男は既に先程の位置よりも深いところまで来ている。
もうまもなく、広場までたどり着くだろう。
ならば、俺がとれる対策は、ひとつだ。
「─────“敵を殲滅せよ”」
俺がそう呟き、数秒後
ダンジョン方向から、けたたましい雄叫びが聞こえてきた。
そして、それを確認してから、俺は視点を広場に移動させた。
視界が一瞬暗転し、すぐに目の前に広場の様子が写し出された。
そこには、ゆっくりとした足取りで広場に入ってくる男と、両目を爛々と赤く輝かせて口と鼻から蒸気を吹き上げているミノタの姿があった。
【ブルルルルルルッッ・・・】
「・・・牛人か、こんなところにいるとは、珍しい」
ミノタの唸り声を聞き、男はボソボソと呟くようにそう言うと、腰を落とし、右手を腰付近、左手を僅かに前にだし、手首から先をダランと垂らしたような姿勢をとった。
先程よりも隙がなく、何かを秘めているような不思議な構えである。
ミノタも、何かしら感じるものがあるのか、警戒しつつも、両手に持った巨大な岩の手斧を構え、再び雄叫びを上げた。
そして、叫び声はそのままに手に持った斧を振り上げ、片方を投げつけた。
巨大な回転斧は、凄まじい音を立てて男に飛来し、あと数センチで男に当たるその瞬間、再びあの奇妙な音が鳴り響いたかと思えば、斧は男を避けるように90度向きを変え、右の壁方向に吹っ飛び、広場の壁を砕いた。
男はといえば、先程の姿勢のまま全く動いている様子はなかった。
だが、それこそがミノタの策略である。
なぜなら、ミノタは既に男に肉薄しており、勢いの乗った斧を横凪に振ったあとだった。
これは、ミノタが良くやる戦い方で、片方を囮にして、敵の意識が自分から離れている間に突進、そのまま斧で標的を薙ぎ倒すのだ。
運が良ければ投擲した斧で倒せ、本命の突進+斧の横凪で攻撃するのだ。
今のところ、この攻撃を避けられたモンスターはいないのだが、今回の相手は人間
さて、これは通じてくれるかどうか・・・
俺が、そんなことを考えつつ、ミノタがゴウッと斧を振りきろうとしたその時、また音がなったが、今度は男が姿勢を崩し、右手と左手がミノタの手斧の前で交差して停止しており、右手の前腕部がギャリギャリと火花を散らせながら震えていた。
数秒の後、男は苦々しい顔をして、僅かに身体を斧の軌道からはずすように動き、右手の接点を斜め上に反らせる動きをした。
すると、不思議なことにミノタの斧はきれいに男を素通りするような軌道をとり、斧は男のすぐ近くに叩きつけられた。
斧は、地面を容易に削り取り、同じ素材であるはずなのに、地面の方が大きくえぐれ、斧の方は全くその形を崩すことなく、地面につきたっていた。
土埃が舞い、視界が少しだけ悪くなったが、ミノタの動きは鈍らない。
ミノタは、斧から手を離し、素早くその場でバックステップをした。
すると、土埃を切り払うように、男が腕を振るっており、まるで刃物で切ったような形で土埃がきれいに分断された。
ミノタは唸りつつ、さらに数歩男から距離をとり、土埃のなかに潜んでいる男を睨み付けていた。
土埃が落ち着き、徐々に露になった男の姿に、俺は一瞬息を飲んだ。
それは、男の右腕を覆っていた服が破けたことによって、先程までの行動や謎の怪音の正体がわかったからだ。
それは、丁度彼の肘から先
そこから先が、ギィギィと軋みながら、ぎこちない動きをしている、義手であったのだ。
しかも、その全てが青い輝きを放つ見たこともない素材で出来ており、関節部や肘の接合部からバチバチと火花が散っていた。
良く見ると、ミノタの斧を受け止めていた前腕部が鋭い刃状になっており、斧を受け止めていたはずなのに全くその姿を歪ませている様子はなく、火花に照らされて怪しく輝いていた。
「なかなかやるな
これでも、そこそこ腕には自信があるんだがなぁ?」
男はそういうと、何やら腰の辺りをガサゴソと漁り始めた。
それに、何かを感じ取ったのかミノタはグッと姿勢を下げ、両手をつくと、ブォォォと吠えながら脇目もふらず男に突進した。
両手の加速もあり、普段よりも格段の速さと威力が見込めるその突進に、俺は通じないとわかっていても叫んでしまっていた。
─────待てミノタ、罠だっ!!
言い終わるか終わらないかと言うタイミングで、男はヒョイッと小瓶を放り投げた。
ミノタは、それを見越していたのか、豪速の中頭をカクンッと下げ、小瓶の下に頭を潜り込ませる。
そして、かち上げるように頭を振り上げると、小瓶は割れることなく二人の頭上遥か高くに軌道を変え、天井の岩肌に小瓶が激突して粉々になった。
その瞬間
─────ピカァーーーーーーー!!!
【ブモォッ?!】
「何だと?!」
「はっはぁー!!!!
これをモンスターに避けられたのは、長年冒険者やってても、さすがに初めてだ!!」
眩いばかりの光が広場を照らし出し、俺とミノタは一瞬驚いて固まってしまった。
だが、その一瞬がいけなかった。
男は、素早く右手を構え、迫ってきていたミノタに近づき、懐に入り込んだ。
ミノタも対応しようとしたが、さすがに間に合わなかった。
男は、右手を半月型に振り切り、ミノタの喉元を撫でるように切ると、そのまま回転するように転がり、ミノタの背後に回り込んだ。
そして、素早く背を掛け登り、右手を手刀の形で固めた。
ここで、ミノタは振り払おうと身体を大きく持ち上げたのだが、それと同時に男はミノタの後頭部に手刀を突き立てた。
流れるように行われた一連の動きに、最初からこれを狙っていたのでは?と疑いたくなるほどの手際。
ミノタは、小刻みに痙攣しながら、途切れ途切れに声を漏らし、男が腕を引き抜くのと同時に、後頭部の穴と切られた喉の傷から大量の血が吹き出してきた。
パックリ切られた喉の傷は、まるでスプリンクラーのように広場の床を染め上げ、後頭部の穴からは男を吹き飛ばさんばかりの勢いで真っ赤な水を絶え間なく吐き出し続けていた。
【も、ぶっ、おぉおぉ・・・】
ミノタは、血を吹き出しながらも両腕を持ち上げ、後頭部付近に乗っている男を捕まえようとしたが、男はヒョイとミノタから降りると、ニヤリと笑みを浮かべた。
「よぉ、牛人。
お前、なかなか強かったぞ。
だが、俺の方が少しだけ上手だったな?」
右手を振って血を払い落としながら、今にも倒れそうなミノタにそう告げると、男はミノタに背を向けてこちらに繋がる通路へ進み始めた。
これで、男がここに訪れるのも時間の問題となった。
今の態度や発言から、いくつかわかったことがある。
まず、男は冒険者であると言うこと。
宝も何もなく、人の被害が一切上がってるはずがないここに、冒険者が訪れたのだ。
たまたまなら良いが、恐らく、何かしらの情報があり、ここを訪れているのだろう。
この世界に来てから結構な日数が経ってるが、秘境のようなこの場所をこんなに速く人が見つけることなんて難しいはず。
つまり、冒険者は独自の情報源があるのだろう。
さらに、この男がそこそこ腕の立つ冒険者であると言うのが何となくわかった。
少なくとも、うちの最高戦力であるミノタを倒して見せたのだ。
奇っ怪なアイテムも使い、ミノタの必勝パターンも潰して見せた。
普通の人間が太刀打ちなんて出来るような相手ではない。
この男は、実に多くの情報やデータをくれた。
いやいや、もし俺に身体があれば、直接出迎えて握手でもしたいくらい感謝している。
「・・・ここが、ダンジョンコアか」
男の分析をしながら思考を加速させていると、本人がとうとう俺のところまでやってきた。
男は、つかつかとこちらに近づいてきた。
そして、無造作に左手を俺に向かって伸ばしてきた。
「・・・何をする気だ?冒険者」
「ん?、なんだ??
出てくる文字が違うな。」
ウィンドウを表示させて問い掛けてみると、男は不思議そうな顔で首をかしげ、一度伸ばした手を引っ込めた。
そして、キョロキョロと辺りを調べ始め。
再びこちらを見た。
「・・・エラーか?
それともバグか?
まあ、大した問題でもないだろう」
「問題はある、私に危害を加える気なのか?冒険者」
再びウィンドウを表示させて喋ってみると、今度は両目を見開いて男は固まった。
「・・・なんだ??
コアが質問を返してくるだって?
今の戦闘で、頭でも打ったか?」
自らの頭をさすりながら、渋い顔をした男に、俺は再び質問を投げ掛けてみることにした。
「質問している。
お前は、私に危害を加えるつもりか?
それとも、物見遊山で訪れただけか?」
「・・・マジかよ」
男は、ヒクヒクと口元を痙攣させながら、深いため息を吐き出していた。
「全く・・・嫌な予感ってのは、やっぱり良く当たるもんだなぁ」
天井を仰ぎ見ながらそんなことを呟いた男は、それから両手をヒラヒラと振りながら宣言した。
「答えは、どちらとも言えない」
「・・・なるほど」
男の発言に、俺は再び彼の発言を吟味しようとしたが、それよりも速く彼は結論を言ってくれた。
「正確には、俺には“ない”
だが、他は多かれ少なかれ“ある”だろうな?」
男の補足に、俺は「ほほお」と納得した。
どうやら、ここを知っているのは彼だけではないようだ。
しかも、今後も冒険者の襲撃があると容易に想像できる発言だ。
さらに、俺の発言からそれを悟ったことを理解したのか、男はさらにニヤリと笑みをえかベた。
「なかなか頭も回るってことか?
いや、頭は無いか・・・コアが回る?」
良くわからないことを言っているが、ニュアンス的に誉めているのだろう。
(こいつからなら、色々な情報を得られるんじゃないか?)
俺は、目の前でうんうん唸っている男を見て、視線の端に奇妙なものが写り込んでいることに気がついた。
その瞬間、俺はとても大切なことに気がつき、慌てて声を上げていた。
「待て!殺すな!!!」
「はっ?、なんのことだ────」
俺の言葉を見て、振り返りつつそういった男は、それを見ることなく、グシャリと音を立てて石斧に叩き潰されてしまった。
俺は、足元でグシャグシャにつぶれ、きれいに残って転がっている青色の義手を見下ろしながら、視線をゆっくり上げた。
そこには、目を爛々と赤く染めながら、斧を振り下ろした格好のまま汗をだらだら流して呆けているミノタの姿があった。
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