第5話 怒り

ああ、腹立たしい

腹立たしい


なぜ、俺がこんな目に遭わねばならない?

俺がいったい何をした?



木々をなぎ倒し、草を掻き分け、邪魔な岩を粉砕する。


ただ、ひたすらまっすぐ進む。


あいつを見つけるため

あいつに追い付くため

あいつに本当の恐怖を教えるため


あいつを─────殺すため。




右手に持っている大木を、力任せに振る。

前方に広がっていた他の木がメキメキと鳴き、鈍い音を響かせながら地面に寝転がる。

それを、踏み潰し、蹴散らし、ただ真っ直ぐ進む。


この匂いを頼りに

この確かな記憶を頼りに

この衰えることのない怒りに頼りに


ただ、徐々に強くなるあいつの匂いと生命の匂いを


あの────をこの世から消し去るために。



ああ、腹立たしい

ああ、憎らしい

ああ、鬱陶しい




ああ、ああ、あああああああ









ひどく、痛い

ひどく、苦しい

ひどく、重い

ひどく、暑い


ひどく、ひどくひどくひどく!!!!



なぜ、こんな目に遭わねばならない?

すべて、すべあいつのせいだ!

あいつが、逃げなければ!

あいつが、俺におとなしく殺されていれば!!



ゆ、許さん

許さん、ゆるさんぞ!


必ず殺す、必ず殺す、殺す!!!


殺すコロスころすころすころす!!!











そのモンスターは、感情の波に呑まれ、自らが自らを傷つけていることにも気づけず、ただひたすら森を進んでいく。


ただ、自らを追い詰めた相手を殺すため

ただ、自らに危機感を感じさせた矮小な存在を消し去るため


ただ、苦しさを紛らわせるため





そして、ついに見つけた

見つけてしまった。


こんな森の、強い存在も、資源も乏しい森の中に

ポッカリとその口を開け、そこから、この森に似つかわしくない強力な生命エネルギーを発している何かを。


そして、モンスターは気付く


この洞窟の中から


目的のコボルトの匂いがプンプンすることを


モンスターは歓喜した。


やっと、見つけた

そして、洞窟の奥から感じるエネルギー

これを手に入れれば、モンスターは更なる高みへ昇れると確信した。



モンスターは、自分でも分からないうちに、大きな雄叫びをあげていた。


それは、周囲の空気を震わせ、木々を震撼させ、森を蹂躙した。




さあ、覚悟しろ

俺が、お前に引導を渡してやろう


モンスターは、一度手に持っていた大木を捨て、近場の大岩を適当に砕いて、棒状の武器にした。

そして、そのままコボルトが潜んでいる洞窟へと脚を踏み入れたのだった。





===========




「・・・なるほど。

ついに、ここにたどり着いたか」



俺は、入り口に立っているモンスターを見て、ひとりそう呟いた。


コボルトがここに住み着いてから約20日

長いようで短いこの期間で、俺たちは出来えることをやってきた。


そして、今、入り口に立っている未知の化け物に、立ち向かおうとしている。


そいつは、手には無骨な岩を持っており、所々を砕いて、まるでこん棒のような形状をしている。

それに、ダンジョンになってから始めてみるモンスターである。


身体は、ゆうに2メートルを越え、両手両足共に丸太のように太い、さらに、特徴的なのが、そのチグハグさであろう。

胴体は、筋骨隆々な巨漢のようでえるが、両足、腕、頭が、黒いゴワゴワした毛を生やした牛のような見た目をしていた。

だが、両手両足は人間の手のひらや足のように五本の指や形をしており、鋭く長い爪がカギヅメのようになっていた。


俺の知ってるもので一番近いものをあげるなら、間違いなく“ミノタウロス”であろう。


念のため、ウィンドウを開いて確認してみると、表示には“牛人”と出ているが、少々おかしなのに気がついた。


名前の横に“(暴走、怒り)”とかっこ付きで表示されているのだ。

今までは、このような表示が出たことはなかったのだが、一体これは────




【ますたぁ、敵、侵入確認、迎撃、始める】




ウィンドウを見ながら、思考の海に呑まれそうになったそのとき、アルファのそんな言葉をきき、俺は再び意識を現実に戻した。


危ないぞ、ここは目の前の敵に集中しなければ!!


俺は、自らを鼓舞するようにわざとウィンドウに「よしっ」と表示させ、そのまま続けた。







「これより、侵入者の迎撃を開始する!

各人、自らの役割を存分に果たせっ!!」




俺の号令ののち、アルファによる伝達で各配置についているゴブリとコボルトに伝わり、いよいよ2度目の迎撃戦が幕を開けたのだった。





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最初にしたことは、ダンジョンの入り口からの観察である。


経験上、この手の洞窟の形をとっているダンジョンは、頭上や壁に隠されている罠やモンスターの溜まり場があることが多いのだ。


怒りで我を忘れそうではあるが、危機回避や判断をすることくらいは出来る。


一通り入る前に確認が出来、特に違和感がないことを確信して、いよいよコボルトがいるであろう洞窟に足を踏み入れた。


そして、おおよそ10メートル程進んだ所で、突然、足を置いた地面からミシミシという嫌な感触と音が聞こえてきた。

俺は、あわてて足を引こうとしたが、既にそこに着いた足が地面を突き破り、それを皮切りに、足元にいくつもの亀裂が走った。


そして──────





ガラガラガラガラガラガラガラガラッッ!!




【ブモォッ?!】




からだ全体を浮遊感が包み込み、俺は思わず驚愕の声をあげ、咄嗟に腕を上に伸ばし、掴めるものに必死に掴んだ。


すると、すぐに全身に軽い衝撃が走り、右腕にグンッと自らの体重が思いっきりかかるのを感じた。


土煙と崩れた地面が落ち着くのを待ち、上を見上げてみると、そこには壁にある少し大きめの段差に自らの右手が引っ掛かっている様子と、その少し上に大きく口を開けている落とし穴の存在である。

俺は、右手が掴んでいる段差に、左手をフリーにしてから、それを段差に引っかけた。

そして、両手で何とか身体を持ち上げ、段差に乗ることに成功した。


一息つきつつ、俺は段差から下を覗き込んでみた。

すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。


そこには、オレンジや紫の斑点が犇めき、ジュージューと音を立てていた。

よく見ると、音を立てているのは先程落ちた地面の残骸だったようで、ただ沈んでいっているのか、溶けていっているのかは判断できないが、みるみる残骸が飲み込まれていき、数秒後には残骸は完全に見えなくなっていた。


ここに昇るために、手に持っていた岩も既にどこにあるか分からなくなっていた。


俺は、上を見上げながらうなり声をあげていた。



ああ、腹立たしい!!

この洞窟は、最初からこのような洗礼を行ってくるのか!


俺は、短く吼えながら、両足にグッと力をいれると、そのまま思いっきり穴の縁へ向かって飛び上がった。

飛距離は問題なく、おそらく捕まることもこんなんではない。


俺は、近付いてきた穴の縁へ手を伸ばし、先程同様右手を伸ばして穴の縁の岩を掴んだ。


自らの指が食い込むほど強く掴んだため、片腕だけでもしっかりと自分の身体を支えることに成功した。

俺は壁のわずかな突起を利用し、穴から這い上がると、念のため少し先の地面を叩いたり妙な音がしないかを確認しながら、ようやく身体を地面に投げ出し、大きく息を吐き出した。


まったく、こんな初歩的なことに気がつかないとは、怒りとは恐ろしいものだ。

だが、そう思ったのもつかの間、俺の奥底の方から、何故か抑えのきかない感情の波が押し寄せてきた。


なんだ?

なんだなんだなんだ!!!


これは、どういうことだ?

これは、なんだ??

今までも感じてきたような、だが今までとは比べ物にならないほどの激情は?!


これ、は?!




自然と、自らの拳を握り込み、全身の筋肉が膨らみ、溢れんばかりの力を発現させていた。

これは、これは、これはぁぁぁ?!



気付けば、俺はその場で洞窟を震撼させるようなけたたましい雄叫びをあげており、叫んでいる俺の喉も、激しく揺れすぎて少しだけ鉄の味がした気がする。



そして、そこからは、俺の思考と俺の身体は、まったく別の生き物のように制御がきかなくなってしまった。


周囲の壁を殴り付け、飛び掛かってくるスライムを蹴散らし、奇襲を仕掛けてくるゴブリンの攻撃すら意に介さず、ただただ洞窟を降りていった。


必死に攻撃を仕掛けてくるゴブリンは、確かに俺の身体にいくつもの傷やダメージを与えていた。

腕を切り、足の関節を殴り付け、喉や目を目にも止まらぬ早さで切り裂いてきた。


だが、俺は止まらなかった。

いや、止まれなかった。


俺の身体は、既に生き物としての機能をすべて失いつつあった。

なぜ、こんなことになっているのか、俺にも理解できないが、とにかく、止まらないのだ。

生半可な攻撃はそもそも効かず、切り傷や欠損は、たちどころに治ってしまっていた。

俺は、いつの間にか自分をまるで他人を見るような眼で見ていた。


痛みを感じているのは俺で

怒りを感じているのは俺で

攻撃を受けているのは俺なのだ。


だが、おれ自身はなんの反応も示さず、ただただ歩みを進めていた。

途中、目をやられもしたが、俺は既に視界を奪われた程度では止まったりしなかった。

罠にはまり、身動きが取れなくなったが、それでも俺の身体は勝手に動き続けていた。


むしろ、攻撃を受ける度、身体が勝手に治っていく度、一歩を踏み出す度


俺の中で、マグマのような温度をもって、ドンドン沸き上がってくる“怒り”が、その勢いを増していたのだ。

もはや、俺の意識も消えそうである。



腹立たしい

腹立たしい

腹立たしい

腹立たしい

許すまじ

許すまじ

許すまじ

許すまじ


コボルトを許さない

コボルトがいる、この場所を許さない

この場所が、ダンジョンであることを許さない

ダンジョンが、俺を落とし穴にハメたことを許さない

ダンジョンが、俺を敵と判断して攻撃してきたことを許さない

このダンジョンを作ったやつを許さない


ダンジョンコアを、壊す


壊す、壊す、壊す


消す、消す消す、消す消す消す消す消す






コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス殺すコロスころすころすころすころすころすころすころすころころころころころころころここここここここここここここ......






ああ、どうか


誰か



誰か




この化け物を・・・俺を





──────【







俺は、その瞬間、意識が急激に暗闇へと吸い込まれていくような感覚を覚えた。


おそらく、このまま俺の意識は、二度と目覚めることはないのだろう。


そして、俺の肉体は、行き場のない怒りをどこまでも晴らそうと、破壊と殺戮の限りを尽くすのだろう。





諦めにも近い、そんな気持ちで意識を闇に溶かそうとしていた。



そのときである。





俺の視界に、小さく、か細い

─────確かな、光が瞬いた。






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どうやら、今回もかなり追い詰められているようだ。


視点を牛人の居る通路の天井へ移し、その圧倒的な力量差を見て、出ないはずの汗がタラリと流れるような感覚がした。


それと言うのも、牛人は、入り口の罠にはまり、そこから這い出てきた所から、急激にその姿に変化が生じたのだ。

這い出てきてやつは、しばしうなり声をあげならが固まっていたのだが、突然体毛が揺らめき始め、黒から燃え上がるような赤色に変化したのだ。

何だと思ったのもつかの間、洞窟を揺るがすほどの雄叫びをあげ、そのまま脇目も振らずに洞窟を進みだしたのだ。


当然、ゴブリとスライム達に迎撃を頼んだが、彼らの攻撃は まったく通っていなかった。

スライム達は弾き飛ばされ。

ゴブリの攻撃も傷をつけるも、たちどころに治ってしまっていた。

しかも、攻撃を加えれば加えるほど、体毛が揺らめきながら赤さを増し、今では色が濃くなりすぎて若干黒っぽくなっている。


今の段階では、こちらに対抗できそうな戦力がない。

・・・そう、戦力はない


だが、こちらには地の利があるのだ。




俺は、あらかじめ打ち合わせた所定の位置にきたので、ゴブリ達が離れたのを確認し、罠を発動させる。

それは、突然足元がすり鉢状に大きく陥没し、牛人はそのまま避けることもなくそこに落ちた。

深さは大したことはない、牛人の目の高さ程度にしか窪んでおらず、傾斜も上れないことはない。

現に、牛人も腕を穴の縁に掛け、上ろうとしている。


そこに、俺は次の罠を発動させた。

すると、すり鉢の上辺、丁度牛人が手を掛けている高さの辺りの所に、小さな穴が無数に空いた。

牛人は、少し警戒しているが、気にせず上ろうとした次の瞬間




ドプンッドドドドドーーーーーーー!!!!




【ッ?!ぶおぉぉぉおお?!】




突然、穴から吹き出してきた粘性の液体に、驚いたと思えば、牛人は哀れにも手をつるりと滑らせ、雄叫びをあげながらゴリゴリとすり鉢のうち壁を滑り落ちていき、見事にすり鉢の中央まで落ちていった。


彼は、すぐに立ち上がろうとしたが、すり鉢のうち壁を覆った粘性の液体のせいで滑り、起き上がっては潰れ、立とうとすれば転び、少し登ったかと思えばすぐに一番そこまで落ちていった。


俺は、その様子を見て心のなかでガッツポーズをとった。

どうやら、見事にはまってくれたようだ。


これは、スライム達をある方法で液状にし、それを使って落とした相手を足止めする罠である。

最初は、油や毒を直接流すことも考えたが、油を得ることも、相手を直ぐ殺すほどの毒など手に入れる術を持っていなかったのだ。


ポイズンスライムを流すことも考えたが、どうやら彼らはレアポップアップらしく、意識して残しておかなければ多く準備できない。

しかも、あれは神経毒でかなりの遅効性

しかも、揮発性が高く、液体に加工してしまうと直ぐに霧散してしまう可能性があった。


それならば、である。


そう心のなかで一人宣言すると、この罠の真上、天井の部分がパカリと開き、そこから緑の身体に紫の斑点を大量に含んだスライムたちが十ぴきほど、すり鉢の中へ・・・牛人の上に降り注いだ。

そして、このスライムの正体はもちろん


──────“ポイズンスライム”である。





【ぶもぉぉぉぉぉぉおおお!!!】




スライムたちが降り注ぎ、毒の霧がすり鉢の中に充満し始めた頃、牛人は先程よりも大きく長い雄叫びをあげた。

いや、これは雄叫びと言うより、苦悶の叫びか?


どうやら、かなり効いているようだ。

彼は、身体中をかきむしったり、やたら目ったらに腕を振るって穴のそこで暴れている。


だが、液体による妨害と、やられてもしばらく残り続ける毒霧ともたらされる効果によって、徐々に彼の身体に異常が発生し始めていた。


目が体毛同様赤黒く変色し、口や鼻からドロリとした血を垂れ流し、苦しげにのたうち回っている。

このままいけば、おそらく彼は無事ではすまないだろう。



「もしかすると、このまま倒してしまえるかもしれない。」




そんなことを一人呟いてしまった。

それがいけなかったのだろうか、突然、事態は急変した。


牛人は、確かに苦しんでいる

やたらめったらに暴れているも居るし、雄叫びもあげている。

血だって流している、今では両目からも垂れている。


だが、おかしい

なぜか、のだ。


先程から、暴れる勢いは増し、雄叫びは大きくなっている。

それに比例して、流れ出している血の量も多くなっている。


・・・これは?

まさか、こいつは──────




俺が思考を許されたのはそこまでだった。





【ぶおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!】


「な、なんだと?」




一際大きな声で叫んだ牛人が、穴から這い出してきたのだ。

いったいどうやってと、穴の中を確認すると、すり鉢のうち壁にボコボコと無数の破壊痕が見て取れた。

しかも、一つ一つが凄まじい衝撃により周囲に無数のヒビが走っていた。


(ま、まさか、岩壁を砕いてそれを登ってきたのか?!

素手だぞ?!)


驚いていた矢先、更なる驚きが俺を襲ってきた。

なんと、牛人はさっきまでノシノシとした歩みで進んでいたのだが、今度は、上半身を前のめりに倒し、腰を低く落とした姿勢で、ものすごい勢いで進み始めたのだ。


待機していたゴブリ達を後方に置き去りにしながら、まっすぐこちらにはつき進み始めたのだ。


あわてて様々な罠を発動させてみたが、牛人はそれらすべてをまるで無視するように、すべてを受けきり、罠そのものを無効化させていった。


その勢いは、前世で言うところのトラックのようで、速度も途轍もないものである。


そして、隣に控えていたアルファが声をあげた。




【ますたぁ、逃げる

ここ、アルファ、戦う】




状況をもっとも理解しているであろうアルファは、そういってその場で跳び跳ねた。


・・・ダメだ。

アルファでは、ただの無駄死にになってしまう。

俺の知らない能力を秘めているのかもしれないが、それをあてにするには、あまりにも危険である。


それに、当初の計画が、既に通じるような状況ではなくなってしまっている。


ここは、やはり最後の手段として、あれをするしか無いのか?




【ガウアッ!!!】


「・・・コボルトか?」




俺が、最後の手段をとるべきか悩んでいると、目の前には、コボルトが立っていた。


持ち場を離れて、こちらに来たということは、あの牛人と正面から戦う気なのか?


いくら彼でも、あそこまでの化け物を倒せるとは、到底思えないが?



そんなことを考えていると、コボルトは足早にこちらに近づいてきた。

良く見ると、その表情には最初の頃のように鋭く危険なものが浮かんでいた。


どうしたのかと訪ねる前に、コボルトはその鋭い爪が並んでいる手を振り上げ、なぜか、こちらに向けてその手を振りおろ────




「待て待て待て待て待て!!!!」


【ますたぁ!

慌て、ない!!

攻撃、通る、あり得ない!!】




大慌てで声を張り上げてしまった俺をなだめるように、アルファも同じように声を張り上げた。

当事者のコボルトは、俺自身であるコアの数センチ手前で爪が停止しており、少し不機嫌なようすで牙を剥き出した。


な、なんだなんだ?!

いきなりなんだというんだ!!!


俺は、理不尽に攻撃を加えてきたコボルトに文句のひとつでも言おうとしていた所、意外な所から声が上がった。


紛れもない、アルファからである。




【ますたぁ、コボルト、言う通り。

ますたぁが、諦める、ない。

アルファ、コボルト、ゴブリ、仲間達、

みんな、戦う。

あれ、強い、誰も勝てない

でも、必ず、勝つ

みんなで、必ず、勝ちます!!!】




アルファが珍しく、語気を強めてそういってきた。

すると、コボルトもニカッと笑顔をうかべ、こちらに背を向け、どこかへと向かっていった。

それは、おそらく事前に決めていた待機場所なのだろう。


・・・どうやら、余計な世話を焼かせてしまったようだ。




そうだ、ここは、ダンジョンではないか。


数多のモンスターが闊歩し、無数の罠を張り巡らし、数多の命を食らう。


その、ダンジョンの中心は誰だ?

このダンジョンを、守り、強くするのは誰だ?




このダンジョンのボス・・・コアは誰だ!!!




俺は、自問自答を繰り返し、そして、決意した。




何を迷うことがあったのだ!!!

そう、俺は、このダンジョンを守り、導く、そんな存在ではないか!!



俺がやらずに、誰がやるんだ!!!



出し惜しみなんて、する必要が無いじゃないか!!!




俺は、そこまで考え至ったところで、この部屋の入り口に、大きな影が現れた。


それは、少し目を離した隙に、大きな変化を向かえていた。


身体が肥大化し、当初よりふた回りほど大きくなっていた。

真っ白な雄々しい角は、漆黒に色づき、禍々しく湾曲し、天を突いていた。

体毛はもはや完全な黒になっており、身体も灰色がかった黒になっていた。




【GUGOO...GAAGOO...】




もはや、ただの音のように口の端しから漏れだした声は、おおよそ生物が発するような音ではなかった。


禍々しく、圧倒的な力の化身となった牛人を前に、俺はまったく動揺も、恐怖もしていなかった。


なぜなら、俺には既に見えていたのだ。



────確実になった勝利の道筋が









「見せてやる、これが、俺の切り札だ。」












俺は、ウィンドウにそう表示させ、次の瞬間、コアが部屋全体を包み込むようなくらい強烈な光の奔流を発生させた。




【GAO?!】




怯んだように声を漏らし、両手で目をかばった牛人だが、甘い。


本命は、光での目眩ましではないのだ。


俺は、尚も強くなる光を、より持続させるためさらに光量を増した。


もはや、俺以外の誰の眼にも、視覚からの情報を手に入れることが困難なレベルになった頃、それは姿を現した。


俺の陰、光の影響が比較的に少ない位置から、機敏な動きで黒い影が飛び出し、それは牛人の顔の位置まで飛び上がった。


そして、一瞬だけ影が空中で停止したかと思えば、数回ヒュンヒュンと風を切るような音がしたと思えば、陰は牛人の背後の地面に降り立ち、停止した。


そこで、やっと陰の全体像がはっきり見えるようになった。

それは、今作戦の要であり、切り札として待機していた、“コボルト”である。


それを見届けた俺は、コアからの発光をやめた。

すると、先ほどまでの光が嘘のようにいつも通りの部屋の景色がみえた。

そして、そこには、こちらに背を向けて、仁王立ちしているコボルトと、先ほどの位置から変わらず、だが、顔や首に夥しい数の切り傷とそこから湯気が出るほど温度が上がった血がながれている姿が俺の視界に入った。


牛人は、よほど身体が高温になっているのか、血が身体を流れ伝った瞬間、シューシューと音をたてて血が蒸発し、赤い煙を立ち上らせている。


俺は、ダンジョン内で見たこいつの様子から、直ぐに追撃しなければ回復されてしまうと思い、ウィンドウに追撃をするようにコボルトに伝えようとした。


だが、それよりも早くコボルトは踵を返し、再び跳躍すると、今度はその両手に生え揃えた鋭い爪を煌めかせた。


両手の掌底部分を合わせ、十指すべてを牛人に向けて立て、それをギリギリと身体の真横付近まで引き付けた。


そして、牛人の後頭部の高さまで達したコボルトは、引き絞った両手を捻り、通り抜けざまにその両手を前に突き出した。


すると、グチャリという音と共に、牛人の顔の右側が見るも無惨にひしゃげ、歪み、弾けとんだ。


コボルトは、先ほどと同じように牛人に背を向ける形で着地し、両手を肉と血でグショグショにしながら首だけを牛人に向けていた。


牛人は、頭を半分吹き飛ばされ、身体からは今でも血が湧き水の様に流れ出している。

彼の両手も、ダラリと力無く垂れており、今にも倒れそうな程だ。


だが、奇妙なことに俺たちは気が付いていた。


牛人からは、もはや生気や戦闘をする意思は感じない。

呼吸や、先ほどのような生物離れした鳴き声もあげていない。


だが、この牛人・・・牛の化け物は




───まだ、のだ。






【・・・・・・・・・Buoooo......】




微かな、本当に微かな音が、確かに聞こえた。

俺やコボルト、アルファですらその音に気が付き、そして、次の瞬間、俺たちは信じられない現象を目の当たりにした。


それは、牛人の目が、急に赤黒く煌めき、口をカタカタとぎこちない動きで開いたかと思うと、全身から凄まじい蒸気を出したのだ。

熱風と煙により、コボルトは俺の後方まで下がり、アルファはペタンと平らになることでそれらの驚異から逃れた。

俺は、特に問題がないので、じっと牛人の様子を観察していたのだが、正直、それを見て絶望した。


なんと、牛人は煙の中、欠損した右側頭部、無数の切り傷をみるみる回復させ、またも姿を変容させていたのだ。


煙が晴れる頃には、ほぼ無傷でここに来たときよりも、より黒くその身を染めた牛人が、ギラギラとした瞳でこちらを見ていた。




【ガウッ!!!】

「ま、まだ・・・動くのか?!」




コボルトの悪態をつくような鳴き声と、俺の驚きのメッセージがほぼ同時に出てきたころ、さらに、事態は悪化した。


事態の変化にいち早く反応したコボルトが、先ほどと同じように俺の前に躍りだし、跳躍しようと姿勢をグッと下げた瞬間、先ほどまで離れた位置にいた牛人が、既に拳を振りかぶり、コボルトが飛び上がる前に殴りかかったのだ。

コボルトは、それにまったく反応できず、その身をくの字に曲げられ、そのまま壁まで吹っ飛ばされた。

壁に衝突し、派手な音を立てたと思えば、牛人がいつの間にかそれに追い付き、跳ね返ったコボルトの身体を乱暴に掴むと、反対側の壁に向かってぶん投げた。

さらに、壁に衝突し、再び中空に身体が投げ出されたコボルトに、今度は跳躍していた牛人が全体重をコボルトにかけるように上から両足で踏みつけ、そのまま地面を窪ませる程の衝撃を伴って、着地した。

コボルトは、声をあげる暇もなく、一連の攻撃をうけ、牛人の下で動かなくなっていた。

俺の身体に感じる感覚から、死んでいないのはわかっているが、ほぼ瀕死の状態である。


これら、一連のことが、1秒あまりで目の前で起こったのだ。

俺も、視界でとらえることは出来ておらず、身体に感じる感覚だけでなんとか知覚できたのだ。


牛人は、コボルトの上から退き、ノシノシと這い出し、こちらに向き直ると、口の端からフシューッと煙を吐き出した。



・・・不味いぞ

俺に、打てる手がもうほとんど無い


アルファも、俺の前に躍りだし、守ろうとはしてくれているが、正直あまり意味はないだろう。

あの速さに強さ、俺の見てきた中で最も上位のものだ。

この部屋には、罠やトラップを置くことはできない。


それはさんざん試し、今もやってみて、エラーメッセージが出てくるだけだ。

逃げたそうにも、俺はここから動くことが出来ない。

アルファはまだ動けるが、仲間を呼ぼうが、アルファに攻撃をしてもらおうが、おそらく無駄死にになってしまうだろう。

ゴブリもコボルトも、既に戦闘不能もしくは瀕死に追い込まれてしまっている。


・・・

・・・・・・ここまで明確な事実が並んでしまえば、俺も認めるしかないだろう。


俺は、間違いなく“” と


そう俺が考えた瞬間、アルファが牛人の身体目掛けて飛び出した。

だが、牛人はそれをひょいと避けると、片手を進行方向を遮るようにかざした。

アルファは、べちゃっとそれの掌に当たり、纏わり付いた。

牛人は、その掌で地面をバンッと叩くと、手にくっついていたアルファの身体を擦り落とすようにグリグリと擦り付けた。

少しして、手からアルファの残骸が完全に離れたことを確認してから、牛人は改めて俺の方を見た。



・・・くそ、やっぱりだめか。

アルファがやられている間に、何か逆転できるようなアイデアを捻り出したかったが、どうやら難しいようだ。




【BUMOOooooo.......】




長めの唸り声のあと、牛人は一歩、また一歩と俺までの距離を詰める。


それは、俺をなぶるような、おちょくるような意味でも含んでいるのではないかと思えるほど、ゆっくりゆっくりと近づいてきた。


一歩、一歩、また一歩。


すでに、5メートルも無い距離。


一歩、また一歩。


もはや、腕を伸ばせば俺に届くだろう。


歩みをやめた牛人は、もう一度唸ると両腕をモソリと持ち上げた。


ゆっくり、ゆっくり

ユラユラ、ユラユラ


大きく凶悪な掌が、俺のいる高さまで上がった。


ついに、俺は、やられてしまうのだろう。

ダンジョンに転生し、手探りで色々なことをしてきた。

だが、やはり俺には、過去に読んだ小説や物語のような活躍や能力を活用することは出来なかったようだ。


どういった経緯

どういった能力

どういった使命


おおよそ、行動原理となるようなことが一切分からず、なんとなく与えられてしまったこの生活も


いよいよ、終わらされてしまうようだ。



ああ、何てことだろう?

こんなに、死が間近に迫っている

こんなに、覆し得ないことが起こっている

こんなに、呆気ない終わりを突き付けられている


それなのに、なぜ?

それなのに、どうして?


俺は、こんなにも

・・・死ぬ気配が一切しないのだろう?





なぜだ?

この状況、間違いなく殺されるだろう?

ここまできて、死なないわけが無いだろう?


なのに、なんで?




なんで、こいつから・・・逆に“殺してくれ”って、言ってるように聞こえるんだろう?





俺が、そんな突拍子もない思考に囚われている間に、事態は妙な方向に進んでいた。

なんと、俺を握りつぶすとばかり思っていた両手が、なんと、俺を素通りして、牛人自らの頭に運ばれていたのだ。


どう言うことだと困惑していると、牛人は自らの頭を押さえ、その鋭い爪すべてを頭に深々と突き立ててよろよろと数歩後ずさった。



(なんだ?いったい、何が起こってるんだ?)



訳が分からずしばらく観察していると、牛人はまるで拷問にでもあっているかのようにその場にうずくまり、苦しげに声をあげ、口のはし、鼻や眼からドバドバと血を流しながらのたうち始めたのだ。


しかも、その間身体の変色がドンドン進み、身体全体がドンドン黒く黒くなっていったのだ。

それは、まるで身体が焦げて炭に変わっていってるような感じで、身体からは絶え間なく血が流れ出し、それが地面に垂れる前に蒸発し、身体も膨れ上がっていたはずだが、いまは逆にドンドン萎んで行っている。


それは、徐々に激しさを増していき、最終的には骨と皮だけのミイラのような状態になってしまった。


それでも、牛人は苦しんでおり、血も止まることがない。

そんななか、牛人がギョロリとした眼を突然こちらに向け、もはや動いているのが不思議な程カラカラになった口をパクパクと動かした。


もちろん、やつの言葉なんて分からない

鳴き声も上がっていない。


だが、やつの眼と口の動きで、俺は、理解できてしまった。

いや、理解させられてしまった。


やつは、確かに言った。




“【殺してくれ】”と




俺は、唇があればそれを噛み千切らんばかりの勢いで、牛人を睨み着け、こう言っていただろう。



「どうして、死にたがるのだ」

「お前が奪った生き物達の前で、同じことが言えるのか?」


俺は、どうしようもない怒りが込み上げてきた。

この、この牛畜生は、この期に及んで“死にたい”と言っているのか?


散々、散々他の生物を殺しておいて?

たくさんの生活を狂わせておいて?

たくさんの自然を破壊しておいて?


これは、死ぬことで救われようとしているのか???



それは、それは、許されない

いや、俺が許せない。



こいつには、生きてもらわねばならない。


俺のモンスター達を、ここまで痛め付けたのだ。

俺達の住みかを、ここまで蹂躙したのだ。

俺たちの努力を、ここまでおとしめ嘲笑ったのだ


俺たちを、他の多くの生き物達を、ここまで踏みにじり荒らしていったのだ。




その報いは、生きていなければ出来ない。

その報いは、他の生き物よりも生ききることでしか、償われる筈がないのだ!!!





気が付けば、俺はウィンドウを開き、ある項目を探し、そして選んでいた。


それは、普段は半自動的に行われ、意識しなくても出来ること。

本来なら、自らの成長の為だけに使われていること。


それは



【コア付近にいる “牛人” を、ダンジョンの一部として、吸収しますか?

はい← いいえ】




迷わず、俺は“はい”を選択した。


そうして、目の前の牛人の身体は、突然液体の様に変化した床にゆっくり飲まれ、徐々に沈んでいった。


沈んでいく最中、牛人の眼はずっとこちらを見ており、動く筈の無いその口は、ピクピクと動いていた。


おそらく、何か言っていたのだろうが、俺の知ったことではない。



なぜなら、その言葉がなんであれ、俺が聞くにはお門違いなのである。




文句は、自分に言うべきだ。

謝罪は、俺のモンスター達や死んでいったもの達に言うべきだ。

助けは、神様何かにこうべきだ。


俺に掛けるべき言葉なんで言うのは、“うらみごと”だけでいいのだ。




俺は、これからお前を、自分の都合だけで、利用させてもらうのだから





俺は、自らの中に溶け出すように消えていく、牛人を見届け、もう一度ウィンドウを開き、ある項目を開いた。



そこには、こうかかれていた。




【ダンジョンモンスター→ スライム、ポイズンスライム、ゴブリン、コボルト(瀕死)、牛人(現在使用不可)】






こうして、俺のダンジョンに、また新たなモンスターが登録されたのだった。








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