第4話 犬人
それが姿を表したのは、なんの前触れもない平和な日だった。
俺が、いつも通りダンジョンの状況を確認しながら、アルファやゴブリに指示を出していたときだった。
突然、アルファが俺の言葉を遮って、発言した言葉により、それは始まった。
【ますたぁ、侵入者、来た
しかも、今回、モンスター、変
弱いけど、強い】
アルファの警戒を含んだその言葉に、ゴブリは、すぐにこちらをみてコクりと頷いた。
俺も、了解の意を示すため、強い肯定を意識すると、彼は素早く対応に向かった。
ゴブリは、【ギャギャギャッ】と鳴き声を上げると、バタバタと部屋を出ていき、大きな叫び声を上げながらダンジョンへと姿を消していった。
俺も、素早くポップアップポイントをいじり、迎撃用の配置に変更、さらに、仕掛けていた罠が正常に動くか念のため確認し、不具合がありそうな箇所を新たに更新していった。
ちなみに、ここまでで数秒も掛けておらず、実に素早くダンジョンを迎撃体制に移行させることが出来た。
これは、あらかじめ決めていたことであり、ゴブリがダンジョンに来てから初めて実行する体制である。
いままでは、ゴブリにスライム達を数匹回し、あとはゴブリが指示を出してモンスターを迎撃またわ撃破してきた。
だが、アルファの【────弱いけど、強い】の一言で、今回初となる迎撃システムを試すことにした。
これは、このダンジョンに明らかな脅威が迫っていると判断した際に、あらかじめ決めていた配置である。
初お披露目となるが、さて、どうなるか
ほぼぶっつけ本番で実行するとは思わなかったが、やらなければやられてしまう。
そんな気がしたため、この体制へと移行させた。
しばらくすると、アルファから配置完了よ言葉が伝えられ、俺は視界を入口付近の天井に飛ばした。
さあ、今回訪れるのはどんなやつなのか
アルファに警戒されるほどのモンスターとは、どんなやつなのか。
俺がそんなことを考えながら、入口をジッと見つめていると、不意に、入口付近に一匹のモンスターが姿を表した。
それは、鋭い眼光を宿し、その鋭い爪と牙を見せつけながら入ってきた。
全身にゴワゴワの青い毛を生やし、その表情には、どこか余裕を感じるような何かを感じさせた。
俺の知識の中で、最も近しいものをあげるならば、狼男や“コボルト”と呼ばれる犬人のモンスターである。
だが、その見た目は筋肉質とは言いがたいくらいスラリと細く、その鋭い眼も合わさり、とても冷酷で知性を感じさせるような見た目をしている。
これは、もしかすると本当に危険かもしれない。
俺は悪寒を感じつつ、当初の予定どおり、最初の罠を発動させる合図を、アルファに送り、いよいよ、初のダンジョン防衛に臨んだのだった。
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結論から言って、防衛は失敗に終わってしまった。
なぜなら、俺の目の前に、件のコボルトがその鋭い眼光をこちらに向け、口元をニヤニヤと歪めながら迫ってきていたからだ。
あれから、事前に用意していた罠や、複合トラップ、ゴブリ達の罠やダンジョンを利用した攻撃を、ことごとく見破り、対処され、戦闘でも到底ゴブリ達には敵うようなものではなかったのだ。
ずっと監視と対策を進行形で実施したのだが、その全てを、このコボルトは対処し、突破してしまったのだ。
そして、ついにゴブリが瀕死に追いやられ、残るはコアである俺と、連絡や指示のために残っていたアルファだけになってしまったのだ。
モンスターを呼ぼうにも、到底間に合うような距離でも、ましてや早さも無い。
罠も俺の周囲には置けない。
ゴブリは少し前に、大健闘をしてくれたのだが、単純な強さが違うようで、倒されてしまった。
痙攣はしているところから、死んではいないと判断できるが、俺を護るために復帰させるのは期待できないだろう。
コボルトは、その鋭い爪をギラつかせ、ドンドンこちらに近付いてくる。
俺は、何か出来ることは無いかと考えを巡らせてみるが、既に何かを出現や対策をしようにも、距離が近すぎる。
もはや、アルファに対処してもらう以外に、選択肢は残されていなかった。
【ますたぁ、許可、欲しい
アルファ、やつ、倒す】
先ほどから、アルファは繰り返し俺にそう言ってくるが、返事が出来ないでいた。
それは、これまでのコボルトの行動をみて、確信していることがあるからだ。
それが、このコボルト
実は“全く本気を出していない”と言うことだ。
その根拠として、彼はこれまでの罠や対策に、全て引っ掛かった上で対処している事である。
落とし穴、落石、スライムによる圧殺、ポイズンスライムの毒等々
俺が事前に準備、対策していたことの全てが、全て完璧に作動していたにも関わらず、見事に対処されてしまっているのだ。
これは、このコボルトに暗に言われてしまっているのだ。
“───その程度では、敵は倒せない”
と、まるで突きつけられるように感じるのだ。
所詮、経験則や前世の記憶のみでしかダンジョンを知らない俺では、やはり限界があったのだ。
目の前の、鋭い眼光の犬人は、その事実をありありと見せつけるように迫ってきたのだ。
敗因は、いくらでも上がるだろう。
これが初めて試す防衛ではあることもある。
いままで、このようなことがなかったこともある。
健闘してくれたが、ゴブリンやスライム達だけで、まともな戦力が存在していなかったのもある。
だが、もっとも大きな敗因は
俺の考え方が、甘かったことがあるだろう。
これは、ゲームやシミュレーションではないのだ。
これは、自らの命が掛かっているものだ。
物は試し、次がある、だめならやり直す
そんな、心のどこかにあった甘えが、この危機的状況を招いてしまったのだろう。
既に、コボルトは俺の目と鼻の先まで迫っていた。
アルファは、コボルトと俺の間に立ち塞がるように、身体を大きく伸ばして威嚇していた。
コボルトは、少し鬱陶しそうに爪をギラリと煌めかせると、そのままアルファにその爪を振り下ろそうとした。
「まて!!」
思わずそう言っていた俺の目の前に、ウィンドウにその一言がポンッと表示された。
それに驚いたのか、コボルトは攻撃を中断し、大きく後ろに飛び退いた。
なんだ?
いま、俺の声に反応したのか?
すると、アルファは元の大きさまで縮み、追撃をしようとした。
だが、それよりも速く、コボルトは低いうなり声を挙げて、その場で突然しゃがみこみ、そのまま斜め前方にくるりと回った。
それと同時に、先ほどまでコボルトの頭がある位置を、前回同様弾丸のような速さでアルファが駆け抜けていったのだった。
突進が外れ、アルファは無惨にもダンジョンの岩壁にベチャッと激突してしまい、そのままズルズルと地面に流れてウゴウゴと蠢いていた。
コボルトは、それを確認すると、再びこちらに歩み寄ってきた。
俺は、再び目と鼻の先まで来たコボルトに、確かな恐怖を感じながら、俺は再び、言葉を紡いでいた。
「待ってくれ。
もし、俺の言葉が分かるなら、少し話し合いたい」
ポンッとウィンドウが軽快な音を立てて再び俺の前に表示された。
すると、コボルトは少し驚いていたが、すぐにその鋭い爪と牙を剥き出し、警戒体制に入った。
やはり、声に反応した訳じゃないのか?
俺が内心舌打ちをしつつも、違う方法が無いかと思考を巡らせていると、コボルトは急にキョロキョロと辺りを見回し始めた。
どうしたのかと思えば、コボルトはスンスンと辺りの匂いも嗅ぎ始めた。
そして、後ろを振り返り、また同じような行動を繰り返した。
・・・もしかして、声の主がどこにいるか探しているのか?
と言うことは、声事態は聞こえているのか?
俺は、確かめるために再び喋ってみることにした。
「俺の声が聞こえるのか?」
すると、ピンっと両耳が立ち、今度はうなり声と共に、その鋭い爪を振り返り様にブンッと音がなるほどの速さで振り下ろした。
だが、当然背後には誰もいないので、コボルトの爪はたた何もない空間をかいただけだった。
それに、攻撃をしたコボルト自身が一番驚いており、その表情がさらに鋭くなった。
「落ち着け、お前がこちらを害さなければ、こちらはなにもしない。」
【ガウッ!】
一際大きな声で吠えながら、コボルトはやたらめったら爪を振るい、この部屋の壁や天井、床にまで攻撃をした。
途中、コアの裏や倒れているゴブリを調べたりと実に様々な行動をした。
そして、一通りやれることをやり尽くしたのか、コボルトは息を切らせながら、その場にペタンと腰をおろした。
「・・・満足か?」
【ガウッ!ガガッ!】
俺が声をかけると、なげやりな様子で頭を振り、片手をブンブン振った。
人間臭い動きをするなぁと思いつつ、俺は、再び声をかけた。
「お前は、このダンジョンになにをしにきた?
わざわざ罠に全部引っ掛かり、あまつさえゴブリンまで倒して見せた。
・・・何のつもりなんだ?」
俺は、ウィンドウにそう表示させると、コボルトは興味深そうにウィンドウを見つめており、しばらくみた後、興味を失ったのかまた視線を下げ、一声鳴き声を上げてから再び同じ動作をした。
・・・なんだ?
これは、どういう反応だ?
俺が、コボルトの反応の意味を考えていると、いつの間にか復活していたアルファが、俺のすぐ近く、いつのも位置まで戻ってきていた。
そして、俺に再び身体の一部を触れさせると、ややしばらくの沈黙のあと、いつもの声が聞こえてきた。
【ますたぁ、無事?
アルファ、役に立てなかった。】
「気にするな、コボルトも、ひとまず落ち着いてくれた様子だ。
それに、もしかすると、話が分かるやつかもしれない。」
俺がそう言うと、アルファはプルプルと振るえたあと、再び声が聞こえてきた。
【ますたぁ、今呼んだ。
ゴブリ、助かる。
話すため、仲間、呼んだ】
断片的で、少々分かりずらい言葉ではあるが、ここ数日のやり取りのお陰で、アルファが何がしたいのか理解し、俺はありがとうと伝えた。
すると、ダンジョンの方からスライムが数匹姿を表した。
それをみて、少しだけ警戒を強めたコボルトは、牙を向きながらスライム達を威嚇した。
だが、スライム達はどこ吹く風で、先ずは倒れているゴブリの元へ集まりだした。
すると、数匹が腕や足、身体の下に潜り込むと、一瞬大きくゴブリの身体が波打ったかと思えば、素早くゴブリの身体が床を滑ってこちらのすぐ近くまで来た。
その光景をみて、コボルトは尻尾と耳をピンと立てて両目を見開いていた。
どうやら、驚かせてしまったようだが、そのどこか間抜けな表情に、少しだけ笑いが込み上げてきたが、すぐに俺はすぐ近くまで運ばれてきたゴブリを見下ろした。
念のため、スライム達にお願いして、ゴブリの身体を裏に表にひっくりがえしてもらいながら、大きな外傷が無いか確認した。
どうやら、目立った外傷は無い。
コボルトは、爪や牙で攻撃はしていたが、どうやら傷つけたりはしていなかったようだ。
そうと解れば、俺はスライム達に感謝の意を伝え、再びアルファを通して指示を与えた。
すると、スライム達のほとんどは部屋を出ていき、ダンジョン内へと戻っていった。
残ったのは二匹であり、一匹はゴブリに寄り添うように、もう一匹は未だに驚いた様子で固まっているコボルトの元へ向かっていた。
当然、コボルトは爪や牙を使ってスライムを威嚇していたが、効果がないと判断すると、すぐにそれらを引っ込め、こちらをただジッと見つめてきていた。
・・・どうやら、コボルトは相当高い知能を有しているようだ。
この個体だけかもしれないが、少なくとも俺がであっているモンスターの中で、最も人間臭く、賢さがにじむような行動をとっている。
そんなことを考えつつ、ついにスライムがコボルトのもとまでたどり着くと、スライムは、その身体をコボルトに触れさせることに成功した。
コボルトは、少し嫌そうな顔をしていたが、攻撃したり、スライムから逃げるようなことはしなかった。
それを確認すると、俺はアルファにお願いして、さっき俺がいっていたことを再びコボルトに伝えるよう言うと、アルファは説明を開始した。
最初は、驚いた様子ではあったが、次第に真剣な顔にかわり、最後には立ち上がり、低いうなり声をあげ始めた。
ん?
どういうことだ?
目的を聞いただけで、ここまで怒るようなことなのか?
俺がそう思っていると、コボルトはまるで抗議するように数度吠えると、その鋭い爪をギラリと見せつけてきた。
アルファになんと言っているか確認すると、信じられない内容が返ってきた。
【コボルト、逃げてきた、でも、やられた、生き延びるため、森来た、ここ見つけて、休む、決めた、でも、ダンジョン、驚き
ここで、強さ、高める、決める
でも、ここ、弱い、あまり、強くなれない
このまま、全滅、それ、だめ
まだ、追って来てる、それまで、力つける、反撃のため、コボルト、助ける、そうすれば、ここ、守る
断る、ない
断る、今すぐ、コア壊す】
片言で分かりずらいかもしれないが、とんでもないことを言ってきた。
どうやら、このコボルトは何者かに襲われて逃げてきたようだ。
助かるために、この森を進んできたらしい
そして、ここを見つけて、体力を回復させるために訪れたそうだ。
だが、ここがダンジョンであると気づき、力を蓄えて、反撃しようと考えた。
だが、ここが思っていたよりも弱いダンジョンであり、このままでは自分もろともダンジョンがやられてしまう。
そいつがここを見つけて襲ってくる前に、反撃するための力をつけろと。
拒否権もないし、断ったら今すぐ俺を壊すと?
なるほど、これは、選択の余地もないだろう。
何者かは知らないが、少なくとも現在の戦力で太刀打ちできないこのコボルトが、理由はどうあれやられたのだ。
仮に、ターゲットであるこのコボルトを何とか追い出したとしても、そのままここに手を出してこないとは考えにくい。
もし、ここを襲われてしまったら、そんなやつ相手に無事でいられるとは考えにくい。
それに、ここで断ればおそらく本当に今ここでこのコボルトにコアを壊されてしまうだろう。
現に、目の前のコボルトは今も爪をこちらにかざし、低くうなっている。
これは、断るメリットも、理由もあまりないだろう。
俺は、コボルトの提案を受け入れることをアルファに伝えると、コボルトはニヤリと口元を歪め、構えていた爪を引っ込め、ズンズンとこちらに近寄ってきた。
少し警戒したが、アルファもあまり警戒しておらず、ことの成り行きを見守っていると、コボルトはアルファと俺の前で止まると、その場で片手、片膝を付き、ゆっくりと頭を下げた。
どうやら、ひとまず協力してくれそうである。
こうして、一時的ではあるが、このダンジョンに新たな戦力である“コボルト”を迎えることが出来た。
ひとまず、一息つけると思いたいが、近いうちに更なる脅威がこのダンジョンに訪れてしまうと分かっているので、最善を尽くさなければならない。
今回学んだことも踏まえ、何が来ても対応できるようにしなければ
気持ちも新たに、俺たちとコボルトは、まだみぬ強敵への備えを進めていったのである。
そして、その脅威が姿を表したのは、コボルトがここに住み着き始めてから、20日ほど経った頃だった。
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