第73話「不死と幽霊」
帝国騎士団に未来はない。
ロイエスもその点はエラケスに賛成だ。
竜騎士登場以前から騎士については疑問を抱いていた。
大人は子供たちに、我が国の騎兵は最強だと教えている。
だが帝国も含めて、世界中の人々がモンスターを恐れて内陸から沿岸へ移り住んでいる。
敵は内陸より海からやってくる方が多いのだ。
敵艦隊が領海に侵入してきたら海軍の出番だ。
もし突破されたら、砲兵を擁する歩兵隊が上陸を阻止する。
そのような時代に騎兵は必要だろうか?
魔法艦の時代は終わったが、各国はこれからも総力を上げて海洋進出を益々進めていくだろう。
一方、帝国は出番が減り続けているお飾り騎士団に莫大な税金を費やし続けている。
海洋進出はその余りで遣り繰りしながらだ。
馬に跨るということを特別視しすぎるから時代が見えず、自分たちのしていることが適切かどうかわからないのだ。
ロイエスが考えるのはここまでだが、エラケスはその先まで考えてしまった。
即ち、使い道がなくなったのにやたらと金がかかるお飾り騎士団も、それにハマっている帝国も消えてしまえ、と。
ロイエスは、一緒に酒を飲んでいた時でも明かされることがなかった部下の本心に驚いていた。
確かに強大になりすぎた騎士団をどうにかしなければ、帝国は衰退するかもしれないと危惧していたが……
「世直しか。だったら敵と通じたりせず、政治家に転向して改革を訴えれば良かったではないか」
提督の指摘に対して伝声筒からは苦笑が聞こえてきた。
「ご冗談を。私は帝国を直したいなどとは考えておりません」
直しようがないと確信したから壊すのだ。
ただ、個人の力では帝国にかすり傷一つ付けることができないので、目的を同じくするネイギアスと組んだ。
そう、帝国はもう直しようがないのだ……
エラケスが艦長業務に慣れた頃、縁を切っていた父に呼ばれた。
久しぶりに見た父は随分と老いていて驚いたが、もっと驚くことがあった。
弟が亡くなっていた。
焦っていた弟は両親の制止も聞かずに竜騎士へ転向し、訓練中の事故で亡くなったのだという。
父はかつて波風呼ばわりしていた息子に告げた。
「
家に帰ってこい——
絶縁状態を解消し、正騎士である我が家の家督を継げということだ。
弟の死後、正室は後から生んだ娘の嫁ぎ先へ談判に通っていた。
何とかその夫に婿養子になってもらうためだ。
長年、妻の顔色を窺って暮らしてきた父だったが、これには反対だった。
家名は残るかもしれないが、いつかこの家が他家の分家のようになるということではないか。
正室の機嫌のために家をくれてやるわけにはいかない。
我が家の男子は次男だけではない。
そこでエラケスに白羽の矢を立てたのだ。
ただ、血を分けた息子は海軍軍人だ
このままでは世間に対して恥ずかしい。
そこで、初めは従騎士からだが、弟のときのように手を回してすぐに正騎士に昇格させる。
家督は婿養子ではなく、正騎士となった長男に継がせよう。
そんな計画を立てていた。
「あれほどなりたがっていた正騎士にしてやると申しておるのだ。これからは懸命に親孝行いたせ」
「正騎士……」
彼の呟きを聞いて、父は餌に食いついたと喜んだ。
「そうだ。遠回りをしたがワシのおかげでようやく——」
その先を聞かずにエラケスは書斎を出た。
戯言はもう聞かなくてよい。
邸の正門を出たとき、一度だけ振り返った。
「……あんなものに憧れていたのか」
誰かの都合によって正騎士にならせてもらえたり、もらえなかったり。
かつて憧れたものはこんなにも軽いものだったのだ。
あんなに威圧的だった館が、なんだか安っぽく見えた。
館だけではない。
きっと、かなり前から騎士団は安くなっていたのだ。
正騎士の誇りを金で売買できるほどに。
そんなものに努力したり、傷ついたり……
彼は艦に戻る道すがら、その馬鹿々々しさを悟った。
騎士がいる限り、帝国は変われない。
帝国が変わらない限り、騎士という不正の温床はなくならない。
馬を国の基本として始まった帝国がこの悪循環を根本から断つのは無理だ。
こういうものは外側から壊してなくすしかないのだ。
それでネイギアスと組んだ。
別に彼の国が良い国だとは思っていない。
利害が一致しただけだ。
ただ、嘘だらけの帝国と違って、彼らは自分たちに利がある間は相手に対して誠実だ。
憧れた正騎士は幻だったが、密偵から引き渡された抗魔弾は本物だった。
アルンザイトは航行不能に陥り、追いかけてきた僚艦は一連射で消滅した。
提督と話している最中も砲撃戦は止まらない。
さっきから防御に専念しているので、艦隊からの砲弾は障壁を突破できないが、その衝撃は伝わる。
核室に当たれば一撃必殺の抗魔弾も、衝撃で狙いがずれてしまって艦中央に当てるのが難しい。
加えて高波もある。
それでも何とか当てようと、ガラジックスは抗魔弾を吐き出し続けていた。
このままでは罠が!
もう聞こえても構わないと意を決した提督が伝声筒に叫んだ。
「とにかくその弾を撃つのをやめろ! その弾は——」
ドォォォーンッ!
その弾は罠だ、と伝えるより早く艦中央で大爆発が起きた。
核室の近くだ。
爆発の衝撃が下から突き上げたので甲板はめくれ、マストが根元から折れて海に倒れた。
ぽっかりと開いた穴からは炎が吹き上げて、まるで火口のようになった。
そしてその火口から、火精が這いずり出てきた。
「応答しろ、エラケス!」
「…………ゲホッ! ゴホッ! ……て、提督……」
負傷したようだが、彼は生きていた。
とりあえず無事であることがわかった提督は胸を撫で下ろし、急いで指示を出す。
「話は後だ。総員退艦させ、貴様もこっちへ来い!」
「……退避は不可能です」
彼は倒れてきたマストに足を潰されて動けなかった。
助けを呼ぼうにもまるで人の気配がしない。
甲板にいた者は衝撃で海へ投げ出され、艦内にいた者は全滅したのだろう。
下から上がってきた火精は、さっき抗魔弾で仕留めた僚艦と同じようにガラジックスを火の塊に変えた。
強制転移まであと少し。
伝声筒はまだ繋がっている。
ロイエスは裏切り者にではなく、第二艦隊以来の部下に尋ねた。
最後に何か言っておきたいことはないか、と。
「提督、申し訳ありませんでした」
息も絶え絶えに、〈ロイエスの子〉は師匠に詫びた。
裏切ったことをではない。
師匠の、海軍の目標を大きく後退させてしまったことをだ。
すべてとはいかなかったが、彼はネイギアスと内通したことで連邦の事情を掴んでいた。
もちろん密偵の言うことを鵜呑みにはしていない。
情報の裏は取っている。
連邦はリーベルと同じ悩みを抱えていた。
魔法艦隊こそなかったが、彼の国の魔法は決してリーベルに劣るものではない。
コタブレナの敗戦で評判が落ちただけだ。
だから弱点も同じだった。
ネイギアスの魔法も竜に弱い。
リーベルなきいま、連邦に竜が飛んでくるのは時間の問題だった。
対竜兵器が必要だ。
ところが〈老人たち〉は抗魔弾に全力を注いでいた。
アレータ海の敗戦は魔法が敗れたというより、単に奇襲がうまくいっただけだと解釈していた。
ウェンドア攻略戦において小竜隊は障壁に阻まれて何もできないまま退却したではないか。
失った艦隊も、王国が健在ならすぐに回復させることができる。
復活した魔法艦隊に竜は通用しないだろう。
ならば対竜兵器より抗魔弾を優先すべきだと考えてしまったのだ。
まさかその後、各国の主力になるとは……
いまや竜の時代——
ネイギアスは対竜兵器を生み出す時間をなんとしても稼がなければならなかった。
そのためにイスルード島では解放軍を支援し、帝国ではエラケスのような者に内通を働きかけたのだ。
霊式艦を巡って複雑に利害が絡み合っていた。
解放軍のハーヴェンは柩計画そのものに用はないが、決起のときだけ竜を追い払いたい。
そのために対竜兵器の現物が必要だ。
ネイギアスは速やかに対竜兵器を用意しなければならない。
そこで第四艦隊を実験台にして、霊式艦が本当に竜に勝てるのか確かめる。
無事に勝利できたら現物もよく調べたいので、第三艦隊に破壊させるわけにはいかない。
エラケスは騎士という幻を消し去りたい。
これを滅ぼすにはネイギアスの力が必要だ。
だから第三艦隊を食い止めて新型を逃がす。
〈老人たち〉の密偵が言っていた通り、新型は第四艦隊を全滅させた。
これが連邦に渡れば、竜騎士は自由に敵の頭上を飛ぶことができなくなる。
あとはリーベルから引き継いだ魔法艦が残っているが、さっき抗魔弾の有効性が証明された。
これから北上してくる
空はダメ。
海もダメ。
世界中がより遠くへと競って進出する中で、陸に封じ込められた帝国は滅びるだろう。
だから竜と魔法艦の連携攻撃など、成功してもらっては困るのだ。
それでは竜騎士になろうという騎士が増えてしまうし、魔法艦の価値が見直されてしまう。
竜騎士だけでも面倒なのに、トルビーヌ型のような魔法艦を増やされたら厄介なことになる。
第四艦隊は邪魔だ。
そして価値に気付いた帝国にファンタズマを渡すわけにはいかない。
エラケスとネイギアスの利害が一致していた。
ただ……
実の父から見向きもされなかった側室の子を、ロイエス提督は正面から見てくれた。
育ての親といっても過言ではない。
その親の夢を、自分の計画のために敵と組んで潰してしまった。
そのことだけは申し訳なかった。
甲板の火勢は極限に達している。
まもなく転移が始まるだろう。
ネイギアスに裏切られていた。
抗魔弾に何かの魔法をかけておくことはできない。
おそらく箱に仕掛けがあったのだ。
全部撃ち尽くしたら生き証人が降伏してしまうかもしれないから、箱が軽くなると爆発するようになっていたのだろう。
だがエラケスは恨み言を言うつもりはない。
裏切り者は自分も誰かに裏切られることを覚悟しておかなければならない。
だから用済みになったら切り捨ててくると予測していた。
ただ想像していたよりその時期が早かっただけだ。
自分の読みの甘さを棚に上げて、〈老人たち〉を恨んでいる場合ではない。
提督が最後に何か言い残すことはないかと尋ねてきている。
早くしなければ転移の時が来る。
何か言い残さねばと少し考え、彼は密偵と通じて手に入れた情報を伝えることにした。
提督たちの夢を潰してしまってすまないと思うなら、謝罪や感謝より何か有益なことを言い残さねば。
「密偵の言葉を鵜呑みにはできませんが、奴らの対竜兵器は〈不死〉に関係しているそうです」
「不死……」
不死といえば死霊魔法だ。
連邦が条約違反を?
リーベルの新型は闇精艦だった。
すごいとは思うが、これは別に条約違反ではない。
ただ、その艦名は〈
不死と幽霊。
この二つから思い浮かんでくるのは死霊魔法しかない。
ファンタズマには闇精の他に死霊魔法に関する何かがあるのか?
ロイエスは何となく今回の事件が見えてきた。
まずリーベル王国が闇精艦を建造した。
同時に何らかの死霊魔法が施され、これこそが竜への対抗手段だった。
〈老人たち〉がどうやってそのことを知ったのかわからないが、彼らが欲しいのは闇精艦ではなく、この死霊魔法の方だろう。
だが、お目当ての幽霊船は王国から共和国へ、その後帝国の手に渡ってしまった。
もはや諦めるしかないと思われたが、エルミラ王女の奮闘により解放軍の下へ帰ってきた。
これなら交渉できる。
解放軍は島に派遣された騎士団に苦戦中だ。
他国の支援が欲しいはずだ。
そんな彼らに連邦が手を差し伸べた。
見返りは幽霊船だ。
それをどうしてエルミラ王女が届けに行くのかよくわからないが、解放軍を代表して協定の調印に向かっているのかもしれない。
彼女は連邦と解放軍の繋がりを示す証拠だ。
幽霊船が帝国に拿捕されると連邦としては非常にまずい。
そこでエラケスという保険をかけておいたのだ。
密偵が彼に不死の対竜兵器のことを明かしたのは信用を得るためだろう。
随分と重要な機密を明かしたものだと聞いている方も心配になるが、別に知られても構わなかったのかもしれない。
どうせ、用が済んだら始末するのだから……
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