第59話「もう一つの対竜兵器」

 正体不明の船列はファンタズマに気が付いたのか、ジグザグと逆風の中を上がってくる。


 それを見たエルミラはこの船列を敵艦隊と認めた。

 じいもその意見に賛成した。


 船列は南へ向かっていたようだが、その先に何もないことは航海者なら誰でも知っている。

 そして探知円も出さず、正確にこちらへ転舵してきた。

 交易船団ではなく迎撃艦隊だと考える方が自然だ。


「両舷、舷側砲用意! 実弾装填、貫通力付与!」


 じいは甲板にいる者たちに指示を出した。

 両舷の魔力砲から魔法ではなく、実砲弾を発射する。

 魔法兵はその砲弾に貫通力強化を付与せよという指示だ。


 実家で船と関わってきた者たちは操船担当だが、それ以外の者は甲板で砲手担当だ。

 彼らの実家は漁師等ではなく、あまり船と関わりがない人生を生きてきた。

 だから陸の実戦経験はあるが、海戦はこれが初めて。

 揺れる甲板で魔力砲の準備をするのも初めてだ。


 それでも砲手たちは苦戦しながら、なんとか砲弾を装填できた。

 大きさは違うが、城壁に設置してあった物と仕組みは同じだ。

 揺れに慣れることができれば問題ない。


 しかし魔力付与はそうはいかない。

 揺れや波が彼らを襲い、その度に詠唱がやり直しになる。


 これは慣れの問題ではない。

 海軍魔法兵だったとしても同じになる。


 かつてロレッタ卿が国中から反対された理由がこれだ。

 やはり海と魔法は相性が悪い。

 海では初歩的な障壁すら展開できないのだ。


 だからあの女将は魔法艦を考案したのだ。

 詠唱を助ける移動式魔法陣を。


 エルミラは彼らに助言した。


「詠唱陣に立て! そこから付与しろ!」


 魔法兵たちは艦長が指差す先を見た。

 それは甲板に描かれていた魔法陣だった。

 魔法艦に乗ったのは初めてだったので見過ごしていた。


 指示に従って魔法陣の中に集まったが特に変化はない。

 揺れも波も容赦なく襲ってくる。

 よろめきながら首を傾げ合っていると、艦長から再び——


「その中で詠唱してみろ!」


 意味がわからないが、それでも言われた通りにしてみる。

 すると詠唱に反応した足元の魔法陣から一陣の微風が起きた。


 次の瞬間、再び彼らを高波が襲う。

 またもや詠唱が……


 ……いや、詠唱は妨げられなかった。

 無事、砲弾に貫通力が付与された。

 陣の周囲に半球状の力場が発生しているようで、海水から魔法兵を守ったのだ。

 これなら波を被って集中が途切れることもない。


 守ってくれたのは高波からだけではない。

 魔法陣がほんの少しだけ宙に浮いて魔法兵を揺れからも守った。

 細かく向きを変えて陣の中だけは平衡に保つ。

 まったく揺れないわけではないので、陸と同じというわけにはいかないが、初歩的な魔法なら問題なく詠唱できる。


 これが海の魔法を実現した〈詠唱陣〉だ。


 砲弾への付与が終わった彼らは引き続き、障壁の展開を始めた。

 これで彼らは大丈夫だ。


 北風に乗って南下している最中、エルミラは彼らに説明した。

 本艦は精霊艦だが、防盾艦のように魔法兵による装力そうりょくを行う、と。


 砲弾に魔法を付与したり、魔法そのものを砲弾の代わりに装填することを装力という。

 現在は核室に留めてある精霊から力を引き出して装力するのだが、そんなことをしたらリルの命が……


 奇妙な説明に彼らは揃って首を傾げたが、大人しく敬礼を返した。


 そもそも艦長自ら最終的には解体すると宣言している変な艦なのだ。

 それを承知の上で乗せてもらっているのだから、いまさら余計な詮索をしようとは思わなかった。


 エルミラは再び空間鏡へ。


 敵艦隊は相変わらず右へ左へと蛇行しながら近付いている。

 やはり投降を呼びかける信号を送ってくるのだろうか?

 もちろん従う気はない。

 警告は無視する。


 相手はおそらくネヴェル型だろう。

 帝都でガレー二隻を躱すのに苦労したが、今日は攻撃力重視の精霊艦四隻から逃げなければならない。


 ——どうしてこう、しんどいことばかり続くのか……


 彼女が心の中でぼやいたときだった。


「姫様!」


 真面目に敵艦隊を見張っていたじいが異変に気付いて知らせてきた。

 四隻から探知円が展開されている。

 やはり待ち伏せの魔法艦隊だった。


 リルも敵と認識したようだ。

 四隻の色が敵を表す赤に変わった。


 恐ろしい敵だ。

 ファンタズマがここを通ると予測して先回りしていた。

 この接近は探知円に掛かったものを確認しに来ているのではない。

 そこにいると確信して接近しているのだ。


 後から探知を発動したのは正確に狙うため。

 どうやら逮捕ではなく、こちらを始末するつもりらしい。


 一列縦隊のネヴェル型四隻、片舷合計四〇門。

 はるばるこんな辺鄙な海でお待ちいただき申し訳なかったが、別れを惜しむような間柄ではない。

 よって、そんな餞別はいらないのでお持ち帰りいただく。


「リル、水流噴射用意! 右舷艦首と左舷艦尾に一つずつ!」

「アイマム!」


 指示を受けた少女は艦首と艦尾を指差した。

 それぞれの場所に水精が一瞬現れ、準備を整えた。


 続いて右舷砲手たちにも。


「右舷、射撃用意! 目標、敵先頭艦!」


 このまま進めば互いの艦がすれ違う。

 敵は先頭艦から順番に通過しながら砲撃するつもりだろう。

 だからとりあえず、このまま撃ち合いに付き合う振りを続ける。


 いよいよ距離が近付いたら、水流を噴射してその場で左急旋回。

 そうすれば敵先頭艦の艦首は右舷側砲の正面だ。

 まずはこちらから先手を打つ。


 予想外の方法で出鼻を挫かれた艦隊は反応が遅れるはず。

 その隙をついて追手を振り切る。


 エルミラがそんなことを考えていたときだった。


 縦一列だった艦隊が一斉に東へ回頭し、斜線陣に変形した。

 先頭艦は変わらず、二番は左後方に続き、三番はさらに左後方。

 少しずつずれたのは風を遮らないためか?


 だがそれは後方から風を受ける場合の話だ。

 風は東から吹いているのに、そちらへ舳先を向けたら減速するのは当然だ。

 空間鏡の中で艦隊はみるみる失速していった。


 拍子抜けだ。

 正確な待ち伏せに驚いていたのに、まさかこんな素人だったとは……

 負けておいて何だが、この程度の連中だったのかと呆れた。


 相手をせず、敵射程外を迂回して通り過ぎよう。


 二人にそんな空気が漂い始めたときだった。

 停船寸前だった斜線陣が逆風に向かって突然加速した。

 吹き付ける東風などないかのように、速度を維持したままこちらに突進してくる。


 ファンタズマも逆風航走できるが、これほどの高速を維持するのは無理だ。

 急加速もできるが、あくまでも緊急回避等の瞬間的なものだ。


 ——壊れたか?


 エルミラは真っ先に空間鏡の故障を疑った。

 ガレーも速かったが、これはそれ以上だ。

 魔法艦も帆船だから、逆風に向かって超高速などあり得ない。


 だが、事実だった。

 リルの体調は万全だ。

 空間鏡は故障していない。


 超高速の艦隊を最初に目撃したのは見張りだった。

 見たこともないほど大きな水飛沫をあげながら四つの艦影が大きくなっていく。


 彼は下に向かって叫んだ。


「前方から敵艦隊! 信じられない速度でこちらに接近中!」


 エルミラも望遠鏡でその白波を確認した。

 ……事実だと認めざるを得ない。


 いよいよ互いの魔力砲の射程に入るが、先頭艦に集中砲火を浴びせる作戦は中止だ。

 これでは蛇の頭を潰しても艦隊は止まらない。


「両舷、撃ち方用―意っ!」


 じいの大声を隣で聞きながら彼女は考えていた。


 こちらの片舷五門に対し、あちらは上下段合計一〇門。

 それが四隻。

 魔法弾合計四〇発。

 すれ違いざまに至近で食らったら防盾艦でも沈む。


 敵は単縦陣で良いはずだ。

 なぜわざわざ斜線陣に?


 まもなく敵斜線陣とすれ違う。

 本艦は敵二番手と三番手の間を通過する予定だ。


 ——胸騒ぎがする。


 これから撃ち合いが始まるのだから不安感が増すのは当然だったが、彼女にはそれとは別の嫌な予感があった。

 何か大事なことを忘れている気がする……


 ——っ! もしかして、こいつらは……


 彼女は砲撃が始まる前に思い出した。

 お望み通り撃ち合おうと構えていたが、すぐに命令を変更しなければならなくなった。


 砲撃は左右一番砲のみ。

 併せて、魔法兵には左舷に障壁を集中させ、リルにも土精を呼び出してもらって右舷に土壁を作らせる。

 発砲後、直ちに防御を固める。


 急な命令変更だったが、皆即座に対応を始めたので間に合った。


「両舷一番のみ、撃ち方用―意っ!」


 じいの右手が高く上げられていく。


 もう望遠鏡を使わなくてもはっきりと見える。

 奴らはネヴェル型ではない。


 マストは甲板中央から生える一本のみ。

 下段砲門はなく、甲板砲のみ片舷五門。

 特徴的なのはそのマストだ。


 小型帆船には不釣り合いなほど太く、帆桁は通常一本だが、十字に交差するように二本取り付けてある。

 この状態では大きな四角帆を張ることができない。


 だからなのか、マストで区切られた帆桁の左右にそれぞれ縦長の四角帆が張られている。

 合計四枚。


 彼女には心当りがあった。

 兵団長時代、マルジオの酒場で噂を聞いたのだ。

 研究所が対竜兵器となる魔法艦を極秘に開発していると。


 ただ、酒場で噂になっている極秘計画など極秘ではない。

 本当かどうかわからない話だったので、それ以上情報を集めようとは思わなかった。

 それがこうして目の前に。


 柩計画は極秘中の極秘。

 密偵の目を逸らす囮の計画が必要だ。

 ただし囮だからといって、いい加減な出来ではダメだ。

 密偵たちを騙せるほどの出来でなければならない。

 その成果がこの高速艦たちだ。


 いわばファンタズマの異母妹。

 もう一つの対竜兵器。


「撃てぇぇぇっ!」


 じいの右手が振り下ろされ、左右の一番砲が火を吹いた。

 方位・仰角共によし。

 これだけ近ければ命中は確実だが、それは敵も同じこと。

 魔法兵とリルは発砲を合図に素早く防御を固めた。


 エルミラは初弾に注目している。

 ただその目に期待はない。

 当たらないことを確認するために撃ったのだから。

 なぜなら……


 砲弾は狙い通りに飛んでいき、敵艦に命中するのは確実だと思われた。

 しかし、東風に逆らって膨らんでいた帆が一瞬で逆に膨らみ、その場で急停止した。


 砲弾は敵艦首を横切り、ボチャッと泣きべそのような音を残して高波に消えた。


「やはり躱したか……」


 エルミラは苦々しく唇を噛んだ。

 これほど厄介なものだったとは……


 囮といっても技師たちは真剣に取り組んだ。

 彼らが考えた竜に対抗する方法、それは——

 竜息の連撃を躱すこと。

 そのため、竜に負けない速度と変幻自在な動きを身に付けさせた。


 異母姉妹の正式名はトルビーヌ型風力艦という。


 トルビーヌとは、島に伝わる妖精の名前だ。

 農夫や牛をからかって遊ぶいたずら好きな妖精。

 怒った農夫が追いかけても、緩急自在に飛び回り、決して捕まることはなかったという。


 この艦型はトルビーヌのような敏捷性を目指した。


 そのために徹底的な軽量化を図り、鋼化装甲板も重量が嵩む核室も設置しない。

 ゆえに魔法攻撃は搭乗している魔法兵頼み。

 考え方としては防盾艦や初期魔法艦に近い。


 この軽い艦に〈風精帆〉という呪物の帆を取り付けた。

〈風精帆〉は名の通り、風精シルフの力を込めた呪物の帆だ。

 この呪物は常時、帆の内側に風を孕んでおり、絞れば弱風、全開にすれば強風、畳めば無風になる。


 マストもただの太い柱ではない。

 軽く滑らかに回転できるように魔法が付与されている。

 このマスト自体が一つの呪物だ。

 おかげで簡単に帆の向きを変更でき、帆船の常識に囚われないトルビーヌのような動きができる。


 自然風の制限を受けず、精ので自由奔放に走る

 それがトルビーヌ型風力艦だ。


 いたずら四姉妹は腹違いの悪霊姉さんと感動の再会を果たした。

 妹たちは姉に出会えて大喜びだ。


 絶対ニ逃ガサナイ……

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