第55話「帝国騎士団vsノルト隊」
イスルード島西海岸、午後——
二台の馬車が南へ疾走している。
エルミラ隊とノルト隊だ。
一行は上陸した浜まであと少しのところまでやってきた。
しかしこのまま乗船することはできない。
副長ノルトの言う通り、さっきの連中は偵察隊だった。
本隊の騎兵を大勢連れて戻ってきた。
これを振り切らなければリルと合流できない。
懸命の逃亡戦が続く。
御者たちはそれぞれの馬たちに鞭を入れ、すでに全速力だ。
だが速力で勝る追手を振りきることができない。
まるで昨夜の狼のように半月に取り囲み、ぴったりとくっついてくる。
そして彼らが狼と違う点がある。
彼らは狩りではなく、討伐しにきたのだ。
狩りは逃げ遅れている方を狙うが、討伐の場合は討たれたら困るほうを狙う。
追撃の半月は二列縦隊に変化して速度を上げてきた。
殿の後続車を抜き去り、先頭車を襲うつもりなのだ。
その気配を見て取ったノルトは先制攻撃を仕掛ける。
「撃てぇぇぇっ!」
副長の号令に銃声が続く。
パパパパンッ!
結果は全弾命中。
だが前方の空間で波紋が生じ、銃弾を跳ね返した。
障壁だ。
馬車の魔法兵は驚いた。
障壁そのものは珍しいものではない。
驚いたのは疾駆する馬上で展開できたことにだ。
皆唖然としていたが、あり得ないことではない。
人は揺れる船上でも魔法を使えるようになれたのだから。
そのとき、隣にいたもう一人の魔法兵が気付いた。
先頭を走る軽装騎兵が元同僚だったことに。
「! あいつは——」
ノルトが気付くのが一瞬遅かった。
彼は相手によく見えるように、馬車の後ろから身を乗り出して手を振った。
「おーい! 俺だ! おまえもこっちに来いよ」
軽装騎兵は彼と目が合った。
一瞬その目に懐かしさが浮かんだが、すぐに戻った。
彼は戦友の誘いに返事を返さない。
代わりに少し手綱を引いて後ろへ下がった。
その空いた位置に増速した銃騎兵が入る。
彼は後退した魔法騎兵を代弁するべく、手を振っている反乱軍の間抜けに銃弾をお見舞いした。
すぐ近くだったので躱しようがない。
弾丸は命中し、魔法兵は後ろに弾け飛んだ。
間一髪、ノルトが受け止めた。
「おい、大丈夫か!」
弾は左肩に当たり、抜けていったようだ。
致命傷ではないが、魔法は無理だろう。
「あいつ…… 俺だとわかったのに、なんで……⁉」
「喋るな。大人しく寝てろ」
傷口に布を当ててやり、自分で押さえているよう指示した。
すぐに指揮に戻らなければならない。
仲間に裏切られた、とショックかもしれないが、それはお互いさまだろう。
こちらは解放軍、しかもこれから島を脱出するのだ。
どちらが裏切り者かわからない。
あの騎兵は逃げられない事情があるのかもしれない。
それを「こっちに来いよ」とあまりにも気楽すぎたのだ。
余計なことは言わず、それぞれの本分を全うすることだけに集中していればよい。
左肩に空いた穴はその教訓だ。
戻ると、見張っていた銃兵から第二波接近の報告が。
「副長! あいつらまた来ます!」
敵は考えがまとまるのを待ってはくれない。
再び二列縦隊で抜き去る構えだ。
そうはさせない。
だがどうやって?
馬上の魔法使い。
唖然としたのは皆だけではない。
ノルトも気持ちは同じだ。
銃兵たちには敵騎兵の顔面を狙撃させるつもりだった。
重装歩兵のように全身鉄で覆い尽くされているわけではないが、騎兵も重要な箇所は甲冑で守っている。
頭も鉄兜を被っているが、視界確保のために顔面は空いている。
難しいが、通常の銃で倒すにはそこを狙うしかない。
魔法の歩兵を魔法兵というなら、あれは魔法騎兵とでも呼ぶのだろうか?
あの騎兵によって、顔面狙撃は通用しなくなった。
何か別の方法を……
「来ます!」
騎士団は速度を上げ始めた。
こちらも逃げているので緩やかではあるが、ジワジワと寄せてくる。
銃兵たちはそれぞれ狙いを定めていく。
あとは副長の号令を待つのみだ。
顔面狙撃を封じられたノルトはどうするのか?
彼は瞬きするほど短い時間、新米傭兵の頃を思い出していた。
浮かんできたのは酒臭いベテラン傭兵のことだ。
ノルトという名では決して呼ばず、いつも小僧、小僧、と。
酒が回るといつも先人の教えと称して絡んできて迷惑だった。
いま思い出していたのは、珍しく呂律が回っていた日の教え。
——困ったときに難しいことをやろうとするな。
そういうときは一番簡単で確実な方法をとれ——
それがこの稼業で生き残る秘訣だと教えてくれた。
もっとも、その次の戦で彼は帰らぬ人になってしまったが……
ノルトは酒臭い師の教えを思い出した。
左右から来る敵を撃退するには……
「全員右側へ集まれ! 右側の敵に火力を集中しろ!」
「アイアイサー!」
指示を受けると全員すぐに移動した。
右側から狙う銃口が倍増した。
その代わり、左側は……
たまらず銃兵が尋ねる。
左から上がってくる騎兵はどうするのかと。
「なるべく早く助けにきてくれ」
そう答えるとノルトは静かにカヌートを構えた。
左右に分かれた敵に釣られてこちらまで火力を分散することはない。
減った火線を易々と突破され、先頭車に敵が殺到してしまう。
これを防ぐにはどちら一方に火力を集中することだ。
もちろんもう一方は突破しやすくなる。
だからすべてを倒そうとは考えず、右側の対処が完了するまでの時間を稼ぐのだ。
撃ち漏らしが先頭車に行ってしまうかもしれない。
だが、あちらにも銃兵や魔法兵が乗っている。
それに姫様も強い魔法剣士だ。
モンスターだらけの島を歩き、死者の街を生き抜いてアジトに辿り着いた。
彼女たちの力を信じる。
方針が定まったノルト隊に騎士団が迫る。
先頭は魔法騎兵。
銃撃を予測し、障壁を展開している。
彼らは等間隔に並んでいて、隙間がない。
銃騎兵と槍騎兵を無傷で通過させようとしていた。
対する馬車内の右側銃列は隙間を探す素振りもない。
隙間があるかどうかなど、別にどうでも良いのだ。
騎兵も障壁もすべて蜂の巣にしてやろうという作戦なのだから。
「銃兵は魔法騎兵を、魔法兵は銃騎兵を狙え! 槍騎兵は無理に狙わなくて良い!」
槍の間合いより銃と魔法の方が遠い。
槍騎兵だけなら姫様たちが先に攻撃できるという判断だ。
銃騎兵は障壁がなくなれば魔法で撃退できる。
問題はその障壁だが、そこまで恐れる必要はないのかもしれない。
初めて見たので驚きはしたが、冷静に考えてみれば海の魔法と同じだ。
揺れの中で万全の障壁を張れるわけがない。
どうしても半減する。
さっきの魔法兵は銃弾を数発受けた後、銃騎兵に場所を譲って後退した。
反撃のためとも考えられるが、それ以上障壁がもたず、再度展開し直さなければならないのかもしれない。
あの障壁は壊せる。
「撃てぇぇぇっ!」
ノルトの号令で一斉射撃が始まった。
すべての射線が先頭を走る魔法騎兵に集中する。
パパパパンッ! パパパッ! パンッ!
合計八発の銃弾が命中。
五発は障壁に弾かれたが、三発は彼の胴体を貫いた。
たまらず落馬する。
しかしそこには後続の銃騎兵が……
「うわぁっ⁉」
軍馬が落馬した魔法騎兵に足を取られて転倒。
騎乗していた銃騎兵が地に投げ出された。
そこへ槍騎兵が迫るが、さすがは馬術巧みなブレシア騎兵。
見事な手綱捌きで地に伏せた彼を飛び越えた。
速度を落とさず、味方も踏みつぶさず。
けれど、結局彼も落馬することになる。
宙を舞う軍馬の着地点目掛けて火球が飛んできていた。
着地が早いか、火球の爆発が早いか?
ほぼ同時に馬も人も吹っ飛ばされた。
そのまま再び宙を舞い、落馬で身体を打って動けない銃騎兵の上に落下した。
火球は副長指示の通り、銃騎兵を狙ったものだったが、槍騎兵が割って入る形になってしまったのだ。
結果としては銃騎兵に
出鼻を挫かれて右側騎士団の追撃速度が落ちた。
その間にいま撃った銃の次弾装填を急ぐ。
一方、左側のノルトは……
始まる前は早く助けにきてくれなどと気弱なことを言っていたが、全く必要なかった。
海軍魔法兵の障壁を重ねた鋼化装甲板と馬上の障壁。
どちらが硬いかは考えてみるまでもない。
左側先頭を走っていた魔法騎兵は一射で障壁と胸を貫通された。
二射目はなんと、銃騎兵と槍騎兵を同時に射抜けた。
ちょうど二騎がカヌートの射線上に並んだために成し得たことだ。
三射目は少し遠かったが、後ろに続いていた魔法騎兵の眉間に命中した。
その後は右側と同じ状態になり、落馬に巻き込まれた銃騎兵が草叢に投げ出された。
始まる前は果たして自分たちの力が陸で通用するのかと不安だったが、大陸最強の騎士団と互角以上に渡り合えている。
これならいけるぞ!
一行に一筋の希望が差し込んだ。
このまま撃退できると思われたそのときだった。
ノルトの巻貝からエルミラの悲鳴が聞こえてきた。
「じい、馬車を止めろっ! 早く!」
先頭車で何か起きたのか?
ノルトは御者の隣から前方を確認した。
「な、何だと……」
姫様の命令の意味はすぐにわかった。
隣の御者もその異変に気付き、手綱を引いて馬車を止めた。
二台とも停止せざるを得なかった……
なぜなら先頭車の前方から、別の帝国騎士団がやってきたからだ。
偶然?
それとも待ち伏せ?
どちらにしてもここまでだ。
馬車はもう進むことも戻ることもできない。
マルジオたちがいるから馬車を捨てて逃げることもできない。
いや、徒歩で逃げたとしても浜で全滅する。
先頭車のエルミラからファンタズマを隠してきた小島が見える。
彼女は思わず天を仰いだ。
あぁ、あと一歩だったのに……と。
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