第48話「描いた新王朝の姿は」
地下アジトの出入り口で、司令と副官の別れが済んだ。
彼はこのままエルミラたちを黙って行かせてくれるらしい。
買収した重装歩兵を使ってでも、捕らえて閉じ込めておこうとしていたのに……
「いずれ解放するつもりでした」
副団長だったからこそ知っている。
彼女が黙って囚われている人間ではないことを。
現に帝都で大暴れして逃げてきた。
ここで同じことをやられてはたまらない。
新王朝の安定には長い時間がかかる。
ずっと閉じ込めておくより、目指しているものを理解してもらい、自発的に協力してもらった方がよい。
今晩共に食事を摂りながらじっくり説明するつもりだったので、文字通り留まっていてもらったのだ。
だが、彼女の行動力は予測を上回っていた。
本当は説得後に解放したかった。
これでは順番が逆だが、致し方ない。
「まずはお聞きください。その上で殿下に見てきてほしいのです」
「何を?」
「魔法全盛の時代が終わったのだということを」
世界は、魔法艦から竜の時代へ移行してしまった。
それを受け入れられず、滅ぶ前と同じ魔法王国を復活させても、また滅ぼされるだけだ。
***
あくまでも魔法で竜に対抗しようと柩計画は立てられた。
研究所の魔法使いが主導する計画だったが、海軍の将校たちも加わっていた。
副団長ハーヴェンもその一人だ。
彼は計画に反対だった。
その新型が竜に勝てるかどうかではなく、魔法使いたちが地位を守るための悪あがきだったからだ。
「
彼の王国も船を浮かべて世界の海へ送り出すが、〈海の魔法〉ではなく竜騎士に交易船団を守らせる。
魔法使いには頼らない。
エルミラは首を傾げた。
リーベルにも竜騎士団を作ろうという話は定期的に持ち上がったが、島に生息地がないということで毎回立ち消えになっている。
どうやって竜を揃えるのか?
また、魔法使いに頼らないというなら、ファンタズマ号は不要のはず。
なのに、なぜ欲する?
そして旧王国に反対だったというなら、なおさら彼女は関わらない方が良い。
新王朝は魔法使いを特別扱いしないと宣言しておきながら、その女王が魔法剣士という矛盾したことになる。
「仰る通りです」
彼は何も反論してこなかった。
意外だ。
ただ、指摘されて降参したわけではない。
「ですが、殿下ならご理解いただけると思います」
「私が? なぜ?」
司令はエルミラの抱えている矛盾を指摘した。
ファンタズマ号を解体するために守っているという矛盾だ。
彼女は何も言い返せなかった。
乗員たちにも突っ込まれ、明快な説明ができなかった部分だ。
そんなエルミラを見て司令は頭を軽く下げた。
「お許しを。別にやり込めようとしたわけではありません」
物事は時に矛盾することがあり得ると言いたかったのだ。
竜についての指摘はごもっともだ。
だが、彼には質の良い竜を仕入れる策があった。
いま姫様に明かすことはできないが、ネイギアスと協定を結んでいるのだ。
竜を揃え、いつか魔法に依存しない国を作る。
魔法は特権の証ではなくなり、単なる技能の一つになっていくだろう。
しかしいまは帝国の竜騎士団に対抗するために魔法が必要だ。
矛盾しているが、魔法に頼らない国を作るために霊式艦と人型二三号が必要なのだ。
そしてエルミラの存在は解放軍の助けになる。
王党派も決して一枚岩ではなく、王家復活の目的が各解放軍によって違う。
そのときエルミラがいることで、王党派同士の流血を減らせるかもしれないのだ。
「私自身の野心を否定しませんが……」
そう前置きしてから、イスルードの将来を真剣に考えた上でのことだと締めくくった。
「出来れば、思い留まっていただけませんか?」
要するに解放軍の旗になれ、ファンタズマを引き渡せ、という最初の言い分を丁寧に言い直しているだけだ。
彼にとっては大義なのかもしれないが。
エルミラは改めて思い知った。
大義に目が眩んでいる者は決して相手の話を聞かないのだと。
それが脱走を思い留まらせる交渉の場面であってもだ。
「ハーヴェン」
「はい」
「……リルはどうなるのだ?」
ファンタズマでこの島の竜騎士団を撃退し、計画通りに新王朝が誕生したとする。
先述の通り、新しい王国は魔法に頼らない。
ゆえに魔法兵も魔法艦も不要。
ではその国でリルはどうなる?
「殿下のお考え通り、少女を帰郷させましょう」
建国が成ったら、少女は帝国竜騎士団を退けて解放軍の勝利に貢献した功労者だ。
その功績に報いるため、必ずや霊式艦建造に関わった魔法使いを探し出して解呪させる。
併せて少女の故郷も探索する。
ハーヴェンはそう誓った。
友の前で……
エルミラはクスクスと笑い出した。
「ハーヴェン、やはりおまえは間違っている」
友の前で嘘を吐くようになったらおしまいだ。
真面目に考える気がないから、聞いた話をそのまま相手に返すようなことが言えるのだ。
守るつもりがないのだから、どんなことでも約束できる。
あの艦は外法で生み出されたリーベルの汚点。
新王国の竜騎士団が整い次第、汚点は闇に葬るだろう。
ハーヴェン
それに「帰郷させよう」と思いつくまで、彼の目が泳いでいたのをエルミラは見逃さなかった。
リルという名に心当りがなかったのだ。
うっかり忘れていた?
いや、そもそも眼中になかったのだ。
それこそがエルミラの帰国理由だというのに。
きっと「二三号についてだが——」と始めれば彼にはわかりやすかったのかもしれない。
だからそんな奴は信用できない。
「そうですか。残念です……」
彼女は深窓の令嬢ではない。
間違っていると思うものに対しては情け容赦ない。
こうなってしまった彼女が妥協することはあり得ない。
ハーヴェンは諦めるしかなかった。
「どうする? やっぱり私たちを粛清するか?」
「まさか」
彼は魔法剣の柄に手を掛けるエルミラに苦笑いを浮かべた。
「殿下はご自身の実戦試験を覚えておられますか?」
実戦試験——
士官学校卒業後の所属を決める試験だ。
候補生数人で隊列を組み、指定された街まで危険な野外を行く。
試験はただ辿り着けさえすればよく、戦うも逃げるも自由だ。
エルミラの隊もゴブリンたちと夜戦になったが、見事これを撃退した。
もう何年も前の話だ。
「お見事でしたが、本当は候補生たちに甚大な被害が出たはずだったのです」
実戦試験の少し前、候補生たちの進路上に
原因は、内陸の遺跡を探索しに来た他国の冒険者一行だ。
遺跡は長く放置されているので、モンスターの巣窟になっていることがある。
おそらく巨人が住み着いていたのだ。
それを彼らが怒らせた。
巨人は住処に戻らず、餌を求めて沿岸の村近くに出没するようになった。
そこは毎年、実戦試験を受ける候補生が通る辺りだ。
そこまで聞いたエルミラは思い出した。
試験の数日前、珍しくじいが休暇を取ったのを。
理由は島東部まで知り合いの葬式に行くためだった。
思わず隣のじいを見ると、申し訳なさそうに目を合わせようとしない。
ただ一言、「余計な真似をいたしました」と彼女に詫びた。
姫様が実戦試験で一つ目巨人と遭遇しないよう、葬式と偽って先に始末しておいたのだ。
そんな弓の化け物を抹殺しようと思ったら、ここの兵士では数が足りない。
ハーヴェンは粛清しないのではなく、できないのだ。
友が去るというなら大人しく送り出すしかない。
それに姫様が言っていることは人として正しい。
だがその正しさだけでは済まない現実があることを知るべきだ。
海は変わらない。
海霊と戦った頃から何も。
そして海を渡ったその先には様々な世界が広がっている。
生意気な小娘もそこで知るだろう。
世界は冷酷なのだと。
理解した彼女は必ず帰ってくる。
ゆえにこのまま大人しく海へ送り出す。
「良い航海を」
ハーヴェンは二人に敬礼し、そのまま背を向けて通路の奥へと消えていった。
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