第46話「艦長命令」
王国滅亡後、ノルトはハーヴェンに誘われて地下へ潜った。
そこで解放軍を組織した友は、決して広くはない地下アジトに副官室を与えてくれた。
これからその厚意を捨てる。
改めてその部屋を眺めてみると、集団部屋で我慢しながら暮らしている兵士たちに申し訳ない暮らし方だったと思う。
怪しまれないよう雑多な物は置いていき、貴重品と特に思い出のある物だけ持っていこうと思っていた。
ところがいざ荷造りしてみると、雑多な物などそもそもなかったのだと気が付いた。
貴重品と思い出の品は衣服のポケットで済む量しかない。
最も大きい荷物は霊弓カヌートと回収した姫様のザックだった。
傭兵時代の癖が抜けていないのだ。
傭兵生活は奇襲を仕掛けたり、逆に仕掛けられたりする暮らしだ。
モタモタしていると荷物より大事な命を落とす。
だからすぐ逃げられるように貴重品は身に付け、それ以外の私物も少な目になるのだ。
ガランとした部屋を見て頭を掻く。
「これではすぐ発覚してしまうが、仕方がない」
ない物はないのだ。
いまから何かを運び込むのもおかしい。
自分で呟いた通り仕方がないと諦め、副官室を後にした。
馬の用意も完了している。
随分待たせしてしまったが、いよいよ姫様と合流する。
彼女の客室へ戻る途中、アジトの通路で兵士とすれ違ったが、特に怪しまれることはない。
副官と言ってもアジトに篭りっきりというわけではなく、偵察の旅に出かけることがあった。
皆、岩縫いのことを知っているので、危険だと思う者は一人もいない。
だから旅支度でアジトをウロウロしていても不審に思われないのだ。
あとはどうやって姫様を連れ出すかだが、やはり捕虜を別の部屋へ移す振りをするしかないか……
そんなことを考えながら客室の前に辿り着くと、扉の左右に歩兵二人が立っていたがそれと向き合うように、別の解放軍兵士たちが壁を背に整列していた。
その数およそ八名。
内訳は元陸軍魔法兵、元城壁守備隊、元海軍の水兵。
襟にそれぞれを表す紋章が付いているのですぐに元の所属がわかる。
海軍魔法兵はいないようだ。
「……おまえたち、ここで何をしている」
問い質す声に自然と殺気がこもってしまう。
気の毒だが、逃亡計画に気付いてしまったなら
副官の質問に門番の歩兵が答えた。
「私たちも連れて行ってもらえないでしょうか?」
ノルトは姫様を連行してきたとき、門番の二人にしばらく下がっているように命じた。
機密に係わる尋問をするからという理由で。
だが、そう言われると聞きたくなるのが人情だ。
彼らは姫様たちの逃亡計画を知ると、すぐに仲間の兵士たちのところへ急いだ。
それがいま壁に並んでいる者たちだ。
ノルトは難色を示した。
ゾロゾロ大勢で移動していては見つかってしまうし、その後の彼らの生活についても全く責任が持てないからだ。
姫様はすでに帝国のお尋ね者。
共に行く彼はお尋ね者になる覚悟を決めたが、目の前の兵士たちにその覚悟があるとは思えない。
これから姫様と行く海は地獄かもしれない。
地下暮らしはつらいかもしれないが、祖国解放を信じて留まるべきだと彼らを説得するが聞き入れてくれない。
ノルトは誤解していた。
彼らはつらいから外に連れて行ってほしいのではない。
ここに留まることが怖いからだ。
「司令が怖いのです」
もう一人の門番が言ったその言葉を、馬鹿々々しいと切り捨てることはできなかった。
彼も司令に対して同じ感情を抱いていたからだ。
整列している兵士が続く。
粛清された者は埋葬されない。
司令の命令だ。
行いに対する罰だという。
この掟にはノルトも反対で、二人きりのときに何度かそう伝えたことがあった。
死体は
安置所は当番でもない限り、好き好んで近寄る者はいない。
ところが捨ててくる前日、準備のために当番の兵士が仕方なく安置所に向かうと、司令とよくすれ違うのだ。
裏切りに気付けなかった自分を反省するため、死体を見に来ているのだというが……
そして安置所で準備を始めようとしたとき気付くのだ。
処刑時はすべての部位が揃っていたのに、いまは一部が欠損していると。
さらに別の兵士は、司令の部屋が血生臭いという。
敵と戦っているので返り血を浴びることはよくある。
地下は換気が悪いからその臭いが籠ってしまうのだと、自分に言い聞かせているのだが……
人前では話さないが、ここにいる者だけになるとついこの話題になってしまう。
そして、それぞれの情報を纏めると一つの仮説が浮かんでくるのだ。
司令が食っているのか? と……
最近では食うために粛清しているのかと疑っている。
だから逃げようかと相談していたところだった。
そんな時に姫様と副官も逃亡を計画していると知り、集まったのだという。
事情を知ったノルトは溜め息を一つ吐いた。
彼らの言っていることはわかる。
初めは解放軍を率いる重圧のせいだと思ってきたが、それだけでは説明がつかなくなってきていた。
友は確かにおかしいのだ。
巡礼より戻った日からずっと……
「事情はわかった。とりあえず皆中に入れ」
狭い通路で男たちが集まっていたら気付かれてしまう。
数回ノックしてから門番以外の全員を中に入れた。
部屋の中では姫様がびっくりしていた。
「じい、この者たちは一体?」
「ご説明いたします」
ノルトはいま聞いたばかりの彼らの事情をエルミラに伝えた。
肉を食う話は信じられないといった表情だったが、室内で整列する彼らの怯えが彼女に真実だと訴えていた。
大の男たちが皆揃って震えている。
面白い光景ではあるが、笑っている場合ではない。
司令が化物かどうかは直ちに判断しかねるが、不信感を抱く者が粛清される危険は高い。
彼らの命が危ない状態であることに変わりはないのだ。
兵士たちは彼女の艦に乗せてもらいたいと頼んだ。
「ちょうど人手が足りなかったから助かるのだが……」
彼女は難色を示した。
理由は大体ノルトと同じだ。
帝国のお尋ね者になってしまったので、一緒にいることで一味と見做されてしまうこと。
また、さっき司令と方針が合わないので決別した。
今後、解放軍も私たちを敵と認識するだろう。
聞いた兵士たちはそれでも構わないと口々に言うが、彼女はまだ続きがあると制した。
島に帰ってきた理由は帝国から取り戻すためではない。
個人的な目的のためだ。
その目的とはここまで乗ってきた艦を解体すること。
それも可能な限り早く。
兵士たちはよくわからず、お互いに顔を見合わせた。
「……あの、姫様」
一人がおずおずと挙手して尋ねた。
解体したいならイスルード島でなくても、どこかの船大工に頼めば済むことではないのかと。
エルミラは少し困った顔の後、疑問に答えた。
「少々変わった艦なのだ。この島にはその解体方法を探しに来た」
そこが兵士たちにはわからず首を傾げてしまった。
早く手放したいということなら、解体ではなく誰かに売り渡せばよい。
人手に渡すのが嫌だから解体したいなら、どこかで自沈させるか、他の船に撃沈してもらえばよいのではないか?
しかし彼女はこれを否定した。
自爆や撃沈はしたくない。
あくまでも穏やかに解体したいのだと。
兵士たちは理解できなかったが、それ以上詮索しなかった。
要は食い殺される状況から逃げられればよいのだ。
……いや、正しくは殺し食われる状況か?
エルミラから見て、彼らはとりあえず承知してくれたようだった。
理解できていないことは怪訝な表情から明らかだったが。
彼女は話を続けた。
無事解体できた後は、別の船を手に入れて傭兵船や交易船としてやっていくかもしれない。
あるいはそこで解散の可能性も……
「こんな無責任な艦長だが、どうする?」
自分でも意味不明なことを言っていると思う。
肝心な部分を何も話せなかったが、あとで聞けばわかってもらえるはずだ。
しかしいまは時が惜しい。
お互いに。
エルミラは現段階で話せることをすべて話した。
あとは彼らがどう判断するかだ。
対する彼らは……
どうしようか? とお互いに顔を見合わせたりしない。
もう気持ちは固まっている。
全員一斉に敬礼した。
陸軍出身の者たちも海軍式の敬礼に合わせている。
これから彼女の艦に乗るのだから。
「ご命令に従います。殿下」
「殿下はよせ。そうだな…… 艦長と呼んでもらいたい」
敬礼を返しながら彼女は殿下呼ばわりをやめさせた。
帝国から海賊エルミラと名付けられたが、海賊として旗揚げした覚えはない。
それに海賊の船は海賊
海賊
だから艦長と呼ばせることにした。
断じて海賊船の船長ではないのだ。
「そこだけは拘らせてもらう。よいな?」
これがエルミラ艦長の最初の命令だ。
ファンタズマ号乗員となった兵士たちは声を揃えた。
「
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