第24話「解放軍」
エルミラはゴブリンたちに奇襲を仕掛け、見事囚われていた村娘を救出した。
暗闇の中、村までの道をエルミラは先頭に立って歩く。
本当は誰にも見つかりたくなかったのだが、まさかこのまま放置するわけにもいかない。
村娘はこちらを王女だと知っていた。
今更偽名を名乗ることもできない。
すべてを話すことはできないが、話せる範囲で彼女を納得させて、帰還したことを秘密にしておいてもらうしかない。
隠密行動だったはずなのに、上陸してさっそく救出作戦になった。
また、単独行動だったはずなのに、いまは娘を村に送り届けようとしている。
変更が多い旅だ。
リルの情報を手に入れるというこの旅の目的まで変更にならないと良いが……
そんな一抹の不安を覚えながら、エルミラと村娘は彼女の村を目指して夜更けの街道を行く。
村はウェンドアと最南端の港町の中間にあるという。
港として栄えそうなものだが、さっきの岩礁のせいで港になれなかったのだ。
記憶を辿ってみると、確か、そんな村があったような気がする。
リーベル王家の者として恥ずかしいことだが、ウェンドアと港以外の陸については疎かった。
団長室という陸上の仕事場で働いていたのだが、それは陸地に居ながらにして、海のことばかり考える日々でもあった。
そんな日々を送っていると、どうしても港ではない村や街のことは陸軍の管轄と考える癖がついてしまうのだ。
王国時代から軽視されてきた村だが、帝国の支配に変わってからは放置に近いという。
一応、村の治安維持のためと称して数人の帝国兵がやってきたが、むしろ以前より治安が乱れているという。
彼らはいつも酔っていて、略奪や破壊、暴行が絶えない。
はっきり言って、彼らはならず者だ。
だが、誰も手出しができない。
もし、ならず者たちからの連絡が途絶えれば、ウェンドアから騎兵隊がやってきて村が滅ぼされてしまうからだ。
それでも大陸最強と評判の帝国兵なのだから、何かあれば任務を全うしてくれるはず、と横暴に目を瞑っていた。
しかし今日、村にゴブリンたちが攻めてきたと知った途端、彼らはさっさと逃げてしまった……
「それであいつらに捕まっていたのか」
「はい。本当に助かりました」
姫様に礼を述べる村娘の声は涙声になっていた。
今日まで本当に辛い日々だったのだろう。
エルミラは申し訳ない気分で、短く「いや——」と返すことしかできなかった。
散々悪事を働いた上に敵前逃亡。
帝国軍の軍規がどうなっているのか知らないが、王国では間違いなく死刑だ。
他国の軍でもそう定められているのではないだろうか。
あきれた連中だが、そいつらに敗れた王国も共和国もそれ以下だ。
そのせいで真面目な村人たちが迷惑を被ることになった。
元はと言えば、エルミラ自身を含めたリーベル王家の者たちが不甲斐なかったからだ。
謝らなければならないのに、礼を言われるのは心苦しい。
話を変えて村まであとどの位か尋ねると、もう少しかかるという。
着くのは深夜になりそうだ。
そこで島の情勢について尋ねることにした。
特に解放軍について。
「解放軍、ですか……」
隣を歩く村娘の声が僅かに曇る。
——なぜ曇る?
なんとも気まずそうな雰囲気に変わってしまった彼女に、エルミラは首を傾げた。
解放軍はその名の通り、民たちを苦難から救う軍のはずだ。
苦難とは帝国のことだけを指すものではない。
例えば今日のようなことが起きたら、逃げた帝国兵に代わり、救援に駆け付けるべきだ。
そうやって民衆を味方につけながら、帝国を追い出していくのが祖国解放ではないのか。
静かに王女の話を聞いていた村娘は少し俯いた。
「恐れながら、解放軍は……」
彼女の口から語られた解放軍の実態。
初めは嘘ではないかと疑った。
だがよく聞いてみると、あり得ない話ではなかった。
故郷の土を踏んでいる嬉しさでつい忘れていた。
魔法使いは基本的に、自分自身の魔力向上以外にはあまり関心がない。
王国を繁栄させたのも、民の暮らしを守ってきたのも、魔法の研究に莫大な資金が必要だったから。
あと、魔法の実験台になる人間も必要だ……
亡き父王も含めて、王国あっての民と考えていた。
そういう連中が立ち上がるとしたら、民衆を助けるためであるはずがなかった。
***
解放軍は帝国軍と島中で戦っている。
それは本当だ。
彼らの基本戦法は夜襲や奇襲だというが、別に卑怯だとは思わない。
寡兵で大軍に勝ちたければ、それしかない。
自分もさっき、ゴブリン隊にやってきたばかりだ。
問題はそのやり方だ。
エルミラがやったように、野に潜んで待ち伏せているのではない。
寝静まった夜、村ごと攻撃するのだ。
帝国兵に損害を与えることができるが、これでは村人たちも大勢犠牲になる。
解放軍が残敵掃討を終えたとき、村は壊滅状態だ。
家も畑も焼き払われ、子供が親の骸に縋って泣き叫ぶ。
彼らの夜襲の後には、そんな地獄絵図が残る。
しかし非道はこれで終わりではない。
まだ戦勝者の権利行使が残っている。
戦利品の獲得だ。
良心の呵責でもあるのか、あるいは自分自身の正義に酔っているのか、彼らは必ず言い訳を並べるらしい。
これは略奪ではない。
王国に対する永年の恩返しを受け取る、と。
そして祖国解放に役立てると称して、すべてを奪い取る。
食料や家畜、金品や武器、それに、女子供も……
「な……に……?」
エルミラは立ち止まり、思わず斜め後ろの村娘を振り返った。
彼女の声は怒りに震えている。
でたらめを申すな!
そなたの勘違いだ!
……そう一喝できたら彼女の心はどれほど救われただろうか。
だが、嘘ではない。
他でもないエルミラ自身が、己の実家をよく知っている。
実家の連中は自らを、感情に流されない合理主義者と称しているが、そんな立派なものではない。
ただの血も涙もない人でなしだ。
人でなしだから、何の抵抗もなくファンタズマ号を作れたのだ。
自分の利益だけを追求している連中だから、リルを攫ってくることができたのだ。
「そなたのおかげで決心がついた。礼を言う」
「え?」
王女様を怒らせてしまったと恐縮し、娘は一歩下がってかしこまっていた。
それが、突然述べられた礼の言葉に混乱してしまった。
意味がわからず恐る恐る顔を上げると、王女様の怒りは治まっていた。
エルミラが怒っていた相手は解放軍だ。
一緒に歩いている彼女に対してではない。
むしろ感謝しているくらいだ。
彼女の情報のおかげで、解放軍が目指しているものがわかった。
王家はすでに滅び、共和国首脳陣だった大貴族たちも滅んだ。
彼らの下に甘んじているしかなかった下級貴族たちに日が当たる時代がやってきたのだ。
もう王族や大貴族に愛想笑いなどしなくてよい。
自分の才覚一つで何でも手に入れられる。
あとは帝国を追い出すだけだ。
そのために祖国解放を掲げているだけだ。
心から目指しているわけではない。
だから物資調達のついでに、祖国解放と何の関係もない女子供まで奪っていくのだ。
彼らは、略奪者に成り下がった。
もはやリーベル王家とは何の関わりもない犯罪者たちだ。
彼女は元々疎遠だった実家の復活など、特段興味はなかった。
それでも解放軍が真に民衆を救おうとしているなら、リルの件が片付き次第、協力することもやぶさかではなかった。
しかしその実態は、村を焼き、金品強奪や人攫いを働く盗賊団そのものだ。
いくら王家復活の美名を持ち出してこようとも、略奪者には協力しない。
エルミラはそう決心したのだった。
「あの……」
娘は、立ち止まったままの王女に申し訳なさそうに詫びながら尋ねた。
やはり王族の方だから解放軍に合流するおつもりなのか、と。
「略奪者共に協力する気はないが、奴らにちょっとだけ質問したいことがある」
それを聞いて、娘は胸を撫でおろした。
この王女様はお変わりないのだ、と。
王女様の噂は村にも伝わってきている。
正義感が強く、民衆に優しいお方だ、と。
滅亡前には他にもそういう立派な方々がいたのだが、帝国軍による皆殺しを恐れて島から逃げ出していった。
そして戻ってきたとき、彼らは悉く変貌していた。
彼らは解放軍に参加して一緒に悪さを働いたり、別の解放軍を作ったり……
その解放軍も決して民衆を救ってくれるものではない。
戦利品の分配が不服だっただけだ。
彼らは時々、獲物と狙った村で偶然再会するときがある。
そうなれば自然界の肉食獣と一緒だ。
獲物の一人占めを賭けて戦闘が始まる。
どちらが勝っても村は全滅だ。
エルミラ王女がそこに加わりたいと願う輩でないことに、娘は安堵したのだった。
「すまんな。滅びた国の姫にできることは、ゴブリンを数匹斬ってやるくらいだ」
娘は恐縮するが、エルミラは謝ってやることしかできなかった。
おそらく解放軍に合流した後、彼らに略奪をやめるよう命じても従うまい。
欲と血の匂いに、すっかり正気を失っているようだ。
娘のおかげで、エルミラは島を取り巻く情勢がなんとなくわかってきた。
そして困ってしまった。
リルの情報を得るには、どの解放軍のところに行くべきか?
「それなら——」
娘は最初にできた解放軍はどうか、と提案してきた。
祖国解放のために帝国を追い出すと宣言した最初の集団。
解放軍という呼称もこの集団が名乗ったのが始まりだ。
〈軍〉があるということは所属する〈国〉があるということ。
自分達〈軍〉がある限り、リーベル王国は消滅していないと国内外に示し、帝国のイスルード島統治に反抗し続けている。
彼らも他の解放軍同様、民を助けてはくれない。
しかし彼らは、恩返しの受け取りという略奪は慎んでいる。
島内の村に対して寄付を求めることはあるようだが、これでは足りない、と凄んだりせずに大人しく礼を言って帰るという。
〈軍〉という形式を取っているので頭領は司令と呼称している。
司令は元リーベル王国貴族ハーヴェン伯爵。
副長はノルトという白髪白髭の老人。
「なにっ、ハーヴェンとノルトだと⁉」
さっきからエルミラは娘の言葉に驚かされっぱなしだ。
知っている二人だったのだ。
ハーヴェン伯は海軍魔法兵団の副団長だ。
彼とは親子ほど年が離れているが、上司と部下の関係だ。
ノルトは彼女の教育係だ。
彼は早逝した母と親子ほど年が離れていたので、エルミラにとっては育ての父親兼祖父のような存在だ。
だから、こう呼んでいた。
「じい」と。
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