番外編「魔女達の戯れ」

 ――おかしい。

 ぼくはさっきまで自分の家にいたはずなのに……いつの間にか、知らない家に来てる。

 ……いや、ちがう。ここはたしかにぼくの家の「おうせつま」だ。でも、なんだかようすがおかしい。


 ところどころかべ紙が変わっているし、天井の明かりも知らない形に変わってる。

 イスやテーブルはおなじだけど……。おとーさんもおかーさんも、おじーちゃんもおばーちゃんも、おじさんとおばさんもいない。なにより、美遊がいない。

 おかしい。


 そしていちばんおかしいのは――みんなのかわりに、知らないおねーさんが三人もいることだ。だれだろう?


「ね、ねぇ……ちょっと様子が変じゃない? セイジュウロー、一言もしゃべらないわよ?」

「あらあら……これはもしかして……? 美遊はどう思いますか」

「そうですね……ちょっと確かめてみましょう。ねぇ、せーちゃん。私のことが分かる?」


 三人のうち、いちばんかわいいおかっぱのおねーさんがぼくに話しかけてきた。

 ほかの二人もすごいびじんだけど、このおねーさんがいちばんかわいい。だって、美遊にそっくりなんだもん。

 ――でも、知らない人だ。美遊はこんなに大きくない。


「いいえ、おねーさんはだれですか? どうしてぼくの家にいるんですか?」

「ええと……それは何と言うか……。あ、そうだ! せーちゃん、自分のお名前と年齢は分かる?」


 おねーさんは、ぼくのしつもんには答えず、しつもんにしつもんで返しました。

 美遊にそっくりですごくかわいいけど、ちょっとあやしいおねーさんみたいだ。


「黒木清十郎、九さいですが、何か? それで、おねーさんたちはなにものなんですか? ぼくの家族はどこへ行ったんですか? あと――?」


 ――そう。ぼくはなぜかハダカだった。足元にあっただれかの服でだいじなところはかくしてるけど、大人の服らしくてぶかぶかだ。

 もしや、このおねーさんたちはヘンタイさんなのだろうか? ぼくのテーソーがねらわれてるのだろうか?

 そういえば、おかっぱのおねーさんの目が、さっきからちょっとこわい。ぼくのだいじなところを、チラチラと見てる。ばれてないつもりなんだろうか?


「大丈夫よ、セイジュウロー。何も取って食いやしないから。ほら、美遊! あんたさっきからどこ見てんのよ!」

「ええ~? だって、可愛いじゃない? 小さな頃のせーちゃん♪ まさに天使だわ!」

「まあ……確かにカワイイけど、さ。まさか、あのセイジュウローがこんなにカワイイだなんて……なんか屈辱だわ。っと、それはそうと、はい! ちょっと大きいけど私の上着使いなさいな、セイジュウロー」


 そういって、キンパツのおねーさんがぼくに服をかしてくれた。やさしい。

 がいこくの人なのに、すごくにほんごがじょうずだ。それに――。


「ありがとう、おねーさん。……おねーさんの目、とってもキレイな青ですね!」

「っ!? あ、ありがと……」


 キンパツのおねーさんは、なぜだかまっかになってしまった。

 ぼくに服をかしたせいで、かぜでもひいてしまったのだろうか? ちょっとしんぱい。


「ふむふむ、どうやら肉体と一緒に精神まで。精神のバックアップは完璧でしたけど、肉体の方が受け入れを拒否している……? 興味深いですね」


 ながいかみのおねーさんは、ちょっとはなれたところからぼくを見ながら、なんだかムズカシイことを言っていた。

 なんだろう? ちょっと「先生」みたいなかんじがする。


「そっかー。泉とアタシ、それに美遊が力を合わせても、若返りの魔法は不可能ってことね。心も昔に戻っちゃうんじゃ、意味ないものね」

「ええ。それに、ちょっと若返らせるつもりが子供に戻ってしまいましたから、加減が出来るものでもないようです。そもそも、一定時間しか若返り状態を維持出来ない時点で、使い道が限られますしね」

「残念。せーちゃん、私との歳の差を気にしてるみたいだから、ほんの少しの間でもいいから若返ってもらえれば、遠慮なくイチャイチャ出来ると思ったんですけど……」

「え、アンタ達アレでイチャついてないつもりだったの? どんだけよ……」


 ――おねーさんたちの話は、ぼくにはいみふめいだった。

 それになんだろう? なんだかやけにねむくなってきた。おとーさんたちをさがさなきゃいけないのに……。


「おっと。もう魔法が切れる時間みたいですね。そこのソファーで寝かしてあげましょうか」

「あ、運ぶのは私がやります! 一人で! もちろんお着替えも!」

「……美遊、ステイ。ホント、アンタってセイジュウロー絡みだと性格変わるわよね……」


 おねーさんたちがぼくをだきかかえる。

 なぜだろう? こんなあやしいおねーさんたちなのに、だっこされるとなんだか安心する……。


 ……。



   ***



 ――目が覚めると、何故か全裸だった。

 全裸の上に毛布をかぶって、応接間のソファの上で寝ていたらしい。……一体何事だ?


「あ、目が覚めたみたいねセイジュウロー。アンタの服、テーブルの上に畳んであるから、早く着ちゃいなさいな。風邪とか引かれても困るから……早くね。じゃっ」


 リサが、何故か赤い顔をしながら早口にまくし立てて、そのまま応接間を出て行ってしまった。

 今の様子だと、僕が起きるまで近くで待っていたらしい。しかも、いつになく口調が優しかったんだが。

 ……いや、本当に何があったんだ?


「――失礼」


 僕が服を着終わるのを見計らったように、今度は泉さんがやってきた。


「お兄さん……どこか体に違和感とか、ありませんか?」

「違和感……ですか? いえ、むしろ肩も腰もいつもより軽いくらいですけど。それよりも僕はなんで全裸で――」

「そうですか。なるほどなるほど……」


 泉さんは僕の質問には答えず、何やら「興味深い」等と呟きながら部屋を出て行ってしまった。

 ……何なんだ本当に。


「――あの、せーちゃん。ちょっといい?」


 そして、最後に美遊がやってきた。


「ああ、美遊か。ちょうど良い所に。なんだかリサと泉さんの様子がおかしかったんだけど……美遊?」


 美遊は何故か、僕の話には全く耳を傾けずに、僕の顔を凝視していた。

 じぃーっと色々な角度から観察されて……だから一体何なんだ、今日の皆は!?


「あの……美遊? 僕の顔がどうかしたのかい」

「――ううん、今日もせーちゃんは素敵だなって!」

「おいおい、アラフォー男を褒めたって何も出ないよ? というか美遊、何か良いことでもあったのかい? 何か嬉しそうだけど」

「うふふ、秘密!」


 人差し指を口に当てながら、僕の愛しい少女は天使のような笑顔を見せるのだった――。



(おしまい)

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