6.彼女と彼女の想い
(美遊……どこだ、美遊!!)
鎌倉ヶ丘中の道という道を、僕は駆けずり回っていた。
――美遊がいなくなったことに気付いたのは、今朝早くのことだ。
いつものように庭の手入れをしようと玄関まで行って、美遊のお気に入りであるピンクのスニーカーが無くなっていることに気付いたのだ。胸騒ぎを覚えた僕は、転がり込むように美遊の部屋へと入り……空っぽのベッドに出迎えられた。
愛用のポシェットも、財布もスマホもない。美遊が僕の知らぬ間に家を出たことは明らかだった。
「清十郎! そっちはどうだ!?」
鎌倉ヶ丘の中の心当たりを探し終えた頃、バイクで探してくれていたユーキと合流した。
「駄目だ、全然見付からない! GPSも相変わらず反応がない!!」
平日であるにもかかわらず、ユーキと小太郎さんも美遊の捜索を手伝ってくれていた。
鈴木さん経由で鎌倉警察にも連絡済みだ。それでも美遊は見付からない。既に時刻は十時を回ろうとしていた。
もしや、市外に出てしまったのだろうか?
美遊はバスや電車の乗り方を既に覚えている。スマホの使い方だって一度教えたことはすぐに覚えて、一部の機能は僕以上に使いこなせるようになっている。行動可能な範囲は、僕達の予想以上に広くなっているかもしれない。
「どこか心当たりはないのかい? 最近二人で行った場所とか、思い出の場所とか!」
「近場は大体行ってみた! ……というか、考えたら二人で行ったのは買い物とか散歩くらいで、遠出は殆どしてないんだ」
――美遊の笑顔を取り戻すだなんて、偉そうなことを言っておきながら、蓋を開けてみればこれだった。
美遊が人の多い場所が苦手だからって、出かけるのをサボり過ぎたのだ、僕は。
「……清十郎、美遊に何か言ったのかい? こんな急に出て行くだなんて。あの子、独り立ちも考えてたけど、きちんと地に足をつけた考えしか持ってなかったよ? 家出なんて、よっぽどのことだ」
「それは……」
確かに、美遊が突然出て行った直接の原因は、昨日の一連の出来事の中にあるはずだ。ユーキに話せば、何かヒントになるかもしれない。
僕は正直にありのままに、昨日の出来事をユーキに伝えた。すると――。
「はぁ……馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、君は本当の馬鹿か? いや、それが清十郎の良い所でもあるんだけどさ……はぁ……」
僕の話を聞くなり、ユーキは心底「疲れた」という表情で、大きくて深いため息をついた。
……何だろうか? 僕が全く気付いていないだけで、何かとんでもないミスをやらかしていたのだろうか?
「ど、どういうことだ?」
「はぁ……言わなきゃ……分かんないか。あれだけ『自分で考えろ』って念押ししたのに、君って奴は……。
あのね清十郎。君、美遊に『ずっと傍にいる。自分を頼ってくれ』って言ったんだよね? それってさ、どういう意味?」
「どういう意味って、それは……言葉通りの意味だけど。何があったって僕は美遊の傍を離れないっていう……」
「はぁぁぁぁ……」
僕の答えを聞いたユーキが、再び盛大にため息をつく。どうやらあきれ返っているらしい。
僕にはまだ、彼女が何に呆れているのかさっぱり分からないのだが……。
「清十郎さぁ……前に言っただろ? 『何をしてあげるか』じゃなくて『君が何をしたいのか』を大事にしろって。それを『ずっと傍にいる。頼ってくれ』だって? そこに君の望みはあるのかい? それじゃあただの『保護者』じゃないか! 聖人君子か、君は!
美遊が君に望んでいたのは、そんなことじゃない! あの子は君に守ってもらいたいんじゃなくて……一緒に生きて欲しいんだよ!」
一気にまくしたててから、ゼェゼェと肩で息をするユーキ。
そんな彼女からぶつけられた言葉に――僕は、自分の馬鹿さ加減を思い知っていた。
僕は、美遊を守ることこそが彼女への愛だと思っていた。無残にも青春を、両親との時間を奪われた彼女のことを、一生かけてでも守ることが。
でも、違った。美遊はそんなことを望んではいなかった。
「美遊が『学校』に行きたがらない理由さ、君は気付いていたかい? 『異世界』で入れられた『学校』と呼ばれてた施設へのトラウマもあるけど、実はもう一つあるんだ。
――学校へ通えば、嫌でも思い知ることになるからさ。君と過ごすはずだった学校生活が、永遠に失われたんだってことを。あり得たかもしれない可能性を、現実で塗りつぶされてしまうから。健気だろ? 泣けてくるよ……美遊の頭の中は君でいっぱいだ」
「ユーキ……お前……」
ユーキの目には、いつしか涙が浮かんでいた。
その涙の意味を、僕は知っている。けれども、それを決して口には出せない。だから、代わりに僕はこう口にした。
「ごめん、ユーキ。せっかくアドバイスしてくれてたのに……僕は勘違いしてた。いや、きっと恰好つけてたんだ」
「分かってるじゃないか。清十郎は昔から恰好つけが過ぎるんだよ。……せめて美遊の前では、そういうのは止めなよ?」
――僕の「親友」は、その言葉だけで全てを察してくれた。僕が美遊に伝えるべき本当の言葉に、気付いたことを。
「でも清十郎。それにはまず、美遊を見付けないと。藤沢とか大船の方へ行ってると、ちょっとお手上げだよ?」
確かに、隣の藤沢市や、鎌倉と横浜にまたがる繁華街である大船方面へ行っていると見付けるのは難しいだろう。
けれども、美遊は相変わらず人混みが苦手なのだ。恐らく鎌倉の中心街や、藤沢や大船のように人混みしかないような場所へは行っていないはずだ。
――それに、ユーキとの会話で僕には少し心当たりが出来ていた。
「ユーキ、もしかしたらだけど――」
その心当たりの場所を伝えると、ユーキは目を真ん丸にして驚いた。
「あ……それは盲点だった! くっそう、どちらかと言えば私の管轄じゃないか! どうして思いつかなかったんだ! よし、どちらにしろ鎌倉ヶ丘周辺は探しつくしたんだ。後ろに乗って、清十郎!」
言うや否や、ユーキは予備のヘルメットを僕へ投げてよこし、バイクへと跨った。
「……最速かつ安全運転で頼む」
「おうさ!」
美遊の姿を求めて、僕らは走り出した。
向かう先は、僕らの母校である「鎌倉西小学校」だ――。
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