4.きっとその言葉は、ナイフよりも鋭く君達を傷付ける
「ええと、この赤いランプの所にカードをタッチすればいいの?」
「うん。窓際の方……ほら、ランプが緑色に変わった。これでオッケーだよ」
「……最近の電車はハイテクなのね」
感心したように呟く美遊。それを微笑ましく眺めながら、僕もカードをタッチする。
――僕らがいるのは、JR横須賀線のグリーン車の中だ。昔はわざわざ切符を買っていたグリーン車も、今は券売機での少しの操作と座席でICカードをタッチするだけで済んでしまう。本当に便利な世の中になったものだ。
この日の僕らは、ある用事の為に都心へと出かけることになっていた。
鎌倉から都心までは電車で一時間。普通車でも良かったのだけれども、美遊は相変わらず人混みが苦手だったので、電車の空いている時間を選んで、更に念の為グリーン車を利用していた。
そこそこの出費にはなるけど、美遊の心の安寧の為だと思えば安いものだ。
「美遊。東京駅まで一時間、そこから乗り換えで更に二十分くらいかかるから、寝ててもいいよ?」
「ううん。久しぶりに電車に乗るのだもの。外の景色を眺めないともったいないわ」
言いながら車窓からの眺めに目を移す美遊。
そういえば、美遊が帰ってきてからまともに電車に乗せたことがなかったし、こんなに遠出をするのも初めてだ。美遊がやたらとワクワクしているのは、きっとそういうことなのだ。
それに、美遊のテンションが高めなのはそれだけが理由ではない。
僕らは今日、リサを含む他の帰還者の少女たちに会いに行くのだ――。
「一度、帰還者の為の療養施設へおいで願えませんか?」
鈴木さんからそんな連絡があったのが、つい先日のこと。
それを聞いた美遊は、一も二もなく「行きます!」と答えていた。よほど他の帰還者の少女たちに会いたかったのだろう。
先日の鈴木さんの話にもあったように、一部の帰還者は親元へ帰れず、国が用意した療養施設でまとめて保護されている状態らしい。
近親者が既に亡くなっていたり、本人に問題があったり、はたまた親から引き取りを拒否されたり……。リサのように、自ら両親との同居を拒否している子も少なくないという。
現状、その数は六十人近く。しかも親元から出戻ってくる少女もいるらしく、その人数はこれからも増えていくかもしれなかった。
そんな難しい問題を抱えた少女たちに、美遊のように実家へ戻って暮らせている人間が会いに行っても大丈夫なのだろうか? 僕の中にはそんな不安があった。
そもそも、美遊は仲間たちを残して日本へと帰還したことに罪悪感を持っていたようだし――。
***
「美遊? ああ、美遊よ皆!」
「え、ホント!? あ、ホントだ! 美遊ぅ! ホントに無事だったのね、良かった~」
――が、僕の心配は杞憂に終わっていた。
教室のような部屋に集まっていた少女たちは、美遊の姿を見るなり歓喜の声を上げて次々に抱き着き始めたのだ。
僕はその光景を、部屋の外から鈴木さんと共に眺めていた。
「美遊……人気者なんですね」
「ええ、彼女は『黒の組』とやらのリーダー的存在だったようですから。他の組の方々も、最後の二年間ほどは反目することなく、仲良くやっていたそうですよ」
――鈴木さんの言葉に「それは仲が良くなかった子がいなくなっただけなんじゃ?」等と不穏な連想をしてしまったが、もちろん口には出さない。
「美遊さんは戦場では常に矢面に立って、仲間たちを庇っていたそうです。もっとも、そのことで危機に陥り、そこを白き魔女に救われたそうなのですが……」
「……そんなことが」
なるほど。美遊自身は「先に異世界から逃げた」という罪悪感を持っていたけれども、仲間の方からすれば「自分たちのせいで危険な目に遭った美遊が生きていた」ことが嬉しい、という構図になるらしい。
もっと殺伐とした空気になるかと危惧していたので、一安心だ。
見れば、美遊をもみくちゃにしている少女の中には、あのリサもいる。
長い見事な金髪は健在だけれども、今はそれを頭の両横の高いところで結ぶ、俗に言う「ツインテール」にしている。……更に幼さが増してしまって、とても十八歳には見えないが、まあ似合っているから良いのか。
美遊も一人ずつハグをしたり言葉をかけたり、嬉しそうに見える。
施設そのものも良い雰囲気だ。「療養施設」というから、もっと閉鎖病棟的なものを想像していたけれども、どちらかというと「学校」に近い。元々はどこかの企業の研修所だったらしく、清潔感に溢れてもいる。
少女たちも伸び伸びしていて、みんな笑顔だ。
良かった。美遊を連れてきて本当に良かった。
――けれども、僕がそんな思いを抱いたまさにその瞬間、鈴木さんのスマホが不吉なバイブ音を響かせた。
「ちょっと失礼、内線です。――はい、私だ。え……な、なんだって!?」
内線を受けた鈴木さんは、彼にして珍しく――けれどもやはり配慮した小さなボリュームで――驚きの声を上げていた。
鈴木さんがこんな慌てるだなんて、余程のことがあったのだろうか?
「……清十郎さん、申し訳ないがお力をお借りするかもしれません」
「僕の、ですか? 一体何が?」
「実は、予期せぬ来客が施設内に踏み入ったようなのです。この施設は入場までのセキュリティは厳重ですが、内部の職員や警備員はその殆どが女性です。荒事になれば男手が必要になります」
「あ、荒事!?」
まさか、危険な人物が施設内に侵入したのだろうか?
「とはいえ、相手は成人男性一人と……ご高齢の女性だけです。外の警備員もすぐに駆け付けるでしょうから、万が一なのですが――と、言ってるそばから!」
言葉を切って何かを睨みつけ始めた鈴木さんの視線を追う。
すると廊下の向こうに、体格の良いスーツ姿の若い男性と七十絡みの和装女性の姿があった。あれが侵入者だろうか?
咄嗟に身構えると、あちらもこちらの存在に気付いたのか、ぎょっとした表情を浮かべた。
「そこから動くな!」
「……申し訳ありません、室長。でも、私も退くわけにはいかないんです!」
鈴木さんの恫喝に一瞬びくっとした男性だったが、すぐに覚悟した表情に変わると、そんなことを叫びながらこちらに突進してきた。
「室長」というのは鈴木さんのことだろうか? ということは、この男性は鈴木さんの部下か?
――等と、非常時にもかかわらず考え事をしていたのが仇になったのか、僕は鈴木さんと共に男性のタックルをまともに受けて、床に叩きつけられてしまった。
背中を強かに床に打ち付けられて、一瞬呼吸が止まる。僕と鈴木さんを一気に押し倒すだなんて、凄いパワーだ!
「さあ、お母さん! 今の内です。女の子たちはそこの部屋に集まってますから――」
「ええい! 君、何をしているのか分かっているのか!? 君のやっていることは、我々を信頼してくれた彼女たちへの裏切りだぞ!」
さしもの鈴木さんも、ラガーマンみたいな体格の良い男に押さえつけられては動けない。もちろん、僕だって全く動けない。
体格差もあるが、おそらくこれは柔道か何かの技術だ――びくともしない!
そうこうしている内に、高齢女性が美遊達のいる部屋の入口の方へとヨタヨタと走っていき――そして、入り口から顔を出した美遊と鉢合わせになった。
……これだけ騒げば、室内にも聞こえるのは当たり前だったのだ。何事かと廊下の様子を見に来てしまうだろう。
「美遊! 駄目だドアを閉めて部屋の中に入ってるんだ!」
あらん限りの声を振り絞り、美遊へ呼びかける。
けれども時すでに遅し。女性は美遊の目の前にいて、そして――。
「あ……
女性は美遊に縋り付きながら、嗚咽と共にそんな言葉を漏らし始めた。
「え、娘……さん? あの、鈴木さん、こちらの方はもしかして……」
今にも倒れそうな女性を支えながら、美遊が鈴木さんに尋ねる。
鈴木さんは、僕たちを押さえつけていた男性に「もういいだろう」と言ってどいてもらうと、
「……もう隠しようがないので、お伝えします。そちらの方は、未帰還者のご遺族の方です」
鈴木さんの言葉に、美遊や少女たちの間に戦慄のような動揺が広がっていった――。
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